魔法少女リリカルなのは エース・オブ・エースの弟   作:ロア

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79話 半年すぎて4

「ティルク、ちょっといい?」

 

 事後処理の書類を仕上げていると、執務官が俺の肩をつついてきた。

 突然の行動に疑問を感じながら、なにか、と答える。

 

「ティルク、明日とか空いてたりする?」

「はい。急ぎの仕事はありません」

「じゃあ、お願いがあるんだけど――」

 

 それに続いた予想外の言葉に、俺はひどく面食らった。

 

「俺が……ですか?」

「うん。お願いできないかな……?」

 

 そう、両手を合わせるテスタロッサ執務官。

 

「ティアナ、最近疲れが溜まってるみたいでね。もともと今回の件が終わったらお休みをあげるつもりだったんだけど……」

 

 ちらりと後ろでフィニーノと書類を確認しているランスターに目を向ける。確かに、俺も気になってはいた。気付かれないようにしているのだろうが、顔の疲れが隠せていない。

 

「けど、一人だけ休暇を出しても気が休まらないだろうし。だから、もしティルクがよかったら、って」

「はぁ……」

 

 曖昧な返事が俺の口から出る。

 まあ、不都合は無い。どうせこれからする事も無い。断る理由も無い。

 問題は、無い。

 

「わかりました。やってみます」

 

 ありがとう、お願いね。そう微笑む執務官の声を聞きながら、俺はまずどうするべきかを考え始めた。

 

 

~~~~~

 

 

「ランスター」

 

 それから数時間後。すっかり暗くなったところでようやく終わり、解散となる。

 そこで、俺はランスターに声を掛けた。

 

「はい、なんですか? ティルクさん」

 

 そう、長い髪を翻してこちらに向き直り、首をかしげるランスター。

 

「もう夜も遅い。家まで送っていこう」

「えっ? いやそんな、悪いですよ!」

 

 まあ、そういう反応は予想している。だから俺は手振りを交えて用意していた台詞を言う。

 

「まあ、実は少し野暮用があって西の方まで行くんだ。ランスターの家もそっちの方角だろう? ついで――というのは言い方が悪いが――だし、よかったらどうだろう?」

「んー……そういうことなら、お願いしてもいいですか?」

 

 俺は頷き、自分の車まで移動すると、助手席のドアを開けてランスターを促し、座ったのを確認すると静かに閉める。

 その後運転席に乗り込むとキーを回し、シートベルトを締めて車を走らせる。

 

(もう8時だが……明るいものだな)

 

 ミッドの夜は明るい。それは星の軌道といった学術的な理由ではなく、単純に文化の明るさだ。

 夜であっても、人の生活の明かりが道を照らしている。街灯に始まり、民家の灯りやビルから漏れる蛍光灯の灯り。車道に関しては、信号機もその一つだ。

 この感じが、俺は嫌いではなかった。一筋の灯りさえ無く、足元さえ見えない真の暗闇を味わったこともある。一日中太陽が沈まない世界も知っている。それらを味わってきたからこそ、人の生活によってもたらされる明るさが、俺は嫌いではなかった。

 

 少し視線をずらし、助手席のランスターを見る。彼女はリラックスするようにシートに身体を預け、顔を僅かに窓の方に向けている。

 その顔に目立った表情は無いが、視線は窓の外を流れていく風景に注がれている。車が進むにつれ、その顔に灯りが照らされ、離れていく、その繰り返し。

 少し、見惚れそうになった。凛とした女性が見せる、僅かに気怠げな表情。それを照らす夜景の灯り。ずっと眺めていたくなるような、どこか扇情的なものさえ感じる美しさ。

 

「疲れているようだな」

 

 俺は沸き上がってくる奇妙な感情を押さえ付け、そう切り出す。

 気を抜いていたのか、ランスターは身体をびくっとさせて驚いた様子を見せた。

 

「はい!? いえ、そんなことは――」

「顔を見ればわかる」

 

 そう言うと、ランスターは口ごもり、少し考えた後口を開く。

 

「……顔でわかるくらい、私の事見てるんですか?」

「俺は偵察課だったんだぞ。表情くらい読めなくてどうする」

 

 俺の言葉を聞いて、ランスターは不思議な表情を浮かべた。ほっと息を吐いて安心したと思ったら、少し不満げな落胆が見える、そんな表情(かお)を。

 なにを残念がっているのだろう。俺だったら人に表情を読まれるなんて嫌なものだと思うが。

 まさかずっと見ている、なんてストーカーじみたことを言われたいわけでもあるまいに。

 

「執務官の補佐は大変か?」

「もちろん、楽じゃありません。でも学べることは山ほどありますから。これくらいなんともないですよ」

 

 そこまで言ったが、少し自嘲的な苦笑を浮かべ、

 

「――でも、疲れているのがフェイトさんに伝わっちゃったみたいで。明日一日、休むように言われました」

 

 降って湧いた休みか、という俺の言葉に、そんな感じです、とランスターは笑う。

 

「でも、急に休めって言われても難しいですよね。気晴らしに、って思っても、一人じゃどう過ごすか考えにくくて……」

 

 六課まではスバルと過ごしたりしてたから、と続ける。

 ふむ、と俺はつとめて冷静を装い、

 

「そうだ、ランスター」

 

 と今思い付いたかのように言葉を紡ぐ。

 俺の言葉に、ランスターの視線がこちらを向く。赤信号で止まり、俺もランスターに目を合わせ、

 

「俺も明日は暇なんだ。よかったら、俺と一緒に街に出てみないか?」

 

 そう誘った。

 ランスターはすごく驚いた様子を見せ、数度まばたきをした後、少し頬を染めて頷いた。

 

 

