「時間潰す、つっても、地上本部の中じゃなぁ」
やることもない。一応陸の制服を着ているから周囲から浮くことこそないが、通りすがる人がちらちらと顔を見てくる度に、なぜか不安で仕方がない。
できるだけ人目に付かないように移動し、地上本部を出る。
「出来るだけ近くで、時間が潰せそうな場所――」
あるのは、喫茶店に図書館。あとはゲームセンターが少し歩いた先にあったはずだ。
「……図書館行くか」
喫茶店だろうがゲーセンだろうが、金を使いたくない。そうした消去法にもならない選び方で、図書館へ歩みを進めた。
~~~~~
「入院患者の見舞いに来ました。モルスです」
「はい、こちらをどうぞ」
通行証みたいなものだろうか。それをアンソニーは二つ受け取り、一つをぼくに渡す。
「今日はお仕事、よろしいんですか?」
「ええ。今日は非番なので――どうですか、様子は」
「……いつも通りです」
「そうですか。では」
受付の看護師と話し終えると、こっちだ、とアンソニーは歩き始めた。
看護師と顔見知りになるほどに、アンソニーはここに通っているようだ。
見舞いと言っていたし、友達が入院していたりするんだろうか。
「この医療センターって、かなり先進的な技術の施設ですよね」
「ああ。色々な症状の患者に対し、効果的な治療を施したり研究したりする場所だ。おそらく次元世界で一番医療技術が進んでいる施設だろうな」
「違法研究施設を除いて、ですか?」
「フッ……そうかもな」
アンソニーが薄く笑った。
さすがに不謹慎だった、とぼくが顔に出さずに反省していると、アンソニーはエレベーターのボタンを押し、開いたドアから入ると、四階のボタンを押す。
ぼくらは並んで立ちながら、エレベーターが上っていくのを待った。
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なんとなく気になったのは、古代ベルカの歴史書。俺自身がベルカ式なので、ミッドよりは歴史に興味があった。
そのコーナーに足を運び、本をさがす。
「古代ベルカの成り立ち、戦争中の実話、王達の――ん、『雄王列記』?」
そのタイトルに興味を惹かれ、本を手に取ってみる。
王の列記ってなんだ、王ってのは一人じゃないのか、と思いながら本を捲ると、すぐに納得した。
ベルカというのは世界の名前であって、国の名前じゃない。世界にはたくさんの国があって、国にはそれぞれに王が居る。それを失念していた。
『一般に古代ベルカと呼ばれる、『ベルカ諸王時代』について詳細は今もわかっていない。書によって記されている事実が異なり、正確な情報が無いためだ。共通しているのは、それぞれの小国の王がお互いに争い、土地や資源を求めていた、ということ。戦により、空は黒雲に覆われ、大地は荒れ果てていた』
その光景を、くっきりと思い浮かべることができる。空に青は見えず、真っ黒な煙を含んだ雲に覆われていた。大地も渇いていて、荒れ果てていた。
『戦争における詳細もわかっていない。歴史に大きく残る程の大規模な戦だったのは間違い無い筈だが、いつから始まっていたのか、どのくらいの被害が出たのか。そもそも何故戦争が始まったのか。現時点では正確な記録が見つかっていない』
戦争が始まった理由。確かに、公には伝わっていない部分もあるだろう。けど、理由なんて簡単だ。
『天地統一』。
自分の力を示すためとか、貧困に染まった自国を復興させるためとか、そういう細かい理由はあるが、 求めていたものはどの王も同じだったんじゃないか、と思う。
(……俺、なにムキになってんだ?)
