「ティルク。お前、なに悩んでる?」
様子を見よう、と思っていたが、基本的にボロを出しにくい
そういう経緯によって放たれたぼくの言葉に、ティルクは気圧されたように一歩ひく。
「なんだ、急に」
「急に、も何もあるか。お前が悩んでるのは何日も前からだろ」
まあ、ぼくが気付いた訳じゃないんだが。気にせずにぼくはティルクに視線を送り続ける。
ティルクはぼくから視線を外し、
「悩みなんて無い。少し考えてる事があるだけだ」
難しい考え事を悩みって言うんじゃないのか。ぼくは呆れてその考え事とやらの内容を尋ねる。
「少なくとも、俺の問題だ。俺が自分でけりをつける」
半ば予想していた考え。六課に来てから随分ととっつきやすくなったが、根っからの性格が変わるわけではない。
この糞が付くほど生真面目な男は、潤よりもよっぽど面倒だ。
そして、こいつがこう言ってる時は、どんな手を使おうとも口を割ることは無いと、ぼくは長い付き合いから察した。
「じゃあいいや」
ぼくはそう言った。ティルクがやれやれと言わんばかりに肩の力を抜いたのがわかった。
「その代わり……」
ぼくはティルクが口を割ることがないと知っている。
だったら――
「午後の訓練、模擬戦するぞ」
――剣士として、『剣』に聞き出すまでだ。
~~~~~
「さて、やるか」
「――わかったよ」
ティルクは納得していないようだったが、やると決めたら全力を尽くす、と息を吐き、解除していた甲冑を装着し直す。
身体にチェインメイルを纏い、その上に蒼いサーコートを羽織る。脚には膝まであるグリーブ、腕には五本指のガントレット。そして、肩から胸部を覆うプレートアーマー。
甲冑を装着し終えると、左腕にカイトシールドが展開され、左腰には鞘に納まった剣鋸が装備される。
剣鋸を引き抜き、左半身を前にするように構える。
――まったく、絵になる男だ
その有り様は完璧な『騎士』。お伽噺に出てくるような、鎧を纏い、剣と盾を携える勇者のようだ。
まあ、本人が意識しているのかいないのか、それはわからないが。
それとは対照的に、ぼくは赤く縁取られた白いロングコート。一応防御を重視した設定ではあるのだが、あの騎士を見たあとだと些か頼りなく思える。
(……なに考えてんだか)
ぼくは自分の考えを振り払う。ぼくのバリアジャケットは姉さんのものを基にしている。それを否定するような考えは思い浮かべてはならない。
深呼吸し、左腰の玄月を引き抜く。
真っ黒な打刀。手に馴染むその柄を両手で握り、ぼくは同じように左半身を前にするように半身になり、僅かに前傾して構える。
「それじゃあ、クリーンヒットを入れた方が勝ちだ。抜かるなよ」
「もちろんだ」
ティルクが頷くと同時、ぼくは全身と玄月に魔力を流し、駆け出す。
赤い電流混じりの魔力がぼくの身体と刀身を走り、バチバチと音を鳴らす。
その勢いのまま蹴び、全力で回転しながら袈裟に斬り上げる。
それをティルクは盾で防ぐ。ぼくは跳躍の勢いのまま大きく地面を滑るが、体勢を立て直すと、もう一度突進する。
息を吸い、右斬り上げ。手首を使って刃を動かし、左斬り上げ。そして頭上に構え直した刀を鋭く振り降ろす。
その三連撃をティルクは確実に盾で防いでいく。
そして、振り降ろした玄月を受け止めた瞬間、腰だめに構えた剣鋸が唸るように薙ぎ払われる。
ぼくは盾に玄月を押し付けるようして跳ぶ。爪先を掠めるが、避けきった。そして、ぼくはそのまま倒立するように足を空に向けて伸ばすと、腰を捻って回転し、逆さまになりながら回し蹴りをティルクの側頭部に叩き込む。
ぼくの動きが予想外だったのか、ティルクはそれをもろに食らい、声を漏らす。
「ほら、行くぞ!」
ぼくは怒鳴るように叫び、玄月を振るう。
