76話 半年すぎて1
「高町教導官、1042隊から仮想敵の要請が来ていますが」
「今現在予定に入っている教導数の関係上、請け負うのは一ヶ月後になります。その旨、先方に連絡しておいてください」
「了解しました」
ぼくはモニターのキーボードを叩き、内容に不備が無いことを確認してから送信する。
頷きを返すと、午後の教導に向かいます、準備を、と言葉を返され、言うと同時にそのまま部屋を出ていく。
「行くぞ」
そう、ヴィータさんがぼくの肩を叩くと、続いて部屋を出る。ぼくはテーブルの上に置いていたイノセントハートを手に取り、手首に巻くように弄びながら最後にその場を後にする。
「今日から教導の仕上げだから、私達三人で役割を交代しながら相手をすることになっています」
そう言ってヴィータさんとぼくを見て、
「それぞれの戦闘スタイルは指示した通りに。ヴィータちゃんは普段通りで構わないけど、高町三尉は近接攻撃を使用せず、後方支援に徹するように」
「はい!」
ぼくは敬礼をしながら応えると、三人同時にセットアップをし、訓練場へ足を踏み入れた。
~~~~~
「では、本日の教導はここまで」
「明日は9時からです。遅れずに集合するよう、お願いします」
ぼくはモニターに経過を打ち込みながら、そう引き継ぐ。
『お疲れさまでした!』
「おう、お疲れさま」
局員たちの礼にヴィータさんがそう応えると、お先、とぼくらに笑い掛け、頭の後ろで手を組んでのんびりと歩いていった。
ぼくはそれを見送るとキーをタップし、打ち終えると息を吐いてモニターを消した。これでイノセントハートの内蔵記録フォルダに保存された。今日の仕事はおしまいだ。
そして、ぼくが打ち終えるのを待っていたように、背後から胸の辺りに手が回され、背中からうなじの辺りに頭が押し付けられる。
「っと……姉さん。お疲れさま」
「お疲れさま、一騎」
後ろから抱き付いてきた姉さんは、先程までの敬語と固い表情とは一転して柔らかく笑った。
その笑顔を見てぼくは苦笑し、
「いつもの事ながら、その切り替えは凄いよね」
「だって~。仕事中に優しくしたら一騎がお仕事覚えられないでしょ?」
「いや、別に。もうかなり慣れた方だよ」
「あと私、公私混同はしないようにしてるからね」
「ぼくに対してだけだよね、それ」
こんなことを言っている姉さんは、ぼくに対しては完璧に『上司』として振る舞っているくせに、ヴィータさんに対しては気安さが隠しきれていなかったりする。さっきもちゃん付けで呼んでたし。教導中も局員の人には少し態度が柔らかい。教導自体は厳しいが。
ともあれ、ぼくは溜め息混じりに口を開く。
「まあ、それは仕方ないと思ってるよ。仕事中にも気安く話してたら、姉弟だからとか、身内贔屓だとか言われそうだし」
「優秀だから引き抜いただけなんだけどね」
姉さんは顔を埋めてそう呟き、満足したのかぼくから身体を離す。最近の傾向として、姉さんはやたらとぼくを甘やかしたがっているというか、甘えたがっているというか。そんな風に思う。まあ、理由についてはなんとなく想像がついているのだが。
ぼくがそう考えながら姉さんを見ていると、どうかした? と首をかしげて聞いてくる。
「なんでもない。疲れたし、早く家に帰ろう。6時になっちゃうよ」
「帰りにお買い物していくから、いつものところ寄ってね」
「了解です、高町教導官」
「もう、仕事以外でその呼び方禁止!」
姉さんはそう言って人差し指を立てて、ぷんぷんと効果音がつきそうな様子で頬を膨らませる。
ごめんごめん、と謝りつつ、お互いの更衣室の前で一度別れ、制服から私服に着替えてぼくは車の前で姉さんが来るのを待つ。
ぼくは制服を脱いでハンガーで吊るし、アンダーシャツを着替えてジーンズを履きジャケットを羽織るだけなので二分と掛からないのだが、流石にぼくと比べると姉さんの
ぼくは大きく延びをし、沈みかけている夕日を眺めて、
「もう半年は経つのかな」
そう一人ごちる。
たった半年だが、ぼくを取り巻く環境は大きく変わった。仕事場には相棒は居らず、訓練校からの同期も居ない。しかし同時に、姉さんやヴィータさんと肩を並べて仕事に励んでいる。
ぼく自身も多少は成長したと思う。この半年で魔法戦の技術は上がっただろうし、身長も姉さんより少し高くなった。
