俺がレイナを見付けたのは偶然だった。以前逮捕した少年の書類を届けるために海上隔離施設へ向かおうとした際、見覚えのある少女が施設送迎の受付で止められていることに気付いたからだ。
面会に行きたい、親から許可はとってる、と説明する黒髪の少女に対し、流石に小学一年の小さな子供一人を通して良いものか、と悩んでいる様子の受付の女性。
俺はそれに近付き、声を掛けた。
「失礼」
俺の言葉に、二人がこちらを見た。レイナは俺に気付いて驚いたように眼を見張り、なにやら受付の女性も俺に対して同じ反応を見せている。
「書類を届けるために隔離施設へ向かいます。確認を」
「は、はい!」
俺がIDカードを提示し書類を渡すと、どこか素頓狂な声をあげてそれを受けとる。別に知り合いでは無い。しかし向こうは俺を知っているのか、対応がどこか慌ただしい。
まあ、最近はあちこちを文字通り飛び回っているので、どこかで顔を知られていてもおかしくはない。
「あの、ティルクさん……」
「ああ、任せろ」
レイナが俺の制服の裾を引き、俺は意図を理解して頷く。
受付から書類とIDカードが返却される。受け取ってポケットに仕舞いつつ、俺は口を開く。
「それと、この娘は俺の知り合いの妹です。俺が連れていくので、許可を頼めませんか」
「あ、はい。そういうことであれば」
女性はほっとしたように頷き、確認をとったあとに許可証を渡してくれる。それをレイナの首に掛け、連れだって歩き出す。
「ありがとうございます」
「気にするな。俺も用事があったしな」
「さっきの受付の人、知り合いですか?」
「いや、知らない人だ」
「でも、向こうは知ってるみたいでしたけど」
「らしいな。よくわからんが」
それより、と続ける。
「一人で来るのはどうなんだ? いくらお前が大人びているからといって、その歳では行動に制限は受ける。今度からは大人に連れてきてもらうべきだ」
「いつもは義父さんや義姉さんに連れてきてもらうんですけど、二人とも都合が悪くて」
そうなのか、と俺は呟いた。レイナがナカジマの養女になったのは知っていたが、なかなか上手くやっているらしい。
「義姉さんといえば、最近二人増えたんですよ。正確には、家に住めるようになった、と言いますか」
「住めるように?」
俺はレイナの手を取ってヘリに乗り込み、椅子に座らせながら聞き返す。
「ウェンディ姉さんとノーヴェ姉さんの二人が、施設から出れたんです。それで、今は家に住んでます」
「ほう。俺は面識が無いんだが、どんな人物なんだ?」
「はい、えっとですね。ウェンディ姉さんがすごく陽気な人で。義父さんにもべったりだし、私にもよくしてくれます。ノーヴェ姉さんはちょっとぶっきらぼうだけど、話してると優しい人だってわかりますよ」
そう楽しそうに話すレイナに続きを促しながら、ヘリが飛び立ち、施設へと飛んでいった。
そして約15分後。書類を届け終え、時間もあるのであいつらの様子を見に行ってみる。
案内された扉を開け、失礼する、と言いながらくぐると、レイナと話していた斎藤――そういえばこいつのこともナカジマと呼んだ方がいいのだろうか――が俺を見て間抜けな顔をする。
その唖然とした表情に対してこれ見よがしに溜め息を吐き、
「相変わらず能天気な奴だな。元分隊長に会ったんだから、敬礼の一つでもするのが普通だろう」
そう言った。
斎藤は口をぱくぱくと動かし、そこでようやく言葉を吐き出す。
「なんでこんなとこに来てるんだ、アローン」
「『ついで』だ。届ける書類があってな。レイナを見付けたのも偶然だ」
「……まあ、レイナを連れてきてくれたのは感謝するさ」
「で。お前はちゃんとやってるのか?」
「もちろんさ。俺は『訓練校組』の中じゃかなりの優等生なんだぜ」
それは知っているが、残念ながらこいつは
「元隊長さんこそ、真面目に働きすぎてぶっ倒れたりしてねぇか?」
「あると思うか?」
「ま、その気楽そうな顔なら心配はなさそうだ」
俺は斎藤(ナカジマは沢山居るので今はとりあえずこう呼ぶことにする)の言葉を侮辱と解釈し、どう罵倒してやろうかと考えていると、端末に通信が入る。
