砲撃を撃ち終え、イノセントハートが蒸気を吹き出した。
ぼくは息を荒くしながら目を細めると、炎で象られた蛇は大きく吼えながら地面に墜落し、悲鳴とともに四散した。
それを見届けて、ぼくは大きく息を吐いた。
「……逮捕行動に移る」
玄月をもう一度鞘から抜き、潤を牽制しているティルクの隣に降り立つ。
「終わったな。帰ったらそのガントレット、詳しく調べさせてもらうぞ」
「これで勝てる見込みは完全に消えた。斎藤、今すぐ投降しろ」
ぼくはイノセントハートを潤に向け、砲撃のチャージを開始する。
潤は俯いたままで、なんの反応も返さない。
左手をかざし、バインドを掛ける。
拍子抜けするほどあっさり、潤の身体にフープバインドが巻き付いた。
「投降の意思表示と見ていいんだな」
潤は掠れた声で、ああ、と頷いた。
その瞬間、潤のバリアジャケットが解除され、膝をついて倒れ込んだ。
~~~~~
「
「当然と言えば当然だな」
ティルクはぼくの言葉に同調すると、制服姿に戻った潤を肩に担いだ。
「さて、どこへ護送するか。近場だと地上本部だが」
「うーん……ん?」
ぼくは腕を組んで唸ると、オーグメントにマップデータが表示され、多数の反応がこちらに向かってきているのがわかった。
「一騎さん、誰か来ます」
「魔力反応多数……ああ、地上の航空魔導師部隊だ。相変わらずのお早い出動で」
「……だが、俺が最初に斎藤と戦闘を開始してから、15分ほどだ。昔に比べれば仕事は早くなった方だが――」
ティルクの言葉に、それだけしか経ってないのか、とぼくは少し驚いた。
体感としてはかなり長い間戦っていたと思っていたのだが。
「あ、来ましたよ」
スバルが見上げた先に、十数人ほどの小隊が飛んできているのが見えた。
それらはぼくらの目の前に降り立ち、隊長と思われる一人が現状を見て、ほう、と息を吐いた。
「容疑者は?」
ティルクは黙ったまま、担いでいる潤を動かした。
「遅れたことは謝罪する。では、容疑者の護送はこちらで引き受け――」
「いや、こちらがやる」
ティルクは淡々とそれだけ言った。
そのあまりに突き放した態度に、ティアナ達が少し驚いたようにティルクを見た。
そして、戸惑うような視線をぼくに向けてきた。
まあ、その反応は仕方がないかもしれない。
「しかし、逮捕行動でお疲れだろう。せめてもの詫びに――」
「詫びるくらいなら、少しでも早く来ることだ」
今のティルクは、本気で怒っている。
潤と戦ったときの様な、怒鳴り散らしていた時とは真反対の怒りだ。
面倒事になりませんように、とぼくは溜め息を吐いた。
「お言葉だが、こちらも最大限の努力をしている。人員を集め、作戦を説明し、出撃する」
「なら、手際が悪すぎるんだ。人集めなんて二分、説明は移動しながらで充分。時間がかかることなんて無い」
ティルクの物言いが、相手の隊長さんの気に障ったようで、眉をひそめて言い返してくる。
「そちらの所属を問いたい。このように失礼な物言いをされると、こちらとしても不快だ。所属と階級を添えて、貴君の言動を報告させてもらう」
そのあんまりにあまりな物言いに、ぼくは呆れ、フォワードはティルクを心配そうに、不安そうに見ている。
「名を問うならば、そちらから名乗るべきだ。礼儀を知らぬのはそちらも同じだろう」
「……失礼した。ニルス・クレスト三等空尉だ。では改めて、そちらの名は?」
この隊長さんはティルクより二つ階級が上であるらしい。
こんな歳を取った人なのに、18歳のヴィータさんや、
ぼくがそんな事を表情に出さずに考えていると、ティルクはゆっくりと口を開いた。
