魔法少女リリカルなのは エース・オブ・エースの弟   作:ロア

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37話 StrikerS19

「……っ」

 

 目が覚めると、俺はベッドに寝ていた。

 真っ白なシーツに、見覚えのある病院着。

 聖王教会の病院だろう。ここに来るのは二度目だな、と呟いて身体を検める。

 包帯は巻かれていなかった。

 

「傷が無い――非殺傷だったのか。舐めてくれる」

 

 あの槍を持った騎士を思い出す。

 かなりの強さだった。打ち込んでもダメージは与えられず、俺は一方的にやられた。非殺傷にするほどの余裕を持たれて。

 だが、そのお陰で動ける。

 日にちを確認すると、公開意見陳述会はつい昨日の出来事だということがわかった。

 現在の時刻は1023。

 状況判断を終えた俺はベッドから降りて立ち上がり、脇のテーブルに置かれていたデバイスを手にとって病室を出る。

 

 

~~~~~

 

 

「ロングアーチ。こちらリーコン1。意識回復。そちらに復帰したい」

 

 普段使っているルートで六課本部への通信を試みるが、通じない。

 疑問に思いながら病院を歩いていくと、通りすぎようとした病室から聞き覚えのある声が涙混じりで聞こえてきた。

 

「……フィニーノか?」

 

 なにがあったのかはわからないが、俺だって状況を知りたい。

 扉をノックし、少し待ってから入る。

 

「失礼する」

「あ――ティルク、起きたんだね」

「――テスタロッサ執務官!? ご無事でしたか」

 

 俺が姿勢を正すと、テスタロッサ執務官は微笑んでうなずいた。

 

「それで、その――どうされたのですか」

「そうだね――なにから説明すればいいかな」

 

 ゆっくりと語られる言葉を一言一句逃さず聞き、俺は唖然とした。

 

「六課が壊滅――ヴィヴィオがさらわれた?」

 

 だから、六課に居た筈のオペレーター達も傷を負い、この病院にいるのか。

 なぜヴィヴィオを、と聞こうとしたが、それは躊躇われた。

 ヴィヴィオはテスタロッサ執務官と高町一尉の保護児童。だから、きっと混乱しているのはこの人達の方だろう、と。

 フィニーノとクラエッタは六課を守れなかった、と自責の念に涙を流している。

 

「六課に居た――そうだ! 斎藤は!?」

 

 俺が思わず怒鳴ると、フィニーノやクラエッタが肩を震わせ、テスタロッサ執務官に睨まれた。

 咄嗟に謝り、俺はもう一度聞く。

 

「潤はまだ手術中」

「『まだ』……? いつからやってるんですか?」

「聞いた話だけど、17時間は続いてる」

「17時間!?」

 

 思わず声を出してしまったが、先のものよりは堪えた。

 

「やはり、斎藤は無茶を……」

「みたい、だね。さっき説明を聞いたよ。リンカーコア涸渇、左腕の骨折と筋断裂、肋骨が折れたせいで左肺に傷が入ってて、上半身に大きな裂傷、後は――たぶんガジェットのビームのせいで――全身に傷だらけ……たぶん、他の内蔵にもダメージがあると思う」

「――完治の見込みは?」

「それは大丈夫。人工臓器とかのそういう医療技術は、ミッドは進んでるし。けど、前線復帰はしばらく無理だろうね」

「そうですか……」

 

 俺は暫し黙り込み、いつまでも病室に入っていては失礼だと思い至り、その場を去った。

 

 

~~~~~

 

 

 手術室の前にある椅子には、斎藤が保護している子供――レイナが座っていた。

 心配そうな表情で手術室の扉を見つめている。

 

「いつから居るんだ?」

「……八時」

 

 二時間近くもここにいるわけか、と俺が呟くと、レイナは俺に顔を向け、

 

「お兄ちゃん、治るの?」

「大丈夫だ。時間はかかるが、絶対に治る」

 

 レイナが座っている椅子の隣で、壁に寄り掛かりながら断言する。

 この子がいくら大人びていようと、まだ子供だ。

 治ると聞いた、だの、治る筈だ、などと曖昧な答えは、余計不安にさせるだけだ。

 

「……昨日、お兄ちゃん泣いてた」

「なに?」

「助けられなかった、って。すぐに運ばれていったから、よくわからないけど」

 

 斎藤が泣いていた。

 助けられなかった、とはなんだろうか。

 レイナはここに居る。ならば、考えられるのはヴィヴィオだろう。

 だが、あいつはヴィヴィオに対して、どこか距離を置いていたような気がする。無意識かもしれないが、どことなくぎこちなかった感じもあった。

 だからどう、というわけではないが、斎藤がそこまで――言い方は悪いが――ヴィヴィオを気にかけているとは思えなかった。

 

「私も、同じ」

 

 ちらりと視線を動かす。

 

「私も、なにもできなかった。ヴィヴィオの隣にいたのに。ヴィヴィオが連れていかれるとき、怖くて動けなかった」

「……そうか」

 