端末を取り出して開く。ボイスメッセージだ。差出人は現在駐留している部隊の隊長。
『アローン捜査官へ捜査協力要請が届いています。できるだけ早い帰還をお待ちしています』
丁寧な口調の通達を聞き、俺は切り上げて戻ることにする。
「用事ができたので俺は帰る。お前達はどうする?」
「私は……」
レイナは斎藤を見る。
斎藤は頷き、
「今日はもうアローンと一緒に戻れ。誰かと一緒の方が安心だろ」
「うん、わかった。またすぐに来るから」
レイナは立ち上がって俺の隣まで歩くと、斎藤の方へ振り返り、
「お兄ちゃん。私、頑張るからね」
それに対し、斎藤はサムズアップで応えた。
~~~~~
「じゃあ、私はこれで。ありがとうございます、送ってくれて」
「構わないさ。では、元気でな」
「はい、ティルクさんも」
頷き、隊舎に向けて車を走らす。そんな俺に手を振ってレイナは見送ってくれる。
「さて、仕事だ。さっさと次へ向かうとしよう」
俺は現在捜査官だ。武装隊では准尉扱いとなっている。
階級といえば、同期である高町が現在三等空尉と俺を越えていることには少々納得がいかないのだが、あいつには度々昇進の機会が付き回り、六課の運用期間中にもそれがあった(六課に出向中、さらりと当時の俺と同じ曹長に階級が上がっていた)ので、そういうものだと認識するほか無い。異例の二階級特進もあったようだし。
話が逸れた。俺の役職、捜査官の仕事は文字通り事件の捜査だが、大きく分けて二つのパターンがある。
一つは事件に対して個人・または所属部隊の協力を得て捜査をするパターン。しかし俺は特定の部隊に所属しているわけではなく、様々な部隊を転々として活動しているので、ほとんどは個人で動いている。
そしてもう一つは、凶悪犯罪などにおいて単独では厳しいと判断した執務官の要請を受け、それに協力するパターンだ。
~~~~~
つまるところ、今回俺が請け負う事になったのは後者だった。
「失礼します」
応接室に入ると、執務官の制服に身を包んだ人物がソファに座っており、その隣に一人、ソファの後ろに控えるようにもう一人の計三人が室内に居た。
そして、それぞれが見覚えのある人物だったことに、俺は凄く驚いた。
俺のくすんだものと違って透き通るような金髪に赤い目が特徴的な、整った顔立ち。
ソファに座っているのは、フェイト・T・ハラオウン執務官だ。
なんと。今日はよく知り合いに会う。見れば隣に座っているのはフィニーノで、ソファに座らず控えているのはランスターだ。どちらもテスタロッサ執務官の補佐をやっていると聞く。
俺の視線に気付き、ランスターが微笑んで会釈をしてくる。なんとなく面食らった俺は微妙な頷きを返し、執務官の対面のソファの前に立ち、敬礼をする。
「お久しぶりです、テスタロッサ執務官。フィニーノ執務官補、ランスター執務官補も、お変わり無いようでなによりです」
俺の言葉に、テスタロッサ執務官が少し面食らったような表情を浮かべる。何かおかしな事を言っただろうか。
俺がそう訝っていると、執務官は立ち上がり、敬礼をする。
「お久しぶりです、アローン捜査官」
そう言うと同時、表情を柔らかくし、俺に座るように促す。
それに従うと、執務官は自分も座る。そこで俺は話を切り出す。
「執務官。まさか貴女が居られるとは驚きました。
俺の言葉に執務官は軽く手を振り、
「今は公の場じゃないから、あまり固くならなくてもいいよ」
「……では、そうさせていただきます」
なるほど。堅苦しい俺の言葉遣いに対して気を遣ってくれたのか。この辺の切り替えというか、順応さに欠けるのは俺の悪いところだ。
俺は咳払いをして、気持ちを切り替える。頷くと、執務官は話し始める。
「さっそくだけど、本題に入るね――シャーリー」
「はい。こちらをご覧ください」
フィニーノが俺の前にモニターを出す。
「昨今、ミッドで未成年の少年少女が犯罪を犯す事件が多発しているのは知っていますか?」
「――ああ。俺が先に請け負ったものも、事の大きさの割に、主犯は14の少年だった」
今朝書類を持っていったことを思い出しながら、俺はそう答えた。
見れば、モニターにはこの一週間の事件が記録されているようだ。
