ルキアにはまだ話してねえが、俺が虚と出くわしたのは、ルキアと出逢ったあの夜が初めてではない。あれは確か、おふくろが死ぬ数ヶ月前――まだ肌寒さの残る、3月のはじめのことだったか。
当時9歳だった俺はその日、いつものように家を出て、いつものように空手道場に行って、いつものように稽古をした。ただ一ついつもと違っていたのは、毎回欠かさず道場への送り迎えをしてくれるおふくろがいないことだった。何か用事があったのか、身体の調子を崩していたのか、もうよく覚えてはいない。でもかなり急なことで、道場も家からそんなに離れていなかったし、オヤジに付き添われるのも何だか癪だったから(この頃から俺は反抗期だったのだ。オヤジ限定で)、この日だけ一人で家に帰ることになったのだ。
夕方近くになって冷たくなってきた外気に、稽古終わりの汗ばんだ身体を震わせながら帰路を歩いた。春が近づいてきているとはいえまだ日は短く、外はもう街灯が明かりを灯す程度には暗くなり始めていた。その何とも言えない、背後から誰かにねっとりとした視線で見つめられているような、身体の内がゆっくりと病魔に冒されていくような、気味の悪い感覚を味わいながら、子どもながらにやっぱり変な意地を張らないでオヤジと一緒に道場に行けば良かったかな、なんて思っていた。
暗い闇に沈む前方を見るのが怖くて、何となく自分の靴先を見ながら帰り道を急ぐ。するとふと、その靴先にぬうっと夕闇よりもどす黒い半円状の影が忍び寄ってきた。
(なんだこれ)
俺はその、ずっと前方まで続いているらしい大きな影を目で追った。地面を這うように伸びる影の先には、何かとても大きな白いものが佇んでいる。
やがてそいつの全貌が目に飛び込んできたとき、身体も思考も凍りついたようにびしりと固まってしまった。
あ。
あれは、何?
それは、まだ幼い俺からすればまさしく怪獣だった。当時の俺の4、5倍はある、筋骨隆々とした身体。凶悪な様相の仮面をかぶり、開いた口の部分からは唾液が滴っている。全体的に人型っぽいが、右の腕が異常にでかい。成人男性の頭部すら難なく握りつぶせそうなくらい大きな右手には、誰のものとも知れない大量の血がこびりついていた。
どうやら十字路の左側から出てきたらしいその仮面の化け物は、ゆっくりと首を巡らせ状況を全く理解できずに固まっている俺を視界に捉えた。その虚ろにぼんやりと光る瞳と目があった瞬間、俺の心臓は動き方を思い出したように一気に早鐘を打ち出した。
何だこれ。何だこれ。
駄目だ。早く。早く逃げなきゃ。
頭の中で警鐘ががんがんと鳴り響いた。でも、動けない。完全に身体が硬直してしまって、逃げるどころか一歩踏み出すことさえかなわない。身体中から変な汗が噴き出して手のひらがぬめり、帯紐で縛り肩に吊していた道着が後方へと落ちた。その鈍い落下音すら、ガラスを隔てているようにどこか遠いところで聞こえる。
しかし、そんなろくに抵抗できない状態の俺のことなどお構いなしに、化け物はゆるゆるとこちらに歩を進めてくる。その虚ろな双眸は確かに俺を捉え、美味そうな肉を放られた飢えた野獣のように、奥底からおぞましい野性的な輝きを放っていた。
こわい。こわいこわいこわい!!
恐怖で心臓がつぶれそうだ。それなのに俺の身体は、頭のてっぺんから足の先までの悉くが、金縛りにでもあったように一分も動かないのだ。
化け物は近づいてくる。俺は動けない。両者の距離は刻々と縮められていく。
そしてその化け物がその巨体で俺を覆い隠し、
ぽっかりとした穴のような口を糸を引きながら開き、
空気を震わすようなおぞましい咆哮を上げながら、
巨大な右腕をぐんと振り上げた。
――その時だった。
BLEACH夢かなり放置してしまっててすみません。
今章は過去編になります。伊吹と一護が初めて出会った時の話。
色々捏造入ってますがご容赦ください……。
まー原作読むと一護が昔から霊力高かったのに虚に狙われなかった理由が良く分かるのですが。
それにしたってやっぱり一回くらいはあると思うんですよね危なかった時が!
今回はそういうお話です(?