『フヒ……ヒヒヒヒヒヒ! 言葉は選んで話せよ、小娘!! 死にたくなければ、だと? つまりそれは、私を殺せると思うての妄言か!!』
女の挑発的な態度に、虚もまた笑い声混じりに答えた。虚の発する一言一言が地面を振動させるほどの大音量で、頭蓋の中までがんがんと響いてくる。
そして、振り上げた。
先ほどから俺を、そしてルキアを、紙切れのように易々と殴り吹き飛ばしている巨大な腕を。
『良かろう……その哀れなほどの無謀さ、私は買ったぞ。それにどうやら、お前の霊体はなかなか美味そうだ』
虚の顔全体を覆う白い仮面に、穿たれた二つの穴から覗く虚ろな双眸が、ひゅ、と三日月型に反った。そうしている間も女の方はまったく反応する気配がない。まるで家の窓から近隣の何気ない日常風景を、何となく眺めているかのような静かな表情を浮かべている。虚の腕が、周辺の空気を渦巻かせながら、見上げれば視界が覆い尽くされてしまうほど近くで振り上げられているというのに。
『あそこに転がっている死神どもは後回しだ。まずはお前から喰ろうてやろう……その驕りに溺れたまま、私のこの強靱な腕に砕き潰されるが良い!!』
ごお、と唸るほど風をかき乱して、虚が腕を振り下ろす。それでも慌てた様子を見せず、刀を抜くことすらしないで平然と構えている女に、俺はわけが分からなくなって叫んだ。
「やめろ!!」
「! 一護!!」
ルキアの咎めるような声を背中に駆け出す。
間に合うか。いや、熟考するまでもない。無理だ。まだかろうじて虚の腕は振り下ろされ切っていないが、数瞬後には間違いなくその大岩のような拳が、電柱とともに女を砕き潰してしまうだろう。それに、あの高くて細い電柱をどうやって登る? 無理を承知で垂直に登っていくか、それとも抱きついて登るか? 分からない。分からなくてもとにかく走るんだ。無理だろうが何だろうが、人が殺されそうなのを黙って見ていられるほど、俺の精神は強くできちゃいない。
けれどそんな、誰も救えない惨めで独りよがりな考えは、全部杞憂に終わった。
俺が電柱の根本までたどり着いた瞬間、そして同時に虚の腕が女の身体と接触しそうになった刹那、女は、ようやく腰に提げてあった刀の柄に手をかけたのだ。
「――腕だって?」
それは、まさに一瞬のことだった。いや、一瞬という言葉さえその状況には短すぎる表現かも知れない。
抜いた瞬間が、分からなかった。いや、それどころか斬る瞬間すら捉えられなかった。ただ女の胸にぶら下がった鎖の音だろうか、しゃん、と金属の音が聞こえ、気がつくと女は電柱から地面の方へ降りてきて、道路の上に片膝をついて身を丸めていた。それはまるで、ワープとかいう映画やアニメでしか見ないような移動方法を用いたかのように。
つまりは、何が起きたのか、分からなかった。
それはおそらく虚も同じだろう。判断もつかないままに振り下ろしてしまった腕は、轟音とともに電柱のみを打ち砕いて地面に着地した。同時に始まったのは、大規模な地震でも起こったかのような激しい地面の揺れと、粉々になった電柱の瓦礫の落下。頭に当たったら即あの世行きになりそうなほど瓦礫がおびただしい数落ちてくるし、電柱が壊れたせいでちぎれた何本もの電線が、白い糸のような電流を宙に放ちつつ蛇のようにのたうって暴れ始めるしで、ちょうど電柱の根本のところにいた俺はその場から動くことさえままならなくなってしまった。
女は地面に着地した姿勢のまま固まっている。右手に引き抜かれた刀を、身体の左に引き寄せるような状態で握っている。
そしてその刀は、血に濡れていた。滴る血滴が、アスファルトの地面に鮮やかな赤い染みを作っていた。
間が空いちゃってすみません。最新話更新。
中々進展がなくて草(白目)
……文量多いのに展開遅いのはうp主の特性なのでご容赦を。