魔法少女リリカルなのは エース・オブ・エースの弟   作:ロア

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57話 Original Episode 7

「なあ、一騎」

 

 アンソニーはぼくを見た。

 

「私の姉は今こうして眠っている。しかし、もし目が覚めたら、間違いなくリハビリが必要になる」

 

 ああ、そういうことか。

 ぼくはアンソニーに『もしも』を語られた。

 だからぼくも、彼に『もしも』を語ることになるんだろう。

 ぼくは頷き、最初から話し始めることにした。

 一番最初の、あの出来事。

 

 『ぼくが始まった』あの日の事を。

 

 

~~~~~

 

 

 駆ける。地上本部の扉をくぐり、全力で走り続ける。

 通りすがる局員を避け、階段を三段飛ばしで掛け上がり、ひたすら、レイナの声が聞こえる方向へ走り続ける。

 

「な、なんだお前! ここは関係者以外――」

 

 警備員の足を払い、床に叩きつけて気絶させる。

 技術部の『実験室』。

 この先から、レイナの声が聞こえる。

 泣き叫んでいる声が。

 

「レイナ!」

 

 俺も叫ぶ。『実験室』には鍵が掛かっていたが、構っている暇は無い。

 身体強化を発動させる。炎を纏わせた蹴りを扉に叩き込み、破る。

 邪魔な衝立や机を蹴り飛ばしながら、奥に進んでいく。

 そして、最後の扉をこじ開けた先にあったのは。

 

 両手足を台に拘束され、口に布を詰め込まれた体勢で涙を流しているレイナと、その隣でモニターを操作している科学主任の男。

 

「お前!」

 

 怒鳴り、男に近付くが、奴は気付いた様子もなくモニターの大きなボタンをタップする。

 その瞬間、耳をつんざくようなレイナの悲鳴が部屋に響く。

 俺は思いきり男を蹴り飛ばし、襟首を掴み上げる。

 

「……なにやってんだ、お前は!?」

「……ああ、斎藤陸曹。リンカーコアの治療が終わったのですが――気付いたのですよ。このリンカーコアの頑丈さに」

「なに言って――」

「頑丈なリンカーコアならば、試すことができる。一般の魔導師ではできないことが。リンカーコアに直接作用させる、『変換資質』の実験が」

 

 変換資質。

 リンカーコア。

 実験。

 

「お前、レイナに!」

「高町空曹が実証してくれました。『電気』の変換資質を後天的に修得することができると! ならば、『炎熱』はどうか! 試してみるのが、科学者というものでしょう!」

「『炎熱』……?」

 

 変換資質の後天的な会得は一騎から聞いている。ひどいもんだった、と苦々しく言ったあいつの顔を、今でも思い出せる。

 一騎は『電気』を修得するとき、リンカーコアに直接電流を流されたと言っていた。

 なら、今のレイナは。

 

「彼女のコアには炎を噴き出すナノデバイスを埋め込んでいます。ボタンを押せば――」

 

 俺が腕を押さえていても、モニターは指先に表示されていた。

 俺の背筋が凍ると同時、

 

「アァアアァアアアアァアッ!!」

 

 レイナの悲鳴が実験室に響き渡る。

 俺は男の顔面を殴る。

 

「今すぐレイナのコアからそれを取り出せ!」

「心配せずとも……一時間、操作が無ければ、ナノデバイスは転移の応用で食道に移り、吐瀉物として排出される……」

 

 そこまで喋ると、男はまたボタンを押し始めた。

 全力で顎に向けて拳を叩き込む。

 レイナの悲鳴は止まらない。

 俺はモニターを操作している手を取り、指をへし折った。

 レイナの悲鳴が止まり、かわりに男の悲鳴が響く。

 それでも駄目だ。モニターは何処にでも出せる。指先一つでボタンを押すことができる。

 

――そうなれば、やることは一つしかなかった。

 

 

~~~~~

 

 

 あの日、ぼくはフェイトさんと訓練をしていた。

 高速機動の練習だった。姉さんと手合わせをしたときに、『一騎はもっと早く動けるはず』という姉さんの言葉に従ってのことだった。

 

「うん、出来てる! さっきとは感覚が違うの、自分でもわかった?」

「わかった。なんかよくわかんないけど、なんとなくわかった」

 