ひたすらの連撃。手数で攻め、勢い付いたぼくの隙を突き、ティルクはシールドバッシュで玄月を弾き飛ばした。
ぼくの右手から玄月がすっぽ抜ける。ティルクはそれを好機と見たか、大きく剣鋸を振りかぶり、鋸の回転が目に見えて早くなる。
そして、それがぼくに向けて振り降ろされ――
「イノセントハート!」
ブレードフォームにしたイノセントハートを展開し、ぼくは剣鋸の腹を斬りつけて逸らす。
大振りの振り下ろし。それをいなされ、ティルクは大きな隙ができる。
ぼくは先程のティルクと同じ様に魔力刃を振りかぶり――もう一度振り下ろされた剣鋸を受け止めた。
「くっ――!」
振り下ろしを逸らして避けた。なのに何故、また振り下ろしが来たのか。
ティルクはいなされた勢いに逆らわなかった。勢いをそのまま利用し、大きく一回転してもう一度同じ軌道で剣鋸を振ったのだ。
遠心力の乗った一撃は、先の攻撃より何倍も重い。ぼくは膝を折るように体勢を崩し、それを見たティルクは脚を踏ん張ると、僅かに剣鋸とイノセントハートの間に隙間を空け、一瞬で全体重を剣鋸に乗せて鍔ぜりを行う。
つばぜり合いの最中に行われるそれは、剣をもう一度叩き付けられるようなものだ。ぼくは横に転がるようにして必死に剣鋸を受け流すと、地面を殴り付けて無理矢理起き上がり、走り出す。
「ちょこまかと……!」
「そう言うなよ。ぼくの本領は――」
ぼくは立ち止まると、先程弾き飛ばされ、地面に突き立った玄月を左手で引き抜く。
それを軽く振るって握り直すと、右手のイノセントハートをエクシードモードにする。
「――斬撃と射砲撃を組み合わせた、万能な戦術なんだ」
ぼくの両手に握られた二つのデバイスを見て、ティルクが舌打ちをした。
射撃を含めた戦闘スタイルに変更するため、リベレーターを展開。両目を覆うバイザー越しに、ぼくはティルクを睨み付けた。
~~~~~
続けていく内に、ティルクが苛立っているのがわかった。
その苛立ちは、間合いの外から撃ちまくり、たまに斬り込んで来たかと思えば好き勝手に打ち掛かり、直ぐに離脱して射撃に戻るという、やたらと鬱陶しいぼくの戦術に対するものでは無い。
寧ろその逆で、それに翻弄されている自分自身に苛ついているように見える。
「おおおおおおおおおお!!」
ティルクが吼え、盾を前に出し、突進してくる。
ぼくは冷静にイノセントハートを構え、直射弾を連射する。盾に防がれるが、踏ん張りの効かない空中でそれを受ければ、僅かながらも勢いは削がれる。その緩みをぼくは見逃さず、錐揉み回転しながらティルクに向けて加速。すれ違い様に斬り付ける。
「ハァ……ハァ……」
ティルクの息が荒くなっている。ぼくだって疲れているが、まだ余裕がある。
普段なら、少しは考える筈だ。向こう見ずなのはティルクの性格だが、戦闘中にまでそれを発揮するほど愚かじゃない。
なのに、今のティルクは力任せに突っ込んでくるだけだ。対照的に冷静になっているぼくには、余裕を持って迎撃することができる。
しかし、ティルクがなぜそうなっているのか。ぼくはそれを知らなくちゃならない。
「ティルク! 落ち着いて攻めろ! んなやり方じゃ勝てねぇぞ!」
観戦している皆の中から、ヴィータさんが声を掛ける。
それに対して了解、とティルクは応えたが、何処まで聞いているのかわかったもんじゃない。
「ぜりゃあああああっ!!」
身体を回転させ、遠心力を乗せて剣鋸を振り降ろす。
ぼくは魔法翼を羽ばたかせ、それを避けながらティルクの後ろに回り込む。
「もらっ――」
「だらぁッ!」
「ぐッ!」
背中を斬ろうとした瞬間、ティルクの踵がぼくの腹を蹴り飛ばす。勢い任せのそれを上手く当てたが、ティルクはそのまま二回ほど縦に回転して、ようやく止まった。
