魔法少女リリカルなのは エース・オブ・エースの弟   作:ロア

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大変遅くなりました。続きを楽しみにしてくれていた読者の皆様、申し訳ありませんでした。
今回はえらく苦労しました。言い訳や補足は後書きで書き連ねるので、興味のある方は眼を通してやってください。


88話 ViVid2

「「申し訳ありませんでした」」

 

 なるほど、と俺は嘆息した。

 レイナが俺を連れてきた理由。教会に縁は無いのに、何故ああも連れてきたがっていたのか。

 それはすなわち、俺の前で頭を下げているシスターと執事の二人組に理由があった。

 長髪のシスターと、短髪の中性的な執事。俺はこいつらを知っている――というか、いま()()()()()

 

――俺は、この二人に殺されかけた。

 

 そんなわけで理由に気付いた俺は、誰か助けてくれないものかと視線をさ迷わせた。

 だが、どいつもこいつも――ディエチはともかく、あのウェンディですら――真剣な表情をしており、俺は自分が思っているよりも深刻な状況だということにも気が付いた。

 隣のレイナが、俺を驚くほど真剣な表情で見つめている。そこで()()()()に気付いて更に溜め息を飲み込み、俺は口を開いた。

 

「謝られる筋は無い……というか、俺はさっきまであんたらにやられたことすら忘れてたくらいだ。頭なんて下げなくても構わねぇよ」

 

 俺の言葉を聞いて二人は顔をあげた。しかし、まだ罪悪の色が濃い。

 

「ですが――」

「それではあまりにも……」

 

 視線を下げたその表情。ただ『謝らなくていい』と伝えるだけでは無意味だろう。

 四年も前の事を――機会が無かったとはいえ――今になっても謝ってくるほどだ。義理堅いとでもいうのか、こういう性格はたまに扱いづらくも感じる。

 

「まあそりゃ、まったく恨んでないって言ったら嘘になる。あんたらを憎んだこともある。けど、結局は『自分が弱かった』という結論に辿りついちまう。あんたらが強くて、俺が弱かったからあんな目にあったんだ」

「そんなことはありません! 貴方は強かった。私の剣は届きませんでした」

「勝てたのはガジェットが居て、ディードと一緒だったからです。僕達のどちらかだけだったら、貴方には勝てなかった」

「んなこと言われてもな……」

 

 まさかそんな褒められ方をするとは思っておらず、俺は頬を掻いた。

 

「ま、まあともかく……ほら、殺されかけた、つっても、腕が無くなったわけでもねえし、眼が潰れたわけでもない。だからいいよ、俺は許した」

 

 俺が笑って言った言葉に、二人の表情が少しだけ緩んだように見えた。

 

「ああ、俺は許した。だからさ――」

 

 俺は顔を隣に向け、

 

「――お前も許してやれ。レイナ」

 

 レイナは唐突に話を振られ、驚いた表情になった。

 

「えっ――」

「あー……兄貴気付いてたみたいっスね」

「さすが『お兄ちゃん』だね」

 

 ウェンディとディエチが内緒話のように言うのを聞きながら、俺はレイナを見つめた。

 その視線に耐えられないように、レイナはうつむく。

 

「……気付いてたんだ?」

「そりゃな。なんでお前が怒ってるのか――なんでオットーとディードを恨むようになったのかも予想がつく」

 

 レイナは、初めはこの二人を嫌っていなかったはずだ。「シスター(ディード)さんと執事(オットー)さん」の話はよく聞いていた。

 しかし、今は眉間にシワを寄せ、むすっとした顔をして二人をじっと見ている。

 おそらく、二人に俺の写真か何かを見せた際、詳しく聞かれたのだろう。そして、「本人がよければ連れてきて欲しい」とでも言われ、その理由を聞いて『俺を殺しかけた敵』ということを知った……とか、まあそんなところだろう。

 

「だって、あの時のお兄ちゃん……血まみれで……今にも死んじゃいそうで……」

 

 ぎゅっと拳を握り締め、

 

「ヴィヴィオもさらわれて、お兄ちゃんも死にかけて……()()があったから、私は――ッ!」

 