たった一週間。それなのにモニターにはずらりと案件が並んでいる。そして、そのほぼ全てに、フィニーノの言う通り未成年――それも十歳前後――の子供が関与しているという記述がある。
「これらの事件の少年達の証言によると、彼らは皆孤児であるようです」
「孤児、か」
「はい。そして孤児達に盗みを強いて、食料や金銭的価値のある物品を集めさせている輩が居る、との事です」
珍しいことではない、と思った。ミッドチルダは次元世界で一番文明が発達した世界だが、それでも人が住むところである以上、そういった者達が出てきてしまう。
孤児を収容する目的として、孤児院やそれに準ずる施設は当然ある。
が、いかんせん数が足りないし、ものによっては孤児を利用するためだけに作られた『施設』もあると聞く。偵察課に所属していた頃にも、幾つかそういった施設があった。
「これも同じケースか?」
「おおまかには」
フィニーノは頷き、続いてランスターが口を開く。
「主犯のグループは孤児院等のような大きな設備ではなく、廃棄都市区画の廃ビルを不法占拠しています。ギャングじみた手口ではありますが、曲がりなりにも天涯孤独の少年少女を養っている形となるので、孤児達は現状を受け入れています」
俺は腕を組み、執務官に目を向ける。
「俺に対する要請は、
「そう」
「これ等をクリアできたとして、孤児達のその後は?」
「その点についてはご心配なく。本局の方で受け入れ体制は整っています」
ランスターの言葉に、俺は頷いた。これなら事後処理の問題は少なくなる。
「連中の構成は?」
「五人。全員が魔導師で、うち三人が近接型で、二人が射撃型。ランクはそれぞれB相当」
「……面倒な」
前三人に、後ろ二人。シンプルだが、正面からぶつかるには少々面倒な布陣。
「廃ビルも大きな物ではないし、あまり人数が増えると動き辛くもなります。ですから、騎士が欲しいと相談していたところ――」
「偶然ティルクがこの部隊に居るって部隊長が教えてくれたの。ティルクなら実力も申し分無いし、連携も取りやすいから、お願いしに来たんだ」
まあ、荒事は慣れている。室内となれば、完全に近接特化の俺の方が下手な騎士より動きやすいだろう。
俺はもう一度頷き、
「わかりました。協力します。行動を起こす日時と概容を教えてください」
俺の言葉に執務官は笑顔を浮かべる。
「ありがとう。場所はマップデータを参照して――」
動くのは二時間後。ちょうど分け前の調整のため、主犯の五人が集まるとのこと。
了解しました、と俺は答えた。
~~~~~
「準備はいい?」
「はい!」
「行けます」
三人でセットアップをし、俺は腰の鞘に収まっているバスタードソードを抜く。
前衛を任されている俺が前に出て、ビルの入り口に飛び込む。
廃ビルといえど、全部で五階の小さな物だ。敷地はそこそこあれど、高さは無い。
大したことはないだろう、と思った。
実際、それは間違ってはいなかった。
連中の魔導師は最上階に居ることを確認し、都合の良いことに俺達のことには気付いていないからだ。
だから、最上階までは楽に行ける。
「――っ」
ところどころの階段や廊下などに、孤児の少年少女がうずくまるように座り込んでいるのを無視すれば。
俺達に気付いているが、何か声をあげる気配は無い。
警戒……もしくは、恐怖しているのか。
それとも、
あの表情。驚きの中に僅かな安堵が見えることから、おそらく後者だろう。
「
俺は呟くようにそう後ろの二人に伝えると、子供達の視線を受けながら駆け出す。
ひどく居心地が悪かった。空気が悪いとも言える。ここに充満しているものは諦念か。今までの任務で感じたものとは違う、どこか不気味な雰囲気。
「
階段を上がり、もう一度呟く。
偵察課では、こんな所に踏み込んだことはなかった。感じたのはいつも、どこか無機質な妄執だったからだ。何を犠牲にしても成し遂げようとする道を外れた科学者の、ある意味純粋な好奇心と興味。
「
ここのような雰囲気は、あまり味わったことがなかった。
そもそも、俺は被害に遇った子供達と対面したことすら、多くはなかった。俺や斎藤のような近接型は、犯罪者を捕縛する立場に回ることが多かったからだ。
「