頭を切り替えて、続きを読む。
『その戦争の時代を生き抜いた王達』
『聖王』オリヴィエ・ゼーゲブレヒト。
輝く金髪に、紅と翠の虹彩異色。幼少期の事故で両腕を失っており、現代に伝わるどの肖像画においても鋼の義手を身に付けている。
魔導と武術に優れた、通称『最後のゆりかごの聖王』。
「ゆりかご……」
JS事件で利用された古代ベルカの質量兵器。巨大な戦船。それが何故ミッドにあったのかは知らないが、どうせ研究目的で運ばれていたんだろう。まあ、今はもう『ゆりかご』は無いわけだが。
「次は……」
『覇王』クラウス・G・S・イングヴァルト。
シュトラに生まれ、『聖王』に並んで名を馳せた王。
聖王連合とシュトラは国交があり、『聖王』とも交流があった、という記録がある。
しかしこれには諸説あり、国交はあっても親交は無かった、そもそも『聖王』オリヴィエとは生まれた時代すら違う、など、様々な説がある。
「それぞれの王に対しての説明と、時代背景に考察……もしかして、この本全部にこんなの書いてんのか?」
流石にそれは読む気にならねぇな、とページをパラパラと捲り――止めた。
「『炎帝』……?」
『炎帝』リュート・リンドヴルム。
特徴的な黒い髪と瞳を持つ、謎の多い炎熱の帝。
武勇においては語られることは少なく、『諸王』の中では戦闘能力は高くないと思われる。
にもかかわらず、幾つかの書物において、『炎帝』の名が記され、語り継がれている。何故かというならば、『炎帝』の業において、他の王とは違う点があるからだ。
『炎帝』は古代より伝説に語り継がれてきたベルカの竜『リンドヴルム』と契約をし、その名を姓とした、という説がある。
しかしその後、大国に挑んだわけでもなく、シュトラ・聖王連合の尻拭いともとれる小規模な戦しか記録に残っておらず、竜との契約の真意は謎のまま。さらに、『炎帝の一族』は諸王時代の戦が終わる前――つまり聖王家の統一前に姿を消した。
聖王家の統一が行われた後も、『炎帝』の名が伝記に表れることは無かった。
「リンド……ヴルム……」
俺の奥で、何かが吼えた気がした。
「……あの時の?」
俺は朦朧とした意識の中で放った、焔で象られた竜の姿を思い出した。
そして、なにか重要なことを思い出せそうな気がするのに、いまいち靄が掛かっていて、思い出すことができない。
「まあ、気にするだけ無駄か。思い出せないってのは、所詮その程度のことだ」
俺はそう溜め息を吐き、
『~~~~~~っ!!』
そして、レイナの声にならない叫びが頭の中に響いた。
~~~~~
「この部屋だ」
アンソニーは立ち止まると、ノックをし、ドアを開けて中へ入っていく。
返事くらい待たないのか、とぼくは驚きながら、その後に続く。
一人部屋だ。少し広めの病室に、清潔感溢れる白いシーツのベッド。
そこに、一人の女性が眠っていた。
青みがかった長髪に、線が細いと言うにはあまりにも痩せ細った、
顔立ちは美しいが、その痩せこけた頬はとても脆く、触れたら崩れてしまいそうな儚さがある。
そういえば、入り口の名札にはこの人の名前が書いてあった。
確か、『Aurelia Mors』。
「オーレリア・モルス……?」
「そうだ。かつて一等空尉であり、AAAランクの空戦魔導師であり、『八年前の事故』で重傷を負って以来眠り続けている……私の姉だ」
心臓が痛いくらいに早鐘を打つ。
八年前の事故。重傷を負って以来眠り続けている――アンソニーの姉。
ぼくは言葉を失い、アンソニーを見た。
彼は悲しい瞳をしたまま、彼女を見ていた。
「八年前の事故について、詳しいことは私にもわからない。だが、おそらく高町一尉が落とされた混乱に巻き込まれ、傷を負ったのだと思う」
当時からエースとして期待されていた姉さん。
幼いながらもAAAランクとして、ロストロギアに関わって二度も事件解決に協力した天才。
たとえ10を過ぎたばかりの少女であっても、事実として実力はそこらの魔導師よりよっぽど強かった。
