倒れ込んだ覇王が光に包まれた後、随分と変わっていた。率直に言ってしまえば、
リンドヴルムは役目は終わったとばかりにケーニッヒのコアに戻っていったので、俺もセットアップを解除した。
そんな覇王をジロジロと眺めていた俺の隣に来ていたノーヴェが、肘で小突いてくる。
「兄貴、手ェ出そうとしてねぇだろうな?」
「あのな……俺をなんだと思ってる?」
失礼なことをほざくノーヴェを睨みながら、気絶した覇王の横にしゃがみこむ。
「通り魔の正体見たり、ってな」
「変身魔法か……若いとは思ってたが、まさかこんなガキだったとはな」
見た感じ10代半ばか。中学生辺りなのは間違いなさそうだ。
そう考えながら、ノーヴェを見て顎をしゃくる。
「ん?」
ノーヴェは首をかしげた。
「なに可愛い仕草してやがる。ボディチェックだよ」
「かっ――あ、あたしにやれってか?」
「中学生(たぶん)の柔肌を撫で回すなんて、畏れ多くて俺には出来ん。つーかやったらレイナとギンガに殺される」
「くっ――ははっ。なるほどね」
ノーヴェは口許をおさえながら笑い、少女の身体を検める。ポケットの中に何かあったようで、俺に見せてきた。
「電子錠の鍵……か。番号が書いてあって――この形状――確か、近くの駐車場にもあるコインロッカーと同型のやつだな」
「どうする?」
ノーヴェが問い掛けてきた。すなわち、ロッカーを調べるかどうか。
俺個人としては気が進まないが、しかし局員としては襲撃者を放っておくわけにもいかない。
「かなりぶち込んだから、目ぇ覚ますのはだいぶ後だろうしな……しゃあねぇ、行くか」
更に言うなら、気絶したままの美少女を道端に放っておくわけにもいかない。俺は彼女を持ち上げ、バイクに横座りにさせる。その状態でハンドルを握り、肩に寄りかからせる形でなんとか安定したのでバイクを押して進む。端から見れば不格好だが、大事な
「はあ……厄介なことに巻き込まれたもんだ」
~~~~~
あの後、ノーヴェの言伝によって、近くのマンションで部屋を借りているスバルの家に転がり込んだ。
覇王を預けたら俺は帰ろうとしたのだが、打ちのめした張本人がほったらかして帰るのはよくない、と義妹二人に説教され、泊まらせて貰うことになった。一緒に居たランスターは気絶したままの覇王の服を着替えさせ、ベッドに寝かせていた。
次の日。
基本早起きの俺が伸びをしていると、朝食の用意をしていたスバルに「ノーヴェ達起こしてきてください」と頼まれたから寝室に来たわけだが。
「いっ――いやぁ!」
揺り起こそうと手を伸ばした瞬間に目を覚ました覇王ちゃんは、感心するほどの反応速度で俺の手を弾くと、両手で自分の身体を隠すようにかき抱き、怯えた表情で震えながらも俺を睨み付けていた。
いっそ悍ましいほどに勘違いされていることに気付き、俺は天を仰いだ。
「……ああ、めんどくせぇ」
一連の流れでノーヴェが目を覚まし、状況を理解したようで、呆れた表情で首を振った。
「おい……兄貴に起こしに来させんな」
騒ぎを聞き付けて来たスバルが苦笑いで答えた。
「ご、ごめん……」
まあ、うら若き女子中学生が目を覚ましたら見知らぬ部屋で、服装はシャツとショーツだけに変わっていて、更に謎の男がすぐ近くで自分に手を伸ばしていたのだ。身の危険を感じるのは当然と言うべきだろう。グーが飛んでこなかっただけマシかもしれない。
ノーヴェと俺の顔を改めて見て、状況を理解し始めたらしい覇王に、ランスターが柔らかな笑みと共に説明を始めた。
~~~~~
彼女は《覇王イングヴァルト》の子孫である。
道楽で名乗っていたのではなく、実際に『ハイディ・
更に、彼女には
通り魔紛いなことをしていたのは、その記憶に振り回されているから――というのが、話を聞いていた俺が感じた印象だ。
ちなみに俺への誤解はすぐに解けた。顔を真っ赤にしてペコペコと頭を下げる彼女に、俺も無神経だったと謝罪した。
で、それからヴィヴィオとの
『合宿だ』
「……なに?」