 なぜか、慰めを言う気になれなかった。

 この大人びた『子供』に「仕方がなかった」とでも言えば、きっと追い討ちをかけるだろう。

 なにもできなかったのは自分が一番理解している筈だ。

 そして、その『大人びた』思考は、その自分がなにもできなかった――いや、『できることがない』という事実を理解している。

 まだ子供だから。

 自分が無力な存在だと自覚しているから。

 戦うことができないから。

 この子供は、そんな自分への思いでごちゃごちゃになっている筈だ。

 

「――なにもできないなんて、やだ」

「ああ」

「はやく大人になりたい」

「……ああ」

「お兄ちゃんと一緒に戦えるくらい強くなりたい。ヴィヴィオを助けられるくらい強くなりたい」

「……ああ」

「私は――」

 

 そのまま、堪えきれなかった大粒の涙を溢す。

 それは、『子供』には分不相応な想い。

 けれど、目的を持ったこの子は今、恐らく俺なんかよりもよっぽどまともな人間だった。

 俺は泣き続けるレイナの隣で、ただ黙って立っていた。

 嗚咽が止まる気配は無い。

 

――なにもできなかった、か。

 

 そんなのは、俺だって同じだ。

 けれど、この子供が感じている後悔は、俺なんかよりも深く、紛れもなく本物で、強い想いだった。

 

「信じてやれ、兄貴を。友達を。絶対に助けられる」

「……うん」

 

 レイナが泣き続ける間、俺はずっと隣で立っていた。

 

 

~~~~~

 

 

 手術が終わったのは、それから二時間後だった。

 

「どうでしたか」

 

 俺は医者に問いかける。

 

「手術は成功しました。脈もリンカーコアも安定しています。完治には時間が――見積もって一、二ヶ月――掛かりますが、命に別状はありませんし、リハビリを丁寧に行えば、後遺症も無いでしょう」

「……そうですか」

 

 俺は大きく息を吐く。

 レイナも意味が理解できたらしく、顔を綻ばせる。

 

「ただ、しばらくはICUで絶対安静です。面会はご遠慮ください」

「わかりました――ありがとうございます」

 

 俺が頭を下げると、医者は少し目を見開いて、

 

「もしかして、アローン空曹長ですか? 貴方は意識不明で――」

「先程回復しました。自己判断ですが、身体に問題はありません。退院を希望します」

「――精密検査を行います。それで問題が無ければ、ということで」

「わかりました」

「では、こちらへ」

 

 俺は医者の誘導に従い、診察機器が置かれている部屋へ入る。

 検査は十数分で終わった。

 

「リンカーコアも正常。脳波にも影響は無し。頑丈ですね」

「そうでなければ、前衛は勤まりません」

「左様ですか」

 

 俺の言葉に、医者は静かに笑った。

 

「退院を認めます。彼の服を」

 

 医者が指示すると、シスターが制服を持ってくる。

 階級証にネクタイ。確認してみたが、しっかりと俺のものだ。

 

「こちらで着替えていってください。一応、病院を出るときは受付を通してくださいね」

「了解」

 

 

~~~~~

 

 

 久しぶりな気がする制服の感触に違和感を感じながら診察室を出る。

 レイナが立っていた。

 

「待っててくれたのか」

「うん」

「これからどうする」

 

 俺は自分でも案を考えながらそう聞いた。

 案の定、レイナはわからないと首を振った。

 

「……一緒にいてもいい?」

「ああ、構わない」

 

 俺が最初に思い当たったのと同じ答えを、この少女は示してきた。

 斎藤が――命は助かったとはいえ――あの状態だ。

 おそらく、ここで一人で残しておくよりは、誰かと一緒にいた方がよっぽどいいだろう。

 そう考えて、並んで歩いていると、見舞いを終えたのか、目の前の病室から見覚えのある人物が出てくる。

 

「――ランスター。お前も無事だったか」

「え――ティルクさん!? 目が覚めたんですか?」

「今朝な。状況はどうなっている。なにかわかったことは?」

「現場検証のデータを纏めてます。送信しましょうか」

「頼む」

 

 モニターを開き、データを受信する。ざっと目に止まる項目は、

 地上本部はダメージが甚大。

 六課隊舎は全壊。

 襲撃戦力は確保できず。

 ギンガ・ナカジマ陸曹の拉致。

 高町一騎空曹のMIA。

 

「高町が行方不明?」

「はい。現在捜索中です……」

 

 ナカジマ陸曹に、高町までがいなくなっていた。

 

リーコン(うちの)分隊は壊滅的だな。情けないよ」

「そんなこと――」

「分隊長の俺がこの様だからな。俺がもっとしっかりしていれば、斎藤だって……」

「……潤さんの様子は?」

「もう助かった。後は治すだけだ」

 

 そして、ランスターは俺の隣に視線を向ける。

 