そんな姉さんが落とされたとなれば、周りの魔導師は慌てたことだろう。その時の混乱で、かなりの数の魔導師が負傷したらしい。
この話のことは、フォレスタ二佐の話を聞いてから自分で調べて知ったものだ。
その負傷した魔導師の中に、アンソニーの姉も居た、ということか。
「姉は8年前から昏睡状態にある」
アンソニーは彼女の手を取って話し始めた。
「私はその時16で、学院に通っていた。姉が墜ちたと聞いたのは授業が終わった後でな。駆け付けた時には、既に姉はこの部屋のベッドに寝かされていた」
天井を見上げながら、続ける。
「長かった髪は全て剃られ、包帯が身体中に巻かれ、人工呼吸器が取り付けられていた。私が呆然と眺めているときも、規則正しい電子音を発していた」
今はもう外れているがな、と呟く。
「しばらく私は佇んでいたよ。あまり深く話したことのなかった姉が、いまこうして目の前で眠り続けている。それだけで、『弟』である私は動けずに、呼吸すら忘れ、包帯だらけの姉を見つめていた」
ぼくはその光景を思い浮かべる。
「なにを思ったか、私はそこから魔導師へと進んだ。姉が行こうとしていた道を、想いを継ごうとしたのかもしれない。理由は今でもわからないが、私は管理局に入った」
強行偵察課は、フォレスタ二佐と一緒に作ったんだ。アンソニーはそう笑った。
「その時から、姉の見舞いを怠った時は無かった。長期任務があった時も、帰ったら必ずここに来た。時間があれば、毎日でもここへ来た。任務が終わる度に。それを、私はずっと続けていた。そして……気付けば8年も経っていた」
そこで、ぼくは嫌な予感を感じていた。
これは、もしかしたら。
「私は最近、考え始めている。姉はずっと眠り続けている。8年間ずっと。身動きひとつせずに。伸びるのは髪の毛だけ。瞼をピクリとも動かすことはない」
これはおそらく、ぼくにも通ずる話。いや、『もしかしたら』。
「『姉はもう目を覚まさないのではないか』。私はそう考えるようになっている」
「それは……」
「しかし、姉は――オーレリアはどう感じているのだろうか、と」
どういうことですか、とぼくは聞く。
「ずっと眠り続けて、動くことすらできず、ただ時間が過ぎていく。表面の傷は治ったが、筋肉や神経系は未だに完治していない。その事を考えて、私はある考えに辿り着いてしまった」
ぼくには予想がついた。
「彼女の意識はどうなっているのか、ですか」
「そうだ」
アンソニーはゆっくりと頷く。
「オーレリアは、この状況をどう感じているんだろうか。普通の睡眠の様に、ただ眠っているのかもしれない。いや、もしかしたら、意識は覚醒しているが、身体が動かせない状態なのではないか。もしかしたら、沈んだままの意識の中で、傷の痛みを絶えず刻まれているのではないか。身動きできない身体に痛みを感じながら、意識は悲鳴をあげているのではないか。それとも、意識すらなく、この身体には既に姉は『いない』のではないか」
一気に捲し立てるアンソニーに、ぼくは今気付いた。
これは、『もしも』だ。
「このまま生きていて、姉は本当に幸せなのだろうか。もしかしたら、今も苦しんでいるかもしれないのに。身体の痛みに泣き叫んでいるかもしれないのに」
「……だけど、安らぎを感じているかもしれない。痛みなんて無く、今この瞬間も、ゆっくりと目覚めに近付いているかもしれない」
「そうだ――『かもしれない』が多すぎて、結局私には何もできない。こうして姉の顔を見つめながら考えても、なにもわからない。答えは見いだせない」
アンソニーは、ずっと昏睡している姉を見てきた。そして、姉のために何かできないかと考えるが、どれも曖昧すぎて答えになんてなるわけがなかった。
ぼくにはアンソニーの気持ちがわかる。
これは『もしも』だ。
ぼくはアンソニーに、『もしも』を語られているんだ。
――
姉さんがあの事故で、もしも目を覚まさなかったら。
おそらくぼくは、アンソニーと同じ状態になっていたんじゃないかと思う。