「あーあ、負けた負けた」
「でも、フォワードの四人相手に制限つきで7分42秒も持ったんだよ。かなりの奮闘だと思うけど」
訓練後、不貞腐れていたぼくの怪我を治療しながら、姉さんがそう言ってくる。
まあ、半年前は全力で相手しても引き分けに持ち込むのが精一杯だったのだ。フォワードの実力も上がっているし、能力に制限を受けてもそこそこ戦えたということは、ぼく自身それなりに実力は上がってきているのだろう。
「制限無しの全力だったら、立ち回りによるけど勝つこともできると思うよ」
「絶対に勝てる、とは言わないんだね、姉さん」
「私の教え子だもん」
まあ、誇りに思うのは良いことだが、そう言われるのは『弟』として面白くない。
「いいさ、全力でやる機会があったら絶対に勝ってやる」
「あはは……頑張ってね」
はい治療おしまい、と呟くと同時、姉さんの指がぼくの頬を撫でた。
「少しキズ残っちゃったね。ごめんね」
「ん……? いいよ、このくらい」
頬の傷が完全には消えなかったようだが、生傷なんて既にいくつもあるし、そもそも見栄えなんてぼくが気にすることでもない。
さてと、とぼくが立ち上がろうと腰を浮かすが、腕を掴まれてバランスを崩し、座り込んでしまう。抗議を籠めて姉さんを見ると、姉さんは真面目な表情でぼくを見ていた。
「なに?」
「一騎、教導隊に来たいって言ったことあるよね」
「……そうだね。まあ、あくまで進路の一つだし、他の場所も色々と考え中ではあるけど」
姉さんが居るからという理由で行こうとしていたが、それだけで決めるわけにはいかない。そう思って、最近は進路を考え直そうとしていたところだ。
そんなぼくの言葉に、姉さんは少し考える素振りを見せると、口を開く。
「これは姉の贔屓目もあるんだけどね……一騎には私の班に来て欲しいんだ」
「それって……姉さんの教導隊に来ないか、っていう誘い?」
ぼくの確認するような言葉に、姉さんは頷いた。
なんで、とぼくは聞いた。なんだかんだで、ぼくは自分の実力にそこまで自信があるわけではない。一般的な魔導師よりはよっぽど強いつもりではあるが、やはり姉さんたちと比べれば劣る。
先の理由も相まって、姉さんがぼくを誘った理由がわからなかった。
「ぼくが教えるのは、向いてないと思うんだけど」
「そうだね。一騎は口で教えられるようなタイプじゃないと思うよ」
そこでそんな事を言われ、ぼくはますます意味がわからない。腕を組み、首をかしげた。
「でも、一騎のスタイルは私の教導にすごく合ってる。今日の模擬戦を見て確信したんだ」
「合ってるってどういうこと?」
「基礎を重視して教えて、模擬戦や演習で身に付けさせる、っていうのが私の教え方なんだけどね。模擬戦をやるとき、一騎の戦闘スタイルは、実戦形式でスキルを『覚えさせる』にはすごく理想的なの」
例えば、と姉さんはどこを指すでもなく人差し指を振りながら、
「今日やったのは高速機動型の騎士だけど、他にも砲撃重視の魔導師。射撃を織り混ぜながら近接を仕掛けてくる魔導師を想定することもあるよね。そんなとき、『万能型』の一騎が仮想敵をやってくれたら、その対処法を身体で覚えさせるのにぴったりなんだよ」
「ぼくなんかが?」
「一騎だからこそ、だよ。私がこう言うのはよくないけど、一騎のそれぞれの技術は、個別で見れば飛び抜けて凄い訳じゃないでしょ」
ぼくは頷く。別に姉さんにそれを指摘されてもぼくはなんとも思わないのだが、そう申し訳なさそうな顔をされると対応に困ってしまう。
「けど、平均よりは確実に上。そのラインは、技術が無ければ追い付けないけど、やり方を覚えれば対応しきれないわけじゃないっていう、狙ってやるには少し難しい配分なの」
先程の模擬戦の最中で、ぼく自身が考えていたこと。実力はあるが、対応しきれない訳ではない。確かに、言われてみれば練習台にはぴったりだろう。
「だから、私は一騎が欲しい。色んな魔導師を育てるためには、
