魔法少女リリカルなのは エース・オブ・エースの弟   作:ロア

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84話 半年過ぎて9

「囲まれたか」

「お前が蹴っ飛ばしたせいだぞ、この位置取りは」

 

 ぼくはティルクに文句を言いながら、ジャケットに回す魔力の量を増やした。

 狼型の使い魔。しかし、ぼくらの前に現れたこいつらは――ザフィーラやアルフのような――尻尾と耳を隠せば人間と同じ、というタイプとは明らかに違うのが見て取れた。

 服は生成されずに全身に体毛を生やし、多少前傾した立ち姿。顔は人の特徴を有してはいるがやはり獣寄りで、腕や脚は鋭い爪を携え、牙を剝き出しに唸るその表情は獰猛な狼のそれだった。

 雌が3匹、雄が2匹。その形態は人型とはいえ、狼の特徴を多く残していた。

 

「なるほど、人狼ね。確かに、これは紛れもなく狼人間だ」

「会話できそうなのは居るか?」

「いや、居なさそうだ」

 

 ティルクが背中で溜息を吐いたのを感じた。

 ぼくは左手の玄月を構え、

 

「一匹残らず叩き伏せる」

「狼を躾けられるのか?」

「試すさ」

 

 ぼくとティルクは同時に動いた。

 

