六課において解決しなければならない問題の、最後の一つ。考え方によっては、そんな大仰なものではない。しかしあいつと約束したぼくにとっては、これをどうするかによって大きく変わってくる。
そう考えながらシャワーを終え、ぼくはいま寮の中を歩いている。話をするにも、まずは当の本人を探さなければならない。
その時、ちょうど通りすがりのマリクを見つけたので声をかけてみる。
「ああ、ついさっき見たぜ。いつも通りヴィヴィオ嬢と一緒にいた」
「何処に行ったかは知ってるか?」
「お☆ふ☆ろ(はあと)」
素直に気持ち悪かったので無視することにした。
しかし、風呂か。入浴中となると踏み込むわけにもいかない。ついさっき、と言っていたからには、暫く時間が掛かるだろう。
「……ま、明日でいいか」
そう結論付け、自室へ向けて歩を進める。
《どうするつもりです?》
「どうした、急に」
そんな中、イノセントハートが珍しく話し掛けてくる。
こいつは話さない時は数ヵ月話さないレベルで発言はしないのだが、話すときにはとても饒舌に話すし、たまに皮肉まで言うので、未だに性格が掴めていない。
戦闘時のフォローは完璧にこなしてくれるから文句は無いのだが。
《貴方の考えが聞きたいんですよ。あの少女をどうするつもりです?》
「……まずはしっかりと話をして、それからどうするかを考える」
その言葉にイノセントハートは何も言わなかった。相変わらず何を考えているのかわからないやつだ。
部屋につくと、ぼくはさっさとベッドに飛び込む。
「じゃあ今日は寝るとするか」
《まだ九時ですよ》
「うっさい。明日は朝練にも参加してほしいって言われてるんだ。お前もちゃんと休んどけよ」
《――了解です》
~~~~~
そういうわけで、ぼくは目の前に座っているレイナに対し、率直に説明をする。
「今レイナは六課で面倒を見てもらっている状態だ。けど、当然六課が無くなったら、その後どうするかを決めなくちゃならない」
ぼくの言葉に、レイナは神妙に頷く。
もしも偵察課が残っていたのなら、そこで保護することもできただろうが――
「六課の誰かに世話になるか……保護施設へ行くか。聖王教会の辺りなら良くしてくれるだろう」
「うん……」
レイナが顔を伏せる。
十中八九、自分の希望するしないに関わらず、誰かに迷惑を掛けると考えているだろう。そんなレイナに、ぼくは続ける。
「レイナ、ぼくは潤と約束した。だから、ぼくは君が望む事を必ず叶えてやる。人への迷惑や遠慮なんて無しに、レイナ自身がどうしたいかを言ってくれ」
「私がどうしたいか、って聞かれても……」
レイナは首を振り、
「どうしたらいいかわからない。どうしたいかも、わかんない。私はただ……お兄ちゃんと一緒に居たいだけだから……」
そう、噛み締めるように言った。
そこまで聞いて、ぼくは自分の考えが間違っていたことに気づいた。
レイナの支えは潤だ。ヴィヴィオにとっての姉さんのように。
レイナにとって潤は命の恩人であり、名前をつけてくれた、大切な存在だ。偵察課で保護していたけれど、潤は任務から帰ったら真っ先にレイナの所へ向かっていた。
レイナの考えも生き方も、おそらく潤に依存した形で培われているのだろう。もちろん悪いことではない。目的があるということは、それに向けて努力することができるということだ。目的が無ければ、無気力に毎日を生きる羽目になってしまうのだから。
けれどなにかに依存した生き方は、
そして、そんなレイナが絞り出すように声を発した。
「一騎さん。私って……なに?」
それを聞かれ、ぼくの心臓が跳ねた。
「私ね。朧気だけど、一番古く覚えてる記憶は――崩れた建物の中で、傷だらけのお兄ちゃんに庇われてるものなんだ」