 

~~~~~

 

 

 ――強くなろうとした。

 

 目の前で友達を連れていかれたから。

 

 ――強くなりたいと思った

 

 運ばれていく血まみれの兄を、ただ見ていることしかできなかったから。

 

「それが、レイナ(わたし)の出発点」

 

 友達を守れるくらい強くなろう、と。

 兄と並んで戦えるくらい強くなろう、と。

 

 ――そうでなきゃ、一人になってしまう。

 

 その不安を……その恐怖を植え付けた原因となったうちの二人が、目の前に居る。

 私の大切な人を傷付けた相手が。

 

「……そんな人だって知って、何も感じるなって方が無理」

「まあ、だろうな」

 

 なのに、当のお兄ちゃん(ほんにん)はこんなに普通にしている。

 私には、それが納得いかなかった。思わず睨むように見ると、お兄ちゃんは溜め息混じりに続ける。

 

「正直に言うなら、六課襲撃の後に色々ありすぎた、っていうのもある。もし()()()()が無けりゃ、殺されかけたことを忘れたりしなかったろうさ。けど、それは結局()()()の話だ。俺はすでに許した――重要なのはそれだ」

「…………」

 

 私だってわかってる。こんな癇癪に意味はない。私は、兄を傷付けた相手だ、と()()()()()()()()だけなのだから。

 被害者本人であるお兄ちゃんが許したのなら、私も許すべきだ。このままずっと拗ねていてもなんの意味もないのだから。

 

「……わかった」

「うし、一件落着。まったく、人を恨むなんて、慣れないことしてんじゃねぇよ」

 

 お兄ちゃんが私の頭に手を乗せ、にやりと笑う。私は言い返せず、むすっとしたフリをしておくしかなかった。

 

 

~~~~~

 

 

「なあ、()()()って誰を見に行ってるんだ?」

「イクスですよ?」

「……誰だそれ」

「あれ? 兄貴って『マリアージュ事件』の時いなかったのか?」

「マリアージュ……ああ、あれ関係だったのか。リーコンの()()()殿()は捜査官としてランスターに協力したっぽいが、生憎俺は出張で居なくってな」

「兄貴はあたしらの華麗な活躍を見てなかった訳っスね」

「お前が華麗かどうかは知らん。というかウェンディ、見に来るのはいいけど邪魔すんじゃねぇぞ」

 

 「失敬な!」と憤慨するウェンディ姉さんをお兄ちゃんがあしらっているうちに、市街地の待ち合わせ場所に到着した。

 リオとコロナを見付けたヴィヴィオが走り出す。私はお兄ちゃんと繋いでいる手を離すのが嫌だったので、のんびりと歩いていく。

 私に気付いた二人がこちらに手を振ってくるのに振り返す。リオは皆と会うのは初めてなので、姉さん達が自己紹介をしている。

 そしてリオが待ちきれず、とばかりにこちらを向き、

 

「ねえ、レイナ! その人がよく言ってた『お兄さん』?」

 

 と目を輝かせて聞いてきた。

 私はお兄ちゃんの腕に抱き付きながらにこりと笑う。

 

「そ。私の自慢のお兄ちゃん」

 

 お兄ちゃんは照れることもなく、軽く肩をすくめた。

 

「初めまして! リオ・ウェズリーです!」

「ああ、どうも。俺はこいつらみんなの義兄、ジュン・ナカジマだ」

 

 よろしくな、と言いながらリオの肩を叩いて、にかっと笑った。

 