一騎からそんな言葉が出た。
『休暇を利用した、カルナージでの訓練合宿だよ』
「へえ……そんなのがあんのか」
『ああ。お前は最近まで施設に居たから、参加するのは初めてかな。きっと子供達の相手をする機会もあるし、みっともないところは見せられないぞ。気合い入れておけよ』
ふむ、と俺は腕を組んだ。
「休暇申請しとくわ」
『そうしておけ。じゃあ、後の詳しいことはノーヴェから聞いてくれ』
一騎はそう言うと、手をヒラヒラさせながら通信を切った。
~~~~~
晩飯を食いながら、先の事を話した。
「ということらしいんだが」
「流石、一騎さんは情報が速いな」
ノーヴェはぼやきつつ、簡単な内容を教えてくれた。
まとめると、まあ予想通り『みんなでオフトレすんぞ』ということだった。
考えてみれば確かに、家族であるノーヴェよりも早く伝えてくるとは、随分とマメなことだ。
「つーか、一騎から聞いて思ったんだけどよ」
俺は隣で座っていたレイナを見た。
「訓練合宿って、前にもあったのか?」
「うん。この前は八神家の人達も参加したんだけど――」
「今回は不参加だってよ」
残念そうに手を振りながらノーヴェが後を引き継いだ。
なるほど、と俺が頷くと、
「あーあ……あたしも行きたかったっス……」
「まだ拗ねてんのか」
ウェンディが溜め息混じりにこぼした言葉に、ノーヴェが呆れたように応えた。
「なんだウェンディ、お前は来ないのか」
「バイトがあって行けないんスよー」
「まあウェンディは来ようが来まいがどっちでもいいんだが――」
「んなっ!?」
扱いの酷さに文句を言うウェンディをあしらいつつ、俺はおかずをよそってくれているディエチに顔を向けた。
「ディエチはどうなんだ?」
「えっ、私?」
ディエチは自分に話が来るとは思っていなかったようで、首をかしげた。
「行かないよ? 別に私は戦闘員じゃないし」
ニコニコ笑いながら言ったディエチ。あれだけ撃てるのに何を、と俺は口許を引き攣らせた。
「だってよ、一騎は行くんだぞ」
「…………」
ぴくっと身体が動いた。
「温暖で自然豊かな綺麗な世界に旅行なんだぞ?」
「それは……」
「一騎だって局員だから纏まった休みなんてそうそう取れないし、こんな機会は滅多に無いだろ」
む、とディエチは目を逸らした。
「確かに、興味あるけど……」
「兄上、あまり無理強いするものではないぞ」
「いや、無理強いというか、単に疑問なだけだ。一騎は誘って来なかったのか?」
「その練習のことは聞いたけど、一緒に来るか、とかは聞かれなくって――」
「で、そのまま特に何もなかった、と」
「うん」
俺はおかずが盛られた皿を受け取りながら考え込んだ。何かある、と見るべきだろう。一騎は――どこぞの糞真面目騎士と違って――朴念仁じゃぁない。誘わなかった理由があるのではないだろうか。
「というか、旅行だけじゃなく戦闘訓練もメインなんだから、私が行くと邪魔になりそうだし。一騎が誘ってこないのも、なにか理由があるんだよ」
ディエチも流石に四年も付き合いがあるので、一騎の性格はわかっているようだ。
「まあ、それは俺もわかるけどな」
だが。
「別にバイトが入ってるわけじゃ無いんだろ?」
「うん。
「よし」
俺は掌に拳を打ち付け、レイナは隣で静かに頷いた。
~~~~~
『申請は済んでいる。予定通り、初日から参加させてもらう』
「了解。お前は現地で合流するんだよな?」
『その予定だ』
「わかった。それじゃあまた」
『ああ、ではな』
通信を切り、ぼくは一息ついた。これでぼくから連絡を入れておくべき相手は全員分終わったことになる。
「姉さんとフェイトさん、元フォワード四人、子供達五人に、ノーヴェにぼくらに……えーと、あと誰か来るっけ?」
「一応、そのくらいだったかな。けど本当によかったの? ディエチの事誘わなくて」
フェイトさんが、首をかしげながら聞いてきた。
「オフトレとは言え、戦闘訓練だからね。正直に言うなら
「巻き込む……?」
