遅れました、ほんと申し訳ありません
ーー妖怪の山、山道ーー
年季の入った煙管を吹かし、雨でぬかるんだ山道を歩く剣士。
その傍らには慣れない山道を、必死に歩く静葉が居た。
「そ、それで…剣士さん?何処に行くのかな…?」
汗をハンカチで拭い、息を切らせながらも必死に言葉を紡ぐ静葉、そんな静葉に構うことなく剣士は急に立ち止まり、静葉に目を遣る。
「…静葉、君は鬼と謂う物を知っているかい?」
質問を質問で返された静葉は、深く溜め息を吐くと首を縦に振りながら答えた。
「…まあ、昔話とかに出てくるのなら、知ってるけど…?モジャモジャ頭に、虎のパンツ。赤くて大きな体で…」
そんな静葉のイメージに、思わず剣士は笑みをこぼした。
「…成程、ふふっ、そうか。面白い」
そう剣士が呟くと、静葉は少しだけムッとした表情を浮かべながら続ける。
「…なら本物の鬼ってどんななのかな…妖怪だとか亡霊だとか見た今なら、別にどんなのでも驚かないけど?剣士さんが見せてくれるのかな?」
その言葉に剣士が不適な笑みを浮かべる。
「そうか、其処まで謂われたなら仕方無い。ならば今から君に本物の鬼を見せてあげよう。恒河沙、阿僧祇」
剣士が名を呼ぶと、二人の男女が木陰から姿を表した。
忍の様な戦闘装束に身を包んだ二人は、同じ様な顔立ちをしている。
そしてぬかるんだ泥を気にすることも無く、剣士の前で膝をついた。
「此処に。御呼びでしょうか、主様」
「此処に。御呼びでしょうか、我が主様」
それを見下ろしながら、剣士は煙管から火種を落とし、煙管を懐へと仕舞う。そして命令する。
「良し、今から君達二人で地底へ向かえ。敵は鬼。目的は旧都を拠点とする鬼達の無力化。その暁に旧都を私達のもう一つの拠点にする事。嗚呼、無論、私達が到着する前に全ての鬼達の無力化をお願いしたい」
無表情。恐ろしいまでの無表情。
剣士の表情を見て、静葉は心底肝を冷やした。そして同時に味方で良かった。とうんうん頷いていた。
「お任せくださいまし、主様」
「我々が全身全霊を掛けて完遂してご覧にいれます、我が主様」
そして頭を上げた二人の表情を見て、静葉は更に恐怖した。
抑えきれない殺意、禍々しいそれは静葉を一瞬で圧してしまった。
「うむ。だが一筋縄ではいかないかも知れない。十分に気を付けたまえ」
そう言いながら剣士が柔らかい笑みを浮かべて二人を撫でる。するとプルプルと肩を震わせ、先程までとは打って変わって二人の頬がみるみるうちに紅潮していくのが見てわかった。
「しっ、ししししし心配には及びませんっっ!!」
「あ、ああああ主様に、こここんなにも素晴らしい褒美を頂き、恒河沙、感激の極みで御座いますわっ!!!」
両手をブンブン振り回し、剣士にアピールする様を見ていた静葉は、まるで犬みたいだな。と思い、一人頷いていた。
「逆らう者は拘束し、命乞いする者は殺せ。殺し方は問わない。無論、殺さずに君達の玩具にしようが構わないよ」
ニコリと微笑みながら物騒な言葉を口にする剣士、そんな剣士の言葉に二人は目を輝かせる。
「嗚呼、この阿僧祇、感謝の極みで御座います、主様」
「嗚呼、この恒河沙、幸せの絶頂で死んでしまいそうですわ、主様」
まるで新しい玩具を与えられた子供の様に、剣士に満面の笑みを向ける二人、そして二人はそのまま剣士の傍らに立つ、静葉に向けて睨みを利かせる。
「夜ヶ夜静葉殿、主様に色目を遣わない様にお願いします。では我が主様、行って参ります」
「夜ヶ夜静葉、貴女の事は何時も監視していますの。それをお忘れなく。それでは主様、行って参りますわ」
それだけを言い残し、二人は忽然と姿を消した。
残るのは、二人の言葉に震える静葉を宥める剣士。
「さて、静葉君。私達はゆるりと参ろうか」
その言葉に静葉は、ただ首を縦に振るだけだった。
ーー同刻、地名不明ーー
酷く痛む体。
鉛でも詰まってるのか、そんな錯覚を引き起こしちまうほどに重い頭。
ゆっくりと瞼を持ち上げれば、左の瞼が腫れ上がり、視界を遮っていた。
「…クソが」
上手く話せない、口の中がズタズタになってやがる。
「あ、おはよう」
首を前に向ける。
すると一人の女が俺の顔を覗き込んでいた。
「いやー、監視頼まれてたんだけど暇で暇で…相手してよ、えっと、グレンさん?だっけ?」