 

~~~~~

 

 

 公民館のストライクアーツ練習場に着いてからも、リオは普段よりテンションが高かった。

 

「レイナのお兄さんなんかいいね! 頼れる兄貴って感じ!」

「だよねー。私も初めて見たときびっくりしたよ」

 

 コロナの受け答えを聞きながら、ヴィヴィオが意味ありげな視線で私を見てくる。

 

「ジュンさん大人気だね~?」

「みたいね」

 

 私は溜め息を吐く。そんな私に対してコロナが、

 

「お兄さんが居るの羨ましいなぁ」

「ねえねえ、やっぱり家でも頼れる兄っぷりを発揮してるの?」

(うち)のお兄ちゃん、か……」

 

 私は普段を思い出す。

 ……だいたいギンガ姉さんの尻に敷かれているか、父さんにお酒飲まされて潰れているか、ウェンディ姉さんにちょっかい掛けられて怒り狂ってるか。そういう場面ばかり思い起こされる。

 チンク姉さんと一緒に試験の勉強をしたり、ディエチ姉さんの料理を手伝ったり、ノーヴェ姉さんと組み手してる時もあるけど、正直に言うと『頼れる兄』という印象は薄い。

 ――うん、まあ、あれかな。

 

「……うちのお兄ちゃん、外面はいいから。家ではだらしないよ」

「聞こえてんぞ、そこの愚妹」

「格好つけだかりなのは事実でしょ?」

「言うようになったなお前……」

 

 はあぁ、とこれ見よがしに溜め息を吐きながら男子用更衣室に向かっていった。流石に悪し様に言い過ぎたかなとも思ったので、着替えながら弁解もしておく。

 

「でも、優しくてすごく強いよ。さっきペンダント買ってくれたし、スパーしながら『ここはこう動け』とかアドバイスしてくれるし」

「あれ、レイナのお兄さんもストライクアーツの師匠(せんせい)なの?」

「あ、私が教わってるのはノーヴェにだけだよ。ジュンさんはレイナを教えてる――って言っていいのかな?」

 

 ヴィヴィオの説明に、私は頷く。

 

「まあ、教わるって言ってもスパーばっかりだけどね。アドバイスはするけど、『基本を知ったら後は実戦で組み立てろ』っていうのがお兄ちゃんのやり方だから」

「へー、結構スパルタなんだ?」

「リオも見たらびっくりするよー」

「そうそう。レイナとお兄さんの組み手、すごいんだよ」

 

 ヴィヴィオとコロナの言葉を聞いてリオは私に視線を移し……くすっと笑った。私は何故笑われたのか、と首をかしげる。

 

「いやごめん、レイナって絶対運動苦手だと思ってたんだよねー。髪は長いし、おっとりしてるし、きっとどこかいいとこのお嬢様だと思ってたもん」

 

 少し引っ掛かる言い方だったが、私は横の二人を示しながら、

 

「それを言うなら、コロナとヴィヴィオもお嬢様に見えるけど?」

「まあそうなんだけどさ。ヴィヴィオもコロナもレイナも、文系のイメージだったんだけどなぁ」

 

 ヴィヴィオは文系だけど運動も好きだと言うし、コロナは初心者レベルだと謙遜する。

 

「文系の話なら、私はがちがちの文系だね。数式とか苦手で、魔法の並行使用(マルチタスク)とかもうまくできないから」

「へー、意外」

「だから格闘(こっち)の練度を高めるために訓練してるの」

 

 そう言っているうちに着替えを終え、更衣室を出ようとする前に、私はこっそりと呼び止めたヴィヴィオに問い掛ける。

 

「私、そんなにおっとりしてる?」

「……まあ、ちょっとね」

 

 ヴィヴィオは苦笑いだった。

 

 

~~~~~

 

 

 俺が準備運動を始めてから子ども共が着替えて出てくるまで、なんと10分も掛かった。服を着替えるだけでなんでそんなに時間が掛かるのか。

 そう愚痴ると「相変わらず朴念仁スねぇ」とウェンディがニヤニヤと言ってきた。

 

「テメェもスパーすっか? あ?」

「いやいやいや! あたしはシューターっスから! 殴り合いとか無しっス!」

「相変わらず兄貴はウェンディに容赦ねぇな」

 

 ノーヴェが呆れた顔で言うのを聞きながら、目の前でスパーを始めたチビ達を見る。

 リオは今日初めて見たが、随分と動けているようだ。変わった体捌きだが、長く格闘技をやっているのは間違いない。

 

「へー! 中々いっちょまえっスねぇ」

「だろ?」

「いつ抜かされるかわかったもんじゃねぇ」

 

 半分本気の呟きにノーヴェが不服そうに反応した。

 

「おい兄貴、チビ達の前では弱気な発言はやめてくれよ?」

「わーってるよ。ったく、うちの女はおっかねぇのばっかだな」

 

 ウェンディ、どや顔で頷いているがお前は入ってないぞ。

 一通り慣らしをして身体が暖まったようで、ノーヴェが肩を回しながらヴィヴィオの相手をしに行った。あいつらのスパーはわりと凄い技術で、周りの人達も注目している。

 

「兄貴はレイナとやらないんスか?」

「俺は人目が嫌いなんだ」

「あー……」

 

 察したようで、ウェンディは曖昧な表情を浮かべた。

 

「兄貴も一騎さん達に並んで有名人っスからねぇ」

「良くも悪くも、な」

 

 というか俺は競技選手である以上に局員だ。正直、手の内を知られたくは無い。

 まあ、たとえ知られていたとしても結局は関係ない、とも思うが。相手が誰であれ、真っ向から叩き潰すのが闘士の神髄だ。

 なんにせよ、実力がなければ話にもならない。アローンや一騎との圧倒的な差を縮める――いや、追い越すつもりで鍛えていかなければ。

 妹やその友達に、あっさりと追い付かれないためにも。

 