 なんとなくで十分だよ、とフェイトさんはぼくの頭を撫でてくれた。

 子供ながらに少し恥ずかしがっていると、フェイトさんの隣にモニターが出てきた。

 sound onlyが表示されているそれは緊急の連絡であることがわかって、ぼくは離れて今教わったばかりの機動を復習していた。

 そして、モニターが閉じるのを見て、ぼくはその隣に降りて、フェイトさんに近付いた。

 

「――どうしたの」

 

 フェイトさんは、顔を真っ青にしていた。さっきの柔らかい笑みが嘘のように引っ込み、泣きそうな顔で震えていた。

 

「なのはが」

 

 姉さんがどうしたの、とぼくが近付くと、フェイトさんはぼくに抱き付くようにして崩れ落ちた。

 

「なのはが――!」

 

 姉さんが捜査任務の途中、機械兵器の襲撃を受けて重傷を負った、という連絡だった。

 ぼくが頼むと、バルディッシュが転送魔法を発動してくれた。それからすぐに、姉さんが運び込まれる病院にたどり着いた。

 少しして、ぼくが支えていたフェイトさんは身体を持ち直した。

 

「フェイトさん、大丈夫?」

「うん……大丈夫」

 

 あまりそうは見えなかったが、追及することはできなかった。

 急患だ、という声が病院の待合室に響いた。

 ぼくらは揃って入り口を見た。

 そこには、一台のストレッチャーと、それを押す看護師の人達。

 

「――っ!」

 

 ストレッチャーに寝ていたのは、姉さんだった。

 血の滲んだ包帯だらけで。

 眠っているかのように目を閉じていて。

 でも、顔がまるで死人のように真っ青で。

 ぼくは思わず姉さんの名を叫びだしていた。駆け出していた。

 当然ぼくは、近付くなと注意を受ける。ストレッチャーから引き離される。

 取り乱したぼくには関係なかった。ひたすら姉さんに近付こうとした。

 けれど、当時小学三年生だ。ぼくはどうすることも出来ずに喚いていた。

 そんなぼくを、フェイトさんが後ろから抱き締めた。ぼくは押さえてきたのがフェイトさんだとわかると、無理矢理にでも自分を押さえつけた。下手に暴れて、フェイトさんに怪我をさせるわけにはいかないから。

 昔から、フェイトさんにはかなわなかった。姉さんとは真反対なフェイトさんが、少しだけ苦手で、でも、大好きだった。

 だけど、身体を抑えた分、感情が抑えられなくなった。

 ぼくは泣いた。ひたすら涙を流し、フェイトさんにすがり付き、嗚咽を堪えることもせずに大声で泣き続けた。

 

 ――そして、この日以来、『ぼく』は起きている間、意識がある間、涙を流すことができなくなっていた。

 

 

~~~~~

 

 

 俺は荒くなる息を堪えようともせず、ひたすら拳を振り下ろす。

 砕けた顔の骨を殴る感触が拳に伝わってくるが、その嫌悪感を無理矢理引っ込めて更に拳を叩きつける。

 レイナの悲鳴は止まっている。

 けどダメだ。油断したらこいつはまたボタンを押す。

 俺は拳を振り下ろす。

 すでにこいつの腕の骨は砕いている。

 筋肉の収縮を骨が支えられずに、まるでタコのように腕が丸まっている。

 俺は拳を叩きつける。

 

 とうとう、なにかが潰れる音がした。

 

「ゼェッ……ゼェッ……」

 

 俺はゆっくりと拳をあげ、その下にあるものを見た。

 赤。血の色。それに染まった丸い物体。

 すでに顔の形すら維持できていない。顎は砕け、頬骨も砕け、頭蓋骨さえも砕けているかもしれない。

 いや、そもそも。

 

「殺、した……」

 

 もう、生きてすらいない。

 

「俺が、この手で……」

 

 俺の拳も、傷だらけで、血塗れだ。

 

「殺した、か……」

 

 俺は薄く笑った。

 いまさらなんだっていうんだ。人なら、もう何人も殺してる。今回はたまたま、素手で殴り殺すことになっただけだ。

 

 ――自分の、意思で。

 

「は、ははっ……」

 

 俺は頭を抱えて慟哭した。

 

 

~~~~~

 

 姉さんが意識を取り戻したのは二週間後、リハビリを始めたのがもう一週間後。

 そう、ぼくはアンソニーに説明する。

 