そう言った姉さんの表情に、ぼくは思わず見惚れそうになった。真剣に、真摯に、真っ直ぐにぼくを必要だと言ってくれたのだ。
ぼくは嬉しさを感じた。姉さんに頼られているという実感に、思わず頬が緩む。
そしてあっさりと頷き、
「……わかった。ぼくにできることなら、いくらでもやるよ」
頭を下げた。
「高町教導官。高町一騎空曹、教導隊への入隊を希望します」
~~~~~
まあ、受理は後日ということで書類の記入やらフォレスタ二佐の判を得るためにスクィードの課長室に来ている。
「結局姉んとこに行くのか。エース姉弟が一つの班に纏まって、どこそこから文句が出たりはせんのか?」
「どうでしょう。ぼくの実力なんて知れたもんですし、戦力の偏りなんて無いと思いますけど」
「お前は
けどよ、とフォレスタ二佐は続け、
「普通に航空武装隊でもよかったんじゃないのか? 名声つきのお前なら充分に通ると思うんだが」
それは考えていたことではある。『弟』ということもあって、行こうと思えば、ぼくが行けないところはあまり無いだろう。
しかし。
「どうせ『弟』の名声はどこにいってもついて回りますしね。だったら姉弟で纏まった方が個人的にも楽かな、と。それで迷惑を掛けることもあるかもしれないけど、知らないところでそうなるよりはよっぼどいいでしょう」
「まあ、そういう考えもあるか……」
そこに今日の日付な、と言われ、端末で確認してから記入する。
重要書類には自筆のサインや判が必要なのは仕方がないのだが、ここ最近ペンを握っていないせいで、うまく指に力が入らずに苦労する。
「書けました」
手をぷらぷらと振りながら、書類を二佐の机に提出する。
それを受け取った二佐はほいほい、と手慣れた様子でサインと判子を押す。
「他の奴等はどうするか決めてんのか」
「クォーツとマリクは局員を辞めて、ナグリーとリブレンドは適当な部隊の事務方に引っ込むらしいです。ウィルスとヴィンズはデバイス設計の腕を買われてマリーさん……アテンザ技官の引き抜きで本局技術部へ。ライアとレイドは武装隊に行くようです」
それぞれコンビの得意な事が同じなので、次の勤め先は案外あっさり決まっているらしい。
「ティルクは?」
「さあ。吹っ切ってから最近はやる気出してるみたいですけど、話す暇があんまり無いので聞いてないです」
「おいおい、お前の部隊の隊長だろ」
「私的な、って意味ですよ。仕事の話ならしてますけどね」
「お前の相棒は?」
ぼくは肩をすくめた。
「潤がどうするかはそれこそわかりません。まず向こう数年は出てこれないし、出てきても保護観察やそれを受けた上で仕事をしなきゃならない。アイツは既に孤児だし。まあ、いい人に拾われることを祈るしかないですね」
「そうかい……ほんっとうにうちの部隊は問題児だらけだな」
「というか、課長が部下の把握してないってどうなんですか」
「先任組の勤め先との交渉で忙しくてな。俺自身の身の振り方も考えにゃならんし……お前自身は、資格も取らなきゃいかんのだろ」
「まあ。教官の資格は取らなくちゃならないですね。教導隊なんですから」
ぼくは曖昧に頷いた。
アンソニー達の今後も気になるところだが、そろそろ訓練の時間なのでここらで切り上げることにする。
「それでは、ぼくはこれで」
「おう。これから頑張れよ」
「もちろんです」
軽い敬礼をして制服の上着を羽織ると、ボタンをしめるのももどかしく、ぼくは書類を受け取って早足で移動を開始した。
~~~~~
後日、デバイスルームでイノセントハートの整備をしていたぼくらに対し、ティルクがへし折れたファルカタを持ってきたのは、それがティルクに託されてから三日足らずのことだった。
「なんでティルクはそうやって武器を駄目にするんだ」
ナグリーはそう呟きながら折れた破片を前に、さめざめと泣き始めた。
これにはティルクもまずいと思っているようで、半ばから先が無くなった剣を台に置き、頭を掻いた。