 

~~~~~

 

 

 途中、ギンガから通信が来た。別部署から呼び出されたので、残った書類整理を片付けてほしいとの事だ。

 

「了解。すぐに向かう」

 

 事情を説明して練習を途中で抜ける。レイナが大きく手を振っているのに笑いながら、パーキングに停めていたバイクでさっさと108に向かう。

 隊舎に入ったところでギンガが待っていた。

 

「ごめんなさい、せっかくの休みなのに」

「いや、変わってもらったのはこっちだからな。いいから行ってこい」

「ありがとう、頼むわね」

 

 ギンガはデータファイルを渡して俺の肩をたたき、微笑んで足早に移動していった。

 

「さて、と」

 

 歩きながらファイルをめくっていく。報告書に備品発注書――これは訓練用デバイスの追加を要請するものか。

 

(あ……これ、俺のせいだ)

 

 俺とギンガは格闘型だが、108の近代ベルカは武器持ちが大半――まあ武器持ちの方が普通なのだが――だ。俺のファイトスタイルはかなり激しいものなので、模擬戦で相手のデバイスを砕くこともある。

 訓練用とはいえ安くないんだぞ、と親父に嫌味を言われたことを思い出す。申し訳ないことをした。

 

「――よし、終わり」

 

 意外と細かい調整が多く、夜になってしまった。ギンガに連絡したが、「もう少し掛かるから先に帰ってて」との事だ。

 まあ、終わってから迎えにいけばいいだろう。ひとまず帰宅することにする。

 

 

~~~~~

 

 

 バイクを走らせていると、見覚えのある後ろ姿を見付けた。夜道を歩いているその隣に近寄り、声をかける。

 

「ノーヴェ?」

「ん? ああ、兄貴。今帰りか?」

「ああ。ギンガは別件でまだ仕事中だ」

 

 乗るか、と聞いて――普段はレイナやギンガが被っている――もうひとつのヘルメットを指す。

 ノーヴェが頷いてメットを受け取ろうとし――

 

「――居るな。出てこい」

 

 俺はそう言って頭上を睨んだ。

 俺の声を聞いて――人が増えたから出直そうとしていたのか――気配を絶つ寸前だった人影が止まり、振り返った。ノーヴェも気付いたようで、警戒するように鋭い目付きになる。

 銀髪に、バイザーで顔を隠した女。そいつが静かに口を開くのが見えた。

 

「――気付いていたのですか」

「俺はむかし特殊部隊に居てな。まあそこまで優秀じゃなかったんだが、気配くらいは感じられる」

 

 俺はハンドルに頬杖をつき、顎で地面を示す。

 その意味を察したのか、女は屋上から飛び降り、驚くほど静かに着地した。

 それを見て思わず息が漏れた。

 

(へぇ――)

 

 手練れだ。わかりきっていたことだが、目の前で見ると一段とそれが感じ取れる。

 

「ノーヴェ・ナカジマさんと――ジュン・ナカジマさんですね」

「ああ。調べは済んでるみてぇだな」

「貴方達にいくつか伺いたいことと……確かめたいことがあります」

「質問すんならバイザー外して名を名乗れ」

 

 不躾な態度にノーヴェが不機嫌そうに答える。

 失礼しました、と女がバイザーを取る。その瞳は、蒼と紺の虹彩異色(オッドアイ)

 あの戦装束に、あの色の瞳。どこか見覚えがあった。

 

「ハイディ・E・S・イングヴァルト」

 

 『覇王』。俺は口笛を吹いた。

 

「噂の覇王殿が、まさかこんなに美人だったとはな」

「ありがとうございます」

 

 俺の口説き文句を興味無さげに一蹴し、覇王は言葉を続けた。

 

「伺いたいのはあなた方の知己である王達の事です。聖王オリヴィエのクローンと、冥府の炎王イクスヴェリア。そして――」

 

 その二色の瞳がすっと細められ、俺に注がれる。

 

「――炎帝『リンドヴルム』」

「それに関しちゃ人違いだ」

 

 俺は首を振り、

 

「俺は『リンドヴルム』じゃなくて『ナカジマ』だ。俺は『炎帝』とは関係ないただの――」

()()()

「――ッ」

 

 ぞっとした。仮面のように無表情な彼女(はおう)の瞳には、悍ましいほどの憤怒があった。怨嗟があった。それ以上に()()()()()があった。

 俺はそれを見て、彼女が本気であることを知った。

 

「なるほどな……ノーヴェ、離れてろ」

 

 バイクのスタンドを降ろし、呟くように言った。

 ノーヴェは自分が相手をする気満々だったようで、不満げに俺を睨んだ。

 しかし、ヘルメットを外した俺の顔を見て――ノーヴェは驚いたように押し黙り、『覇王』は僅かに苦しそうな吐息と共に、ぎゅっと拳を握った。

 

「もう一度聞きます。貴方は『リンドヴルム』の――」

()()、俺は『炎帝』の血族だよ。随分と薄まった血だがな」

 