「レイナは……」

「今は、俺と居る。だが、これからどうするかは考えていない」

 

 レイナは顔を伏せ、自分の服の裾を握った。

 恐らく、自分が今、邪魔になっていると考えているんだろう。

 さて、どう言ったものか。この子供は俺よりもよっぽど口が回るから、慰める前に俺が言い負かされかねない。

 と、俺が考えている間にランスターはしゃがみこんで、

 

「レイナ、お腹空いてない?」

「……少しだけ」

「じゃあ、これあげる。食べなさい」

 

 ランスターは手に持っていた袋からカップケーキを差し出した。

 少し戸惑いながら、レイナは受けとる。

 

「……ありがとう」 

「どういたしまして」

 

 俺は感心してランスターに礼を言う。

 

「すまないな。俺はどうも、こういうのはわからなくて」

 

 ランスターは念話に切り替え、

 

『本当はあれ、ティルクさんに渡そうと思って買ったんですけど』

『構わないさ。あ、このケーキ、幾らだ?』

『いえ、お金はいいですよ。大したものじゃないですし』

『……そうか。まあ、今度礼をする』

 

 気にしなくても、と言うランスターだったが、俺はそう言って話を終わらせる。

 

「じゃあ、なにかあれば言ってください。お手伝いしますから」

「ああ、心強い。頼りにさせてもらうよ」

 

 ランスターはその言葉に笑うと、少し上機嫌で歩いていった。

 

(なんとなく、あいつのことを誤解していたかもしれないな)

 

 年齢の割に比較的冷静で、悪い言い方をすれば、少し冷たい奴だと思っていた。が、話してみるとそんなことは無く、むしろ正反対だった。

 そんなことを考えていると、レイナが手に持ったケーキを見つめているのに気づいた。

 

「場所を移動するか。休憩所で座って食べよう」

 

 俺の言葉に、レイナは頷いた。

 

 

~~~~~

 

 

 食べ始めたレイナを横目に、俺はコーヒーを買いに自販機に向かう。

 紙コップの自販機でカードを押し当てて支払いをし、取り出す。

 レイナにはココアがいいか、と同じように注がれるのを待っていると、通信が入った。

 

「こちらリーコン1」

『あ、繋がった。ティルク、今どこ?』

「ああ、高町一尉。すみません、まだ病院です」

『あれ、やっぱりまだ調子悪い?』

「いえ、自分は問題ありません。けれど、斎藤が面会謝絶ですし、レイナの面倒を、ちょっと」

 

 説明し辛かったが、高町一尉は察してくれたようだった。

 

『じゃあ、現場検証には来れないね。ゆっくりしてていいよ』

「申し訳ありません」

『あはは、気にしなくてもいいよ。レイナのこと、お願いね。あ、泊まるところ――』

「自分はクラナガンに実家がありますから、今日は戻ります。レイナのことも頼んでみます」

『ん、そっか。なら問題ないね』

 

 俺はそこであることに思い至り、差し出がましいようですが、と前置きし、

 

「高町一尉は、大丈夫ですか」

『私は大丈夫。怪我も無いし』

「いえ、その――」

 

 ――高町一騎のこと。

 一瞬だけ、高町一尉の表情が凍った気がした。

 

『一騎、まだ見つかってないんだよ。もうちょっと探してみないとね。まったく、あの子は昔からずっとそう。私たちにさんざん心配かけて、自分だけで解決しようと先走るの』

「あ、あの」

『あっと、ごめんね。呼ばれてるから行かなきゃ』

 

 通信が切られる。

 どうやら、大きなお世話だったようだ。俺は軽く自己嫌悪に陥りながら、すでに注がれているココアを取り出してレイナのところに戻る。

 すでにレイナはケーキを半分ほど食べている、

 俺がココアを渡すと、また申し訳なさそうに受け取り、口をつけた。

 そして食べかけのケーキを差し出し、

 

「――食べる?」

「いや、いい。全部食べるといい」

「でも、ずっと寝てたんでしょ。お腹空かない?」

「空いてない。俺の事は気にするな」

「……ありがとう」

 

 なぜか礼を言われた。

 俺はコーヒーを飲み、レイナにこれからのことを話す。

 

「これから?」

「ああ。俺も局員だから、仕事に戻らなければいけない。だが、そこにお前を連れては行けない」

「うん、わかってる」

「だからな、俺の家が近くにある。お前を、俺の両親に預かってもらう」

「えっ? でも、そんなの迷惑――」

「問題ない。俺が家を出たせいで、あの家に住んでいるのは俺の両親だけだ。歓迎されこそすれ、迷惑なんてあるはずがない」

 

 むしろ、俺が帰るよりももっともてなされるかもしれない。

 

「でも――」

「お前はまだ子供なんだ。謹み深いのは良いことだが、それと遠慮は違う。気にすることなんてない」

「――うん」

「よし、食べ終わったら行こうか」

 

 レイナが頷くのを見て、俺は自分のコーヒーを啜った。

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