なにをしてたのかと聞くと、剣一本でシグナムさんと打ち合っていた際に防御が間にあわず、左手で剣先を握り、その腹で受けたらしい。
「いや、まさか折れるとは思わなくてな」
「まあ、直剣と比べたら曲剣はどうしても脆いし……剣の腹で受けたらそりゃ折れるだろ」
「……すまん」
ちなみにそのあと無慈悲の一閃を受けて負けたらしい。
ぼくはナグリーを慰めるように肩をたたく。
「やっぱティルクに曲剣は合わないかもしれないな。やっぱり直剣か」
「もうティルクに何を渡しても壊すだろ。いっそ鉄の塊でも渡しときゃいいんじゃねえの」
「それすらも叩き割ってもおかしくなさそうだけどな」
「もういっそ素手でやれよ。戦いの基本は格闘だ。インテリジェントじゃないだけマシだけど、結構金かかるんだからな」
「で、真面目な話どうする?」
ぼくはティルクに視線を移した。
「切れ味よりも、頑丈な物だな。俺は盾を持つが、あの『剣』も使いたい……そうだな、普段は片手で、いざという時は両手でも使えるようなものが欲しい」
その言葉を聞いて、ぼくはピンときた。
「じゃあ片手半剣だな」
ぼくは適当な図を書き、ティルクに見せる。
「簡単に説明すると、ティルクが昔使ってたロングソードタイプを一回り大きくしたものだ。両刃の刀身はロングソードよりも長く、グリップは握り二つ分ある。大型の柄頭がカウンターウェイトとしての役割を果たすから、片手でも振りやすい」
その説明を聞きながら、ティルクは顎に手を当ててしばし黙り込む。おそらく、頭の中ではこの剣を実際に振ってイメージを組み立てているのだろう。
一分足らずでティルクは考えが纏まったように頷くと、ぼくの図に指をのばす。
「十字鍔は真横に伸ばすのではなく、刃の方へ前傾させてくれ。刀身の長さは充分だが、少し太さと厚みが欲しい」
ぼくはティルクの指摘を新鮮に思いながら、それを書き込んでいく。
考えてみれば、ティルクがデバイス製作に関わるのは初めてのことだ。これまでも意見を聞きに行ったことはあったのだが、「任せる」と一言で終わっていた。だから剣鋸はぼくが(半分ノリで)考えたものだし、ナグリーのファルカタも、ナグリー自身がティルクの動きを見て試作で作ったものだった。
おそらく、ティルクの心境が変化した結果なのだろう。自分のスタイルにあった剣が欲しいという、ある種当たり前の感情。それがティルクには今まで無かったのだ。
了解、と応えてペンを置き、ナグリーに見せる。
「ん、バスタードソード作るん?」
「だから正しくはハンド・アンド・ハーフソードだというに」
奥でシャーリーと一緒にデバイスを整備していたリブレンドが口を挟んでくる。
「めんどい」
「さいで」
一言で目の前の作業に戻ると、ぼくは図をしっかりとした設計図にしていく。
「手持ちの材料で足りるか?」
「もちろんよ。試験運用とはいえ、六課は本局からたっぷり支援受けてるらしいからな。誰の後ろ楯かは知らんが、強行偵察課よりもよっぽど余裕がある」
「頼めるか」
「モッチロン」
ナグリーはいそいそと刃用の鋼材を取りだし、削り始める。他のデバイスマイスターはどうか知らないが、ぼくらはアームドデバイスの刃は削り出しで形を作っている。少なくとも、ぼくは鍛造で作る人は見たことない。
「ナグリーが作るなら二、三日で出来るだろ。その間の剣はどうする?」
「魔力剣なら自分で作れるから、それで代用する」
ぼくがその言葉に首をかしげていると、ティルクは目の前で実演して見せた。
前に手をかざし、その手に魔力光が集まる。それは伸びるように形を変え、光を散らすようにして直剣の形をした魔力剣を実体化させた。
それを見てぼくは思い出し、ああ、と声を漏らす。
「そういえばそんなことできるんだったな、お前」
「戦闘にはあまり使わないが、構築の経験を積めば魔力斬撃にも応用できるからな。剣に関しては、俺に出来ないことはない」