 

~~~~~

 

 

 たった五匹。しかもろくに訓練を積んでいない畜生など、ぼくらの敵ではない。

 3分足らずで全ての使い魔は地面に伏していた。姿も狼の形態に戻っている。

 

「どうする、この五匹は」

「使い魔はもう(・・)動物じゃない。しかも、人を襲って味も知った。生かしておくわけにはいかない―― まあ、ぼくらがやらなくても、長くはないだろうけどな」

 

 ティルクがぼくの顔を見た。

 

「俺がやろうか?」

「いいや、なんでだ?」

「お前には知り合いが多いから、躊躇いがあるかと思ってな」

 

 冗談、とぼくは吐き捨てるように言う。

 

「とうの昔に慣れてるよ。さっさと済ませて向かうぞ」

 

 足跡が消えたら面倒だからな、と続けた。

 事を終えた後、ぼくは玄月を鞘に納め、携帯端末(リベレーター)をバイザーとして展開する。

 次に、イノセントハートが足跡を探知し、リベレーターに拡張現実(AR)としてくっきりと映し出された。ぼくはそれを辿って走り出す。ティルクは注意力の落ちているぼくの代わりに、周辺を警戒しながら後に続く。

 森の中はジャングルなどと比べればとても走りやすい。それに加えて、自然保護区とはいえ、多少は人の手で整えられている。ぼくらは些かも速度を落とさずに疾走する。

 

「高町、こんな時になんだが――」

「なんだ」

「先日の件、助かった」

「あん?」

 

 はて、と考え込む。ティルクに礼を言われるようなことをしただろうか。

 そういえば前にティアナの件で――と、そこでぼくは思い至り、足を止めそうになったが、つんのめるようにして走り続ける。

 

「ああ、あれか。思い出したぞ……一発殴らせろ」

「今度飯を奢るから勘弁してくれ」

 

 ティルクがおどけたように両手を挙げた。ふん、とぼくが鼻は鳴らすと、足跡が途切れていたのでその場で立ち止まる。

 今ぼくが立っている場所まで等間隔で続いていた足跡が、忽然と途切れている。

 

「足跡が消えている……いや、これは――」

「ああ。どうやら――」

 

 ぼくとティルクは同時に地面を殴りつけた。その下の地面が抉れ、土が吹き飛ぶ。

 もう一発、と叩き込めば、ぼくの拳は土の感触ではなく、固い人工物を殴りつけたような感触を返した。

 確信を持ったぼくは足で土を蹴るように払い除けると、その下に土とは違うものを見付け、ティルクに頷いた。

 

「「当たりだ(ビンゴ)」」

 

 ぼくは人工物の素材の上でしゃがみこみ、手でなぞるように調べていく。

 

「おかしいな……ここから出てきたのは間違いないはずだけど、取っ手も無ければ窓も無いぞ」

「――高町、さっきのカードを貸してくれ」

 

 ほい、とぼくは調べながら後ろ手に放り投げる。ティルクがサンキュ、とキャッチする音が聞こえる。

 しかし、切れ目はある。土と人工物の境目はあるのだから、ここが入り口であるのは間違いないはずだが――と、そこまで考えて、後ろからピッ、という音が聞こえてきた。

 

「うわっ!?」

 

 その電子音が聞こえた瞬間、ぼくが立っていた人工物の床が持ち上がっていく。流石に予想外だったぼくは足元をすくわれて転がり落ち、いてっ、と思わず声をあげてしまう。

 くそ、と毒づきながら視線を戻すと、扉が地面から盛り上がってきていた。ぼくがさっきまで立っていたのは床ではなく、入口の天井だったようだ。

 ともあれ。ぼくはティルクをジト目で睨む。

 

「おい」

「悪かった悪かった」

 

 心の籠もっていないその返答に舌打ちをしたが、ティルクが扉の取っ手に手を掛けた。

 ガタガタと音を立てるが、それが開く気配は無い。

 

「金属錠だ……ちょっと待ってくれ。いま開ける」

 

 そう言うなりティルクはピッキングを始めた。ぼくは打ち付けた尻をさすりながら、先の現場指揮の女性に『人狼関連と思われる施設を発見。調査を始めます』と報告する。

 応援を送りますかと聞かれたが、問題ありませんと答え、周辺の警戒と他にもいるかもしれない使い魔への注意を促した。

 その通信を終えてから30秒程でガチャリと鍵が開く音がして、ティルクが扉を開け放つ。

 

「遅いぞ」

「鍵を開けるのは久しぶりだからな。勘弁してくれ」

 

 ティルクがバスタードソードを構えて扉をくぐり、階段を降りていく。

 

「しかし、あの扉から逃げたんだろう? なぜ鍵が掛かっていたんだ?」

「使い魔に追わせて、仕留めさせた。そうすりゃ使い魔から報告も行くだろ」

「ああ、確かに。そうすれば後は戸締まりをすればいいだけか」

 

 そう暢気に話していると、爆発音に似た音が響き渡り、悲鳴が聞こえた。

 次にアラートが鳴り響き、連続的な破裂音――銃声が聞こえてくる。

 思わず身を固くしたが、見付かったのはぼくらではないようだ。

 

「他に侵入者がいるらしい」

 

 ぼくの言葉にティルクが頷き、

 

「この音……質量兵器か?」

「――ああ、タレットみたいだ」

 

 ぼくが曲がり角の先にサーチャーを飛ばして見てみると、監視カメラの下部に付いている機関銃が火を噴いている。

 やはり、その銃口はぼくらの方を向いていない。廊下の反対側に向けて連射されている。

 その反対側には、魔力防壁によってその銃撃を防いでいる大盾が見えた。

 

「あの盾……?」

 

 ティルクが思い当たったように呟く。ぼくも同じ事を考え、ショートバスターで素早く監視タレットを破壊した。

 銃声が途絶えると同時、大盾の向こうから、

 

「お、()んだか?」

「そのようだな」

 

 という、まるで天気を気にするかのような気楽な会話が聞こえてくる。

 ゆっくりと大盾が下ろされると、それを携えた大男と、その後ろに隠れていた二刀を構えた男が顔を出した。

 

「あん……?」

「なんだと……?」

 

 その二人の男は、ぼくらを見て同時に声をあげた。

 ぼくは軽く手を挙げて、ティルクは敬礼をして応えた。

 

「ハーヴェイ、アレクセイ。久しぶり」

「おおっ、カズキか!」

タレット(あれ)を壊してくれたのはお前か……助かった」

 

 懐かしい元偵察課の先輩二人は、笑顔でそうぼくらに話しかけてきた。

 

「どうしたのさ、二人とも。こんなちゃっちい施設で見付かるなんてヘマして」

「おおっと、説教ならアレクセイに言え。見付かったのはこいつのせいだぞ」

「やれと言ったのはお前だろうが」

 

 何のことだろう、と首をかしげていると、ティルクがぼくの肩を叩き、廊下の反対側を示した。

 その先では天井が崩壊し、瓦礫が散らばっていた。よく見れば巻き込まれたのか、警備らしき男も倒れている。

 それを見て、ぼくはなんとなく理解した。

 

「まさか、天井をぶち破って入ってきたの?」

「おうよ。入口が見付からなかったんでな」

 

 ハーヴェイの言葉にアレクセイが頷き、大盾に装備されているパイルバンカーを示した。

 

「無茶をしたものですね」

「ああ。お陰でバレて死にかけた」

「アレクセイが居て助かったぜ。昔ならあんなタレット、アンソニーがなんとかしてくれたんだが――流石のオレでもマシンガンの弾は全部凌げねぇからな」

 

 ちなみに、ハーヴェイはハンドガンなら凌ぎ切れる。見たのは一度だけだが、セミオートで発射される弾丸を全て弾き、相手を斬り伏せたことがある。

 ぼくは魔力弾ならともかく、実弾を切り払うことはできないので、ハーヴェイのその行動に度肝を抜かれたものだ。

 

「で、お前らは向こうから入ってきたんだろう? どうだった?」

「いま来たばかりなので、まだ何もありませんでした」

「んじゃ、カズキ。サーチ頼めるか」

「了解」

 

 ぼくはイノセントハートを掲げ、サーチャーを5個ほど飛ばして施設全域を調べる。

 10秒ほどで、イノセントハートがホログラム状に情報を映し出す。

 

「よしよし、そこまで広くはないな」

「んじゃ、さっさと調べて帰ろうぜ」

 

 