それはおそらく、レイナを装置から助けた後の、レリックが爆発した時の事だろう。
「そのあと病院で目が覚めて、包帯だらけのお兄ちゃんが私に会いに来た。そして、何もなかった私に名前をつけてくれて、連れていってくれた」
ぼくが目を覚ました時には、既に潤は退院していた。ギプスは外れていなかったが。
「でも、その前……お兄ちゃんの記憶の、もっと前の記憶が、全然思い出せないの。ううん――思い出せないというより、まるで無いみたい。言葉は話せるし、ある程度の常識も知ってるのに、なんでこんなに空っぽなんだろうって考えてたんだ」
そこでレイナは顔をあげてぼくを見た。
「一騎さんなら知ってるよね。私って、なんなの?」
レイナの表情は強張っている。泣きそうなものであり、それ以上の不安もある。
おそらく、もっと前からこの娘はそれに気付いていたのだろう。自分がなんなのかを知りたくて不安を抱えていたのだろう。それでも――いや、だからこそ誰にも聞かずに黙っていたのだろう。
ぼくが話してもいいのだろうか。いまのレイナに話すべきなのだろうか。
「……確かに、ぼくらは君がどういう存在なのか知っている。ティルクも――潤も」
その上で、ぼくはレイナに問う。
「ぼくが話してもいい……けど、知らなければ良かったなんて言えないよ」
「知らないよりは、ずっといいと思うから。聞かせて、私のこと」
君の望むことは必ず叶えてやる、と答えた手前、断るわけにはいかない。
わかった、とぼくは答えた。そして、隠すことなく全てを話し始めた。
~~~~~
「人造魔導師――悪意によって造られた命……」
ぼくが話し終えると、レイナはぽつりと呟いた。レイナの魔力資質が高いことや、5歳では考えられないほど大人びていることも、すべてそれが関係している。
「じゃあ、私に『あの時』よりも前の記憶は無いんだね」
「……そうだ。クローン培養では、稀に元になった人物の記憶を植え付ける場合もあるが、たぶんレイナは違う」
「私があの人にひどいことされたのも、そんな生まれだから?」
炎熱の実験のことだろう。ぼくは頷いた。
「……お兄ちゃん」
そんな呟きと共に、レイナは両手で顔を覆った。涙を堪えているようにも見える。
「私、お兄ちゃんに迷惑かけてばっかりなんだね」
「違う」
ぼくはそれだけは否定した。
「潤はレイナに救われてた。レイナが潤を慕ってるように、潤もレイナを必要としていた。だからこそ、あいつはなりふり構わずレイナを助けたんだ」
潤が死に物狂いになることはそうそう無い。ぼくの知る限り、六課を守ろうとした時と、レイナを助けるために主任を殺した時だけだ。
「……私、お兄ちゃんに会いたい」
それを聞いてかはわからないが、レイナは意を決したように顔をあげた。
「一騎さん、私をお兄ちゃんのところに連れていって」
「……ああ、わかった」
ぼくはそう、頷いた。
~~~~~
後日、ぼくはレイナを連れて海上施設へ向かった。
潤は個室でベッドに腰掛けていたが、人の気配を感じたのかこちらを向き、驚きに目を見開いた。
「レイナ、なんでここに……」
「レイナが会いたいって言った。だから連れてきた」
ぼくはそう淡々と言い、レイナを横目で見る。
レイナはぼくを見て、小さな頷きを見せた。なにを求めているのかがわかり、ぼくはその場から下がる。話の邪魔にならないように。
~~~~~
「レイナ」
俺が呼ぶと、レイナは笑った。酷く悲しそうに。
「……なにがあった?」
「……聞いたの。一騎さんに」
それを聞いて、レイナの後ろで壁にもたれている相棒を見た。
一騎は真剣な顔で、俺に頷きを返した。それで察した俺は、何を言われるかと身構えた。
「お兄ちゃん、私のこと考えてくれてたんだよね」
不思議なことに、表情とは反対の、不自然に落ち着いた声色だった。
