「落ち着いたようだな」
「すみません……取り乱しました」
ぼくは頭を掻いた。
構わんさ、とアンソニーは笑う。
「責任は私にある。というよりも、お前のそれが目的だったんだ」
「それ?」
「お前が抱え込んでいるものだ」
ぼくは首をかしげる。
「今お前は言ったな。高町ー尉は『抱え込んでいた』、と」
「はい」
「抱え込んでいるのは、お前も同じだ」
「同じ……ぼくも?」
「少し前、高町ー尉から相談を受けた。『一騎のことについて』、とな。私も『弟』であるから、何かがわかると思ったんだろうか」
「『弟』……姉さんは、オーレリアさんの事を?」
当然、知っているさ。そうアンソニーは頷いた。
「安心しろ。私はもう高町ー尉を恨んではいない」
「もう、ですか」
「ああ。『もう』恨んではいない。だからそんな険しい顔をするな」
「――わかりました。信じますよ」
「そりゃ、助かる」
アンソニーはくっくっ、と笑った。
彼のこんな笑いを見るのは初めてで、少し新鮮な気持ちになった。
「では、戻るか」
「はい――ん、ちょっとすみません」
念話が届いてきた。レイナからか。
『レイナ? どうしたの?』
『一騎さん!? お兄ちゃんが、私のせいで! 私、お兄ちゃんを止められなくて!』
『ちょっ……落ち着け。潤がどうしたって?』
『お兄ちゃんが――お兄ちゃんが人を殺しちゃった!!』
ぼくは言葉を失った。
~~~~~
「どういうことだ!?」
「わかりません!」
アンソニーの言葉に、ぼくは怒鳴り返す。
「人を殺したなんて、冗談だとしても問題だぞ!」
「レイナが嘘をつく訳がありません! つくとしても、こんなことは絶対にしない!」
ぼくらが言い合いつつも、確実に車は進んでいて、地上本部の入り口前に到着した。
本部は騒然としている。
「主任が殺された!」
「容疑者はバイクで逃走中! 各陸士部隊に連絡! バリケードで道路を塞げ!」
この騒ぎ様は、おそらく間違いないんだろう。訓練にしてもこんな状況はありえない。
「レイナは!?」
「一騎さん!」
探すまでもなく、レイナはぼくらの方へ走ってきている。
車に乗れ、とぼくはレイナに叫ぶ。
レイナが後部座席に座ると同時、アンソニーは車を後退させて位置を調整し、通ってきた道路を戻り始める。
「どうなってる!?」
「私が! 私のせいで、お兄ちゃんが人を!」
「それはわかった! どうしてそんなことになった!?」
レイナは必死に落ち着こうとしながらも、混乱した頭で話を進めていく。
だが、しっかりと話のキーワードは交えてあり、だいたいの内容は理解できた。
「あの男、レイナに『炎熱』の実験を――ッ!」
「純粋な科学者ほど面倒な人間は居ないな」
アンソニーが苦々しく吐き捨てる。
そして、突然ブレーキを踏み込んだ。
急になんですか、とぼくが聞くと、アンソニーはレイナを顎で示す。
そのレイナは、口許を手で押さえ、顔色も真っ青になっていた。
「レイナ!? ああもう、アンソニーがスピード出しすぎるから!」
「車酔い……? いくらなんでも」
ぼくはすぐに助手席から降りると、後部座席のドアを開けてレイナを外に連れ出す。
そして、建物の影まで連れていくと、レイナはしゃがみこんで嘔吐した。
「――ん?」
その背中を撫でていると、吐瀉物の中にとても小さな金属が混じっているのが見えた。
イノセントハートが首元で光り、スキャンをする。
《ナノデバイスです。マスターに埋め込まれた、電流を発生させるものに似ています》
「なるほどな……一先ずは、レイナのコアからナノデバイスは無くなった。安全管理はちゃんとしてくれてたみたいだな」
ぼくが苛立ちと共に呟くと、落ち着いたらしいレイナがぼくを見た。
髪と同じく、真っ黒な瞳がぼくを真っ直ぐに見る。
「一騎さん――お兄ちゃんを、助けて」
「……ごめん、それは無理だ」
ぼくは顔をそらし、そう答える。
「どうして!?」
「いいか、レイナ。ぼくらは今までにも人を殺したことがある。けれどそれは、今までの任務で『そうあるべき』人物しか死なせていない。更正の余地が無い人とか、犯罪歴が多すぎる人とか――あまりにも悍ましいことをした人間か、だ」
5歳の少女にする話じゃない。だが、この状況と、ぼくらがやってきたこととは、全く状況が違うんだ。
「さらに、ぼくらは直接手を下したことは無い。あくまで『捜査中の事故』として、建物の瓦礫に巻き込んだりとかして殺してきた。あくまで『事故』だから、ぼくらは罪に問われることは無かったし――『人を殺した』という実感を得ることもなかった」
無茶苦茶なことだと思われそうだが、それこそが『強行偵察課』の任務だった。
「けど、潤は自分の手で人を殺した。そして、それをもう既に何人もの人に知られている。もう、潤が無罪になることは無い。だれだけ弁護しようと、執行猶予すら取れないだろう」
「そんな……」
「だから、これ以上罪を重ねさせないために、潤を拘束する。逃げる事は、罪を重くする。今すぐあいつを捕まえて、さっさと罪を償わせる」
「――そうすれば、お兄ちゃんはまた、私と一緒に居られる?」