~~~~~

 

 

 いつものように仕事を終え、夕飯の後に皿洗いを手伝わされていると、ティルクから通信が来た。

 珍しいな、と思った。スポンジを置いてモニターの通話ボタンを押し――

 

「へ?」

 

 ――そして、用件を聞いたぼくの口から漏れた言葉はそれだった。隣で聞いていた姉さんも「あらら」と楽しそうに笑う。

 

「あの……もう一回言ってくれないか」

『明日、ランスターと街に出掛ける。助言を頼む』

 

 聞き間違いではなかった。

 出掛ける、とは仕事の付き合いか? ティルクが自分から誘ったのだろうか。そう素直に聞くと、

 

『いや、仕事ではないし、誘ったのは俺からだ』

「わぁ」

 

 またもや姉さんが声をあげる。普段は花が咲くような爛漫とした笑顔を浮かべるこの人にしては珍しく、にやにやとした笑いを浮かべている。自分の事でもないのに、随分と楽しそうだ。いや、他人事だからこそ楽しんでいるのか。

 しかし、『出掛ける』と。この朴念仁が。女の子(ティアナ)と二人で。

 

「それはつまり――」

「――つまり、ティアナとデートなんだ?」

 

 姉さんが口ごもったぼくの後を続けた。

 ティルクは少し考え込み、今気付いたかのように驚愕の表情とともに『はッ!?』と声をあげた。

 

『……そう、なるのでしょうか。高町一尉』

「街に出掛けよう、って言って、ティアナはOKしてくれたんでしょ? ならデートだよ。ね、一騎?」

「まあ……」

 

 ぼくは曖昧に頷く。そんなぼくらを見て、ティルクはむう、と唸った。

 別に頬を赤く染めたりはしていないが、動揺しているのが見てとれる。

 

「お前、そんなことも考えずに誘ったのか」

『しかし、執務官が――』

「執務官? 執務官職(お偉いさん)がティアナとなんの関係が――あっ」

 

 ぼくはティアナと関係のある執務官(フェイトさん)を思い出し、姉さんを見る。同じ結論に辿り着いたようで、姉さんも頷いた。

 

