特に意味はありません。
2015 9/10 追記
後半の戦闘シーン、および会話シーンを大幅に加筆・修正しました。
聖王の間を出て歩いていたが、ぼくは途中で立ち止まった。
そのぼくを不審に思ったのか、ディエチが振り向いてぼくを訝しげに見る。
「ぼくはここで待つ」
「え、なんで?」
「演出は大事だから」
「――は?」
「ディエチが迎撃をするだろ? もしそれで姉さんが倒れたら笑い事だけど、おそらく姉さんはきみを突破してくる」
突破してくる、の言葉にディエチは顔をしかめたが、黙って聞いている。
「敵の砲撃手を突破したら、弟とご対面、ってわけだ。盛り上がる展開だろ」
「――もしかして、きみってバカ?」
「結構ね。そういうわけで、ぼくはここで待つ」
ぼくがそう言って笑うと、ディエチは溜め息を吐き、
「好きにしたらいい。けど、あいつは通さないよ」
「頑張れ。応援するよ」
~~~~~
砲撃音と衝撃がここまで伝わってくる。
モニターを開いて見ると、ディエチと姉さんが砲撃勝負の真っ最中だった。
『ブラスターシステム――リミット1、リリース!』
その声と共に姉さんの砲撃の威力が爆発的に増加し、ディエチを砲撃ごと呑み込んだ。
「十秒保たなかったか。だから言ったのに……一応警告だったんだけどなぁ」
息を喘がせている姉さんにバインドを掛けられたディエチに対して呟きながら、もうひとつモニターを出して姉さんを追尾するように映す。
「――そろそろだな」
もうすぐこの通路に入ってくるのを確認し、ぼくは通路の真ん中に立ち、鞘ごとベルトから抜くと床に突き立て、柄頭に右手を置いて待つ。
そして、とうとう姉さんが姿を表した。
ディエチの様に不意打ちをすることも考えたが、やはり演出は大事だ。
不意打ちしてきた敵が弟だった、という展開も面白そうだったのだが、やはり戦闘前の会話は重要だろう。
そういうわけで、ぼくは無表情を保ったまま、目の前に姉さんが降り立つのを黙って見ていた。
「一騎――わかる?」
「なにが」
「自分のしていること」
「犯罪行為への荷担」
それから、とぼくはわざとらしく付け足し、
「管理局のエース・オブ・エースに対する公務執行妨害、ってところかな」
ぼくはそう言って笑う。
姉さんはぼくの瞳を見て、ぼくが正気だということに気付いたようだ。
「どうしてこんなことしてるの? なにか理由があるんじゃないの?」
「さあ、どうしてかな――なんてね。もったいぶるのもいいけど、教えてあげるよ」
「――ッ」
柄を握り、鞘に手を掛けたぼくに、姉さんがレイジングハートを向けて警戒する。
ぼくはゆっくりと刀を抜き放ち、黒色に鈍く光る刀身を突きつけた。
「ぼくはあんたに苛ついてるんだよ。高町なのは!」
そう怒鳴り、地を蹴る。
繰り返し訓練した身体強化魔法は、もはやAMFの影響など微塵も受けない練度だ。
その電気を纏った魔力で強化された脚力は、火花を散らしながら一瞬でぼくと姉さんの距離を詰める。
「はぁッ!」
ぼくの刀による攻撃を、姉さんはレイジングハートで受け止める。
ぼくはそこで止まらず、そのレイジングハートを踏み台にして距離を取ると、高速機動で回り込み、姉さんの背後から斬りかかる。
今度はそれをプロテクションで防ぎながら、姉さんは声を張り上げる。
「どういうこと――私、一騎を怒らせるようなことした!?」
「いいや、してないよ!」
踵を抉るように叩き込み、姉さんの体勢を崩させる。
その隙に、雷の魔力を纏わせた刀を叩きつける。
その魔力斬撃で、ようやく姉さんのプロテクションを砕くことができた。
「なんせ、ぼくの一方的な八つ当たりだからね!」
ぼくは飛行魔法を瞬間的に発動して空中で加速を付け、跳び蹴りを腹に叩き込む。
「八つ、当たり――?」
「ああ、そうだよ」
腹部を押さえながら言う姉さんに、袈裟斬りを繰り出しながら笑い掛ける。
「姉さんは何も悪くない。悪いのはぼくだ。けど、ぼくだって限界なんだよ」
刀を両手で持ち、突進する。
「ぼくはあんたの『弟』だ!」