無関心を装った。どこか縋るような眼を感じていながらも、堂々と歩き続けた。このような状態におかれた子供達に、どう接すればいいかわからないから。
昔見捨てたことさえある子供達に対して、どう対応するべきかわからないから。
「ティルク、ストップ」
唐突に掛けられた執務官の声に、俺は現実に引き戻された。
「四階までに相手の魔導師が現れなかったから、五人が上にいるのはほぼ確定。念のため、今まで以上に注意を払って」
「了解」
「ティアナはいつでもフォローできるようにしておいて」
「わかりました」
そうして俺は一度深呼吸をし、精神を集中する。どうやら、無意識に焦っていたようだ。
今さら思い出したところで、後悔したところで、何も変わらない。そう自分に言い聞かせる。
しかし、それでも理由のはっきりしない焦燥は燻っている。
そんな俺の肩に、そっと手が触れた。
「ティルクさん、大丈夫ですか?」
ランスターだ。心配そうな表情で問い掛けてくる。
「……問題ない。少し、昔を思い出しただけだ」
「――ティルクさん」
そう振り切って先に進もうとすると、ランスターは俺の前に移動すると、瞳を覗き込むようにして口を開く。
「私達は子供達を助けるためにここに来ました。犯人を逮捕するのは勿論ですが、一番の目的は『人助け』です。それを忘れないでください」
俺はその言葉に、すぐに頷くことができなかった。
俺にとって任務というのは、犯罪者を――法に背いた者を逮捕すること。もしくは、施設を『偵察』すること。どちらも、目的は『悪人を裁くこと』だった。
そんな俺が、『誰かを助ける』というのが目的の任務を請け負うのは初めてだった。
「……そうだな。必ず助け出そう」
俺はそう呟くように応えると、彼女は自信に満ちた表情で頷いた。
こいつもこんな表情ができるようになったんだな、と内心で考えながら感謝を述べた。
~~~~~
階段を上ると、大部屋が一つだけ。扉の横に張り付くようにし、ゆっくりとドアノブに手を掛ける。
音を立てないように丸いそれを捻るが、扉は開かない。
「鍵が掛かっているな」
言うと同時、俺は扉の前にしゃがみこむと、専用のピッキングツールを取り出し――執務官に取り上げられた。
「えっ……テスタロッサ執務官?」
俺はあっけに取られて声をあげる。
執務官はツールを手に握ったまま首を振る。
「ティルク。私達は容疑者を『逮捕』するために来てるんだよ。これは『強行』じゃないんだから、あらかじめ投降を呼び掛けて、それでも向こうが抵抗するなら――そこで初めて強制逮捕に移る」
そんなことは知っている。
――いや、知っていた。訓練校ですら習うことだ。
しかし、俺はそれを失念していた。
そんな、まるで基礎知識を知らない俺を咎めるように、執務官は少し悲しそうな顔で続ける。
「ティルクは『偵察課』に居たからそれが当たり前になって、無意識にやったことかもしれないけど――こういうことは控えた方がいいよ」
「――わかりました。申し訳ありません」
俺がそう謝罪すると、執務官はツールを返してくれた。
控えた方がいいと言ったが、『二度とするな』と言わなかった。それがどういうことを意味するのかは、流石の俺でも理解できた。
「じゃあ、私が行くね」
執務官が歩み寄り、扉を叩いた。
部屋から足音が聞こえ、扉の方へ歩いてくるのが感じられる。念のため、執務官を下がらせて俺が前に出ておく。
カチリと音を立てて鍵が解除され、扉が開く。
そこで、後ろの二人から驚いたような息使いが聞こえてきた。
「――誰、あんたら?」
なぜなら、顔を出したのは――『ギャング』という言葉からは想像できない、年端もいかぬ少女だったからだ。
「管理局だ」
俺も動揺はしたが、この少女から魔力反応は感じられない。下っ端の一人だろう。
俺がそう伝えると、少女も――階下の子供達と同じように――少しだけ安堵の表情を浮かべた。
俺は少女が脇に避けるのを待ち、扉を開けて部屋に踏み入る。
「……やはり、か」
あの少女は主犯格のグループではない。部屋の中には、20半ばと思われる五人組のグループが小さめの箱数個を囲うように座り込んでいる。