俺は怪訝に思い、眉をひそめた。
「お兄ちゃんに守られてたんだって気付いてから、ずっと考えてたんだ。なんでお兄ちゃんはこんなに私を気にかけてくれるんだろう、って」
「それは……お前が」
俺の言葉に被せるようにして、レイナが続けた。
「人造魔導師だから?」
「違う!」
卑屈な言葉に、俺は吼えた。レイナがびくっと身体を振るわせる。
「俺は……俺はただ『助けたい』って思ったんだ」
「……私を?」
「ああ」
「……どうして?」
「それは、正直わからん」
俺はそう、迷わずに告げた。
「俺はただ死なせたくないって思った。目の前の小さな女の子が死ぬかもしれないって考えた瞬間、そんなのは嫌だって思ったんだ」
レイナは胸の辺りでぎゅっと手を握った。
「強行偵察課で色んな世界を回って、色んな奴等を見てきた。酷い扱いを受けている子供も居た。けど、俺はそいつらに対して何もできなかった。でも、この子は――お前はまだ助けられるんじゃないか、って思った。俺が、偵察課の任務の中で、初めて救えた命がお前だったんだよ」
俺は格子に手を掛け、レイナを見る。
「お前を救えて、初めて自分の中で守りたいって気持ちが出てきた。最初は同情もあったけど、お前に名前をつけて、お前が兄と呼んでくれて。そうやってお前と関わるうちに、俺はお前のために生きようと思った」
「私がわからないのはそこなの。助けてくれて……お兄ちゃんが連れていってくれた。けど、私はずっと怖かった。なんでこんなに気に掛けてくれるんだろう、って。なんでこんなに優しいんだろうって、それがわからなかったから」
しゃがみこみ、レイナ、と呼び掛ける。レイナはおずおずと顔をあげ、俺と目を合わせる。
「俺はさ。両親を殺されてるんだ」
「えっ――?」
その言葉に、レイナは驚愕した。当然だ。今まで話していなかったのだから。
「両親を殺されて、俺も殺されかけた。その時局員の人に助けられたんだが……俺はそれ以来、流されるまんまに生きてきた。無気力って言ってもいい。殺されかけた俺は……助けられた俺は、これからどうするべきかがまったく考えられなかった。なんとなく生きてるだけで、正直、生きようが死のうがどうでもいいと思ってた」
それは、ある意味でのトラウマなのだろう。実際に死んではいないが、殺されかけたという事実。その後、地球とはまったく違うミッドチルダという世界。それは考え方によっては、生まれ変わったのと似ている。
俺はたぶん、あのとき殺されたんだ。
住んでいる世界も環境も変わって、だからこそ、地球で殺された両親の事をどこか『違う俺』の事だと思って、『今の俺』には何もないと考えていた。けど、確実に俺の中にはそういった『死』が残っていた。
けどな、と俺は続ける。
「あの時、お前を見て守りたいと思った。お前のために生きたいって思ったんだ! お前は『俺』が始まってから、初めての生きる意味になった人間なんだよ」
俺はどこかで『拠り所』を求めていた。それがレイナだった。
全ての意味がレイナに通じているかはわからない。けれど、俺の言いたいことは理解してくれているはずだ。
「だから、レイナ。お前が人造魔導師かどうかなんて関係無い。お前がお前だから、俺はレイナを助けたんだ。同時に、レイナのお陰で俺は救われていた。何も無かった俺に、レイナは目的をくれたんだよ」
「でも! それでいいの!? 私を想ってくれてるのは嬉しい! けど、私は今もお兄ちゃんに迷惑を掛けて、苦しめてる!」
とうとう涙をこぼし、レイナは声をあげる。
「私にはお兄ちゃん以外なにもないの! 私の名前はお兄ちゃんがくれたんだから! 私にとっては、お兄ちゃんが居てくれればそれだけで……っ!」
嗚咽を漏らし、しゃくりあげて両手で涙を拭い続ける。
