「何年振りかな……」
「?」
「いや、な。もう随分と会ってないから、少し緊張している」
目の前に建っている、少し大きめで、二階建ての一軒家。
庭にはわりとスペースもあり、昔からよく親父に剣を教えてもらったのを思い出す。
「入らないの?」
「ああ、いや、大丈夫だ」
玄関扉の前でしばらく立ち止まっていたので、不思議に思ったらしいレイナが首を傾げた。
金属錠を持っていた鍵で解除し、扉を開く。
「ただいま」
「おじゃまします」
玄関には電気がついていない。
まだ外は明るいので廊下も歩くには十分な明るさがある。俺は電気は付けずにそのままリビングへ向かい、扉を開く。
そして、目の前に親父がいた。
「おやっ――!?」
「帰ったか」
素っ頓狂な声を出した俺に構わず、親父は時間くらい知らせろと呟き、奥へ入って行く。
すると、今度はお袋を連れて戻ってくる。
「お帰りなさい、ティルク」
「……ああ」
相変わらずの細い身体。まだ秋にもなってないのに、肩には薄手のカーディガンを羽織っている。
俺の両親は、両極端な人物だった。
父親は190近い身長で無口な、とても厳つい男。
母親は、155センチ程の小さい身体で物静かな性格。昔から身体が弱い。
「ただいま。二人とも」
共通点は、あまり喋らないことか。
お袋は顔をレイナに向け、
「その子が、あなたの言ってた子?」
「そうだ」
「……レイナ」
「レイナ、ね。いい名前」
親父が俺の方を見る。
「仲間が保護した子供だと言ったな」
「ああ。昼にメールした通りだ」
「その仲間は無事か」
「問題ない。今朝手術が終わった」
「なら、いい。今日は家に居られるんだろう」
「ああ。今日はこの家に泊まる。明日からはまた局の仕事に復帰する。だから、その間」
「あの娘を預かれ、と」
「頼む」
「構わん」
親父は表情を変えずに言った。
「お前が出てから、
「助かるよ」
「それじゃ、ご飯の支度をするわね。ティルク、なにか食べたいものある?」
「いや、特には」
「そう。どうしようかしら……」
お袋は悩みながらキッチンに向かった。
俺は二階にある自分の部屋に向かう。
レイナも一人では落ち着かないのか、俺についてきた。
「……変わらないな」
部屋を開けると、ベッドに、小さな机と椅子と、小さな本棚。
「……あんまり無いね」
「そうだな。あまり、何かを買うことも、ねだることもなかったから」
本棚には、俺が好きな作家の長編小説が二冊、短編が一冊入っている。
制服を脱いでハンガーにかけ、楽な部屋着に着替える。
「着替えなくてもいいのか?」
「うん。汚れてないし」
「――立っているのも辛いだろう。ベッドに座っていろ」
俺が指して言うと、レイナは頷いてベッドに腰掛ける。
俺は自分の机を眺め、少し指で擦ってみる。
埃は無い。汚れは少しあるが、それは長い間使っていると自然に付くものだ。
掃除は欠かされていない。
「優しそうな人だったね、二人とも」
「そうだな」
俺は椅子に座り、長編小説を手に取る。
訓練校に入るときは、訓練などで忙しいから読む暇などない、と元局員の親父が言ったので、俺は素直に置いていった。
内容は大まかに覚えている。だが、改めて読むとやはり懐かしさというか、そんな感情が込み上げてくる。
俺は本から顔を上げると、レイナは静かに座っている。
「退屈か?」
「ううん」
「――そうか」
と、壁に設置されている家内モニターが点滅する。
親父だ。
『暇か?』
「暇じゃない」
モニターを消す。
親父が暇か、と聞いてくるときは、大抵剣の稽古だ。
何年経っても、それは変わらないらしい。
「まあ、そういうな」
「この一瞬で部屋まで来れるんだな、あんた」
「鈍ってなどいない」
「俺だって精進している」
「なら」
「――わかったよ」
俺は諦めて立ち上がる。
まあ、数年ぶりの再開だ。親子のスキンシップも悪くないだろう。
「レイナ、少し庭に出てくる。部屋は自由に――」
「私も見たい」
その言葉に俺は驚きながらも頷くと、庭へ向かう。
~~~~~
「いいか、親父。非殺傷だぞ」
「わかっている。まだボケてない」
「あんた、昔はボケてたがな」
嫌な思い出だ。
視線を動かすと、レイナが庭に繋がるリビングのガラス戸を開けて、そこに腰かけている。
「レイナ、三分計ってくれ」
