しがらみは解決し、レイナは以前よりも良い表情をするようになった。
しかし一騎が「レイナの今後、どうすればいい」と聞いてきたが、今の俺にはどうしようもできない、というのが結論だった。
「あーあ、俺がこんなとこに居なけりゃなぁ」
だったら適当なアパートに部屋でも借りて、レイナと住めばいい。俺が成人したらそのまま保護責任者になればよかったのだから。
「そうしたら、私は斎藤レイナになったりするのかな」
「ま、俺にとっちゃ『斎藤』になんの未練も意味も無いがね」
レイナの言葉に、俺は肩をすくめた。
『斎藤』は、以前から名乗っているから続けているだけだ。俺にはもう親族は居ないのだから、斎藤を名乗る意味は無い。
しかしレイナは孤児なので、ファミリーネームが無い。俺には形だけのそれだが、もしレイナが斎藤を名乗ることになれば、『斎藤』は俺にもレイナにも、家族としての意味が出来ただろう。
「けど、無理かもな。結局今の俺にはどうしようもない、としか言えねぇや」
「そうだな。みんなで考えてから、また来るよ」
一騎はそう締め括り、時間だし、今日は戻るよ、とレイナを連れて帰っていった。
去り際に、レイナが手を振ってくれた。
~~~~~
それから三日後、三月も下旬にさしかかっている。そういや六課の試験運用もあと一ヶ月ちょいなのか、と他人事のように考える。
面会だと言われ、扉が開いて一騎が顔を見せた。
どうやら一人ではなく、誰かを連れているようだ。扉を開けたままにし、その誰かに先を譲る。
「久しぶり、潤」
一騎が連れてきたのはギンガだった。予想外の来客に俺は驚愕して開いた口が閉じなかった。
そのまま視線で一騎を見て説明を求めるが、一騎は余裕そうな笑みを浮かべるだけだった。
俺はあのムカつく薄ら笑いをぶん殴りたいという思いでペースを取り戻し、ギンガに向き直った。
「おう、何週間ぶりだろうな」
「潤がお縄になって以来よ」
その言葉には中々トゲが含まれていた。
両手を腰に当て、椅子に腰かけている俺に対し、見下ろすようにして目付きを鋭くさせる。
「まあ、知ってるよな」
「所用で行ってた108から戻ったあと、あらましはスバルから聞いたのよ。貴方、人を殺したあげくスバルと殴りあって負けたんですってね」
「……」
因みに俺の三年間の更正云々は一騎から説明があったらしい。
ギンガの主張に対し、俺は後者について文句を言った。
「スバルに負けたってのはちっと違う。俺は一騎に負けたんだ。フォワードだけだったり、スバルと
「お前、スバルに殴り倒されてバスター撃ち込まれる寸前だったじゃないか」
「うっせぇ」
俺の言葉に、ギンガは溜め息を吐いた。
「で、俺を叱るために来たのかよ」
「当然でしょ」
まさかの肯定であった。同い年とは思えない威圧感に、俺は多少傷つきながら、乾いた笑いを漏らす。
「スバルや一騎と戦ってる記録映像見たわよ。貴方ね、生身の人間があんな無茶な身体強化と魔力行使なんかして、どれだけ危ないかわかってるの? あんなの続けたら自滅するわよ!?」
無茶、とはどれの事を言ってるのだろうか。全身を限界を越えた身体強化で動かしたことか。足の裏で爆発を起こして加速したことか。それを身体が軋むのも構わず続けたことだろうか。
全部だろうな。俺は溜め息を吐いた。
「わーってるよ。ぶっつけだったから無茶になっただけ。次は練習しとくから許してくれよ」
「…………」
「……本当だぞ」
無言で睨まれたので小声で付け足す。もしかしたらそういう問題じゃないのかもしれない。返答を誤ったか。
が、そんな俺の不安をよそに、ギンガは意外にも「そうね」と納得した。
「将来は一緒に訓練することになるし、私が見ておけば大丈夫でしょ」
「……あ?」
言葉の意味がわからん。
一騎が後ろから口を挟んでくる。
「ギンガ、そろそろ説明してやってくれよ。そのためについてきたんだろ」