男が三人、女が二人。情報通り、五人の魔導師だ。それぞれの横に、ひけらかすようにデバイスが置かれている。
その五人とまだ部屋の中に居た数人の子供達の視線が、俺達に向けられた。
「管理局捜査官ティルク・アローンだ。略取・窃盗・不法占拠その他諸々の容疑で身柄を拘束させてもらう」
手の平の上に身分証を表示し、そう宣言する。
「管理局だと……三人で来るとは舐められたもんだな」
五人が俺たちを嘲るように笑い、デバイスを手に取った。
「抵抗しなければ、弁護の機会が貴方達にはある。おとなしく投降してください」
「お断りだ」
執務官の言葉に間髪入れずに男が返す。
五人のうち、どいつがリーダー格なのかはわからないが、実力に差は無さそうだ。
俺はそう判断し、既に射撃体勢に入っていた女の横へ瞬時に移動し、デバイスを叩き落とす。
「えっ、うそ!?」
「抵抗するなら容赦はしないが――」
言い終わる前に、男の一人が動き、ハンドアクスが俺に向かって振り下ろされる。
それを盾で受けとめ、執務官に視線を送る。
諦めたように目を瞑り、頷きを返してきた。
「了解――強制逮捕に移る」
「調子に乗りやがって!」
「ガキどもが!」
「やっちまえ!」
一番目立った行動をした俺に対して、三人の近接型が攻撃を仕掛けてくる。
俺は後ろに下がりながら、相手の得物を見る。斧、槍、剣の三種類。見事に分かれたものだな、と俺は少しだけ感心した。
「おら!」
「せりゃぁ!」
「どぉりゃ!」
「――ッ」
しかもこの三人、妙に息が合っている。間合いの違う三つの武器使いがこうまで組み合わさるのは珍しい。
なるほど、下手な魔導師では太刀打ちできないか、それなりに手こずるだろう。こいつらの自信も頷ける。
しかし、俺にとっては少々足りない。
「――ハァッ!」
振り下ろされた斧を盾で受け流し、突き出された槍の穂先を切り落とし、そのまま袈裟懸けに振られた剣の腹を斬り払う。
そこから続けて、斧持ちの腹に蹴りを入れ、盾で後頭部を強打して床に叩き付けた。
「うおっ、なんだこい――」
それに動揺した槍持ちの――ただの棒と化した――槍を受け流し、棒に滑らせるように剣を振り抜いて弾き飛ばす。
がら空きになった胴体を斬り上げると、槍持ちはかち上げられるように吹き飛び、壁に激突して崩れ落ちる。
「背中がら空き!」
そこで、俺の背後から射撃型の女が魔力弾を撃ってくる。
しかし、俺が振り向くまでもなく、それは茜色の魔力弾が相殺してくれる。
それと同時に、女の側頭部に同じく茜色が撃ち込まれる。
「助かった、ランスター」
そう呟きながら、斬り上げられた剣を受け止める。
反撃しようとするが、すぐさま構え直され、縦横無尽に斬りかかってくる。
「う……らあああぁ!」
我武者羅にも思える動きだが、少し読み辛い。
ステップと盾、剣でそれを捌いているうちに、後ろからもう一人の女のうめき声が聞こえた。執務官が仕留めたのだ。
なら、あとはこいつだけか。息切れをしながらも剣を振ることをやめない男に対し、俺は全力で踏み込んだ。
ガン、と音を立てて踏み込み、盾で持ち手の部分を思いきり打ち払う。
唐突なバッシュに対応しきれず、男は両手を大きく弾かれた。
「――くそっ」
悔しげな顔に対して俺は表情を変えず、剣を振り下ろした。
気を失って倒れる男を見下ろし、
「……やはり、大したことはなかったな」
俺はそう一人ごちた。
少しは手を焼くかとおもったが、六課で様々な騎士を相手に訓練を積んだおかげか、さほど驚異ではなかった。
俺が仕留めた男のうち、二人を引き摺るようにして集めていく。もう一人の男をランスターが運んでくれている。
運ぶのを変わろう、と言って手を伸ばし――
「――ッ」
そこで、わずかな金属音を聞いた。
咄嗟にそちらを見ると、最初に俺を撃ってきた女が意識を取り戻し、射撃の姿勢を取っていた。
その手に、金属で出来た銃を持って。
「質量兵器!」
女は銃を俺ではなく、自分を撃ったランスターに向けていた。
俺がランスターを背後に庇うように移動すると同時、引き金が引かれる。
ガァンッ、と爆発するような音を響かせて銃弾が撃ち出され、俺の盾に当たって火花を散らして跳弾し、天井に弾痕を作った。
「この――っ!」