 バイクから降りると、俺は局の制服のタイを外す。

 

「確かめたいことがある、とか言ってたよな」

「はい。貴方が『炎帝』の縁者であること。そして――」

 

 握った拳を胸元に持っていき、目を閉じた。

 

「貴方の拳と私の拳――どちらが強いのかを」

「……そうくると思ったよ」

 

 俺は腕輪をかざし、セットアップをする。

 黒を基調としたジャケットに脚甲を纏い、額と頬を保護するヘッドギア(ブレイブ)、肩までを覆う流麗なガントレット(ケーニッヒ)を装着する。

 そんな俺を見て、覇王の瞳が――どこか懐かしむように――細められた。

 

「やはり……貴方は『彼』によく似ています。その武装も、その黒い瞳と髪も、端正な顔立ちも」

「そりゃどうも。けど、俺は()()()()をよく知らないんだ。悪いな」

「いえ……覚えている私が特異なのでしょう」

「特異なんて、まさか。物覚えがいいだけだろ」

「……その軽口、少しだけ懐かしく思います。『彼』もよく冗談を言って、場を和ませてくれました」

 

 笑ったわけではない。目を伏せ、静かに呟いただけだが、少しだけ――ほんの僅かだが、空気が和らぐ。

 そして、俺は右腕を掲げ、

 

「おおぁっ!」

 

 ()()()焔を纏う。加減は抜きだ。一対一なら魔力を使い切ろうと問題ない。別に命を奪い合う訳ではないのだから。

 

「……参ります」

 

 覇王は拳を構えた。俺が前傾して飛び出そうとすると同時、奴の拳は俺の眼前に迫っていた。

 凄まじい速度の突撃(チャージ)――だが、それは可能性として考えていた。

 

「甘ぇッ!」

 

 右の裏拳で弾き、左のハイキックをカウンター気味に叩き込む。

 それは片腕で防がれるが、俺はさらに回転して右の後ろ回し蹴りを連続で繰り出す。それは体捌きで避けられた。

 回し蹴りを避ければ、大きな隙ができる。覇王は当然、俺に対して拳を構えた。

 

(来るっ――)

 

 予想していた俺は小さく跳んで即座に体勢を立て直し、腕を交差して覇王の拳を防ぐ。

 あまりの衝撃に、ミシッ、と腕が軋むのを感じた。

 

(なんつー馬鹿力――ッ)

 

 まともに食らったら終わる。確実に防ぐか、同じく拳で相殺するしかない。単純な腕力では劣るが、俺には身体強化(ブースト)と『焔』がある。威力は互角だ。

 打ち込まれる右拳を右肘でそらし、腕を伸ばすようにして裏拳。頬に当たった。しかし覇王は頬への打撃に怯まず反対の拳を俺の脇腹に向かって繰り出す。バックステップで避け、右フックからの跳んで回し蹴り。覇王はそれを()()()()で防ぐ。

 

「しまっ――」

「はあぁっ!」

 

 俺の蹴撃を弾きながら、右の拳。俺は体勢を崩しながらも左腕をかざし、拳に対して斜めに構える。

 ガリィ、と覇王の拳は俺のガントレットの表面を滑っていく。俺はふらつきながらも両足で着地する。覇王は既に二打目を構えている。俺も足を開き、踏み込む――ッ!

 

「ふっ――!」

「らぁっ!」

 

 拳がぶつかり合う。俺の拳が纏う焔が爆発を起こし、それを利用して距離をとる。

 覇王のステップは一瞬で距離を詰めてくるので気休めにもならないが、その一瞬があれば仕切り直せる。

 それに――攻められるばかりは性に合わん。

 覇王が動くのと同時に、俺も爆発を利用して突進する。

 完全に不意を突く形の真っ向勝負。しかし、覇王は目を瞠りながらも身体を逸らし、俺の拳を避けた。

 

「っと――!」

 

 俺は避けられたとわかった瞬間、振り抜いた拳を地面に打ち込み、それを軛に反転して両手足で着地。

 そんな隙だらけの俺に、覇王は迷わず拳を打ち出してくる。

 

「はあっ!」

「生憎――読めてたっ!」

 

 俺は再度爆発を利用し、横に跳ぶ。それは身体が吹っ飛んでいくほどの勢いだが、片手でアスファルトを抉りつつ方向を調整、半回転して覇王の後ろへ回り込んだ。

 

「なっ――!?」

 

 驚愕する覇王のその背中に向け、全力の蹴りをお見舞いする。

 

「おお――らぁっ!」

「くっ――!」

 