今度は反対に首をかしげ、
「どういうこと?」
「ディエチにはあまり戦ってほしくない」
ぼくは率直に言った。
「会った頃からなんとなくわかってたことだけど、彼女は戦いが好きじゃない。まあ、戦いが好きな奴なんてそうそう居ないんだけどさ――その中でも、ディエチは特に人を傷付けるのが苦手なタイプだと思う」
ゆりかごで……いや、地上本部で杖を突き付けたあの時から、ディエチはつとめて無表情を装っていた。
あれはきっと、命令を遂行するだけ、と自分を押し込めていたのだろう。
ぼくの言葉に、フェイトさんは少し考え込んで、
「でも、理由ってそれだけじゃないんじゃない?」
「……なんでそう思ったの?」
「なのはがね――」
『一騎が最近構ってくれないの!』
「――って言ってたから」
ぼくは頭を抱えた。
「まあ……それも理由のひとつではあるんだけどさ」
構っていないのは事実なので、ここらで少しご機嫌取りをしておきたかったのも事実だ。鬱憤が溜まったらぼくやヴィヴィオがひどい目にあうのだから。まあヴィヴィオは満更でも無さそうだが、ぼくは
「この機会だし、ちゃんとなのはに構ってあげてね」
「わかってるよ」
構うにしろそうでないにしろ、ぼくは今回教導側に回る。一緒に行動する機会は多くなるはずだ。それで我慢してもらうことにしよう。
「さて、姉さんが帰ってくる前に、ぼくの準備は終わらせておくかな」
~~~~~
で。
いざ出発の日、ヴィヴィオ達が試験の成果を姉さんたちに披露している横をせわしなく往復しながら、ぼくはせっせと車に荷物を積み込んでいた。
ちなみにこの場に居ないレイナの成績は文系科目が軒並み95点越えで、理数系科目はどれも60点前後、フィジカルが学年2位だ。ジュンが(聞いてもいないのに)しつこく
運動能力が優れているのはわかるが、やはり理数が苦手なのは変わらないようだ。格闘家とはいえ魔導師でもあるのだから、数式が苦手というのは少しばかりやっかいに思う。
(まあ全部が完璧に噛み合うなんて余程の天才くらいだし、高望みしても仕方がないけど、それにしても――)
魔導師としての資質はあっても、それを為すに足る素質は無い、とでも言うべきか。いやまあ、ほとんど意味は変わらないのだが、なんとなくそういう感じがする。
もしレイナがあの運動能力と魔力資質に併せて、マルチタスクと術式構築が得意であったなら、それこそぼくを越える
(本当にもったいない)
そう思わずにいられないのは、ぼくが曲がりなりにも教導官としての思考に染まってきているからだろうか。
だけど、もし姉さんなら、ぼくのように「もったいない」ではなく、「それならどう伸ばしていくか」に考えを巡らすだろうか。そういう意味では、ぼくはまだまだ若輩なのだろうか。
そう考えながら車のトランクに積み込んでいる途中、ノーヴェともう一人、碧銀の髪の少女が歩いてきているのに気付いた。あれが件の『覇王様』ことアインハルトだろうとあたりをつけながら、ぼくは手をあげて挨拶をした。
二人は会釈をしてから家のインターホンを押し、出迎えたヴィヴィオが驚きながらも迎え入れた。
「挨拶しなきゃ駄目だろうなぁ……」
正直ぼくとしてはさっさと一人で空港まで行っておきたいのだが、お客様を放って出掛けたら姉に折檻を食らってしまう。あの人は礼儀に関しては無駄に厳しいのだ。ぼくに対してはよく無礼な振る舞いをするくせに。
そう内心で文句を垂れながらトランクを閉めて家に戻ると、案の定と言うべきか、姉さんがアインハルトに対して積極的コミュニケーションを取っていた。
ぼくが呆れた顔をしているのに気付いた姉さんが、ぼくのほうを示して続けた。
「アインハルトちゃん。ヴィヴィオから聞いてるだろうけど、この子が私の弟ね」
「は、はじめまして」
アインハルトはそう、改めてお辞儀をした。
ぼくは頷きながら、
「さっきは挨拶できなくて悪かった。
そう、普通の人が聞いたら首をかしげそうなぼくの自己紹介を、アインハルトは一つの疑問も持たない様子で頷いた。