「フェイトさんの入れ知恵?」

『入れ知恵……? いや、俺は頼まれただけだ。ランスターを街に連れ出してほしい、と』

 

 ぼくの問い掛けに、ティルクは至極真面目な顔で答えた。

 それを入れ知恵と言わずになんと言うのか。ぼくはため息をついた。

 

「はあ……ともかく、ぼくにどうしろと? デートなんて、ぼくはほとんど経験無いぞ」

「むっ」

 

 そう言うと同時、姉さんが面白くなさそうな顔でぼくの袖を引っ張る。別に姉さんとのあれこれを忘れているわけでは無いのだが、今は面倒なので静かにしてほしい。

 

デート(でえと)……はともかく。女性のエスコートも満足に出来ずには、騎士を名乗ってなどいられない。できる限りの助言を頼む』

「手順を知らない時点で、エスコートも騎士もクソもあるか。逢い引きなんて気になった所をまわったり、休めるスペースでおしゃべりすればいいんだよ」

 

 気の合う相手なら、それで充分すぎるほどの成果をあげられるはずだ。ぼくは今まで、そうやって女性との時間を過ごしてきた。姉さんとか、ディエチとか。

 二人しか居ないが。

 しかも一人は身内だが。

 ちなみに非常に残念な事だが、フェイトさんとデートに行けたことは一度も無い。

 

『むう……お前のは参考にならん』

 

 そしてティルクは一瞬でぼくを否定しやがった。なにが騎士だ。

 

『高町一尉、何らかのアドバイスをいただけないでしょうか』

「ん~……」

 

 ティルクの矛先は姉さんへ向く。しかし、ぼくの姉は口もとに指を当ててしばらく考え、

 

「……色々あるにはあるけど、それは『私』が考えた場合だしね。私があんまり口を出したら、ティルクはそれを守ろうとしすぎて、余計に変な感じになりそう」

「ああ……確かに」

『むう……』

 

 ティルクは更に唸った。

 

「観念しろ。案外ぶっつけでなんとかなるかもしれないぞ」

「ティアナもティルクの不器用な性格は知ってるだろうし、あんまり気負わなくて大丈夫だよ。寧ろ少しくらい頼りないところ見せても、ティルクなら新鮮に感じて良いんじゃないかな」

『……はあ』

 

 なおも納得いかなそうな顔のティルク。

 ……というか。

 

「なあ、お前、別に女と二人は初めてなわけじゃないだろ? 偵察課でも捜査官でも、付き合いで食事に行ったことくらいあるだろ」

『それはもちろんあるが』

「なんでそんなに気負ってんだよ」

「こら、一騎!」

 

 姉さんがぼくの腕を引っ張り、顔を寄せる。なんだ急に、とぼくは不満を隠さず姉さんを見る。

 

(気付かないの? ティルクがティアナを気にしてること)

(気にしてる? って――それ、まさか?)

(そのまさか!)

(ええっ、いやいや。ティルクがなんでティアナを……いや別に、ティアナに魅力が無いって訳じゃないけどさ。どんな理由があんの?)

(それを聞くのは追々。とにかく、応援してあげるのが友達(・・)でしょ)

 

 友達。その言葉の響きに、新鮮さを感じた。

 ふん、とぼくは笑って姉さんの手を解くと、ティルクに向き直り、

 

「頑張れ」

『……わかった。なんとかしてみる』

 

 そう言って通話を終了した。

 

「いいの? 今ので」

「大丈夫だよ。あいつは普段『邪魔はすべて斬る』な突撃思考だし。むしろ下手に気にせずに動いた方が良い結果を出せるだろ」

 

 ふーん、と姉さんは頷いた。

 そして、次の瞬間姉さんは思い出したように不機嫌な顔をすると、

 

「それはそうと一騎? デートの経験は無い、なんて言って。私と何度も出掛けたことあるでしょ!」

「いやまあ、あるけどさ。姉と出掛けることをデートと数えていいものか、って思って」

「私はデートのつもりだったよ」

「うん、そうだろうね」

 