斬り上げを防いだ姉さんを、そのまま力任せに跳ね上げる。
「実際、それは事実だし、ぼくはそれを誇りに思ってる!」
飛行魔法を発動し、姉さんの目の前に飛ぶ。
「けど、そのしがらみも大きかった!」
ぼくが振り下ろした刀を姉さんがレイジングハートで受け止める。
「『弟』は結局『弟』なんだよ! なにを言おうと、なにをやろうと!」
鍔迫り合いの様な形で、ぼくは怒鳴り続ける。
「過大評価され続けるあんたと、評価を『姉』に全部持ってかれる『弟』! 弟がなにをしようが、結局は全部『エース・オブ・エース』の知名度上昇に貢献してるんだよ!」
ぼくは力を込め続ける。
「『弟ができているのは、姉の教育の賜物だ』ってな!!」
ぼくの叫びに姉さんは目を見開き、とっさにレイジングハートを逸らしてぼくを弾き飛ばす。
ぼくは空中を回転しながら、両足と左手で衝撃を吸収しながら着地する。
刀を手の中で回して見上げると、姉さんは首を振りながら話し始める。
「一騎の言いたいことはわかったよ……文句があるなら、私は幾らでも聞く。私が嫌いだって言うなら――私が原因だって言うなら、幾らでも謝る!」
姉さんは泣きそうな顔で言う。
「だから、こんなことはやめて! 私は――こんな形で一騎と戦いたくない!」
「――あんたが謝る筋合いじゃないだろう!」
ぼくはもう一度斬りかかり、鍔迫り合いに持ち込むと、刀に魔力を流す。
刀身に電流が走り、バチバチとスパーク音を激しく鳴らす。
「なんであんたはそんなにぼくを思いやれる!? なんで八つ当たりされて怒らない!?」
「一騎が怒ってるってことは、私に原因があるってことでしょ!? だったら、私が怒ることなんてできない!」
「なんであんたはそんなに――」
――優しいんだよ。
ぼくは歯噛みし、全力で魔力を放出する。
「ふざっ――」
ぼくは全力で刀を振り下ろす。何度も、何度も。癇癪を起こしたかのように繰り返し、姉さんを吹き飛ばして床にたたきつけた。
ぼくは急降下し、うつ伏せになっている姉さんの、レイジングハートを握る手首を踏みつける。
「ふざけるな! ぼくを憎め! ぼくを恨め! ぼくは……あんたを恨んでたんだぞ! こうやってあんたを責めてるんだぞ!」
ぎりぎりと足に体重を掛けていく。
「だから、あんたが感じてた不満を全部吐き出してみろ! そうでなきゃ、ぼくはあんたを許せない!」
ぼくの言葉のせいか、それとも踏みつけられた手首の痛みのせいか。姉さんは歯を食いしばり、しかし、何も言わなかった。
「ぼくはあんたに責められたいんだよ! お前が悪いと罵って欲しいんだよ!
ぼくはそこで止まった。
でなきゃ、なんだ? ぼくは一体何を求めてる?
「ぼくは――」
唐突に、後悔のような感情がこみ上げてきた。胸が締め付けられるような感覚に、前後不覚へと陥る。しりもちをつくように倒れこみ、ぼくは頭を振った。
「一騎……」
姉さんが立ち上がり、ぼくの名前を呼ぶ。
その表情は、まるでぼくが傷ついているのを悲しんでいるかのようで――
「やめろ」
ぼくが望んでいるのはそうじゃない。
「ぼくを責めてくれ。ぼくを――」
罰してくれ。その呟きに、姉さんの目が見開かれた。
「でなきゃ、ぼくは、一生ぼくを許せない。一生、あんたを恨み続ける」
「……っ」
ぼくは立ち上がり、刀を振るう。
「恨めよ! ぼくを!」
蹴りあげる。姉さんは左腕で防ぐ。
「ぼくを否定してくれ!」
刀で左へ薙ぎ、レイジングハートを打ち払う。
「でなきゃ、なんの意味も無いんだ! この状況も! ぼくの罪も、感じた罪悪も……なにもかも!」
壁際に追い詰め、空手になった右手で姉さんの首を掴み、壁へ押し付けた。
ぎり、と歯軋りとともに力を籠め、姉さんがあぐっ、と呻いた。
それでも、姉さんは喉を動かし、言葉を紡ぐ。
「ご――め、ん」
それは、謝るためのものだった。
「なんで――なんでだよっ!」
ぼくは発狂しそうになった。気付いてしまったから。
ぼくは、彼女に責められることを望んでいる。