いくらぼくでも、『おじさん』と呼ばれるのは勘弁だ。まだ二十一なのだ。たとえ正しく間柄を表すには『叔父』が的確だとしても、ぼくは『兄』と言い張っている。
「よろしくお願いします、ヴィヴィオさんのお兄さま」
そういった理由もあり、理解の速いアインハルトの対応はぼくにとってありがたいものだった。
「こっちもヴィヴィオから話は聞いてるよ。合宿の訓練では相手をすることもあるかもしれないから、その時はお手柔らかに頼むよ」
「――いえ、それはこちらが言うべき言葉です。その機会があれば、よろしくお願いします」
流石にぼくが魔導師であると気付いたらしい。アインハルトは真剣な表情で頷き、ぼくを見た。
その瞳に底知れない闘志が渦巻いているのが見えて、ぼくは呆れながらも笑い返した。
~~~~~
車はみんなが乗ったら一杯になるし、リオとコロナの家にも寄っていくらしいので、ぼくは一足先にバイクで次元港へと向かうことにした。
そして到着したぼくに真っ先に気付いたのは
「あ、カズキ……」
「――ディエチ」
だった。
「ディエチ、どうして?」
「えっと……お兄さんにしつこく誘われて」
ぼくはジュンを睨み付けたが、奴はレイナと話していて気付かないふりをしていた。こっちに気付いていない筈がない。ぼくは溜め息を吐いた。
「……あの、カズキ。勝手に来たこと怒ってる?」
「……いや、別に。ジュンはムカつくけど」
「私も最初は遠慮しようと思ったんだけど――ちょっと、気になることがあって」
「気になるって、何が?」
聞くと、ディエチは「なんで誘わないのか聞いてみろ」とジュンにけしかけられたらしい。
「実際、私も気になってはいたから――言いたくないなら、言わなくていいんだけど」
「ん、ああ……いや、別に複雑な理由じゃないんだ。単に、姉さんのご機嫌取りをしようと思ってただけなんだよ」
「なのはさんの?」
「うん。なんか、ディエチにかまけて自分が放ったらかしにされてる、って思ってるみたいで。それで、良い機会だからここで相手をしとこう、って思ったんだ。それだけだよ」
「ふーん……?」
それを聞いたディエチの反応は、ぼくに対する怒りでも不満でもなく――疑問だった。
「あのさ。前から思ってたんだけど……なのはさんって、
何を今さらと思ったが、あまりにも真剣なディエチの表情を見て、笑い飛ばすことは出来なかった。
「私が言うのも変かもしれないけど、私達……その――付き合ってるし……ね?」
「……まあ。それが?」
「それで、カズキが私が優先してくれるのは当然……なんて言ったら言い方悪いか。ん、と……自然というか、おかしなことじゃないでしょ?」
ぼくはまあ、そうだな、と頷く。
「それで不機嫌になる、っていうのは、ちょっと変わってるんじゃないかな……なんて。いくら姉弟といっても、度を越えてるというか――」
「――確かに。最近……というか、昔からか?」
ぼく自身、昔から姉さんに対する感情の起伏が激しかった。それに振り回されていたせいで、
今までのやり取りにも、ぼくは特に違和感を感じたことはなかった。姉弟とは
けれど、
「……好かれてるとは思う。まあ実の姉弟だし、『
「うん、そうじゃなくて……なのはさんって、すごくカズキに執着してる様な気がするんだ。恋愛感情とかじゃなくて、でも依存してる、みたいな……」
「――姉さんが、ぼくに?」
「うん……なんとなくわかるんだ」
女の勘、というやつだろうか。ディエチは嘘をつくような子ではない。ぼくは顎に手を当て、更に考え込む。
ぼくは昔から、姉さんに対して極端な感情を抱いていた。親愛もあった。恨みもあった。劣等感もあった。
そういったもの全てが、ぼくの姉さんへの想いだ。以前のぼくは、端から見ればシスコン呼ばわりされるほどに――憎しみであれ愛情であれ――姉さんに依存していた。
なら、姉さんはぼくに対してどのように思っているのか?
(――姉さんが、ぼくに依存している?)
