人を刺し貫くような、鋭い声が紡がれる。その瞬間、刀が女に握られている部分から急激に変化し始めたのだ。
簡素な黒っぽい柄とよく研がれた刃で構成されていた刀が、ぞぞぞと毛虫が這うような妙な音を立てて、白銀色で塗り潰されていく。柄には紅い瞳をした龍の装飾が施され、刀身は細くなり、反りも小さくなった。
一瞬にしてがらりと姿を変えたその刀は、先ほどまでの変哲のない刀とはまるで違い、まだうまく霊圧を感知する能力を身につけていない俺にも、はっきりと感じ取れるほど強い霊力を放っていた。
(間違いねえ……この感覚、斬魄刀……!)
「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっ!!!」
「――ふッ」
女がただの刀を斬魄刀に変え終わった瞬間、両者は激突した。虚は渾身の力を込めて平手にした左手を振り下ろし、女は鋭く片足を踏み出して刀を振るう。
勝負は一瞬だった。
ぶしゅぶしゅっ、という、柔らかいものを斬り刻むおぞましい音が響いたかと思うと、今にも振り下ろされようとしていた虚の腕が空中で静止した。女の方はほとんど動いていない。片足を踏み出した方向に1メートルほど移動しただけだ。それもやはり一瞬のことで、動くのを視認することはままならなかったが。
女の刀が血で濡れている。刃先からぼたぼたと滴る赤。虚の血だ。
ぶしゃあ、と噴水が上がるような音が幾つも重なって、虚の身体という身体から大量の血液がしぶいた。虚ろな目すら光をなくし、力なく道路に倒れ伏す虚の姿を背後に、女は何食わぬ顔で再び血ぶるいをする。
「……前が勘違いしてたことが二つある。一つは、自分と相手の力量差。霊圧の高い死神を見つけて気が大きくなってたのか……すぐに霊圧を感知して逃げていれば、命だけは助かったかも知れないのにな。そしてもう一つは――」
ぱき、とプラスチックをおるような音とともに、白銀の刀がもとの姿に戻り始めた。剥がれるようにして散っていく白銀色の光が、夏の夕陽を受けて眩く輝きながら、女の顔のすぐ傍を通り過ぎていった。
「私は死神じゃない」
ぞわあ、と空間から掻き消されるようにして、倒れ伏した虚が消えていく。それに一瞥をくれることさえせず、女は元の黒っぽい刀に戻った得物を鞘に収めた。
そして、おもむろにこちらに向かって歩いてくる。破壊された家屋の塀の傍で、いつの間にやらへたり込んでしまった俺の方に。
「久しぶり……とは言っても、もう覚えてはいないかも知れないね」
そう呟くように言って微笑む女の顔は、ひどく淡くて哀しい色を帯びていた。溢れ零れ出そうな感情をこらえるようにして、腰に提げた刀の柄と鞘を片手でぎゅっと握り込んでいる。
そしてそれは、大きな既視感を持って俺の目を釘付けにするのだ。
……いや、違う。馬鹿だ。これは既視感なんてものじゃない。
俺はこいつのことを見ていた。毎日毎日、欠かさずに。
もしかすると俺は、何となく気づいていたのかも知れない。
いや、間違いなく気づいていた。それがこんな形で突きつけられるとは思っていなかっただけで。
大人びた淑やかな外見を、がらりと裏切る大雑把な性格。違和、とも呼べない違和。今までのことを振り返って、そのときの感覚を呼び起こして、ああ、あれがそうだったのかと、愕然とした思いが広がっていく。目の前に立っているだけのこの女が、その姿一つで、今まで知らずにいた様々のことを俺に思い知らせていく。
「なあ――分かるか? 私のこと」
「お前……」
まさか、とは思う。何より突然だし、その思いは拭い去れない。けれど同時に、見当はもう、嫌気がさすほどはっきりと、ついてしまっていた。
「伊吹……か……?」
答えたその声は、情けないほどか細く震えていた。弱々しく宙に放たれたその答えを、こちらを見下ろしながら聞いた女は、けれど、何故だかまったく嬉しそうではない。違ったのか。いや、そんなはずはない。
伊吹だ。この女は間違いなく、伊吹だ。
驚愕の事実!!(そうでもない
顔も服装も目の色も髪の色も違うのに、一護はなぜ伊吹だと分かったのか?
その辺のことはまた次回以降明らかになると思います~。