 ぼくはそう答える。そんな態度が気に入らなかったのか、ますます姉さんは頬を膨らませ、

 

「一騎、もしかして忘れてるでしょ……」

「なにを」

「……指輪」

 

 指輪。指に嵌める装飾品。ぼくと姉さんの関係で、それに当てはまる物は一つしかない。

 

「持ってるし、忘れてないよ」

 

 ぼくはそう言葉にする。姉さんが顔をあげた。

 

「ちょっと待っててね」

 

 そう言うとぼくは自分の部屋に戻り、引き出しからそれを手に持ち、キッチンに戻る。

 

「ほら、これでしょ」

 

 箱を開けると、小さめの指輪。装飾の無い、シンプルなもの。

 それを見て姉さんは感激したように、嬉しそうな表情になった。姉さんも部屋に駆け出し、すぐに戻ってきた。

 その手に、箱を持って。姉さんがそれを開ければ、ぼくの指輪とまったく同じ意匠の指輪が収まっている。

 

「ペアリング、だろ。持ってるし、忘れてなんていないよ」

「うん……よかった」

 

 お互いの指輪に曇りはない。値の張るものではないが、金属の光沢がしっかりと輝いている。丁寧に保管されている証拠だ。

 

「そんなに心配だった?」

「だって一騎、すぐに着けるのやめちゃったでしょ。初めて二人で買ったものなのに……」

「いや……その、着けなくなったのは理由があって……」

 

 「理由?」と姉さんが首をかしげる。ぼくは指輪を取りだし、苦笑する。

 

「これ、指に入らなくなったんだ。それも、買ってすぐの日に」

 

 そう言ってぼくは自分の左手の人差し指にあてがうが、それは指先で引っ掛かってしまう。

 当然だ。これは14、5の頃に買ったのだ。成長期のぼくには、この指輪は少し小さすぎた。

 それを見て、姉さんは納得したように噴き出した。

 

「なんだ……そんなことだったんだ。気にして損しちゃった」

「ははっ」

 

 ぼくはおかしくなった。こんなちょっとしたことで、姉さんは一喜一憂する。ちょっと大袈裟なくらいに。

 この半年で、ぼくより低くなった姉さんの頭に手を乗せた。

 

「んっ……ちょっと、なに急に」

「別に。なんとなく」

「もう、生意気!」

 

 うりゃ、と姉さんがぼくの胸に拳を打ち付ける。それが何故だかおかしくなって、ぼくは噴き出した。姉さんも現状のおかしさに、子供っぽい表情で笑顔になる。

 と、そこでヴィヴィオがリビングまで降りてきた。

 

「ママー」

「あれ、どうしたのヴィヴィオ?」

「あのね、宿題でわかんないところがあって……」

「あら、そうなの。いいよ、ママが教えてあげる――一騎、あと任せて良い?」

「うん」

 

 ぼくの頷きにありがと、とウインクし、ヴィヴィオのもとへ行く。

 

「あれ? ママ、なにか嬉しそう」

「そう?」

「うん!」

「そっかー」

 

 そこで姉さんはちらりとぼくを見たあとヴィヴィオを抱え上げ、にへらと笑う。

 

「嬉しいことがあったんだよ~」

 

 そんな幸せそうな姉さんの表情と言葉に、にぼくは思わず笑みが溢れる。

 些細なことで嬉しいと言われた。その事実が、ぼくはとても嬉しかった。

 そして、ヴィヴィオが何かに気付いたようにぼくを見てきたとき、頬を掻いてごまかそうとした。

 

「お兄ちゃん照れてるー。ママと何かあったの?」

「あったの~♪」

「それってどんなこと?」

「なーいしょ!」

「えー! なになに気になる~!」

 

 が、姉さんの軽やかな肯定とヴィヴィオの追求に、ぼくは気恥ずかしさで苦笑しか出てこなかった。




次回デート回ですが、よくあるイチャラブを期待すると間違いなく落胆します。
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