そう誇らしげに笑うティルクは、今までとは違い、自信に満ち溢れていた。
随分と吹っ切れたもんだ、と思いながら、そういえばと口を開く。
「ティルク、お前は六課が終わったらどこに行くんだ?」
「捜査官だ」
間髪入れずに返ってきたのはそんな言葉だった。
「捜査官?」
「ああ」
「なんで」
ぼくらは理由を聞いた。ティルクがどう考えてそれを選んだのかが気になった。
「ピッキングと偵察課の活動経験を買われてな。地上本部付きの捜査官に抜擢して貰えることになった」
「ティルク、捜査なんてできんのかよ」
「『強行』ならお手のものだ」
そこまで聞いて合点がいった。
「やることは変わらないわけね」
「変わるさ。偵察ではなく捜査だ。令状を突き付けて
施設を潰すのではなく、人を相手とする仕事となる。その点では、仕事の内容は変わるだろう。
なんでその話を受けたんだ、とぼくは聞いた。ティルクは考える素振りも見せずに、
「俺に向いていると思ったからだ」
そう答えた。
「俺は世の中全てに勧善懲悪が通用するとは思っていないが、それでも、ある程度はそういうものであると信じている。現に、スカリエッティの『悪』は成されなかった。今までに幾らでも非道な行いを見てきたが、少なくとも、この世界では懲悪が可能なんだ。ならば、俺は自分にできる範囲でそれを成していきたいんだ」
なるほど、とナグリーが作業の手を止めずに呟いた。
「何だかんだで善人だよなぁ、あんたは」
「そうだろうか」
「ああ、オレ達の中で一番の善人だよ。たぶんな」
ぼくは、個人的には潤がモラル的に善人だと思っている。レイナを助けようと最初に言い出したのはあいつだ。まあ人を殺してムショに居るわけだが。
いや、やっぱ善人じゃないな。身内には優しいだけか。
「武装隊とかは? 人を守るにはうってつけだと思うけど」
「もちろんそうだ。だが、守るよりもまず、守らざるを得ない状況にさせないことが大事だろう。もちろん、全ての被害が無くせるなどとは思っていないが、必要以上の被害を出さないためにも、後手にまわって良いことは無い」
「まあ、それもそうだけど」
「それに……地上に人員の問題があるのも事実だ」
ティルクは掌を見つめるようにして続ける。
「それを懸念し、レジアス・ゲイズ中将は様々な対策を講じていた。それ自体は、俺達本局付きの局員にも責任はある」
「まあねぇ。中将殿も、やったことは間違ってたけど、問題に対する危機感は正しかったしな。次元世界のが規模が大きいっていう本局の意見も、当たり前に正しいっちゃ正しいんだが……」
「地上の人員不足は、けして大袈裟に言っていたわけでもないしな」
ぼくの引き継いだ言葉にティルクは頷き、
「もちろん、俺一人が入ったところで変わる訳ではないが、力を尽くすことはできる。だからこそ、俺は捜査官の話を受けることに決めたんだ」
一応、目的も考えもあるようだ。以前のように、言われたことにただ従っているわけではないらしい。
なら、大丈夫だろう。
「頑張れよ、ティルク。ミッドには居るんだろう? 暇があったらたまには飯でも行こう」
「ああ。そっちも、なにか手を借りたい時はいつでも言ってくれ。可能な限り力になろう」
ぼくとティルクはお互いに笑い、肩をたたく。
「キミ等もうお別れ気分だけど、四月まであと二ヶ月なんよね。一足先に辞めるつもり?」
「まさか。学ぶことはたくさんある。それこそここ以上の環境には巡りあえないだろう。少しでも騎士としての実力をつけるさ」
ティルクは目的が出来たことでやる気を出している。六課に来る前の冷静――というよりは生真面目ゆえの暗さ――な頃と比べれば一目瞭然だ。
ぼくも姉さんに勧誘されているのだから、負けてはいられない。そう無理矢理にでもぼくは闘争本能を刺激する。
そしてもう一つの問題……というよりは、決めなければならないことについて考えを巡らせていた。