俺はバスタードソードを投擲する。回転しながらのそれは狙いに違わず銃を弾くと、素早く執務官が女を気絶させた。
~~~~~
その後、あらかじめ手配しておいた局員に容疑者の搬送を任せ、子供達の保護を終える。局員の指示に従って車に乗る子供達を、瓦礫に座りながらぼんやりと眺めていると、袖をくいくいと引かれた。
「――どうした?」
俺の傍に来ていたのは、先程最上階で扉を開けて出てきた少女だ。
「あの……ありがとう。助けてくれて」
「助けに……?」
その言葉に、なんと答えれば良いかわからなかった。
この案件の担当は俺ではない。俺は犯人を逮捕するために要請を受けて手伝っただけで、『子供達を助けるため』に行動を起こしたわけではなかった。
その事実の後ろめたさに、俺はこの少女への対応を悩んでいた。
「……気にしなくていい。元気でな」
「……うん、ありがと」
口から出た言葉はそれだけだった。
しかし、はにかんだような少女の笑みを見て、少なくとも間違いではなかったと思う。
二台目の迎えの車に向かって走っていった少女を見送りながら、俺は大きく息を吐いた。
「ありがとう、か」
そういえば、と六課時代に高町が言っていたことを思い出す。バリアントが『働いて感謝されたのは初めてだ』と言っていた、と。
考えてみれば、俺も仕事で民間人に感謝を述べられたのは初めてだ。
大した感慨は湧かなかった。
しかし、どこか胸が熱くなるのを感じている自分も居た。
「『人助け』か」
昔、人殺しと罵られたことがあった。
それ自体は任務においての結果であり、実感などなかった。罪悪も感じることは無かった。ケレット二佐が「任務だ」「命令だ」とキッパリと言い切ってくれたからだ。
「任務」であれば。「命令」であれば、それを実行することに罪悪を抱くことは無くなる。ケレット二佐はそれをわかっていたからこそ、俺達にそう断言してくれていたのだろう。
しかし『人殺し』と言われれば、それらの要因が裏目に出て、酷く打ちのめされたことがあった。
そんな俺が、人を助けることができた。
悪人を倒し、助け出した人に感謝される。
それはまるで、物語の騎士のようだと思った。
「ティルクさん」
そこで声を掛けられて、ランスターが近くまで来ていることに気付いた。
「どうした?」
「子供達は全員搬送して、盗品の回収も終わりました。戻りましょう」
「ああ、わかった」
「あと、さっきは――すみませんでした。私の不注意で」
不注意、とは質量兵器による反撃の件を指しているのだろう。ちらりとランスターの顔を伺うと、反省の一色に染まった顔は、多少の疲れが見える。任務の後だから、というだけではなさそうだ。
疲労が溜まっているのだろうか。そう考えながら、俺は口を開く。
「気にするな。あれは不注意ではなく、情報の不足だった。まさかあんなものを隠しているとは思わなかったからな」
「……ありがとうございます。助かりました、庇っていただいて」
「お前に怪我が無ければそれでいいさ」
特に意味を込めた言葉ではなかったが、本心だった。
俺の行動で守ることが出来たのなら、それでよかった。
そう考え、座っていた瓦礫から腰を上げ、彼女に向き直る。
「――嬉しそうですね」
ランスターは俺を見て驚いたような顔をし、そう呟くように聞いてきた。
俺が怒っているとでも思ったのだろうか。
「そう見えるか?」
「はい、とても」
「そうか」
嬉しいと感じた。あの少女を助けることができて。ランスターを守ることができて。
そんな素直な感情を、いまさら実感することができた。それがまた、嬉しいと感じた。
「まあ、俺にも色々あるのさ。さっさと戻ろうか」
俺は笑い掛けながらランスターの肩を叩き、そうはぐらかした。
「ティ、ティルクさん?」
俺のからかい混じりの態度など初めて見たのだろう。ランスターが目に見えて驚く様子を見せた。
俺は昔と比べて変わった。それはおそらく、俺が過去を過去と割りきった結果なのだと思う。罪を犯したと罵られ、人を殺したという事実を無意識に背負っていた過去を。
事実が変えられないのなら、かまわない。それを背負いながら、これからは人を救うために行動しようと思えた。