「わかってるわよー」
まあ、予想はついていたが、叱るため『だけ』でついてきたわけではないらしい。
俺は視線をギンガに戻す。
「レイナの事だけどね。あの子の保護は父さんが引き受けてくれるわ。本人の希望もあって、春からヴィヴィオと同じ魔法学院に通わせることになったから」
「……学校は、わかった。レイナがいいならそれで――じゃなくて、いや、それよりも、ギンガの父親って……ナカジマ三佐が?」
俺は混乱しながらもレイナの学校が決まったことを祝い、保護を名乗り出た意外な相手に驚く。
「なんで三佐が、レイナの面倒見てくれるんだよ」
「私が頼んだからよ。大丈夫、
「いやいや、待てや。尚更だろ。そんな何人も娘増やしてどうすんだ」
俺が詰め寄るも、ギンガはもう決まってるわ、と言い切った。
俺は呆れながらも、
「まあ、ナカジマで引き取ってくれるのはありがてぇよ。レイナもお前には懐いてるからな。ナカジマ三佐だって人格者だ」
そこはいい。願ったりだ。
だが、不安要素というか――
「けどよ、俺にも親権というか、なんだ、そんな感じのモノがあるだろ。正確には違うし、書類も無いし登録もしてないけど。レイナがそっちに行ったら、赤の他人で、犯罪者である俺は二度とレイナに会えなくなりそうじゃねぇか」
レイナがナカジマ家に保護されたら、俺と会うことが叶わなくなるのではないか。
俺のそんな不安と不満を聞いて、ギンガは指を立てて俺の言葉を止めさせる。
「大丈夫」
「なんでだよ」
「貴方の……潤の更正期間が終わったあとの保護観察。それも父さんが引き受けてくれるわ」
俺は今度こそ唖然とした。いや、愕然とした。
心なしか、後ろで話を聞いていた一騎も驚愕しているように見える。
「「はあ!?」」
俺と一騎は同時に声をあげた。一騎も驚いていたようだ。おそらく、レイナに関することしか聞いていなかったのだろう。
「おま……えっ、マジ?」
「マジよ」
「ちょ、ちょっとギンガ。それって結局、ナカジマ三佐は計6人の保護と責任を担うってことになるぞ」
一騎の言葉に、当然、と言わんばかりにギンガは頷いた。
「潤。貴方がレイナと離れることを嫌がるのは予想ついてたわ。レイナも嫌だろうしね。私も貴方達を引き離すなんてしたくないから、父さんと話してみたの。二人を一緒に居させたい、って」
「――本当、に?」
震えながら呟いた俺の確認の言葉に、ギンガは笑顔で頷いた。
「貴方もレイナも『ナカジマ姓』になっちゃうけど、潤は今の姓に未練は無いって言ってたし――潤?」
途中で言葉を止め、ギンガは心配そうに格子の間から手を伸ばして俺の右手に触れる。
次の瞬間、俺は自分の目から涙が流れていることに気付いた。
「は……?」
左手で目元に触れると、それはやはり涙だ。
俺はそこまでしてようやく、自分が泣いていることを自覚した。
「潤、大丈夫よ。貴方とレイナは一緒に居られる。ナカジマ家の一員として」
「……ああ、そうか」
おそらく、ほっとした、というのが一番の理由なのだろう。
レイナを助けて、話し合って、わかりあって。その上でどうしようもなくて、不安だったレイナの今後をこんなにあっさりと解決してもらって。
憑き物が落ちたというのだろうか。レイナだけでなく、俺に対しても、落ち着ける場所を見付けてくれた。
「ギンガ」
「なに?」
俺は泣いてる理由を理解すると、さっさと涙をぬぐう。
その上でギンガの手を両手で握る。
「ありがとう」
俺は皮肉も余裕も外聞も全てかなぐり捨て、素直にそう伝えた。
ギンガは少し顔を赤くして、照れ臭そうに頷いた。
「……なあ」
一騎が控えめに割り込み、俺達に目を向けた。
「ギンガ、本当に大丈夫なのか? ほら……単純に、養育費とか」
その声色は『必要なら手を貸す』といったトーンだ。ギンガは必要ないわ、と言わんばかりに頷き、