「痛ぅ――対した航空剣技だな」
ぼくの皮肉に、ティルクは苛立ち混じりに息を喘がせる。
「俺には、それしかできない!」
吼え、また突撃。かと思えば、ティルクは盾をこちらに放り投げてきた。
流石に予想外だったぼくは反応に遅れ、しかしデバイスではなく蹴りで盾を弾く。
そして盾に気を取られていた隙に、ティルクはぼくの頭上で剣鋸を両手で振りかぶっている。
魔力が剣鋸を覆い、鋸状の刃が火花を散らしながら回転する。
「らあああああっ!」
飛行魔法による急降下と同時の斬り降ろし、続けて急上昇しながらの斬り上げ。最後に遠心力を乗せた薙ぎをすれ違い様に叩きこむ。
これはティルクの全力の『技』だ。飛行魔法と併用した、加速させた斬撃を上下から叩き込み、最後に全力で斬り付ける技。
ぼくは何度も見たことがある。だから、バリアを張って防ぎ、最後の斬撃さえも確実に防ぐと、イノセントハートを構えた。
先端に魔力が集中していく。カートリッジをロードし、砲撃の準備を完了させる。
「振りは鋭い。技術も充分。けど、足りない」
ティルクは全力機動の後で、動きが鈍っている。この砲撃は避けられない。それがわかっているからこそ、ティルクは歯を食い縛ってぼくを睨んだ。
ぼくはティルクの悩みをなんとなく理解し、砲撃を撃った。
~~~~~
そしてぼくは寮の自室に戻り、どうしたものかと頭を悩ませている。
魔力ダメージによってノックダウンしたティルクは医務室に運ばれていった。その後、視線を向けてきたティアナにぼくは微妙な頷きを返した。それが伝わったかどうかはわからないが、その後彼女は何も聞いてこなかった。
「お邪魔しまーす」
そう言って入ってきたのは姉さんだ。缶ジュースを二つ持ち、部屋の中に当たり前のように入ってくる。
「……親しき仲にも、って言葉はあるけど、それは姉弟にも通ずると思うんだ」
ぼくの非難を姉さんは笑って流し、右手に持っていた缶コーラをぼくに差し出す。
ありがたく受け取り、プルタブを開けて喉奥に流し込む。喉が痛くなるほどに炭酸を流し込み、ぼくは大きく息を吐いた。
「一騎がコーラ好きなのは昔からだけど……よく飲めるよね、そんなの」
そんなぼくに、姉さんは自分のミルクティーを飲みつつ、苦笑気味の笑顔で言った。
そんなの、と姉さんは言った。そう言ってくるのは別に、虫歯になるだとか、骨が溶けるだとか、今もコーラに麻薬が入っているだとか、そういう与太話を信じている訳じゃ、もちろんない。
ただ単に、姉さんは炭酸が苦手なのだ。
「好みの問題だよ。酒じゃないだけマシじゃない?」
「将来はそれがビールに変わりそう」
「さあ、どうだろうね……飲み物談義に来た訳じゃないでしょ?」
こうしていつものように他愛の無い話を続けていたいが、姉さんが来た目的は十中八九――
「ティルクの事なんだけどね」
――やっぱりな。ぼくはコーラの缶を指で弾き、机に置く。
「流石に気付いたよね、みんな。今日のアイツはおかしかったから」
「一騎は、なんでティルクがあんなになってたのか、わかった?」
「微妙」
ぼくは首許を掻いた。検討はついてはいるのだが、当たっているかどうかはわからない。さて、姉さんはどう思ったのだろうか。
「私はわかったよ」
「えっ、マジで?」
自信満々な姉さんにぼくは素直に驚き、素直に言葉を発した。
ぼくの唖然とした表情に姉さんは吹き出し、ぼくは慌てて表情を取り繕う。
「――じゃあ、教えてよ。なんでティルクがあんなに苛ついてるのか」
「『自分の弱さ』、かな」
後出しで言うのはなんだが、ぼくもそんな感じだとは感じていた。模擬戦だって、最初はともかく、中盤からは目に見えてわかるほど怒鳴り散らしていたのだから。