そんな素振りは見せたことが無い。
いや……そうか? 客観的に考えてみれば、今までの行動を省みて、不自然なところはいくつかあるように思う。
姉さんが取り乱していた時――例えば、ぼくが「家を出る」と言った時の事とか。
あの時、ぼくに対した理由が無いことを見抜いて安心したように頷いていたが――最初はぼくを理不尽に
「……確かに、考えてみれば不自然かもしれない」
ぼくが言えた義理ではないが、確かに姉さんの態度には行き過ぎで、極端な点がある。
「ごめんね、急に変なこと言って……」
少し落ち込んだ様子のディエチが消え入るような声で呟いた。理由はどうあれ、結果的に人の姉を悪し様に言ってしまい、申し訳なく思っているのだろう。
ぼくはディエチの頭に手を置いた。
「……え?」
「気にしなくていい。いつかは気付かなきゃならない事だったんだと思う。少し考えれば、変だってことはわかるんだから」
ゆっくりとそのままディエチを撫でる。少し癖っ毛な髪を撫で付けるように、頭の天辺から後頭部にかけて、優しく撫でていく。
ディエチは顔を赤くしながらむっとした表情になり、
「もう……カズキは結構、私のこと子供扱いするよね」
「実際年下だしな」
現在ぼくが21で、ディエチは――戸籍上の登録年齢ではあるが――19だ。
「でも、満更でもないんだろ?」
「…………」
ふいっ、と顔はそっぽを向くが、頭の位置は動かない。
ナカジマ家では『お姉ちゃん』なディエチにも、甘えたがりな所はあるようだ。
ぼくは手を動かしてディエチの反応を楽しみつつ、『姉さん』の事を頭の片隅に留めておくことにした。
少しばかり心配だったが、ディエチが飛び入り参加したことに対して、姉さんは快く受け入れてくれた。
心配しすぎだったか。
~~~~~
いざ
「んじゃ、レイナ。着いたら起こしてくれ」
特にお兄ちゃんはすごい。椅子に座った瞬間にそう言うと腕を組んで寝る体勢になり、一分足らずで寝息を立て始めた。
次は一騎さんだ。私が気付いた時にはとうに眠りに入っていたようで、ふらふらしていたのをディエチ姉さんが自分に寄り掛からせていた。
この二人は『偵察課』の頃に次元世界を飛び回っていたし、睡眠調整に慣れているのかもしれない。
そうやって隣で眠っているお兄ちゃんを眺めていたらすぐに眠くなってきたので、私も眠ることができた。
「ん……」
眠ることはできたのだけれど、椅子で寝るのに慣れてないせいか、わりと早くに目が覚めてしまった。
「……あと一時間もある」
時計を確認して、私は溜め息をついた。普段の寝起きは悪い方なのに、こういう時は二度寝できそうにない。眠たくない訳じゃないのに、寝ることが出来ないのがなんとなくわかる。
「なんなんだろ、この感じ……」
何か飲み物でも買ってこようかな、と席を立つと、アインハルトさんと目が合った。
「っ……」
最初はみんなと同じように寝てたのに、いつの間に起きてたんだろう。独り言も聞かれただろうか。別に聞かれて困ることは言ってない。けど、困らないけど単純に恥ずかしい。
私が戸惑っている間も、アインハルトさんはじっと私を見つめている。
どう反応したものか、と考える。このまま眼を逸らして歩いていくのは絶対に駄目だ。
(……
そう決心した私は、眼で「場所を移動したい」と伝える。
アインハルトさんは隣で寝ているヴィヴィオを見て察してくれたようで、立ち上がると私に連れだって次元船の後部スペースへ向かう。
このスペースは広くはないけど自販機も置いてあって、ベンチもある。私は自販機でココアを買って一口飲むと、アインハルトさんと並んでベンチに座った。
「……えっと、挨拶まだでしたね。はじめまして、アインハルトさん。私はレイナ・ナカジマです」
私は、この時初めてアインハルトさんと話した。
ヴィヴィオ達は面識があったらしいけど、私は委員会の仕事で上手く時間が合わず、アインハルトさんと話す機会が無かったのだ。
「アインハルト・ストラトスです。よろしくお願いします」
私は頷くと、ココアをもう一口飲む。
「ナカジマ……ということはノーヴェさんと、
「
私がおどけたように笑うと、アインハルトさんは少し考え込んだあと、何も聞かずに頷いた。
少し申し訳なさそうな表情にも見える。気を使わせたかと思ったが、アインハルトさんは自然に話題を変えてきた。