「うん」
レイナがタイマーを三分にセットする。
「セットアップ」
俺は騎士甲冑を纏い、カイトシールド形の盾を装備し、鞘から剣鋸を抜く。
ロングソードとカイトシールドを装備した親父は俺の剣を見て驚いたようだ。
「なんだ、そのノコギリ」
「俺の剣だ」
回転し始める鋸を見て、親父は顔をしかめた。
「俺が渡した剣は」
「この間、砕かれた」
「そうか。なら、仕方ない」
親父は左手の盾を前に出すように、半身に構える。
俺もまったく同じ構えを取る。
「ほう、隙が無くなっているな」
「だろう」
「始め」
レイナがタイマーのスイッチを押す。
唐突だったそれに、しかし俺も親父もまったく動じずに、同時に駆け出す。
極短距離の全力疾走は一瞬で互いの距離を無くし、俺と親父は同時に振りかぶり、斬り付ける。
「「はあああああっ!」」
剣がぶつかりあうと、お互いに同じようなフォームでシールドバッシュをする。
それを戻す勢いで突きを繰り出すと同時に、目の前に迫った親父の突きを首を傾けて避ける。親父も同じようにして、俺の突きを避けていた。
そこから薙ぎ払いがくるとお互いに感じたのか、同時にバックステップで距離を取る。
「「――ッ」」
地を蹴ると同時に、今度は下からの斬り上げ。
そこから回転して袈裟斬り、刃を返して逆袈裟、斬り下ろしを連続して打ち込む。
親父はそれをすべて盾で受けきり、反撃に出る。
来るのは斬り下ろし。それを読んだ俺は、思いきり盾で剣の面を叩いた。
「――っ」
「おおおっ!!」
僅かな隙を逃さず、思いきり斬り上げる。
親父はとっさに盾を出すが、不安定な体勢では俺の攻撃を受け止めきれず、吹き飛ばされる。
俺は追撃のため、身体をギリギリまで前傾させて突進する。
親父が体制を立て直し、剣に魔力を纏わせて構える。
俺は走りを止めず、剣鋸に魔力を流すと、鋸の回転速度が上がる。
「「らぁっ!!」」
お互いの剣をぶつけ合い、鍔迫り合いになる。
「確かに、精進しているな!」
「親父が鈍ったんだろ!」
そこから無理矢理剣の角度を変え、親父の剣を横から殴り付けるようにして斬り飛ばす。
親父は剣を弾かれ、盾で防ごうとするが、その時すでに俺は親父の目の前で足を屈め、剣を下段に構えていた。
「でりゃあああああっ!!」
全力の飛行魔法で、急上昇しながらの斬り上げ。
それが親父の身体を斬ると、俺はその勢いのまま宙返りをして地面に着地する。
「やめ」
タイマーが鳴った。
~~~~~
「中々だった」
「今の部隊には剣の使い手がたくさん居るからな。練習相手には事欠かない」
「ほお、行ってみたいものだ」
「来たらまず拘束されるぞ。あんた、見た目はまんま犯罪者だからな」
「言ってくれる――それにしても、お前のノコギリ、見た目に反して良いものだな」
「俺の仲間が作ってくれた。最初こそ扱いに難しかったが、もう慣れた」
少し見せてくれ、と親父が言ってきたので、俺は剣鋸を渡す。
代わりなのか、親父はロングソードを渡してくる。
「――重いな」
「親父のソードに比べたらな」
渡されたロングソードを軽く振るう。
かなりの業物だ。一応デバイスらしいが、制作者は誰なんだろうか。
親父は満足したのか、俺に剣鋸を返してくる。
俺もロングソードを返そうとすると、止められた。
「選別だ。やる」
「いらん」
俺は構わず親父に投げ返す。
「つれないな、お前も」
「なにをやりたいのかは知らんが、俺は親父の期待には答えられん」
と、レイナが腰をあげて、こちらに歩いてくる。
「なんだ、レイナ」
「どうしたらそんなに強くなれるの」
「強くなる、だと?」
「……技術か、魔法か?」
「両方」
俺と親父は顔を見合わす。
強くなりたい、と少女は言っていた。
ならば、そのための方法を聞いてくるというのは、わかりきっていたことだ。
「なぜ、強くなりたい?」
事情を知らない親父が問いかける。
「大切な人を守れるように。大切な人を助けられるように」
親父は腕を組み、思案するように目を閉じる。そして、ゆっくりと口を開いた。
「強さは必要だ。人を守るために」
ゆっくりと話し出す。
「優しさも必要だ。人を助けるために」
俺も昔言われた言葉を。
「そして、なにより必要なのは 、お前自身の想いだ。 お前が守りたい人。お前が助けたい人。それを判断し、決めるのはお前自身の想いだ」