「大丈夫よ。六人全員がナカジマ家に揃うのは3年後だし、その時には稼ぎが少なくても私と父さんと潤の三人。ああそうだ、
その言葉に、俺は疑問を口にする。
「俺、108部隊に行くことになるのか?」
「そう。保護観察者である父さんの管轄だし、当然でしょ。潤は陸戦魔導師だし、文句は無いと思うけど」
「あるもんか、文句なんか」
俺は首を振った。下手をすれば局員を辞めさせられる可能性もあったのだ。なのに保護者も、次の職場も約束されているなんて、これ以上を望むなんてバチが当たる。
「父さんが言ってたわ。『養ってやる代わりに、お前には馬車馬のように働いてもらうから覚悟しろ』ですって。最初は給料に期待しない方がいいかもね」
「ははっ……まあ、いいさ。それだけのことをしてもらってんだ」
「……あんまり貴方が素直だとつまらないわね。まあ、殊勝な潤も悪くないけどね」
「からかうなよ。本心で感謝してんだ」
俺の言葉に、ギンガは悪戯っぽく笑う。同い年だというのに、まるで子供のようなその表情に、俺も思わず頬が緩む。
「……ゴホン」
そこで一騎が慣れない咳払いをした。
一騎の存在が意識の外だったらしいギンガは少し慌てたように俺の手を振り払い、そっちに向き直る。
手を払われた俺は少し寂しい気持ちになった。
「もうお前らさっさと付き合えよ。このままだと『結婚する前に同姓になる』っていう訳のわからん事態になりうるぞ」
「なっ――」
一騎のジト目と共に言われた内容はひどく不本意なものだった。それを聞いてギンガは顔を真っ赤にして言葉に詰まる。
俺は格子から手を伸ばし、そんなギンガの肩に手を乗せる。
びくっと身体を震わせ、こちらを見ずに返事をする
「な、なに? 潤」
「どうする、ギンガ。このまま付き合っちまうか?」
できるだけ顔を寄せ、耳元で囁く。
「えっ!? いや……でも、その……」
煙でも出すんじゃないかというレベルで真っ赤になり、もじもじと手を組んだり、顔を手で隠す。
普段はそうでもないのだが、こういった人前などの条件下でストレートに迫られるのは弱いようだ。
話を振った本人である一騎が、苛立ちを隠さずに踵を踏み鳴らす。こいつはなにやってんだ。
「帰る」
「お前はどうなんだ?」
「なにがだ」
扉を出る前に呼び止めた俺に対し、一騎は普段の三割増しで悪い目付きを俺に向ける。
「この前言ってたじゃねえか。『人に会う』ってさ」
「……なんのことだ」
俺はニヤニヤと笑い、追求する。
「知ってんぜ。お前、扉の外になんか置いてんだろ」
「…………」
先程一騎が入ってきた扉。その前――俺の位置からは向こう側――には面会前に手荷物を置くテーブルがあるはずだ。
一騎はこちらを睨むのをやめない。こういうときこいつは、『眼を逸らしたら負けだ』と考えているはずだ。
十中八九、適当な手土産があるだろう。もちろん、俺宛のものではなく。
一騎は舌打ちをし、同じ言葉を口にした。
「帰る」
「おうとも。仲良くやれよ」
「……はぁ」
これ見よがしな溜め息を俺達に当て付けるように吐くと、一騎はぶつぶつと呪詛の代わりにスターライトブレイカーの詠唱を呟きながら部屋を出ていった。
ここが集束砲撃によって消し飛んだりしないか、一瞬本気で心配になった。
~~~~~
「機嫌悪そうだね、なにかあったの?」
「……まあ、ちょっと。同僚の惚気を見せ付けられて」
首をかしげて聞いてきたディエチに、呆れた素振りを見せてそう答える。
「のろけ?」
「ん」
なにそれ、と聞かれるが、思い出すのは癪なので、ぼくは口に含んだケーキを飲み込んで適当に答える。
「まあ、仲が良いって事だ。深い意味でな」
「ふーん……?」
いまいちよくわかっていなさそうだったが、今日選んだ二層に分かれたチョコレートケーキがお気に召したらしく、それ以上は聞いてこなかった。
