もしも新人一党の戦士と女武闘家がモガの村出身だったら 作:海洋竹林
竜狩人=ハンター
四方世界のとある山中、まるで闘技場のように平らな地形で、一人と一頭の竜が対峙していた。
『はあ…はあ…、強いな、貴様は。』
「…」
竜は、邪竜であった。
混沌の勢力の一角として街を襲い、空から吐息を撒き散らし、欲望のままに略奪する。
そして、討伐に来た勇士を返り討ちにして生きていた。
生来強大な存在である竜が、邪神の加護を受けている。
只人の狩人相手に傷つき、息絶える寸前になるこの時まで、邪竜は己が敗れるところなど、想像もしていなかったのだ。
『名を聞けるか、人間。』
最期の心残りとばかりに問いかけた言葉に、男は少し逡巡した後、口を開く。
「モガの村の専属ハンター。こちらの言い方だと、竜狩人だ。」
『竜狩人…か。クハハッ!なるほど、貴様はさぞ多くの竜を狩ってきたのだろうな。』
吐息、魔法は軽く避けられ、爪撃や突進すら抱えた大剣で受け止められた。
それに加えて竜狩人はどうだ。
一撃で尾を切り落とされた。
そして爪も、角も、翼もそうだ。
力の差は明らかで、逃げることすらままならなかった。
『これが、我が最期の一撃だろう。貴様を殺しても、殺せなくても、我はもう死ぬ。だが、それでも受けてくれるか、竜狩人。』
「…」
返答はない。
先程、名を名乗ったことのほうが異常だったのだろう。
竜狩人は狩りの間、喋らないものなのだ。
しかし竜狩人は無言で大剣を上段に構え、攻撃の体制をとった。
『感謝する、竜狩人よ!そしてくらうがいい、我が生涯最期の一撃おおおおぉおおお!』
獣の如く四肢で駆け、傷ついた翼を強引に羽ばたかせて躰を浮かす。
突進。
邪竜の巨大な体躯から最期の力を振り絞って放たれたそれは、まともに当たれば只人など容易く吹き飛ばす破壊力がある。
「…オオォ!」
そして、竜狩人はそれを叩き落とした。
携えた大剣、骨で出来た刀身を鳥竜種の鮮やかな革で包んだそれによる渾身の縦斬りを持ってして、邪竜の躰を突進の勢いごと、地に叩き伏せたのである。
『見事…だ。』
そして、狩りは終わった。
・・・・・
竜狩人
竜を狩り、自然と人との調和を守る誇り高き狩人。人間離れした頑強さと、巨大な竜にも挑みかかる胆力を併せ持つ。
・・・・・
「……ふう。」
危うい所だったと、竜狩人は額から流れていた汗を拭う。
無傷だが、竜狩人も決して余裕があった訳では無い。
特に、魔法である。
竜の使うそれは強力かつ多彩であり、話に聞く只人の魔法使いとは違って無尽蔵にも思える程の数を放ってきていた。
竜狩人は結局、魔法を使えなくなるまでは牽制の一撃を入れつつ、避け続ける事しかできなかったのだ。
「しかし、この大陸の竜は賢いな…。喋る上に、魔法まで使ってくるなんて。」
いずれも、竜狩人の狩りなれた飛竜や海竜ではあり得なかった事である。
あえて言うならば、半身程を破壊してようやく撃退した古龍がそれらしきモノを使ってきた位だろうか。
「あ…」
そこでふと、竜狩人は共にこの大陸へと渡ってきたモガの村の若人達を思い出した。
あの魔境と化した森で遊び、自分も竜との戦い方を教えはしたから死にはしないだろうが、彼らは自分と同じ田舎者である。
詐欺にあい、自分のように身ぐるみ剥がされたりはしないだろうか。
黒曜石のような光沢を持つフルフェイスヘルムにインナーという異様な格好をした竜狩人は寒空の中、弟子達の事を想って空を見上げるのであった。
・・・・・
竜狩人の一撃
壁や天井ごと獲物を斬り裂く竜狩人の攻撃。これもまた、場所を選ばずに狩りを行う竜狩人の知恵と技術の結晶である。
・・・・・