 防がれようとも構わず、爆発を連続で起こして脚甲を加速させ、力任せに振り抜く。威力に耐えきれずに脚甲がヒビ割れ、砕け散る。

 押し負ける形となった覇王は地面を数メートルほど滑るが、足はしっかりと地面を踏みしめている。

 俺は脚甲を再構築しながら、それを見て思わず笑いが溢れる。

 

「……やるなぁ、『覇王』。こんだけ打ち合えば、あんたがどれだけ鍛練を積んでるかよくわかる」

「ありがとうございます。けれど……私は今よりもっと強くなりたい」

「少なくとも、俺よりは充分強いぞ?」

「ご謙遜を」

 

 覇王は首を振った。

 

「わかるんです。貴方の我武者羅にも見える技。それは趣味と遊びの範疇ではなく――いざとなれば、相手の命を奪うことすら厭わぬ技だと」

 

 その言葉に、俺は笑みを引っ込めた。

 人殺しの技だ、と。奴はそう言っているのだ。

 

「……なんだと?」

 

 奴の言っていることは間違っていない。俺は偵察課の頃には既に人は殺していたし、()()()()に至ってはこの手で殴殺したのだ。

 俺の拳は血に濡れている。そんなことはわかっている。

 だが――俺はぎり、と歯軋りをする。

 

「私の求めている強さは――貴方のような、表舞台には無いものです」

 

 強さ、か。それを聞いた俺は睨むように呟く。

 

「それで?」

「――?」

「お前は()()強さを手に入れて何を為す? 何のために強さを求める?」

「……炎帝(あなた)ならよくわかっている筈です」

 

 『炎帝』である俺。『覇王』である彼女。

 古の時代。ベルカの戦乱の時代に戦った王達は、如何なる理由であれ、ただ一つを求めて戦い続けた。

 

「天地統一」

「はい。それが私の為すべきことです」

現代(いま)になってもそれを目指すのか? 他の王なんて誰も昔の事を覚えちゃいないんだぞ。何の縁も無い、見ず知らずの《覇王》を名乗る酔狂者に倒されろとでも?」

 

 彼女はおそらく、過去の事を知っている――もしくは()()()()()。俺は四年前に教えられた過去の記憶だが、彼女もなんらかの方法で古代ベルカの時代を知っているはずだ。

 でなければ、あんなにも悲哀に満ちた表情が出来るはずがない。

 

「俺は確かに《炎帝》の子孫だ。《覇王》のあんたに喧嘩を売られたって受けてたってやるさ。だが、《聖王》や《冥王》が同じように答えると思うか?」

 

 俺の言葉に、彼女は力無く首を振った。言われなくてもわかっている、とでも言いたげに。

 

「それでも、私は為さなければならない。そのためなら――」

 

 胸の前で握り締めた拳が、その続きを物語っていた。

 

「……そうか」

 

 俺は溜め息を吐いた。まあ、言われて止めるなら最初からやっていないだろう。

 

「はあ……まさかそんな考えだったとはな。ただ単に強くなりたいってだけだったら何も言わなかったが――殺す、ってんなら話は別だ」

 

 ぼう、と。かざした俺の左手に、焔が渦巻くように収束されていく。

 

「――エクスプロージョン!」

「――ッ!」

 

 俺が撃ち出した炎熱砲を、覇王はとっさに両手を交差して防ぐ。 

 

「くっ……ごほっ……」

 

 防護服の所々が焦げ、煤にまみれた覇王が苦しげに咳き込む。

 純粋な炎熱砲撃の耐性は高くなさそうだ、と俺は分析しながら、

 

「純粋な力比べは終わりだ。こっからは()()()()()()にさせてもらうぞ」

 

 宣言した。

 

「年長者の意見は素直に聞くべきだったな、お嬢ちゃん」

 

――そうしてれば、俺だって単純な殴り合いで済ませたと言うのに。

 

 ごう、と俺を取り巻く焔が激しさを増す。

 覇王が警戒して僅かに腰を落とす。飛び出してくるかと思ったが、俺の様子がおかしいことに気付いたのか、こちらの出方を伺っている。

 

「なあ、『炎帝』の伝説は知ってるよな?」

 

 火焔を纏いながらの唐突な俺の問い掛けに、覇王は怪訝な顔をした。

 

「残念ながら、炎帝(やつ)は武勇においては『覇王』や『聖王』ほどの物は持っていなかった。今の俺と同じくな」

 

 ならば、と右拳を握り、

 

「どうやって『炎帝』は名を残した?」

「……まさかっ」

 

 覇王の表情が変わった。どうやら思い当たったようだ。

 握った拳を――ケーニッヒ・フランメのコアを掲げ、俺は獰猛に笑った。

 