「ティルク・アローン空曹長」
その名前を聞いた相手の数人が、聞き覚えがあるかのように首をひねった。
「ティルク・アローン、って……もしかして『強行偵察課』の?」
その言葉が聞こえてきた瞬間、空気が凍った。正確には、相手の小隊全員に緊張が走った。
「強行偵察課って、あの?」
「フォレスタ二佐が立ち上げた部隊だよ。合法非合法問わずに違法研究所を潰して回ってる、っていう」
「次元犯罪者の逮捕も行ってるって聞いたが」
「けど、その任務全部で、人を……」
「……人殺しの部隊」
尾ひれが付くのは当然だが、いくらなんでも大袈裟だ。『強行偵察課』は確かに色々と行動を起こしているが、そこまでの悪名だとは思わなかった。
その部下の言葉を聞いた隊長さんが、咳払いをしてから話を再開させる。
「強行偵察課か。噂はかねがね」
「航空武装隊ほどでは無い」
ティルクは意に介さず、そう返す。
しかし、僅かに。訓練を受けているぼくにでさえ、ほんの僅かにしかわからないが。
少しだけ、ティルクの言葉が震えている。
「しかし、いい加減にしてもらいたい。これから取り調べもあるし、遺体の調査等やることが山程ある」
「だから我々がこのまま護送を行うと言っている。やることがあるのなら、そちらを優先してもらって構わない」
この隊長さんは意地でも自分達の手柄にしたいらしい。
ぼくは溜め息を吐いて、ティルクの前に進み出る。
隊長さんが、ティルクより背の低いぼくを見て怪訝な顔をした。
「もういいでしょう。手柄を貰おうとするなんて、部下の前でみっともないですよ」
「失礼、貴君の名は?」
ぼくはそう返され、少しだけためらった。
けれど、すぐに開き直ることにした。
姉さんの威を借るようで申し訳ないが、この位のことならみんな許してくれるだろう。
ぼくはそう考え、ゆっくりと口を開いた。
「高町一騎空曹です」
「ッ……『エース・オブ・エースの弟』?」
ぼくは頷き、笑う。
「こちらの態度が悪いことについては謝罪します。ですが、こちらにとってもいい気分では無いのですよ。後から成果だけかっさらおうとするあなた達に対しては」
「言いがかりを。今の言葉、のちほど――」
「あまりにしつこいようでしたら、こちらも相応の対応をしますが」
ぼくは語尾を強めて言った。ぼくにはコネがたくさんある、と思わせることで、相手が感じるぼくに出来る(と考えられる)選択肢の幅を広げさせる。
ぼくは自信に満ちた表情で隊長さんの目を見る。
「よろしいですか。ニルス三尉」
「……了解した。護送はお任せする」
隊長さんは諦めたようで、部下を連れて去っていった。『弟』という肩書きも一人歩きしているようで、幾分か尾ひれが付いているようだ。
思っていたより楽だったな、とぼくはそれを見送り、ティルクに向き直る。
彼は潤を背負ったまま、無表情で立っていた。
ティアナが心配そうに声を掛ける。
「ティルクさん……大丈夫、ですか」
「なにがだ」
「先程の――」
「気にしていない。そもそも、いわれの無いことで愚痴愚痴言われるのは慣れている」
そう言い切り、話を終わらせた。
ティルクは微笑んでフォワードを見渡し、
「協力に感謝する。皆は先に隊舎に戻っていてくれ。あとで逮捕時の事を聞きに捜査官が来るだろう」
言うや否や、ティルクは地上本部の方角へゆっくりと歩き始める。
ぼくはどうするべきか迷った。
フォローをするべきか。それとも、フォワードに任せるべきか。
今のティルクはかなり参っていると思われる。
「……人殺し、か」