しかし、姉さんはきっとぼくを恨んでいない。そもそも、ぼくが罪悪に苛まれている理由すらわからないのだろう。
だからこそ、彼女は困惑しているのだろう。
だからこそ、ぼくに対して、謝ることしかできないのだろう。
「この――っ!」
姉さんからしてみれば、逆恨みもいいところだ。ぼくだって自覚している。姉さんを恨むのはまったくの筋違いだとわかっている。
ぼくは姉さんが
その事実に。自分のふがいなさに。八つ当たりのように右手に力が籠もる。
「うぁ、ぁぐ……」
姉さんが苦悶の表情を浮かべている。ぼくの手首を姉さんの手が掴むが、力はほとんど入っていない。
咳き込むような
「――っ」
そこでぼくは、姉さんが一度も反撃してきていないことに気付いた。
この戦闘――と、呼べるかは別として――を始めてから、姉さんはただ一つの魔力弾を撃ち出すことすらしていない。
その事に、ぼくは恐ろしいほどの不安に駆られる。
「姉、さ……」
姉さんが、涙をこぼした。ぼくのせいで。ぼくの行動のせいで。
ぼくはそんなことを望んでいたわけじゃ、断じてなかったはずなのに。
――そして、なんとなく理解した。
ぼくは一方的な八つ当たりをしたいんじゃない。姉さんを悲しませたいわけでも、姉さんを怒らせたいわけでもない。
ぼくは姉さんに何かを求めている。それはけして、先ほどまで考えていた手前勝手な要求ではない。
おそらく、ぼくは――
右手から力が抜け、ぼくは後ずさる。
「姉さん、ぼくは――」
げほげほっ、と咳き込みながらも、姉さんはふらつきながら、涙目になりながらもぼくを見て、
「一騎……お願いだからやめて……私は――」
ぼくらは同時に叫んだ。
「「――こんなことしたくない!」」
ぼくは弾かれるように姉さんから離れると、刀を鞘に納め、抜刀の構えを取る。
「一騎!」
「でも、駄目なんだ!」
魔力を凝縮して腕と刀に流す。
追加された変換資質による電気も凝縮され、魔力光と相まって赤い電流となって腕を走り、鞘の中で暴れまわる。
「違うんだよ!」
全力で床を蹴り、加速しながら抜刀を繰り出す。
それは姉さんのとっさの回避により、胸元のインナーを薄く裂いただけだった。
「ねえ、一騎! 私にできることならなんだってする! 一騎が気に入らないなら、このまま――」
「――そうじゃないんだよ!」
ぼくは刃を返し、走り出す。
「ぼくはあんたに謝ってほしくなんかない!」
「じゃあどうしたらいいの!」
「ぼくだってわかんないんだよ!」
展開されたシールドに刀を突き刺す。
「ぼくの言葉は手前勝手な感情だ! 八つ当たりだ!」
刀を捻って無理矢理シールドを切り開き、姉さんを叩き落とすと、それを追って地面に着地する。
「あんたを疎んでた! こうやって責めてやりたいと思ってた!」
ぼくは刀から衝撃波を打ち出し、姉さんの身体を吹き飛ばす。
「ぼくが溜め込んだ苛立ちを全部ぶつけたいと思ってた!」
仰向けに倒れた姉さんの傍へ歩み寄り、バリアジャケットの襟を掴み上げて怒鳴る。
「そうすれば、あんたもぼくを
罪悪感は、相手から責められる事でしか意味を成さない。責められることのない罪悪感など、ただの自己満足でしかないのだから。
「けど、何も変わらなかった!」
ぼくはこの感情をぶつけることで、あの『ぼく』とは違う、ぼく自身に変化があると思っていた。恨んでくれない恨みを糧に、責めてくれない姉さんを責めれば、いっそ全ての感情が、罪悪がなくなるのでは、と。
たとえどんな変化でも、ぼくはそれを受け入れるつもりだった。
けど、変わらなかった。
「あんたは相変わらず恨んでくれなくて! ぼくはあんたの事を変わらずに逆恨みしてて!」
ぼくは、結局あの『ぼく』と同じだったんだ。
『ぼくはお前だ』と。
望みも、想いも。
そして、ぼくが何を求めていたか。
「ぼくは結局――」
~~~~~
「無茶苦茶するな、馬鹿野郎が」
「黙れよ、『ぼく』」
ぼくがそう言うと、『ぼく』は呆れたように肩をすくめ、