「レイナさんも格闘技をなさっているんですか?」
「あ、はい。一応、ストライクアーツの範疇です。お兄ちゃんの技を盗みながら修行中です」
「貴方も、彼と同じ技を……?」
私は頷いた。
「アインハルトさんは、お兄ちゃんと戦ったんですよね」
「はい。彼は強かった」
ぎゅっと、膝の上に揃えられた拳が握られる。
「
アインハルトさんの過去は聞いている。お兄ちゃんの遠い先祖であるらしい、『炎帝』の記憶と重ねて見ているのだろう。
「その『炎帝』も、お兄ちゃんみたいな戦い方だったんですか?」
「そうですね……常に予想を上回る動きで戦場を引っ掻き回し、
『炎帝リンドヴルム』と『覇王イングヴァルト』の関係は、歴史書には詳しく描かれていない。
「ですが――とても高潔な戦士だった。兵を犠牲にするのを良しとせず、王による一騎討ちで勝敗を決することも多かった。
でも、アインハルトさんの話しぶりから察するに、きっと敵同士だったんだろう。
けれど、『炎帝』を語るその声色には苦渋と同時に、少し誇らしげな物が混ざっているようにも聞こえる。
敵であっても、お互いを認め合うような――きっとそういうものだったんだろう。
「でも、彼は――」
アインハルトさんは少しだけ――言葉に詰まるような――間をおいてそう呟いた。
「…………」
そこで何故か、これ以上聞いてもいいのかと不安を覚えた。
不安というか、焦燥というか――どこか、胸の奥がちりちりと痛むような感覚が。
顔を伏せたアインハルトさんになんと声を掛ければ良いか悩んでいると、座席スペースへの扉が開いてヴィヴィオが顔を出した。
「あ、アインハルトさん! レイナも! 二人ともここに居たんですね」
「ヴィヴィオ……起きたんだ?」
「起きたら二人が居なくなってるんだもん。何か話してたの?」
「うん、色々と」
「手合わせの機会があれば是非、とお願いしていたところです」
そんな言葉を言われるとは思っておらず、びっくりしてアインハルトさんを見た。
アインハルトさんはやはりまっすぐに私の眼を見て頷いた。
最初は驚きで一杯だったけど、アインハルトさんと戦えると思うと、胸が高鳴るような、身体がうずうずとしてくるような――武者震いがしてきた。
私はそれを抑えながらアインハルトさんに頷いてヴィヴィオに向き直り、
「うん、胸を貸していただくんだ」
自然に話を合わせたつもりだったけど、ヴィヴィオは私が頷くまでの反応でだいたいを察したらしい。
ヴィヴィオは聡い子だ。特に私はヴィヴィオと一番付き合いが長いので、他の子よりも私の機微に気付きやすい。
そんなヴィヴィオはくすくす笑いながら、
「アインハルトさん、うちのお兄ちゃんにも手合わせお願いしてましたよね」
「はい。一目でとても強い方だと感じました」
「わかるんですか?」
「物腰が剣士のそれでした。いざとなれば、いつでも抜けるほどの」
「あー……」
ヴィヴィオが顔をひきつらせ、隣で浮かんでいるクリスが身体を震わせた。クリスは初対面で一騎さんに斬り捨てられそうになったらしい。それを思い出しているのだろう。
「うちの兄は
「魔導師――なんですか?」
アインハルトさんは驚いた表情になった。一見クールだけど、表情の変化は意外に多くて、結構可愛らしい。
そう感じなから、私はヴィヴィオに続いて説明する。
「
「カテゴリは魔導師でも、接近戦だって騎士並みに強いですよ。いくらアインハルトさんでも、簡単には勝てません!」
「ええ、わかっています」
ヴィヴィオは『強い』とは伝えても、どんな戦法かは伝えていない。アインハルトさんもそれをわかって答えている。
私はそんな二人を眺めながら、到着までの時間を確認した。
「もうすぐ着くね。席に戻っておこうか」
三人で連れだって座席に戻ると、お兄ちゃんは未だに腕を組んで眠り続けていた。
隣に座り直し、その様子をのんびりと眺めていた。
途中でなんとなくやってみたくなって、お兄ちゃんを横に寝かせて膝枕をしてみたのだけど。
(……結構重い)
私には荷が重かった。
このままやってたら脚が痺れるだろうし、降りるときはお兄ちゃんに運んでもらうとしよう。
~~~~~
その男は血塗れだった。
その隣の人型召喚獣も血塗れだった。
自然豊かで綺麗な景色が続いていて、そんな景色に馴染んだ小綺麗なアルピーノ家の佇まいの裏で。