~~~~~

 

 

 地下に入ると、明かりのない暗闇に、獣の臭いが充満していた。

 換気口すら無いのだろう。ぼくは袖で鼻を覆い、バイザーを暗視モードに切り替え、その発生源を視認する。

 並んでいるのは、たくさんの檻。その中には狼や猫に始まり、ミッドで見かける多くの動物が居た。

 唸り声から察するに、かなり気が立っている。

 

「ビンゴ。こいつらは使い魔関連だな」

「使い魔を量産して手懐け、利用する。しかも、この臭い――少しだが死体(・・)も混ざっているな」

「ま、使い魔なんて元よりそういうもんだろ。()(かけ)を利用するか、死体を利用するか。違いはそれだけで、結局は元としてある存在を殺して、産み出すしか作る方法はない」

 

 なるほど、とぼくは納得した。

 

「あの凶暴性もよくわかる」

「同族をあえて殺し、その負の感情を増幅させたか。狂気に呑まれるわけだ」

 

 ティルクが吐き捨て、剣を抜いてぼくらに目配せをする。

 ぼくは頷いて入り口の扉を開けたままにすると、ハーヴェイ達と一緒に扉の上に滞空して道を開ける(・・・・・)

 ティルクはそれを確認すると、檻の錠前を次々と斬り捨てていった。

 動物達が蹴破るように檻から飛び出し、ティルクには目もくれずに入り口から飛び出していく。

 

「やることが派手だな。ぼく等を狙ったらどうするつもりだったんだよ」

「もしそうだったら、そもそも解放したりしないさ」

 

 ティルクはそう言って剣を鞘に納めた。

 

「なるほど、これで奴等が案内(・・)してくれるってわけか」

「追うぞ」

 

 ハーヴェイが床に降り立ち、両手に剣を展開して言った言葉に、アレクセイが駆け出す。

 ぼくとティルクも頷き、その後に続いた。

 

 

~~~~~

 

 

 追い付いた頃には、既に事は終わっていた。

 先の地下室で真っ先に飛び出していった狼が、喉笛を噛み切られた白衣の男を足蹴にし、遠吠えをあげていた。

 他の動物は既に室内に居ない。外に出る道を行ったのだろうか。

 勝鬨か、それとも弔いか。どこまでも響き渡るような遠吠えをやめると、狼は部屋に入ったぼくらに気付き、こちらをじっと見つめてきた。

 不思議なことに、敵意は感じなかった。

 

「……いいか?」

 

 その男を調べたい、と顎で示す。狼は理解したのか、踏みつけていた足を降ろして脇に退いた。

 ぼくが顔を確認すると、何年も前から指名手配を受けていた広域次元犯罪者であることがわかった。

 

「因果応報とでも言うべきか。同情はできないが、遅かれ早かれ死んでいたろうな」

 

 隣で静かに佇む狼に目を移す。

 ぼくらを襲った狼は、こいつの家族だったのだろう。毛並みや色合いが似ている。

 だとしたら、その家族の命を――使い魔としての二度目の命だとしても――奪ったぼくに対しても、牙を剥くのだろうか。そう考えながら、じっとその眼を見つめ返す。

 狼は数秒ほどぼくの視線を受け止め、小さく吠えた。鳴いたと表現してもいいほどの、小さな声だった。

 その後、ゆっくりと出口の方へ歩き出し、去っていった。

 

「……ふぅ、大丈夫だったか」

 

 ハーヴェイが双剣を待機状態に戻した。先程まで、狼が動けばいつでも斬り捨てられる体勢にあった。

 けれど、たぶんそれは関係無いだろう。

 あの狼は、ぼくを殺す相手とは認識していなかった。

 ぼくはバイザーを携帯端末に戻すと、施設のコンピューターに繋いで情報を整理し、取得する。

 

「戻ろう。一応は解決だ」

 

 ぼくはそう呟いた。

 

 