「…ぺっ」
薄気味悪い笑みを浮かべる目の前の女の頬に、俺は血へドを吐き掛けてやった。
粘り気のある血へドがゆっくりと頬を伝い、地面に垂れる。
「…汚いな、もう」
それでも変わらず、目の前の女は笑みを浮かべたままだ。
俺は不快感を覚えるのと同時に、周囲を見渡す。
「良く聞こえねえ…てめえらは取り敢えずクソだ、特にあのクソヤロウは絶対殺す」
「言葉が汚いよ」
相変わらず薄気味悪い笑みを浮かべて頬を拭う女。
じっくりと辺りを見渡してみる、今は俺をタコ殴りにしやがった、あの妖怪野郎はいないようだ。
「…おい女、死にたくなかったらこの縄解け」
「んー、駄目。勘違いしないでよね。私だって一応妖怪よ?グレンさんを殺そうと思えば殺せるんだから」
馬鹿な俺でも理解してる。
そうだ、二人居たんじゃ流石の俺でもキツい。
唇の動きから否定の言葉が伺える。
そりゃそうだろう。だから俺はこの時を待ってたんだ。
「そうかい…忠告はしたからな…?」
「…グレンさん…何を…」
縄脱けに手錠抜け、こちとら色んな戦場に居たんだ。自分の寿命を長らえさせる方法は山程、身に染み込んでやがる。
それにこの縄は強度ばかりを気にして太い。
即ち結び目がデカイ。これなら指の関節を外せば簡単に抜けられる。
「……オラァッ!!」
「っ!?」
グレンは自らの指を脱臼させ、縄から両手を自由にすると、目の前の妖怪へと飛びかかる。
相手が例え妖怪だとしても、小柄な女性に体格で大幅に勝るグレンは意図も簡単に相手を押し倒してしまった。
「うっ……お…え…っ」
本気で握り込めば鉄材でさえも変形させてしまうグレンの握力、そんな力で妖怪の首を思いきり締め上げる。
有利な体勢、体重、急所への急襲。ありとあらゆる要素が噛み合い、妖怪はゆっくりと意識を失っていく。
「…殺しは…しねぇ、暫く…寝てろ…クソ女」
その言葉を聞くと、妖怪は意識を手放した。
「……チクショウめ…、ココは…どこだ…?」
地面に座り込み、傍らに落ちていた小さなハサミを拾い上げる。これがグレンの太股に突き刺さっていた忌々しい物だと気付けば、苛立ちを露にしながら急いで足を縛る縄を少しずつ削って行く。
「クッソ…痛ぇのが嫌いなんだよ俺は…」
改めて見れば酷いものだった。
体中には切創、痣、腫れが目立ち。顔はまるで、間抜けな酔っ払いがチンピラに絡んだ後みたいになっていた。
「……」
二人は無事だろうか。
二人を救出に向かってからの記憶が無い。いま二人がどこにいるのか、どの様な状況なのかすら判らない。
「ここでくたばってたまるか…クソッタレ」
吐き捨てる様に呟けば、グレンは左足を引き摺りながらゆっくりと部屋を後にした。
血を大量に失ったグレンは、少しずつつ、壁伝いに歩みを進める。
白い廊下をゆっくりと赤く染めていくグレンの血。
出血のせいで、血と共に体温がどんどん失われていくのを確かに感じていた。
なのに体の至る所に出来た傷が、熱を帯び、意識をさらに朦朧とさせていた。
「…クソが」
体の震えが止まらない。
死の恐怖が一歩、また一歩とグレンに歩み寄っていた。
「…クソがあああああああッ!!!!」
思い切り大声を張り上げ、自らの心を鼓舞する。
今こんなところで死ぬ訳にはいかない、ヴィクトリアと椛を、こんな危険な所に残したまま逝くわけにはいかない。
自らを追い込み、叫びと共に吐き出しそうになる血を必死に飲み込んだ。
「…大声出すもんじゃねえな……おえ…」
そしてすぐに後悔した。
ーー妖怪の山、平地ーー
全てを包み込む様な雷。
雷撃による爆音はカールの鼓膜を突き破らんばかりに響き渡る。
カールは頭を片手で押さえたい気持ちを押し殺しながら、碧生の持ってきた弾丸を、リボルバーに込める。
そして素早く獅童の方へと銃口を向けると、素早く引き金を三回引いた。
連続して発射された弾丸は、碧生の放った雷を帯び、まるでレールガンの様な速度と威力を持ったまま獅童へと一直線に飛来した。
「…殺ったか」
カールが呟く、目の前の惨状を見れば誰もがそう思うだろう。
地面は抉れ、木々は焼け焦げている。
だが碧生は言う。
「…騙されないで、奴は生きてーー
ーー「…遅ぇ、欠伸が出ちまう」
獅童の鋭い爪が碧生の背後を襲った。
以上でした
次は早く投稿できるようがんばります