ぼくの身長に気付いたときの姉さんは、すごく不満そうな顔をしていた。「弟に追い越されるお姉ちゃんの気持ちは複雑」と文句を垂れてもいた。
背が低かろうが高かろうがやることは変わらないくせに、と思う。後ろから抱き付いてくるのは今も昔も変わらない。その後「自分の身体が収まる感じも悪くないかも」と満足そうでもあったが。
(……たぶん、反動だろうな)
ぼくと姉さんは昔、距離を置いていた。お互いに踏み込み方がわからずに――ぼくにちょっとした引け目があるのは事実だが――すれ違っていた。
一応、わかりやすい問題としてはゆりかごの一件で解決した。ぼく自身の暴言と暴力による訴えに、姉さんが真摯に応えてくれた結果だ。
だからこそ、昔の距離を埋めるように、今までの微妙なそっけなさを忘れるように。
そしてなによりも我慢していた事をたっぷりと楽しむために、姉さんはぼくに構ってくれるのだろう。本来なら小学生の姉弟がやっているような事を、ぼくらはこの歳でようやく始めたわけだ。
(……しかし、受け身ってのは
などとぼんやり考えていると、後ろから冷たいものが首筋に押し付けられた。
「うぁっ!」
疲れからか、完全に気を抜いていたせいで、 過剰に反応してしまう。普段ならどんな状況でもイノセントハートが周りを索敵し、発見すれば注意を促したり、何らかの魔法を発動して対応してくれるのだが。
そんな事を考えつつ振り返り、ぼくの反応に吹き出して笑い続けている姉さんを恨みがましく睨む。
「なにすんの」
「あははははははっ! 『うぁっ!』だって! 一騎のそんな声、久し振りに聞いた……ふふ、あははっ!」
姉さんは笑い続けたまま、手に持っていたポカリを渡してきた。ぼくの首に押し付けたのはこれか。
「はーっ、笑った笑った。普段クールぶってるから余計に面白いよね、一騎の反応」
「ぶってる、こそ余計だよ」
ぼくはプルタブを開け、がぶがぶと煽る。
「はぁ……まったく、イタズラにも限度があるよ」
「だって一騎ぼうっとしてたんだもん。なに考えてたの?」
ここで「姉さんのこと」と答えてもこの人は面白い反応を見せないので、ぼくは軽く手を振って誤魔化す。
「――まあ、別にいいじゃん。なんでも」
「えー、気になるよぉ」
「早く帰ろうよ。ほら」
ぼくは車の助手席のドアを開けると、姉さんを招く。
不満げに、しかしどこか上機嫌で姉さんが助手席に座ったのを確認すると、静かにドアを閉め、ぼくは運転席に乗り込む。
「一騎の運転って、なんか慣れないんだよね」
「疲れている姉に少しでも休んでもらえるように、という弟の気遣いになんて言いぐさだよ」
「……ありがとね、一騎」
皮肉混じりの言葉にまっすぐな感謝で返され、ぼくは多少の気恥ずかしさを感じながらキーを回した。
~~~~~
「ただいまー」
そんな言葉と共に姉さんが家に入っていき、買い物袋を両手に提げたぼくもその後に続いて靴を脱いであがる。
六課時代から変わったもう一つの事といえば、『家』があることだ。形としては居候みたいなものだが、家主である高町なのはは姉なので、この現状をどう名乗ったものか、というのが最近の悩み事でもある。
「おかえりー!」
そう、学校から帰っていたらしいヴィヴィオが二階から降りてきて、姉さんに抱き付くようにして迎えた。
普段ならその状態のままぼくにも「お兄ちゃんもおかえりー!」があるのだが、ぼくが二階から降りてくるもう一人の人影を見付けたことで、可愛い妹の出迎えを聞くことは叶わなかった。
「お帰りなさい。お邪魔してます」
代わりにそう言って降りてくるのはレイナだ。ヴィヴィオの最初の友達で、ぼくの相棒の『妹』。クラスもヴィヴィオと同じだそうだ。最近はぼくに対しても丁寧語を使うようになっている。
「レイナ。久し振り」
「はい。久しぶり、一騎さん」
レイナはぼくにそう応え、微笑んだ。
~~~~~
「で、なんでレイナはこんな時間まで残っているんだ」
もう六時だぞ、と時計を指しながらリビングでそう問いただす。小学生があまり遅くまで出歩くのは感心しない。
そう聞くと、目的はぼくだとレイナは答えた。
ぼくが眉をひそめると、レイナはヴィヴィオの方を向き、
「ヴィヴィオは格闘技をやってるんだよね」
「うん。スバルさんにちょっと習ったよ」
ヴィヴィオが格闘技を習いたい、と言い出した際、ぼくからスバルにお願いし、基礎だけだが教えてもらったのだ。