「でもきみ、本当にまた来てくれたんだね」
「迷惑なら来ないけど?」
「ううん、迷惑なんて。私は君と話すの楽しいよ」
ケーキも美味しいしね、と笑う。そんな笑顔を見るだけで、潤にからかわれたことも忘れて、来てよかったと思えた。
「こういうこと言っちゃ駄目なんだろうけど、ここって結構退屈なんだよね。もちろん、自分が何をしたか、とかはちゃんと理解してるつもりだけど」
まあ、『お勉強』の他には対した事はしていないのだろう。ある程度自由にされているし、刑務所では無いとはいえ、そう考えてしまうのは仕方のないことだと思った。
「毎日同じことばかりだと、流石に飽きるだろ」
「うーん……知ることは楽しいよ。でも――」
そこで少し口ごもった。ぼくは気になって続きを促す。
「『戦闘機人としてじゃなく、一人の人間としてどう生きたいか』って聞かれたことがあってさ。そういうこと聞かれたて、何も答えられなかった時……なんていうか、なにも知らなかったんだな、って実感しちゃって」
「だから勉強してるんだろう。それに、きみが知らないのは別にきみのせいじゃない。そう生きざるを得ない状況だっただけだ」
ディエチはちらりとぼくを見た。
「慰めてくれてるんだ?」
「的はずれかもしれないけどね」
「あはは……ありがとうね」
とりあえずは喜んでもらえたようだ。ほっとして思わず息を吐く。
「でも、本当にやることないのか? ぼくはわかんないけど、姉妹も一緒なんだし、世間話とかもできるんじゃ?」
今はどうやら他の姉妹は個別に面談を受けていたり、別のホールに居るようで、ここには他に誰もいない。
「そりゃ話はするよ。でも最近からかわれてばっかりなんだ」
「からかう?
なんで、と聞くと、ディエチはフォークを置き、少し恨めしそうにぼくを見た。
思わず身を引くと、そのまま詰め寄られる。
「あのね、君があんなこと言ったからだよ。あんな誤解されるような――」
その先を言おうとすると、口ごもり、やっぱりなんでもない、と俯いた。
――ああ、なるほど。
『会いに来た』と言ってしまったからか。それは確かにぼくのせいだろう。からかわれるのも納得ではある。
とりあえず、詰め寄られていた状況から解放され、ぼくは大きく息を吐く。
その行動が不思議だったようで、ディエチは素直に聞いてくる。
「どうしたの?」
「ん……いや、なんか、息苦しくて」
「そう? 空調は効いてるみたいだけど」
確かに。天井にある換気孔は静かに音を立てていて、それが駆動中だという事がわかる。
(……ああ、もう)
ぼくはそこまできて、やはりというべきか、自分の状態を認め始めた。
ごまかしごまかしだったのは認めるが、周りに色々言われるのが嫌だから否定してきたし、正直
しかし。
「体調が悪いなら、無理しなくていいからね。きみと話すのは楽しいけど、無理して来られても申し訳なくなっちゃうしさ」
そう心配そうに言うディエチの顔を見ると、どうにもむず痒く、落ち着かなくなる。
まあ、ここまでくれば認めなくちゃならないだろう。
「そうだね」
ぼくはそう答え、でも、と続ける。
「でも――また来るよ」
ディエチはその言葉に、ぼくをちらりと見て。
「ぼく、きみのこと好きだし」
続けたぼくの言葉に、顔を赤くした。
「そういうこと言うから、わたしがからかわれるんだよ……ばか」
「手厳しいなぁ……っと、時間だ。残りのケーキは他の子達に渡しといてね」
少しばかりショックを受けながら、面会時間を過ぎそうなのに気付くと、ぼくは立ち上がって制服を羽織る。
「ねえ」
「ん?」
「またね……カズキ」
ディエチは座ったまま、小さく手を振った。
思わず名前を呼ばれてどきっとしたが、ぼくも軽く手をあげて応えると、少し軽くなった足取りで扉を開けて部屋を出る。
振り返り、扉を閉めるまで、ディエチは手を振ってくれていた。