「やっぱり一騎だったんだ。ヴィータと戦ってたのって」
「うん。負けちまったけどね。惜しかったんだけどなぁ」
「うーん……そうだね、ヴィータちゃんに有効な戦法は――」
「言うなよ、なのは」
「――との事だから、自分で考えるように」
姉さんがそう言って笑った。
ぼくはパスタを口に頬張りつつ、後ろを通り過ぎようとしたヴィータさんを恨めしげに睨む。
「助言くらい聞いたっていいじゃないか、ヴィータさん」
「敵への有効な戦法くらい、自分で見つけろ」
「負けず嫌いだな……ヴィータさんって、普段は下手な大人より大人っぽいのに、時々子供っぽいんだよな」
「お前も昔はえらく冷めてたってのに、最近やけに子供っぽいけどな」
「遠慮が無くなっただけだよ」
「へえ、そうかい」
ぼくは歩いていったヴィータさんに手を振り、空になった皿にフォークを置きつつ、水の入ったコップを手に取る。
「子供っぽく、か。『一騎が甘えてくるようになった』って、なのはがとっても嬉しそうだったんだよ」
「ちょっ、フェイトちゃん――」
「あはは……実際、ぼくが悪かったのは事実だしね。姉さんとフェイトさんに心配掛けてばっかだった」
ぼくははにかむように笑い、
「でも、あれ以来姉さんとの壁が無くなったように感じる。やっと『姉弟』って感じになれたんだな、って思う」
「あ、あはは……」
ぼくの言葉に、姉さんは少し照れ臭そうに笑う。
「いいなー、なのは。一騎、私にも甘えていいんだよ?」
「フェイトさんには昔から甘えっぱなしだよ。
ぼくは頭を掻き、
「ぼくにとって、フェイトさんは特別な存在なんだよ。ある意味では、姉さん以上に」
「――ふぅん?」
その言葉を聞いて、姉さんが悪戯っぽく笑う。
「やっぱり一騎はフェイトちゃんのこと――」
「もちろん、大好きだよ」
「……改まって言われると、ちょっと照れるね」
フェイトさんが顔を赤くして、照れ臭そうに頬を掻いた。
~~~~~
「羨ましい」
「いつも思うけど、姉御って勝ち組だよな」
「美人の姉と義姉とな」
「それはちょっと違う。けど、同じようなもんだよな」
「オレはロリコンだから姉属性には興味ない」
「レイナのお嬢逃げろ! ヴィヴィオ嬢連れて逃げろ!」
「ヴィータ三尉は」
「返り討ちにするだろ。さあ、レイナ嬢の保護だ。兄貴が居らんのに、あの子に被害が出たらオレらが殺される」
「逃がすよりもこいつを拘束した方が早くね?」
「こいつ、時々バインドを一瞬で解くんだよ。オレは全力で縛ってんのに」
「天才か変態のどっちだ」
「変態だな」
後ろから聞こえてくる会話に溜め息を吐いていると、向かいの席でパンを齧っていたヴェルディ三尉が楽しそうに笑った。
「カズキも変わったな。俺等の居ない間になんか面白いイベントでもあったのか?」
「ええ、姉弟喧嘩を少しやったようです」
「喧嘩? 高町一尉と『弟』が、か?」
モルス一尉が驚いたように聞いてくる。
俺はうなずき、一連の出来事を説明した。高町がその時何を思っていたか、というのも、既に本人から聞いていたので、それも交えて。
「優秀な姉を持つと苦労する、というわけだな」
「――アレクセイっ」
アブラモフ三尉の言葉を、ヴェルディ三尉が少し慌てたように咎める。
アブラモフ三尉はしまった、という顔をして、モルス一尉に頭を下げた。
「――すまない、アンソニー」
「なぜ私に謝る。関係無いだろう」
「……そうだったかね。そういうことにしとくかな」
ヴェルディ三尉が気まずそうに言い、ごく自然に話題を変える。
「そういや、ジュンはどうだよ。生きてんのか?」
「ええ、生きてます。まだ起きてませんが」
「聖王医療院で長期休暇なんて、羨ましいねぇ、
「俺達が言えたことか? ハーヴェイ」
「公開意見陳述会でフォレスタ二佐が『強行偵察課を解体する』と言った。それはつまり、私達の所属していた部署が無くなるということだ」
「あれ、つまり俺等って局員クビ?」
「そうはならないと思いますが」
「ああ。仮にも俺達『強行偵察課』はエキスパート部隊だ。管理局の中なら、引く手数多だろうな」
「その通りだ。ハーヴェイ――お前も、希望してた航空武装隊へ行っていいんだぞ」
「――俺のことはいいんだよ。アレクセイと二人で考えるさ。ティルクはここ終わったらどこいくんだ?」
そう言われて、俺は腕を組んで考え込む。
「まだ、決めていません。俺ができることはあまり多くないので、道はかなり絞れるとは思うんですが」
「お前は――ピッキング持ちの空曹長だったか」
「ええ。といっても、六課に来てからは殆どやってませんが」
「スキル落ちてんじゃねえの? ちゃんと鍵開けられるんだろうな」
「大丈夫、だとは思いますが」
まあ、スキルはともかく、とモルス一尉が顎に手を当て、
「まあ、お前の性格も含めて、捜査官や執務官が向いてるんじゃないか?」
「そうでしょうか」
「こんな生真面目君が執務官なんて、過労死すんぞ」
「いや、案外いいんじゃないか。強行逮捕に向いてそうだ」
俺はモニターを出して執務官についてのデータを出す。
「……かなり条件が厳しいようですが」
「ま、『向いてる』と『実際にできる』は結構違うからな。普通に武装隊行ったっていいだろ」
「子供でもないしな。自分で考えて決めた方がいいだろう」