~~~~~

 

 

 ハーヴェイ達は別件で捜査に来ていたようで、研究所を出たところで別れることになった。

 

「オレ等はオレ等の方に報告しに帰るわ。んじゃな、カズキ、ティルク」

 

 軽く手を振ると、二人とも颯爽と走り去り、あっという間に見えなくなった。

 

「相変わらずな人達だったな」

「そうだね。ハーヴェイ達、まだこういう(・・・・)仕事してるんだ」

 

 武装隊ではなく、捜査官でもなく。奇妙な立ち位置で活動を続けている。

 きっとあの二人の後ろには、フォレスタ二佐もいるのだろう。

 

「高町三尉! アローン准尉も!」

 

 現場指揮の魔導師だ。捜索を続けつつ、ぼくらの反応を見付けて合流しにきたのだろう。

 

「お怪我はございませんか?」

「問題ありません。件の施設ですが、やはり使い魔の研究施設でした。内装からして、明らかに違法なものです」

「やはり……内部の人間はどうされました?」

「実験動物に殺されました」

 

 ぼくの言葉に彼女は眉をひそめたが、そうですか、とあっさり頷いた。

 よくあることだ。違法施設の破滅(さいご)など、存外あっさりしたものなのだから。映画張りの爆破と脱出劇など、たまにあるくらいだ。

 

「協力に感謝いたします。後日、改めてお礼に伺います」

「いえ、そんな。協力は当然のことです」

 

 そう恐縮して頬笑んだティルクに、女性は僅かに頬を赤くした。

 またティルクの毒牙だ、とぼくはジト目で隣の騎士を睨む。最近ミッドでは『金髪の騎士様』の噂が広まっている。

 姉さんが買った女性ものの雑誌に、《まるで理想の王子様のよう》なんて表現されていたのを見たときは、ぼくは眩暈さえ覚えた。

 

「……何を見ている?」

「別に。ティアナは気が気じゃないだろうと思って」

「お前っ……今はランスターは関係無いだろう」

「どうだか」

 

 小声のやりとりは聞こえなかったようで、女性は首をかしげていた。

 

「と、ともかく。報告に向かいますので、私はこれで」

「ええ。では」

「また必要があれば、何時でも呼んでください」

 

 ぼくの言葉に、彼女はにこりと笑って歩いていった。

 自然な対応。残念ながら『騎士様』と違って『弟』は女性に対して効果は無いようだ。《仲の良い姉弟》という面が強調され、周囲には微笑ましく思われていると聞くし。

 まあ、だからどうと言うわけではないが。

 

「じゃあ高町。俺はこれで」

「ああ。お疲れさん」

「お前もな」

 

 ぼくの肩を叩き、ティルクは飛び去っていった。

 そして一人残ったぼくは、気配を感じ、ゆっくりと振り返る。

 そこには、先の狼が佇んでいた。

 

「お前、さっきの」

 

 僅かに血に濡れている口元に、何かがくわえられていることに気付いた。

 狼はぼくに近付いてくると、それを地面に落とした。

 

「……石?」

 

 握り拳くらいの大きさの、真っ白な石だ。

 魔力物質ではない。手触りや色合いからして、装飾品に使われる類のものだろう。

 

「くれるのか?」

 

 狼は小さく鳴き、踵を返して森に帰っていった。

 ぼくは暫く手の中の石を見つめていたが、ポケットに詰め込み、帰るか、と呟いて歩き始めた。

 