「でも一口に言っても、色んな悩み方があるんだよ」
「色んな悩み、ってどういうこと」
「教導隊で教えててわかったんだけどね。どうすれば強くなれるか、って考えてる人は幾らでもいる。けど、自分の弱さを嘆いてる人は、結構少ないの」
考えてみれば、そうかもしれない。六課ではティアナがそんな感じだったが、それは周りに対する劣等感が生じて出来上がったものだ。六課に来たことを否定するわけでは無いが、そこらの陸士部隊に所属していたら、ティアナはその『弱さ』を作り出すことは無かっただろう。
――まあ、その『弱さ』を乗り越えたからこそ、あそこまで強くなったんだろうが。
「確かに。訓練校でも、みんな訓練に集中してたけど、弱音を吐いたり文句を言ったりするやつはあんまり居なかったな」
「でしょ。訓練をして、実際に動くことで、『強くなった』って自分で感じることができる。だから『もっと強くなりたい』って思うようになる。けど、それを実感できない人がいたり、できない時があったりするの」
自分の実力がどれほどなのか。謙遜などではなく、自分が強いかどうかなんて、簡単にわかるはずが無い。
例えば、なんらかのスポーツをやっていて、なんらかの結果を残したとしても、『まぐれ』や『偶然』だなんて思って、自分を過小評価する事があると思う。
それは誰にもある。フォワードの子達だって、それぞれの特化した技能ならぼくを越えるところまで来ている。しかし、それを実際に言ったとしても、恐縮してしまうように。
当然、ぼくにもあるだろう。自惚れ屋なぼくのそれは他の人よりはよっぽど少ないが、それでも、だ。
「そうして実感できなかったら、『自分は本当に強くなれるのか』、『自分の限界はここまでなんじゃないか』って不安を抱えるようになってしまうの。それがストレスになる。ストレスが溜まったら、自信も無くすし、余裕も無くなってくるんだよ」
「その結果が、あれか」
自分の力不足を認識していて、自分には何も為すことができなくて。なら、自分はどうすればいいのか。
「ティルクは特に、そうなりやすいタイプだね。性格はもちろんだけど……戦い方とかも」
「ああ……魔力斬撃『だけ』だからね」
ベルカ式の中でも、シグナムさんやヴィータさんには色々な手段がある。エリオだって、高速機動や変換資質による殲滅技がある。
格闘型の潤やスバルにすら、近距離砲撃がある。
ティルクは斬るだけだ。単純ながらも着々と鍛え上げられているそれは威力こそ絶大だが、単純ゆえに読まれやすい。
ぼくは溜め息をついた。難儀なものだ。
「どうすりゃいいかな」
「流石に私も、あんなに一極型の子は初めて見るし……」
「しかし、ティルクがそんな悩みを感じてるとはな。今までの任務だって、別にミスとかしてな――」
――どうだっただろうか。
ティルクは今までの任務で、どのような活躍をしただろうか。
強行偵察課ではそれなりに成果をあげていた。ぼくらがミスっても、フォローをしてくれた。
六課に来てからも、チームで動いていた。
……それで?
「ティルクは――負けてばかりだ。六課に来てから」
戦闘記録を見た限りでは、ティルクがなにかを成功させているのはほとんど無い。
「やっぱり、それが原因か」
「だろうね。原因はわかった……けど、それを簡単に乗り越えた子は、私は見たことない」
簡単なことじゃない。姉さんはそう言っている。
けど、ティルクはぼくの仲間だ。訓練校時代から共に学び、戦ってきた剣士だ。
ぼくは姉さんに頷き掛ける。
「方法なら幾つか考えてる。姉さん、協力してくれる?」
「もちろん」
ぼくの問いに即答した姉さん。
「弟の頼み事を断るわけないよ。私はお姉ちゃんなんだから」
姉さんはそう言って、ぼくの頭を撫でた。