「これが答えだ――リンドヴルム!!」

 

 沸き上がる焔がガントレットから際限無く放出されていく。楔を解き放った焔は俺の頭上に集まっていき、練るように形を変えていく。

 一対の翼と前肢。しかし何よりも目を引くのは、それを生やしている、蛇の如くとぐろを巻いた長大な躰。

 一見すれば、蛇に翼と前肢を生やしただけのもの。しかし、その躰を象っているのは魔導師に広く認知されている『炎熱』ではなく、それらの起源たる純粋な炎。

 翼が広げられる。とぐろを巻いていた躰が解かれる。顎を開き天に吼える。

 凄まじい声量の咆哮をあげる炎竜を、覇王は呆然と見上げている。

 

<ほう……懐かしい気だ> 

「リンドヴルム……まさか、貴方がこの時代に居るなんて――」

<覇王。久しいな>

 

 リンドヴルムは長い舌を動かして応える。

 

「俺やお前みたいな血族じゃあない。こいつは正真正銘、()()リンドヴルムだ」

 

 俺はぐっ、と拳を握り、顔の横に引き付けて構える。

 リンドヴルムも覇王の顔を懐かしむように見た後、俺の拳の隣で轡を並べた。

 

「さあ――蹂躙しろッ!」

<承知ッ!>

 

 俺が拳を突き出すと、リンドヴルムは凄まじい速度で突撃した。

 覇王は動揺していた。それは間違いない。

 だが、静かに構えた。

 

「知っています。リンドヴルムも。炎帝の伝説も。だからこそ、私は――」

 

 ごう、と気を発した。

 

()()()()()()のですから」

 

 凄まじい、殺気を。

 俺はまたも悪寒を感じた。そこでようやく理解した。

 覇王(かのじょ)を見たときの既視感。その気迫に対する、言い表せない恐怖。

 

 そう――炎帝(おれ)覇王(かのじょ)に殺された、と理解した。

 

「ッ――リンドヴルム!」

<応ッ!>

 

 リンドヴルムは気付いている。自分が打ち砕かれるであろう事を。それでも退くことは無い。誇り高い炎竜が逃げるなど、あってはならない。そう吼えて。

 

――駄目だ、逃げろ! リンドヴルム!

 

 頭のなかにノイズが混じった。俺の知らない記憶が見えた。

 それは炎帝(やつ)の記憶だと直感した。そして、今の状況は、()()()と同じだと気付いた。

 

「覇王――断空拳!」

 

 拳撃が打ち出される。リンドヴルムは真っ向から迎え打つ。

 ドゴォ、と凄まじい音が響く。覇王の拳はリンドヴルムの首筋を打ち据え、頭と胴体を分離させた。

 

「リンドヴルム……また貴方を手に掛けることになるなんて……」

<――温いッ!>

 

 首だけとなったリンドヴルムは、しかしその牙を剥き出しにし、覇王に食らい付いた。

 

「ぐぁッ――!?」

 

 牙が食い込む。覇王が身動ぎしようと、リンドヴルムの牙は緩むことがない。

 俺はふう、と息を吐いた。

 

「そいつは厳密には()()()()()()()()。首を飛ばそうが頭を割ろうが、動くことはできるんだよ」

 

 まあ、賭けではあったし、一騎みたいに高威力の魔力ダメージで消し飛ばされれば話は別だが。

 

「くっ……こんなっ」

「食い込んだ竜の顎を振り解くことはできない。もう足掻くのはやめるんだな」

 

 俺はゆらりと左手をかざし、炎熱を収束させる。

 

「俺を人殺しと罵った事、訂正しろとは言わん。だがな――」

 

 苛立ちを隠さずに吐き捨て、

 

「二度と言うな。人殺しであっても――そんな俺を目指してくれる少女も居るんだ」

 

 炎熱砲を撃ち出した。




本編の補足的な感じのあれです。久しぶりなのでなんか長くなってしまいました。読まなくても問題は無いのでご自由にどうぞ。


◇最初の教会でのシーン

 ジュンはディードとオットーに対しての恨みよりも、自分の無力さに対しての苛立ちが大きかったので、恨みはありません。というか主任の件が大変だったので本人は忘れていました。

 レイナは『恨もうとしていた』のであって、本気で恨んでいたわけではありません。双子が改心して教会で献身的に働き始めてから、ヴィヴィオと一緒によくお世話になっていたので、レイナは二人の事を好いています。
 だから『双子がジュンを殺しかけた』と聞いて衝撃を受けました。同時に、ジュンが二人を恨んでいないだろうということも、わかってはいました。
 それでも『最愛の兄を殺しかけた人を恨まないのは、妹としておかしい』と自分を納得させ、意地になって恨もうとしていました。
 なんの意味も無い意地だと自覚していたので、それらを吹っ切るための切っ掛けが欲しかったために、今回ジュンを連れてきました。