「私の生きる意味も、お兄ちゃん以外に無いの……! お兄ちゃんと離れたとき、ずっと寂しかった! クォーツさん達がお兄ちゃんに会わせてくれたとき、すごく嬉しかったしほっとした!」
その告白は、レイナは俺が思っていた以上に、俺を慕ってくれていた、ということ。
考えてみれば、人造魔導師であり、過去が無いレイナにとっての俺は――彼女にとっての俺は、初めて会った人間なのだろう。
同じだ、と思った。
俺とレイナは、お互いの存在が自分にとって特別なもの。初めて親愛を抱いた存在。同時に、踏み込もうとすることを恐れている。自分の不用意な行いで、相手が離れてしまうんじゃないかと恐れているんだ。
依存しているんだ、お互いに。
「なあ……俺達は同じなんだ、レイナ。お前が考えていることが、今なら痛いほどわかるよ。俺がレイナに背負わせたくないように、お前も俺に負担を掛けたくないんだよな」
俺はレイナを助けるためなら安いものだと考え、あの男を殺し、三年間ここに居ることになった。
しかし、レイナは自分のせいで俺をここに閉じ込める羽目になってしまった、と考えている。
だから、俺は今のレイナの気持ちがわかった。もしも反対の立場で、俺を助けるためにレイナが罰を受けたら、俺は自分を責めるだろう。
「レイナ……黙っていて悪かった。初めから全部話しておけば、お前を不安がらせることも無かったのにな……俺、自分のことしか考えてなかったんだ。俺が考えていたことは独り善がりだったんだ」
今の俺の状況はレイナを苦しめ、同時に、レイナの苦しみは俺を罪悪に突き落とす。
ならば。
「……決めたぞ、レイナ」
「え……?」
俺は、拳を壁に叩き付け、レイナに向かって笑う。
「悪い。少しの間我慢してくれ。今の俺にはお前を助けるための手段が無い。今の俺の状況は、嫌でもお前を苦しめちまう」
だから、と続ける。
「俺がここから出たら、もう一度俺にチャンスをくれ。もう二度と間違えない。本当の意味で、お前のために生きたい。お前を二度と悲しませたりしない。だから、待っててくれ」
「……いいの? 私、きっとお兄ちゃんにもっと迷惑掛けるよ」
「ああ。きっと俺もお前に迷惑を掛けるだろう」
けどよ、と間を置いて、しっかりとレイナに問い掛ける。
「けどよ……そしたらお前、俺に愛想つかして離れていくか?」
それを聞かれたレイナは、ぶんぶんと首を横に振った。
「どんなに迷惑掛けられても、私はお兄ちゃんから離れたりしない!」
「だろう? 俺もおんなじ気持ちだ」
そこまで言って、ようやく俺の言いたいことがわかったらしい。
「俺はどれだけ迷惑を掛けられてもお前を見捨てたりしない。言っただろ。俺とお前は同じなんだよ。考え方も、生き方もな」
「……本当に、いいの?」
「ああ」
「――お兄ちゃん……っ!」
手を伸ばし、未だに涙を流し続けるレイナの頭を撫でる。
「心配も遠慮もいらないんだ。俺達は同じこと考えてる。それを信じて、お互いに一歩ずつ踏み出すんだ」
「うん……うん!」
「だから、もう心配するな。お互いに気づけたんだから、俺もレイナも、きっともう大丈夫だからよ」
レイナは泣きながらも頷く。
これで俺達は、もう大丈夫だ。失敗はするかもしれないが、正直に話せばレイナは許してくれる。
過ぎた気遣いは、相手を信用していないのと同じだ。それは相手に伝わり、お互いに不安が伝染していく。
だからこそ、相手を頼り、信用しすぎるくらいでちょうどいいんだ、俺達は。
「安心しろよ、レイナ。少し待っててくれ。そしたら、全部俺に任せてくれればいいからさ」
「うん――お兄ちゃん!」
今日初めてレイナが笑ってくれた。久し振りに見たレイナの笑顔は、今までに見たことの無い幸せそうなものだった。