竜狩人が美人局に引っかかって、見事に被っていたヘルムと重すぎて常人には持てない断骨大剣以外の持ち物を全て失い、半裸で邪竜を討伐していた頃。
その弟子である大剣使いと女武闘家の二人は、一党を形成してゴブリンの巣穴へと攻め込もうとしていた。
「よし、それじゃあ今から洞窟へ入るわけだけど、俺が前衛、ソレ以外が後衛ってことでいいかな?」
この武器じゃ近くに人いると上手く戦えなくてさ、と背負った大剣を指差す大剣使いに、一党の面々は同意する。
「ゴブリン相手に魔法は勿体無いし温存で、抜かれるとも思わないけど最悪三人で洞窟の外まで駆け抜けてくれ。」
俺一人なら、多分どうとでもなるから。
という大剣使いの声に女魔術師と女神官は訝しげな目を向けるも、幼馴染だという女武闘家が何も言わないなら彼女達は何も言えない。
とかくこうして、彼らの初めての冒険は幕を開けたのである。
巣穴の探索を開始して、暫く。大剣使いと女武闘家が見つけた壁の亀裂のせいで、一党は足止めを食らっていた。
というのも、大剣使いと女武闘家の二人はピッケルまで取り出して、この亀裂から採掘したいとのたまうのである。
「今そんなことしてる場合じゃないのよ。拐われてる女の人も居るの。ねえ、貴女もそう思わない?」
「は、はい…。出来れば早く助けたいと…。」
…う。とその事を忘れて壁のヒビ(採掘スポット)に夢中になっていた二人は顔を見合せ。
「じゃ、じゃあ取り敢えず俺が目印にこのヒビを広げて大きくしておくから、終わったらまた来ると言うことで…。」
「そうね、そうしましょう。」
まだ諦めきれないのかそんな提案をし、これ以上言い争う方が時間の無駄かと、女魔術師も納得する。
そして……
「それじゃあ行くぞ。…うらぁああ!」
存分に力を込めた縦斬りは思いの外脆かった壁を突き破り、肉が裂ける音とゴブリンの悲鳴が、一党の耳朶を打った。
「ひぅ…!」
「なになに?何なの!?」
突如として広がった戦場の空気に、戸惑った様子で狼狽える女魔術師と女神官。
「下がって!」
二人を庇うようにして女武闘家が前へと走り、さりとて前線で振り下ろし、薙ぎ払い、斬り上げと当たるを幸い大暴れをしている大剣使いには近づけない。
と言うことで、
「ギャア!」
「グオッ!」
大剣使いが粉砕した壁の欠片、石ころを掴んで投げる。投げる。投げる。
流石は竜すら屠る投石術。
一撃で頭を大きく陥没させ、次々とゴブリンは倒れていった。
「おらああああ!」
大剣使いの一撃が天井を抉りつつホブゴブリンを斬り裂き、その衝撃で最期の一匹は遠方へと吹き飛ばされた。
そもそもが巨大な竜を狩るための武器であり、身の丈を超えるような大きさを持つ大剣は、掠るだけでもゴブリンを吹き飛ばして粉砕する。
そして、それは多少大きかろうともホブゴブリンにも適用できる理論だ。
壁や天井ごと斬り裂いて襲いかかる、掠っただけでも命を奪う巨大な刃。
混乱したゴブリン奇襲部隊の殲滅は、そう時間をかけずに完了した。
「今回に関しては、あんた達が正解だったわね。」
体制を立て直すため一度洞窟から出た後、いの一番に女魔術師が口にした言葉である。
しかし、大剣使いや女武闘家としても竜狩人の訓練によって培われた、竜狩人の習性とでも言うべき鉱石への執着心に駆られただけであり、よもやヒビ(採掘ポイント)の奥にあったのが鉱石ではなくゴブリンの奇襲部隊であったとは予想外だったのだ。故に、
「…」
「…」
ポリポリ。ポリポリ。と気まずげに頬を欠く事しか出来ず。その雰囲気に一党が包まれる事となり、
「無事か?」
受付嬢に頼まれて追いかけてきたゴブリンスレイヤーが追いついたのは、そんな時だった。
大剣で殴られたら普通は大男だろうと死ぬし、斬られれば尚更である。そしてそれは、ゴブリンであろうと同じこと。