ぼくは拳よりも剣の人間なので――殴ったり蹴ったりしないわけじゃないが――格闘技なんて小難しいものは教えられない。だから、ヴィヴィオは今独学で進めている状態だ。
近いうちにコーチをやってくれる人を探さないといけないな、と考えていると、レイナはぼくに向き直り、先を続けた。
「私も
「……それを、なんでぼくに言うんだ?」
レイナは既にナカジマ家の人間だ。だとしたら、格闘においてかなり手練れの
そう言うと、レイナは首を振った。
「シューティングアーツは、私には合わなかったんです。もちろん、私も基礎は教えてもらったけど、ローラーブーツは苦手で」
だから、と真剣な表情でぼくを見た。
「一騎さんは、お兄ちゃんとコンビでしたよね」
「ああ」
「だったら、お兄ちゃんの戦い方をよく知ってますよね?」
「まあ、そりゃな」
知らなかったら一緒に戦えないしな。
そして、レイナが何を求めているのかがなんとなくわかった。
だから、ぼくは先に口を開く。
「レイナ。念のため先に言っておくけど、潤の
「それはわかってます。だけど、お兄ちゃんの中から学べるものは絶対にある。だから知りたいんです。」
「…………」
ぼくは腕を組み、考え込んだ。
正直に言うと、ぼくはレイナが
魔力傾向が潤に似ていて、挙げ句に魔力量や資質も潤より優れているレイナだ。レイナがアレを知ったら、何かの拍子にあの潤を模倣した戦いをし、ただでは済まない可能性がある。
(……まあ、可能性の話をするなら、そんな死に物狂いになる事こそありえないか)
潤が
「……潤との戦闘記録や、訓練記録は映像で残ってる。それを見て学ぶことならできるだろうな」
少々無責任だが、映像を見て何を学び、何を自分のものとするかはレイナによる。ぼくが何かをアドバイスすることはできないぞ、と忠告しておく。
「わかってます。無理はしませんし、今の自分にできることから始めます」
「……わかったよ。レイナなら無茶はしないだろうし、その点は信用する。けど、ギンガにはしっかり目を光らせてもらうし、こんな遅くまでうちに居たことは、
「あ、義父さんの件は問題ないです」
レイナの制止に、なんでだ、とぼくは聞き返す。
「私、今日は高町家に泊まらせて貰うことになっています」
「……そうなの、姉さん?」
ぼくは思わず、キッチンに居る姉さんに声をかける。
「うん、聞いてるよー。ナカジマ三佐とギンガからも『お願いします』って言われてるし」
「ふーん……けど、明日は平日だし、学校も仕事もあるだろ? なんでお泊まりなんか?」
「ギンガは捜査官の仕事で今夜から出なきゃならなくて、ナカジマ三佐は手続きの為に家に居られないんだって。だからヴィヴィオも居るし、
「へー……手続きって、なんの?」
ぼくの疑問に答えたのはレイナだった。
「義父さんが向かったのは隔離施設です」
「施設の手続き……まさか?」
「ううん、お兄ちゃんには顔を出しに行くだけなんですけど――」
お兄ちゃんはまだ時間が掛かるけど――と続け、
「もうすぐ『ナカジマ家』に家族が増えるんだ、って言ってました」
そう、少し嬉しそうに言った。
この辺りから勝手に考えた設定や展開が増えていきます。ご注意を。
ここから下は本編の補足というかそんな感じの小話的なものです。けど内容に直接は関係無いので興味の無い方は飛ばしていいです。
今回の前半に「了解です、高町教導官」「仕事以外でその呼び方禁止!」というくだりがあったと思います。
そういう階級を交えたイチャイチャがしたかった。そんだけの動機でこの『エース・オブ・エースの弟』とかいう話は作り出されました。随分と遠回りをしてしまったけれども。
階級の違う姉弟のイチャイチャを書く。ただそれだけのなんと難しいことか。
一騎が危険視している潤がどれくらい危険かというと、簡単に言えば『猛り爆ぜる斎藤潤』です。いつ自爆ダメージが発生するかわからない状態の。やばそう。
ヴィヴィオとレイナは一年生ですが、コロナに関しては『知り合っているけど格闘技の事はまだ聞いていない』という微妙な時期です。まだ出ません。漫画やアニメのコロナはめちゃ可愛いけども、私は可愛いコロナを描写できる自信はありません。そもそも女の子を書くのが苦手です。なんでなのは書いてんのかね。
拙く無駄に気取った文章でありますが、これからもよろしくお願いします。