「一人で勝手に突っ走ったと思ったら、一人で納得しやがって。ぼくにも説明してほしいね。お前が姉さんと戦って、何かを掴めたのかい?」
「ああ。やっぱり、ぼくとお前は同じだってことだ」
『ぼく』は怪訝な顔をした。
「お前はぼく自身だと言った。なら、ぼくもお前自身なんだよ」
「同じだ、って何度も言ってるだろ」
「ああ。同じように、お前も『姉さんを疎んでた』」
ぼくの言葉に、『ぼく』は息を呑んだ。
「お前だって『高町なのはの弟』だった。ぼくは『エース・オブ・エースの弟』。同じように、『弟』のしがらみを感じてた」
「…………」
「学校で、馬鹿な連中の相手をするのは嫌だったんだろう。『高町なのはの弟』ってだけで、近付いてくる奴等が嫌だったんだろう」
「あんな奴等、相手にしてなかったさ」
「殴り倒してたのに、か」
「あれは――」
認めろよ、とぼくは言う。
「ぼくらは姉さんを利用していた。あの
「それは――」
「そして、ぼくと同じように、お前も罪悪感を感じている」
『ぼく』は小さな悲鳴のような声をあげた。
自称『罰』である『ぼく』も、結局はぼくと同じなんだ。
なら――
「でも、大丈夫だ」
ぼくの言葉に、『ぼく』は不安そうな顔をした。
「お前もぼくと同じだ。姉さんを疎んでいて、罪悪を感じていて。だからこそ、ぼくと同じものを求めている」
「――本当、なのか。わかってるって言うのか」
「ああ、もちろん。それは――」
~~~~~
ぼくは姉さんの襟をつかんだまま叫ぶ。
「ぼくは結局――姉さんが好きなんだよ!」
「――へ?」
いったいぼくは何を口走ってるんだろうか。
「なにかをする度に『弟だ』って鬱陶しくても、そのせいで苛ついてても!」
あんたを恨んでるだのなんだの行っておきながら、結局は好きだ、なんて言って。
「でもやっぱり、姉さんの事は好きなんだ!」
「ぇ――は、ええっ!?」
ほら、突拍子も無いこと言うから、姉さんが混乱してる。
「ぼくはずっと、姉さんがぼくを恨んでるんだって思ってた! 恨んでいるはずだって思い込んでた! そうでなきゃ、ぼくは耐えられなかったんだ!」
ぼくの言葉に、姉さんは呆けたように黙り込んでいる。
「ぼくは不安だったんだよ!」
「――不安?」
やっとわかったこと。
姉さんを疎んでいた意味も。
そのせいで苛ついていた意味も。
「姉さんが一言も責めてくれなかったから、ぼくは自分で自分を責めるしかなかった! 自分で『罰』を作り出すしかなかったんだ!」
いつかは気付くと確信していた。いや、気付いていたのだろう。ぼくは自分に甘いから、それに気付くたびに、都合よくその事実を隠していたのだろう。
自分が作り出したものだと気付けば、きっと、甘えてしまうから。
だからぼくは、気付くのが少しでも遅れるよう、姉さんと距離を取っていた。そう自覚し、ぼくは肩を震わせる。
いっそ自分の浅ましさに泣きそうだったが、ぼくは起きているときに涙を流せないことを知っている。
「ぼくは姉さんを恨んでると同時に、姉さんに
「――っ!」
ぼくの叫びに、姉さんが驚くような表情を浮かべる。
そうでなきゃ、ぼくは本当の意味で自分を責めることができないのだから。
自分の罪悪感を、自己満足で終わらせないためにも。
姉さんに責められ、罵られる。そうすることで、ぼくの罪悪は意味を成す。
「ぼくはずっと――」
ぼくと『ぼく』がずっと望んでいたもの。
ぼくはお前だ、と『ぼく』は言った。お前の想いは『ぼく』の思いだと。
ならお前もぼくだ、とぼくは言った。ぼくの想いも、お前のものだと。
なら、『ぼく達』の望みは。
その想いは、とても強く、ぼくらの胸で燻っていた。
「――姉さんと一緒に居たかった! この罪悪も何もかもを清算して、気兼ねなく姉さんの隣に立ちたかった!」
そう、『ぼく達』の想いを吐き出した。
罪も罰も関係ない。『ぼく達』は、ぼくが作り出した『
どちらも、罪悪感という自己満足を、軽くするために作り出した
「だから責めて欲しかった! そうでなくちゃ、ぼくは自分を責められない!