「筋肉だけならまだしも、神経までやられてますからね。リハビリの厳しさも段違いなんですよ」

 

 アンソニーが真剣に聞いているのを見て、ぼくは続きを話し始める。

 

「姉さんって、強いんですよ。どんな状況でも諦めずに行動して、その先に必ず勝利をつかむ。いい結果に導いてくれる。姉さんはぼくの憧れだった」

「……それは、周囲の期待に応えるため、という側面もあったのではないか?」

「――そうです」

 

 アンソニーの言葉に、ぼくは頷いた。

 

「姉さんはエースだった。天才だった。友達にも恵まれ、将来を期待されていた」

 

 ぼくは拳を握り締めた。

 

「だったら……だったら、期待に応えるしかないじゃないか。その為に無茶をしたって、仕方がないじゃないか……」

 

 ぼくは身体が震えるのを止めることができなくなる。

 

「姉さんが落ちたのは、『今までの無茶が祟ったから』。ああ、それは間違っちゃいないだろうさ。姉さんは無茶してた――だけど、姉さんが『何故(どうして)』無茶をしたのか、っていうのを、なんで誰も考えなかったんだよ!?」

 

 思わず声を荒げてしまう。

 

「無茶したからどうなんだよ!? 無茶をしたら悪いのかよ! 姉さんが無茶してたのは……姉さんが無茶を『しなくちゃならなかった』のは、そうすることしか出来なかったからだ!」

 

 いつだってそうだった。

 

「しなくちゃならなかったんだよ、無茶を! そうしなくちゃ、今までのこと全部、どうにもならなかったじゃないか! ジュエルシードも、闇の書も、ゆりかごだって! なのになんで、まるで姉さんを責めるような口振りで『無茶をしたから』なんて言うんだよ!!」

 

 だって姉さんは、ずっと苦しんでたんだ。

 

「姉さんに期待吹っ掛けて、過大評価ばんばん食らって! じゃあそれに応えるしかないじゃないか! 姉さんは一人でそれを背負いこんで、ずっと苦しんでたんだ!」

 

 なのに、いつも笑っていて。苦しんでいた素振りなんて、見せたことなんてなかった。

 だから、誰も気付けなかったんだ。

 

「リハビリしてた時だって、いつ見舞いに来ても笑ってた。『ちょっと辛いけど、でも大丈夫』って! だけど!」

 

 だけど。

 『それ』が崩れたのを、ぼくは目の前で見たんだ。

 

「みんなで見舞いに行って、フェイトさん達が戻った後! ぼく一人が残ってた時に!」

 

――泣いたんだよ、姉さんは!

 

「『辛い』って泣いたんだよ! リハビリにも、魔法にも、今まで抱え込んでた全部に対して! 『もういやだ』って泣いたんだよ!」

 

 今でも夢に見る、あの出来事。

 目の前で姉さんが泣いている。溢れる涙をひたすら拭いながら。嗚咽を堪えきれずに肩を震わせながら。

 そしてその隣で、ぼくは椅子に座りながら、ただ顔を伏せていた。

 

「ぼくは……なにも出来なかった! 姉さんが目の前で泣いてるのに、慰めることも、励ますことも出来ずに、ただ座ってた!」

 

 本当に、嫌になる。

 

「月並みな言葉すら掛けられなかった! 『大丈夫だ』とかいう励ましも、『きっと良くなる』なんて慰めも! ぼくは何も出来なかった。泣いてる姉さんに対して、ぼくはなに一つ出来なかったんだ!!」

 

 

~~~~~

 

 

 レイナを拘束していた台から外す。

 その瞬間、レイナは大声で泣きじゃくりながら抱き付いてきた。

 

「ごめん――俺がもっと早く来てれば……」

 

 だが、あまり時間は無い。

 俺はレイナの肩に手を置き、目線を合わせる。

 

「いいか、レイナ。時間がない。ここを出て、一騎に念話を飛ばせ。地上本部まで迎えに来てくれ、って」

「え……? どういう、こと?」

「俺は逃げなくちゃならない。事情を説明したとして、異世界の管理外ならともかく、ミッドで人を殺してわかってもらえる筈がない。いいか、お前は一騎に会え。アイツならお前をなんとかしてくれる」

 

 いいな、と俺は聞き、レイナが泣きながら頷くのを見た。

 

「ごめんな――さよならだ」

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