 

~~~~~

 

 

 家に帰った時からナイフを片手に作業を始めたのだが、姉さんとヴィヴィオが一緒に帰ってきたので、思っていた以上に時間が経っていたことに気付いた。

 

「「ただいまー!」」

 

 まるで姉妹の様だ。そう言いたくなる程、二人は同じ動作でイキイキとリビングに上がってきた。

 ぼくはナイフの動きを止めずに、おかえり、といつものトーンで答える。

 

「あ、お兄ちゃん戻ってたんだ!」

「うん」

「なにやってるの?」

「ちょっとした気まぐれ。まあ、もうちょっと待ってな」

 

 その前に着替えてきなよ、というぼくの言葉に頷き、ヴィヴィオは廊下に出て階段を上がっていった。

 

「一騎、今日はゆっくりできた?」

「そりゃ、せっかくの休日だしね」

「ふーん……うそばっかり」

 

 姉さんはそう言ってぼくの隣に腰を下ろした。あっさり嘘がバレ、ぼくは「これじゃ元偵察課も形無しだな」と小さくつぶやく。

 

「一騎、緊急で要請受けたって聞いたよ? 怪我とかしてない?」

「ああ、話行ってるんだ? まあ、ちょっと捜査に協力しただけだよ」

 

 姉さんはじっとぼくの顔を見つめる。見通すような瞳――いや、事実として、ぼくの魔力量などを分析しているのだろう。

 そうしてぼくを文字通り見透かした姉さんは満足そうに頷き、

 

「――確かに。魔力はそんなに減ってないし、怪我も無いね。よかった」

「満足した?」

「じゃあ、他に聞かなきゃいけないことがあるんだけど」

 

 何でも聞けばいいさ、と頷いたぼくは、

 

「ディエチとは上手くいってる?」

 

 切っ先が滑ったナイフで指先を切った。

 

「わっ、危ないっ!」

「姉さんのせいだろうがっ!」

 

 慌てて姉さんが治療魔法を掛けてくれる。僅かに痛みは残ったけど、出血は止まり、表面は塞がった。

 

「もう、危ないからそれしまってなさい」

「ぼくは子供かよ。大丈夫だよ、もうすぐ終わるから」

「もうすぐって……さっきから何してるの?」

 

 姉さんはぼくが右手に持っているナイフと、左手に持っているものを見てきょとんとした。

 

「なに、その石?」

「……拾ったんだよ。昼の捜査協力で」

 

 ぼくはそれだけ答えると、石を削る作業に戻る。

 だいぶ形ができてきたので、あとは仕上げだけだ。

 

「削り出し――彫刻? 一騎ってそんな器用なことできたの?」

「人並みには」

「ふーん……で、どうだったの?」

「……なにがさ」

 

 姉さんの興味津々な瞳を見て、ぼくは辟易していた。

 

「ディエチの事。会いに行ったんでしょ? そのために折角の休みで、一人自由にしてあげたんだから」

「だから姉さんとヴィヴィオは真っ先に出かけて行ったのか――ああもう、行ったよ。会いに行きましたよ」

 

 ぼくは諦め、認めることにした。

 姉さんはとびきり嬉しそうな顔になり、

 

「一騎の相手って、ディエチだったんだ? 教えてくれれば良かったのに」

「相手って決まった訳じゃない。ぼくは彼女に興味があるから会いに行ってるだけ」

「それって好意なんじゃないの?」

 

 ぼくは押し黙る。姉さんにその反応を見てくすくすと笑われ、むっとして反論する。

 

「というか、なんで姉さんがディエチと面会してんのさ」

「だって、私が捕縛した子だよ? 顔を見せるのは当然でしょ」

「で、ぼくの邪推をするのも当然だと?」

 

 だってー、と姉さんは口を尖らせた。

 

「一騎のお友達――潤もティルクも相手を見つけてるんだよ? 自分の弟に恋人ができるかどうか、お姉ちゃんとしては気になるし」

「……飛躍しすぎだろ」

「一騎だってもうすぐ19歳でしょ? やっぱりそういう事は大事だと思うの」

「……21になる姉さんは相手いないくせに」

「一騎、聞こえてる」

 

 低い声と共に脇腹を小突かれた。ぼくは危うくナイフを取り落としそうになったが、刃を指で挟み、すんでのところで免れた。

 

「また怪我するだろ! なにすんのさ!」

「いいもん、私にはフェイトちゃんがいるもん」