 ちなみに、ディードとオットーが六課襲撃の役回りだったのを知らなかったのは、ヴィヴィオをさらっていったのがルーテシア達だったからです。レイナはあの時ルーテシアは見ましたがディード達は見ていないので、ジュンを傷付けた相手だとは気付きませんでした。


◇マリアージュ云々

 一騎はなのはさん同様出番無し、ジュンは他所に出ていて不参加、ティルクはティアナの協力要請に答える形で参加、ということになっています。
 詳しい展開は特に考えていませんが、たぶんティアナと一緒に壁壊したんだと思います。


◇ヴィヴィオ、コロナ、リオの三人娘

 今回投稿が遅くなってしまった理由の半分がこの子達です。楽しんで書きました。しかし苦労しました。
 私は原作キャラクターを書く際、マンガを読み、アニメを見返し、その上で出来るだけキャラが崩れないように慎重に書いているつもりです。はっちゃけたりする事もたまにありますが、基本的にはこのスタンスで書いています。

 しかし今回、書いていくにつれ、何故かこの三人がチマメ隊になる呪いに掛かっていました。


◇レイナの「おっとり」

 レイナは自分が「クールキャラ」だと思っています。冷静沈着で大人びている、と自分では認識しています。
 なので「おっとりしてる」というぼんやりした評価はちょっと気に入らなかった様子。


◇ジュンの古代ベルカ関連の知識

 六課時代にリンドヴルムに『夢』として過去を見せられたので、炎帝の人生の一部は実体験の如く知識としてあります。
 ですがあくまで『夢』として見せられた上に四年以上前の事なので、朧気に覚えている、といった程度です。
 そのため、何かが切っ掛けになって突然思い出す、という作者にとって都合の良い設定になっています。


◇貴方の拳と私の拳

アイン「いったいどちらが強いのかを」
ジュン「リンドヴルム!」(突然の竜召喚)

 ジュンがキレたのは『人殺しの技』と言われたからです。自分が言われること自体はどうでもいいけれど、そんな自分の技を目指してくれている妹がいる。つまり『妹も人殺しと言われている』と拡大解釈してしまい、堪忍袋の緒が切れました。
 事情を知らないアインハルトさんからしたら、とばっちりもいいとこ。

 ちなみに最後のトドメを刺すシーンですが、初期案は原作のアインハルトさんよろしく身動きを封じて拳を打ち込む展開でした。
 しかし、大の男が見た目十代後半(中身は十代半ば)の少女をぶん殴るのは絵面的にヤバいと思ったので砲撃にしました。
 実際アインハルトさんに炎熱砲が効くのかはわかりません。よくよく考えたら覇王さんは火炎放射なんて怯まずに突破して来そうですが、今回は『効果は抜群』という展開になりました。
 努力家のアインハルトさんは対策を取るでしょうし、たぶん次は効きません。


◇本編とは関係無い話

 アインハルトさんが『炎帝の子孫はレイナ』と勘違いする展開も考えましたが、どっちにしろジュンがぶちギレる事に変わりは無いのでやめました。

 ViVidのアニメはいつ続きをやってくれるのでしょうか。
 私は早く能登さんボイスで「エレミアァッ!」が聞きたいです。

 とかぶつくさ書いていたら、何やら『ViVid Strike!』という非常に気になるナニカがあるようで。ViVidニクール目はまだかまだかと思っていたら、まさか変化球で来るとは。あの画像だけで10月まで生きていけます。
 待った甲斐があったぞ。生きる希望が湧いてきたぞ。


◇お礼

 この『エース・オブ・エースの弟』のお気にいり登録者数が900を越えました。長々と続けているせいか、段々と登録してくださる方が増えてきています。
 評価バーも心地よい黄色ゾーンをキープできております。
 本当にありがとうございます。
 読者様あっての二次創作活動です。このように良くも悪くも平均的な総合評価となっていることは、実は私個人としては大満足な結果であります。へたに高評価をつけられてしまえば、たぶん私は評価を意識して自由に書けなくなってしまうと思いますので。
 なので、私は今の時点で充分すぎるほど満たされております。この評価から上がりも下がりもせずにのんびり続けていけたらな、と思います。
 偏屈な作者ですし、最新話の更新が遅れることも多いですが、今後とも『エース・オブ・エースの弟』をよろしくお願いします。

 もしお気にいり登録者数が1000を越えたら逃げ出します。
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