「……ですよね」
俺は呟き、溜め息を吐いた。
どうも、俺は自分から何かをする、というのは苦手だ。
命令を受けてそれを達成する、というのを繰り返すのが、ある意味楽で、俺に向いてるとも思っている。
まあ、この考え方を変えるいい機会か、と無理矢理納得し――モルス一尉と目が合った。
彼は気にした様子もなく空になった皿を片付け、席を立った。
なんとなく、モルス一尉はこれからどうするんだろう、と考えた。
~~~~~
夕食を食べ終えると、自分の部屋に戻り、電気を付ける。
二人部屋で、それなりの広さがあるのだが、部屋の半分は潤が購入したトレーニング器具で場所が埋まっている。
ぼくはその中からダンベルを借り、左腕の筋力トレーニングを行いながら、椅子に腰掛け、モニターを開いてイノセントハートの戦闘データをフィードバックする。
部屋には、イノセントハートが自己分析する音だけが響く。
この静かさにはもう慣れた。
同室の潤はまだ入院していて、意識が戻っていないらしい。
レイナは事件中、ティルクの両親に預けられていたそうだが、六課の隊舎が修繕されると同時に寮に戻り、ヴィヴィオと一緒によく遊んでいる。
だが、普段にまして元気が無い時が多いらしく、ヴィヴィオが心配して相談に来たことがある。
「まあ、仕方がないのかもしれないな。兄が重傷なんだから」
気付いたときには遅かった。
何気なく呟いたその言葉が、ぼくの胸に突き刺さる。
そして、映像がフラッシュバックする。
「まずい、また――」
映し出される病院。
ここは待合室だ。隣でフェイトさんが世話しなく身動ぎしている。
そして、慌てたような声が聞こえてきて、ストレッチャーが運ばれ――
がたん、とぼくは椅子から転げ落ち、膝立ちに起き上がろうとしつつ、呼吸困難に陥る。
まずい、まずい、まずい。これは、この場面はもしかして――
そこで、ぼくの身体に小さな身体が抱き付いてきた。
「お兄ちゃん……大丈夫?」
「ヴィヴィ、オ――」
いつの間に部屋に来ていたのか、ヴィヴィオが泣きそうな顔でぼくの顔を覗き込む。
ヴィヴィオを認識すると同時に、ぼくは呼吸が楽になっていくのを感じた。
「ああ……もう大丈夫だよ。ありがとう、ヴィヴィオ」
「ほんと?」
「うん。ヴィヴィオのお陰で楽になった――って、どうしたの、こんな所に来て」
「……お兄ちゃんと一緒に寝たいの」
そう、少しだけ躊躇うように言った。
その申し訳なさそうな顔に少しだけ疑問を抱くが、すぐに納得する。
考えてみれば、いままでヴィヴィオと遊んだことはあまり無い。お兄ちゃん、などと呼ばれているが、実際はそこまで気を許せていなかったんじゃないだろうか。主に、ぼくが。
それを悩んでいたヴィヴィオが姉さん達に相談し、それを聞いた姉さんがぼくの部屋にけしかけた、といったところだろうか。
部屋のドアを開けて廊下を見るが、人影は無い。
だが、ぼくは自分の想像が間違っていないことを確信し、ドアを閉める。ヴィヴィオは、いきなり自分の隣を通りすぎたぼくを驚いた様子で見ていた。
ぼくは誤魔化すように笑って、ヴィヴィオの頭を撫でた。
「あはは……それじゃ、一緒に寝ようか」
ぼくの言葉に、ヴィヴィオはとても嬉しそうに頷いた。
~~~~~
「……なんだよ、それ」
『俺』は酷く愕然とした表情で、目の前の男に向かって呟いている。
男は薄く緑がかった銀の短髪。青と紫の虹彩異色。しかし男は『俺』の言葉に何も答えず、目を閉じて歯を食い縛っていた。
「お前は――
その言葉も、男はなにも答えない。
答えられないのではなく、『答えない』んだと思う。
男からは激しい後悔を感じた。
「……見損なったぞ、シュトゥラの王。お前は自己犠牲を止めずに送り出したって訳か」
「……そうだ。私の力不足で、彼女は――」
それを言い終わる前に『俺』は男に詰め寄り、襟首を掴み上げた。
「お前が止めなかった。そのせいで
「……そうだ」
男は俯いて、そう声を絞り出した。
『俺』が激昂したのがわかった。
全身に焔を纏い、拳を振りかぶる。
その拳が打ち出されようとした瞬間、地を揺るがすほどの咆哮が轟いた。
「なっ――!?」
「――リンドヴルム。黙ってろ」
蛇の躰に前足と翼を生やしたような竜が、『俺』の隣に降り立つ。
リンドヴルムは、何かを呟いているように見えた。
「わかってんだよ、んなことは! こいつは悪くないんだろう。そもそも
『俺』は襟首を掴んでいた手を離すと、その場で項垂れた。
「――こんなの、気分悪いだろうが」
そして、一瞬で俺の視界が真っ白になる。
(なんだ? 急に――)
そこで俺は理解した。視界が塗り潰された訳じゃない。
俺は真っ白な空間に居るんだ。
そして、俺の前に炎が灯るように出現する。
(――お前、リンドヴルムか?)
炎は竜の形を取った。
そして、顔の部分を俺に近付けて、何かを呟く。
その意味は、頭の中に直接入り込んできた。
――オレの記憶だ。忘れるな。
(――忘れる、な? 待て、それはどういう――)
その先を言う前に、俺のぼんやりとしていた意識は唐突に覚醒に向かう。
それが何を示すものかはわからなかったが、得体の知れない不安に駆られ、リンドヴルムに向かって手を伸ばす。
その手はもちろん、届くことはなかった。