「ああ。罪が少しでも軽くなれば、レイナとまた会える日が近くなる。だからぼくらは、絶対にあいつを捕らえる」
ぼくは機動六課に通信を繋ぐ。
「ロングアーチ、こちらリーコン2! リーコン3、斎藤潤陸曹が殺人容疑で捜索中だ! 応援を――」
『こちらリーコン1。既に情報は来ている』
ティルクだ。六課にも情報が届いているということは、もう動いているのか。
「リーコン1、アイツを叩きのめして突き出してくれ!」
『ああ――既に目標を視認している』
「なに、どこだ!?」
『
ティルクの呟きと同時に、通信は途切れた。
~~~~~
「ちっ……今日はえらく行動が早いじゃねぇか、地上部隊の連中!」
既に前の道路にバリケードが張られていて、魔導師が俺に向けて杖を構えている。
それを見ると、俺はセットアップをした。
バイクを走らせながら、俺の身体が炎に包まれる。それが弾けたときには、俺の服はバリアジャケットに変わっていて、ヘッドギア型のブレイブとガントレットのフランメが装備されている。
「止まれ! 抵抗しなければ、お前には弁護の余地が――」
「話なんて、聞いちゃくれねぇだろ!」
俺は左手で炎熱砲のチャージを開始する。
「エクスプロージョン!」
収束なんて出来ていなくて、ただ炎をばら蒔くだけのものになってしまったが、威嚇には十分だ。連中が僅かに怯んだ隙にバイクでバリケードを跳び越える。
「くそ、あっぶねぇな!」
バイクのアクセルを全開にし、街道を突っ切る。普段は7、80キロしか出したことの無いこいつだが、今は100を余裕でオーバーしている。暴れまわるハンドルを握りしめ、歯を食い縛りながら車体を制御する。
だが、幸か不幸か、それはすぐに終わることになる。
「……人?」
視線の先に一人、道路のど真ん中に立っている男がいる。
短く刈った金髪に、きりっとした顔つき。その瞳は集中するように閉じられている。
だが、あれが開けば、意思の強い赤の眼差しがあることを俺は知っている。
身体には騎士が纏うような、サーコートとプレートが組み合わさった鎧。その背にはカイトシールドを背負っている。
そして身体の正面には、柄頭に両手を置くようにして、恐ろしい見た目の剣鋸が地面に突き刺さっている。
俺は思わず溜め息を吐いた。
ティルク・アローン。
俺はゆっくりとバイクを減速させ、10メートルほどの距離まで近付くと、スタンドを下ろしてハンドルに寄り掛かるようにして腕を置いた。
「接敵。座標はこの通信から割り出してくれ」
通信終わり、と呟いた。
そして、ゆっくりと目が開かれる。
「さて。弁解はあるか?」
「言ったって聞いてくれねぇだろ、分隊長?」
「ああ。聞く気は更々無い」
「珍しくマジギレしてら……」
きりっとした眉、なんてもんじゃない。
あまりの怒りに、眉間によった皺は、痕が残るんじゃないかと思うほどに深く刻まれている。
「状況開始。これより、容疑者の強制逮捕行動に移る」
そして、剣鋸の柄を握ると、ゆっくりと引き抜いた。
それが構えられると鋸の部分がゆっくりと回転を始め、瞬く間に、まるで見た目にはただの一本の剣であるかのような形になる。
だが、あの刃の部分は高速回転している鋸なんだということを考えると、背筋が凍る。
――あんなのに触れたら、一瞬で腕が切り落とされるんじゃないか?
そう考えた瞬間、アローンの姿がかき消えた。
俺は驚いたが、同時に左から剣鋸の駆動音を聞いた。
何も考えずにバイクを踏み台にして全力で跳びあがると、一瞬遅れて、俺の身体があった空間を剣鋸が通り過ぎていった。
~~~~~
「外したか」
加速を殺すためにコンクリートの地面を抉りながら、俺は悪態をついた。
本当は、この一撃で決めたかったんだが。
「このっ――本気で殺す気か!」
斎藤は着地すると同時、地面を蹴って俺に真っ直ぐ突っ込んでくる。
繰り出される蹴りを背中から取り出した盾で受け、俺は応えた。
「腕の一本くらいは飛ばすつもりだ」
「上等! そのけったいなノコギリ、へし折ってやる!」
斎藤は盾を踏み台にして後ろへ跳んだ。着地すると、ゆっくりと拳を突きだし、集中するように目を閉じた。
俺は警戒を解かないまま、剣鋸を斎藤へ向ける。
「悪いが、捕まりたくなくてね。できるんなら、ほとぼりが冷めてから戻ろうかと考えてんだが」
「ふざけるな」
「ま、そうだろうな」
斎藤は目を閉じたまま、呆れたように乾いた笑いを浮かべると深呼吸をし、
「おおおおおあぁぁっ!!」
雄叫びと共に、全身から焔が溢れだす。
そのあまりの熱量は、距離がある上、騎士甲冑を纏っているというのに、俺の肌が熱さでピリピリと痛み、汗が噴き出てくる。
「俺の唯一の得意魔法・身体強化。その全力。その身で味わいやがれ!」
激しく燃えるその炎。
まるで、竜のような猛々しさすら感じるその威圧に少しだけ気圧されるが、目を閉じて集中する。
恐れるな。俺にも出来る筈だ。
友を止めることが出来る筈だ。
「俺にできるのは、斬ることだけだ」
剣鋸を握り締め、大きく叫ぶ。
「やるぞ、
非人格型アームドデバイスであるはずの俺の
「通してもらうぜ、ティルク・アローン」
「止めて見せるさ。斎藤潤」
そしてお互いに相手を睨み付け、全力で跳んで