ティルクが小さな声で呟いたのが聞こえてきた。
それを聞いて、ぼくはティルクの方へ歩いていき、担いでいる潤を奪い取る。
「高町?」
「お前も疲れてるだろ。先に休んでな。ぼくが運んどくよ、こいつを」
「しかし、負担はどちらも同じだろう。まして、お前は身体が小さいし、さっき集束砲を撃ったばかりだぞ」
「ぼくがこの程度でバテるわけないだろ。あと小さいとか言うな。お前がでかすぎるんだよ」
本当はかなり疲れているのだが、精神的にはまだまだ元気だ。少なくとも、ティルクよりは。
というか、身長192センチとか、ティルクはふざけてるんだろうか。少しでも寄越してもらいたいものだ。
「手柄は貰っとくよ、分隊長。ぼくの活躍、姉さん達に伝えてくれ」
それだけ言い残すと、ぼくは空を飛び、地上本部の方角へ向かった。
~~~~~
取り残された俺は高町を追う気力も無く、その場に座り込んだ。
そして顔に手を当て、大きく息を吐く。
――流石に、正面から言われると堪えるな。
人殺し。
確かに、そうだ。俺達は人を殺してる。自分達の手で直接ではないにしろ、殺しているのにはかわりない。
『強行偵察課』に入隊したことを後悔するつもりはさらさら無いが、なんとも気分が悪くなってしまう。
普段は気にしないようにしていたが、やはり『強行偵察課』の評判は良くないようだ。
(俺達全員、あんな風に言われてるんだろうか)
俺と高町と斎藤。ディレンド達八人、ケレット二佐やモルス一尉達。
もしそうだとすると、自分以上の不快感が沸き上がってくる。
苛立ちに似た不快な感情を抑えようと耐えていると、隣に誰かが座った。
「……ランスター」
~~~~~
「よし行けランスター嬢。ティルクは参ってる。今がチャンスだやっちまえ」
「うわっ、クォーツさん?」
「クォーツさん、いつのまに……」
「こんな面白そうなイベント、
僕はそう言いながら、ティルクの隣に座り込んだランスター嬢を指さす。
ナグリーから受け取っていたムービーカメラをもう一度起動させ、座っている二人に向けて設置する。
実はさっきの姉御達の戦闘も録画済みである。
姉御が格好よく「紫電一閃」とか叫びながら参上したあのシーンから、リンドヴルムとかいう蛇との
あとで高町一尉達に送信しておこう。そのお礼にサインをもらうとしよう。そうしよう。
「しかし、戦闘は終わりか。僕も援護に回ろうかと思ったんだけど、やっぱ無理だね。僕は局員に向いてないわ」
「あ、そっか……クォーツ、やめちゃうんだっけ」
「ふはは。何となく合わないような気がするだけだけどね」
「辞めて、どうするんですか?」
少年の言葉に、僕は腕を組んで唸る。
「ふーむ……考えてないなぁ。まあ、なるようになる。死にゃせんだろうしな」
「困ったことがあったら、気軽に相談してくれていいからね」
「ありがてぇ。そんときゃ頼りにさせてもらうぜ、ナカジマ嬢」
そこで、念話が僕の頭に響いてきた。
姉御だ。
(クォーツ、そこにいるんだろ?)
(ん、バレてたか、仕方ない。どした姉御)
(……すまん。潤を運ぶの、結構キツい。手伝ってくれ)
姉御の、その申し訳なさそうな口調に僕は思わずニヤニヤと笑ってしまい、気味が悪そうに少年とルシエ嬢が顔をしかめた。
「いや、申し訳ない。ちょっと姉御のお手伝いしてくる。あのカメラ、しっかりと回収してくれよ」
「任せといて!」
ナカジマ嬢の元気の良い返事に満足し、僕は姉御の居る方角へ身体の向きを変え、飛行魔法を発動して飛び立った。
(……なんで俺はティアナとティルクをくっつけようとしてるんだろう)