「…………」
レイナはその意味を理解しようと、言われたことばを反芻するかのように、目を閉じた。
それに対し、俺は声をかける。
「強さというのは、絶対に必要なものだ。力の無い正義がどうのと言う気は無い。俺達は正義に興味は無い。だが、お前が言う大切な人を守ることも、助けることも、無力ではできない」
「うん……」
「だから強さを求める。だが、それに伴う代償を、力の使い方を考えなくてはならない。強さは驕りになる。驕りは傲慢だ。世界中の人を助けたいと思うのは傲慢だし、悪を許さないという『正義』とかいうのも、傲慢なものだ」
客観的に見れば、俺達はなぜ5、6歳の子供にこんな事を語っているのかと馬鹿らしくなってくるが、あいにくこの子供は精神が成熟しすぎている。
「必要なのは、強さと優しさだ」
「助けるための強さ。守るための優しさ。だが、強さを驕りに変えてはいけない。優しさを傲慢に変えてはならない」
「それが想いだ」
「その、自分を制する想いが必要なんだ」
「「――それが本当の『強さ』だ」」
俺と親父は声を揃えて言った。
俺も昔、同じことを言われた。
お袋が病気で死にかけて、俺は毎日泣いていた。
それでも剣の稽古を進めてくる親父に当たり散らしたとき、俺は親父にこの言葉を言われたのだ。
親父はレイナを見て、
「確かに、お前には想いが備わっている。力を覚えても問題は無いだろう」
「じゃあ」
「だが、お前はどんな強さを求める? お前の理想とはなんだ?」
「私の、理想――?」
「ああ。お前の目標はなんだ?」
「――おそらく、もう気付いている筈だろう」
俺の言葉に、レイナは頷いた。
「だから、俺達から教えられることは無い。お前は、斎藤が起きたら、あいつから教えてもらえ」
「うん――」
ちょうど、お袋が微笑みを浮かべ、家の中から顔を覗かせている。
「ご飯、できたわよ」
~~~~~
飯を食べている最中、また通信が入る。
悪い、と三人に断って席を立ち、廊下に出てモニターを出し、通話ボタンを押す。
「こちらアローン空曹長」
『あ、よかった繋がった――夜分に申し訳ありません、ティルクさん……』
「構わないさ。どうした、ランスター」
『……一騎さんのデバイスが見つかりました』
俺は表情を変えず、言葉の意味を考える。
『デバイスが』見つかった。
なら、本人はどうした?
俺は最悪のパターンを想像する。
今までの任務でも何度かあった。管理外世界で行方不明になった魔導師の捜索。
その場合、ほとんどは危険生物に襲われて死亡しており、見付かったのは当人が使っていた
「――高町本人は?」
『イノセントハートが教えてくれました。一騎さんは戦闘機人に連れ去られています』
だから俺は、その言葉に一瞬安心しかけて、止まった。
これで、高町一騎空曹は行方不明から敵勢力による拉致、に確定したわけだ。
「連中が高町をさらった理由は」
『わかりません。今、イノセントハートの映像データを解析に出しています。詳しい話は明日』
「……この話、高町一尉に?」
『伝えました……さすがに、堪えてるみたいです。フェイトさんが傍についていてくださるみたいですけど――フェイトさんも、かなりショックだったみたいです』
「――了解。なら、俺達がしっかりしなければな。明日は、六課の隊舎へ向かえばいいか?」
『はい、そこで。あ、そうだ――』
そこで少し声のトーンが変わる。
『レイナ、どうですか?』
「問題ない。今は俺の家だ。お袋なら子供の扱いには慣れてるだろうし、親父もいるから安全も確保されている。俺は明日から安心して任務に集中できる」
『――ご両親のこと、信頼されてるんですね』
「もちろんだ」
『よかったです。それでは、失礼します』
モニターが閉じられる。
俺は拳を握り締める。
高町も斎藤も、ここには居ない。
なぜかはわからないが、ケレット二佐達には通信が通じない。ディレンド達にも通じない。
本局には襲撃は無かったと聞いている。だが、この地上本部襲撃の話で混雑しているのかもしれない。
ともあれ、助けは呼べない。
ならば、この先は俺だけだ。
いつものメンバーは居ない。
「簡単だ――俺にできること。それをやるだけだ」
俺はゆっくりと、溜め息を吐いた。
もう少しティルク視点が続きます。