そいつらは並んで座り込み、鳥を解体していた。
漂ってくるちょっとした生臭さに、ぼくは頭を抱えた。
「ジュン、家の裏には子供達を近付けさせるなよ」
『あ? あー……了解』
ジュンはモニター越しに凄惨な現場を理解し、これ以上無い真剣な表情で頷いた。
さてと、とぼくは近付いて声を掛けた。
「ティルク」
「ん――ああ、高町。久しいな」
振り向き、血を拭った痕の残る顔で微笑んだ。
くすんだ色の金髪は血が散ったようで、点々と赤黒く染まっている。
手に持ったバードナイフを止めないまま、ティルクは着々と鳥の解体を進めていた。
「獲ってきたのか?」
「ああ。ガリューに狩りの方法を教わってな」
ティルクが視線を向けると、ガリューは頷いた。
この二人が仲良くしている様を見るのは何度見ても慣れない。六課時代はお互いを殺そうとする勢いで戦っていたのだ。ティルクが
そんな二人が肩を並べてのんびり鳥を捌いている構図は、何かの冗談と言われても納得してしまうほど――なんというか、滑稽だった。
「なんだ高町。腹でも減ったか?」
「ばか、その手をこっち向けるな。血がつくだろうが」
「ああ、悪い。あまり鳥を解体したことはなくてな。魚なら得意なんだが」
「だからって全身血塗れなのはどうかと思うけど」
「仕方がないだろう。首を折って逆さに吊るし、頭の方に血が溜まってきたら首を切って血を抜くんだぞ」
「解体の方法なんか、説明してくれなくたって知ってるよ」
どうせ不用意に切りつけて吹き出した血を浴びたんだろう。
「お前、騎士のくせにナイフの扱いは苦手なんだな」
「
こいつが子供達の前で物騒な発言をしないか心配だ。
ぼくはそう考えながら本題に入る。
「訓練を始めるぞ」
「もうやるのか?」
「そりゃ、訓練が目的だからな。途中参加でも構わないけど」
「……ガリュー、後を頼めるか?」
ガリューは頷くと、ティルクの解体途中の鳥を受け取り、ぼくに向けて礼をした。
ぼくも頷き返すと、ティルクを連れてまずは川へ向かう。
川面を指さすと、ティルクは察した様子で頷いた。
~~~~~
「よし、行くか」
そうして川に飛び込んで血を洗い流して運動着に着替えたティルクを連れ、ぼくらが到着した頃には、既にみんなが訓練に入っていた。
出遅れた、とティルクは姉さんに訓練メニューを聞き、最初の準備運動から訓練に参加した。
(ジュンは、っと……居た)
先に始めていたフェイトさん達に混ざっているようだ。
ジュンは瞬発力は随一だが、スタミナがあまり無いのが欠点だ。あんな大振りなファイトスタイルを10年以上続けていながら、未だに訓練でゼェゼェ言っているのが不思議でならない。
まあ姉さんがよほど過酷な課題を出している、という可能性も無くはないが。
「姉さん、そこんところどうなの?」
「今やってるのは準備運動です」
「……そう」
やっぱり
本編の補足みたいなのです。
〇ヴィヴィオとの一悶着(アレコレ)
一巻の後編はまるっと飛ばしました。あんな良い話に割って入るのは嫌なので展開はそのままです。観戦していたギャラリーもそのままです。ジュンは仕事が忙しくて見に行けず、レイナも後述の理由で参加していませんでした。
一騎が『妹の喧嘩』を見に行きたくて休暇申請したら上司である姉に却下された裏話を考えたけど上手く書けませんでした。
〇レイナとアインハルトさんは初対面
レイナはヴィヴィオ達と同じクラスの委員長です。学年が上がったばかりということもあり、委員会の仕事が忙しくて練習の時間もあまり取れていません。
委員会関連でユミナさんと知り合ってるかも。
〇アインハルトが饒舌に『炎帝』を語る
ジュンではなく、レイナと二人で居るときに『炎帝』を語らせたのはちょっとした伏線のつもりなのですが、これも今後どのように絡ませるか迷っています。ぼんやりと考えていた話なのだけど、過去に伏線を書か無さすぎて急展開になりそうで心配。
これは本編とはまったく関係無いのですが、SAOの二次創作を最近書き始めました。よろしければそちらもどうぞ。
投稿が遅れたのはそっちを更新していたからです。マクロスΔを何度も見返しながら空戦機動の勉強をしていたので決して執筆をサボったりしていません。きっとそう。
更新遅れて申し訳ありませんでした。