「えっ……やっぱり二人ってそういう(・・・・)――?」

「う、嘘だよ! 冗談だから!」

 

 珍しく慌てふためいた姉さんを見て、ぼくはくすくすと笑う。

 部屋着に着替えたヴィヴィオがリビングに戻ってきて、ぼく等を見て「またママとお兄ちゃん楽しそうなことしてるー!」と頬を膨らませた。自分が除け者にされているようで気に入らないらしい。

 まあまあ、とヴィヴィオをなだめながら、作業を終えたのでナイフを置いた。

 

「ほら、ヴィヴィオ。見てごらん」

「んー……これ、ワンちゃん?」

「たぶん違うよ、ヴィヴィオ。これ――狼、だと思う」

「そう。姉さん正解」

 

 ぼくが作っていたのは、狼の彫刻だった。もちろん、モチーフは昼のあいつだ。

 それなりに出来は良いと自負している。土産物売り場で数百円ほどで並んでいそうな小さなものだが、それでも意味はある。

 

「どうしたの、急に?」

「作りたくなったんだよ。敬意と、弔いを籠めて」

 

 ぼくは机の上にその彫刻を置きながら言った。

 ヴィヴィオは首をかしげていたが、狼の彫刻を興味深そうに眺めた。

 姉さんは、ぼくの言葉に何かを感じたのか、こちらをじっと見て、

 

「今日、大変だったんだね」

 

 そう聞いてきた。その言葉にどんな意味が含まれているかは、ぼくは想像するしかない。

 

「まあ、そこそこね」

「そっか……じゃあ、美味しいごはん作ってあげなきゃね」

「ははっ……そうだね。期待してるよ」

「うん、任せなさい!」

 

 胸を叩いて張り切る姉さんを見て、ぼくは自然と頬が緩むのを感じた。

 距離感は無くなっても、やっと遠慮をしない間柄になれても。しっかりと節度を守って接してくれる。

 何だかんだで、やはりぼくはこの姉には敵わないな、と思った。

 

「じゃあ、先に準備しておくから、ヴィヴィオをお風呂に入れてくれる?」

「ああ、いいよ。ヴィヴィオ、行こうか」

「あ、うん……ねえ、お兄ちゃん。これ貰ってもいい?」

 

 ヴィヴィオはぼくの作った彫刻を手に持ち、そう聞いてきた。

 ぼくは一瞬迷ったが、ヴィヴィオなら大切にしてくれるだろうと思い、「いいよ」と頷いた。

 

「ほんと!? ありがとう、お兄ちゃん!」

「大事にしてやってくれ。きっとそいつも喜ぶだろうから」

「うん!」

 

 ヴィヴィオは頷き、小さな両手でぎゅっと握りしめた。

 

「ほら、それよりお風呂だ。早く入らなきゃ晩ご飯が遅くなるよ」

「はーい。お兄ちゃん、頭洗ってね!」

「ああ、いいよ」

 

 リビングを出る際、キッチンの方から姉さんが声を掛けてきた。

 

「一騎~。洗うなら、ちゃんとヴィヴィオ用のシャンプーで洗ってあげてねー!」

「わかった、姉さん!」

「洗い終わったらしっかりお湯ですすいでねー!」

「うん、わかった!」

「いくら義理の妹だからって変なことしちゃ駄目だよー!」

「わかってるよ! うるさいなぁ!」




先に書いておくべきだったかもしれませんが、一騎に使い魔を持たせるつもりはありません。

維持魔力の問題ではなく、考え方の問題です。一騎は昔のフェイトのように動物に対して極端な情を抱くことは無いし、ザフィーラのように元から使い魔としての存在を作る技術もありません。
それ以前に使い魔を持つメリットがありません。

一騎は自分なりの矜持や思想を持っています。自分の家族やその友人の為となるならどんな事でもやり通し、(作中でしっかり表現できているかはわかりませんが)逆に自身に関係の無い人や動物の生死に頓着はありません。だからといって、個人的な都合で殺すこともありません。
だからこそ、件の狼にも多少の敬意は払っても同情はせず、深く介入しようともしないのです。

この性格上、仮に一騎が使い魔を持ったとしても、本来の目的である「使い捨ての道具」以上の利用はしません。
そもそも健康体の狼を前にして「使い魔にしよう」なんて、なのはの設定ではほぼあり得ない発想ではあるのですが。
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