震える手に力が入らず、刀を取り落とす。
もう、どうしようもなかった。
「ぼくは――」
掠れ声で呟く。全て自覚した。姉さんに全て吐き出した。
「一騎、もしかして――そっか……そうなんだね」
後は、姉さんが責めてくれればそれで全て終わる。
「一騎――」
――はず、だったのに。
ふわ、と。ぼくは優しく包み込まれた。姉さんがぼくを抱き締めていた。
ぼくはどういうことかわからず、ただされるがままだった。
「――不安なんて、感じることないよ」
ぼくが心のどこかで、ずっと求めていたもの。
「一騎は、私の弟だよ」
ずっと求めていた言葉。
「恨んだりなんて、できるはずない。一騎を責めたりなんて、私にはできないよ」
そんな、とぼくは呟くように、哀願するように言った。
姉さんはそんなぼくに対し、「大丈夫だよ」と言った。
「一騎が自分を責めてるのは痛いほどわかったよ。なら、私が責める必要なんて無い。一騎は十分に苦しんだんだから」
「違う! ぼくの罪悪は紛い物なんだ! 自己満足なんだよ!」
「自己満足だとしても、その辛い気持ちは本物だよ。私に対して何もできなかったことを悔やんで、悩んで……ずっと苦しんでたんだよね」
だからね、と続けた。
「一騎はわからなかったんだよ。一騎は私に『責めてくれ』って言ってたよね」
――それは、一騎の本当の望みじゃないよ。
「え……?」
「充分に一騎は苦しんだ。充分に一騎は反省した。もう嫌だ、って泣いてしまうほどに、一騎は辛い思いをした。だからね……」
もう、大丈夫だよ。お姉ちゃんは――
「一騎を
どくんと、ぼくの心臓が跳ねた。
「あ――」
赦します。その言葉に、ぼくは胸が締め付けられ、そして――
「よく頑張ったね。よく話してくれたね。辛かったよね――ごめんね」
「っ――なんで、ぼく――」
これが。心のどこかで本当に望んでいたこと、なのか。
責めて欲しいのではなく、赦して欲しいと。
ぼくがどこかでそう望んでいたことに、姉さんは気付いていたっていうのか。
「私はずっと――ずっとずっと、一騎が言ってくれるのを待ってたんだよ……」
ぼくはずっと、姉さんに赦して欲しかったんだ。
「私だって、不安だった」
姉さんの優しい言葉を聞くたびに、赦しを得るたびに。
姉さんが「もう恨まなくていい」と教えてくれるたびに、ぼくの罪悪感が溶けていくのを感じる。
「一騎がずっとなにかに悩んでて、一人でなんとかしようとしてたの、わかってたから。なのに一騎は、相談もなにもしてくれないから。私はそんなに頼りにならないのかな、って」
「っ――」
違う、と小さくつぶやく。うん、と姉さんは頷く。
「でも、違うんだよね。私は、お姉ちゃんなのに……弟の我が儘を、わかってあげられなかったんだ」
「わが、まま――」
「うん――」
姉さんはとても嬉しそうに、綺麗に笑った。
「――初めて、我が儘言ってくれたね」
「――ッ!」
ああ、そうなんだ。
ぼくの瞳から、涙が零れてきた。
「姉、さん……姉さんっ」
ぼくは声をあげて泣いた。
ぼくの感じていた罪悪感も、
姉さんの「赦す」という一言で、全て溶けて消えていった。
「ごめん、姉さん。ぼくはまた……姉さんに迷惑掛けた」
ぼくの八つ当たりを、我が儘と言ってくれた。
ぼくの罪悪を伝え、姉さんに赦してもらうこと。
たったそれだけのことなのに、遠回りをした。こんなにも簡単なことなのに、ぼくには出来なかった。
ただ、ただ不安だった。
責めて欲しいと望んでいたのに、本当に罰せられるのが怖かった。
罰して欲しいと望んでいたのに、本当は否定されるのを恐れていた。
そのうえで、否定されずに許してほしいと願っていた。
なによりも……姉さんに嫌われることは、なによりも怖かった。
だからこそ、姉さんはそれを『我が儘』と言ってくれた。まるで、子供の癇癪だとわかっていると、受け止めてくれるように。
「いいよ。大丈夫だよ。全部赦すから。大事な弟の我が儘くらい聞けなきゃ……お姉ちゃんなんて務まらないからね」
「――ありがとう、姉さん」
ぼくは姉さんに体を預けながら、そう呟いた。
「赦してくれて、ありがとう」
「……うん」
姉さんは嬉しそうに、ぼくを強く抱き締めていてくれた。