「変な夢見た……」
自宅のベッドで目覚めて早々、俺、中村イルはこんな独り言を呟いた。あまり独り言をいう性格ではないはずだが、それだけ変な夢だったのだからしょうがない。
寝ぼけ
お湯が沸くまでの時間を利用して顔を洗って口をゆすぐ。そして先ほど口にした、変な夢の内容を思い出す。夢とは時間とともに記憶が薄れてしまうものだから、変な夢だと覚えているうちにこうして思い出しておくもの面白い。
確か夢では、もう行っていない高校のときの教室が舞台だった。
目が悪いからと座っていた最前列の同じ席に俺も座り、他に生徒は一人もいない。ただ教壇のほうに、輪郭が真っ白だということだけがわかる人みたいなものが立っていた。現実にあったら違和感バリバリの光景だが、夢の中では違和感を覚える機能は仕事をしない。
ただ、違和感は無かったものの、この時点で俺は夢の中にいることに気が付いた。夢だと自覚しつつも夢の中にいる状態。いわゆる明晰夢というやつだ。
それに気が付き、真っ先にすることと言えば、自分の都合のいい夢に改変することだろう。少なくとも俺にとってはそれが当たり前で、他の選択肢は思いつかない。
前にも、その前にも明晰夢を見たときも俺はそうした。今回もそうするつもりだった。まずはかわいい女の子でも登場させたいところ。そのあとは……ふふふ。
だがしかし、どうにも夢の改変がうまくいかない。場面は変わらず教室の中だし、登場人物は目の前の白い人影以外現れない。そもそも立ち上がろうとしているのに足が動かない。
全力疾走しているのになかなか前に進まない夢は何度も見たことがあるが、明晰夢だと自覚してなお体が動かないというのは初めての経験だった。これでは明晰夢の意味がない。
そうこうしているうちに、目の前の白い人影が、先生みたいな口調で話しかけてきた。
内容は確か、『何か一つだけ能力を得られるなら、俺ならどんなものがいいか』だったはずだ。もう少し長く、複雑なことを言ってた気もするが、単純に言うとこんな感じだったと思う。
「能力を得られるなら……? だったら、二次元に入る能力がほしい」
特に悩むそぶりも見せずに俺は言った。現実ならもう少し言うのを躊躇してしまう内容だが、俺の夢なのだから構わない。欲望に素直になることこそが好きな夢を見るコツである。
ぶっちゃけ俺は、二次元というものがかなり好きだ。アニメも見るしゲームもするが、一番は漫画がいい。
漫画の主人公のように強くなりたいし賢くなりたい。周りからすごいと思われたいし女の子にもモテたい。
そしてなにより不思議な能力がほしい。
だから、二次元に入れたらと妄想した回数は数知れない。何か能力を得られるなら、二次元に入る能力だと決めていたのだ。もしかするとそれ故にこんな夢を見ているのかもしれない。
白い人影は一言、分かったと言うと消えてしまった。
せっかくの明晰夢だというのに、そこで目が覚めてしまった。
まったく、本当に変な夢だった。朝食のゆで卵を食べつつ俺はそう考える。
今日は大学は午後からだ。現在九時、まだまだ時間はたっぷりある。それまでに漫画を読んで時間をつぶそう。
たくさんの漫画が詰まった本棚を見て、俺が手に取ったのは金色のガッシュの第一巻。展開が熱いし、感動もできる名作だ。
主人公は高峰清麿という、中学生男子。中学生のくせに大人以上に頭のいい天才で、物語の後半ではアンサートーカーとかいう力に目覚めてさらに天才な存在になる。なんだ疑問を思い浮かべたら瞬時に答えが分かるってその能力。うらやましい。
俺にもそんな能力があったらなあ。大学のテストなんてすぐ終わるし、宝くじでも当てればお金には一生困らない。
他人の考えが分かれば彼女だって簡単にできるだろう。そもそも彼女の作り方を思い浮かべりゃ分かるのか。
世の中の未解決問題でも適当に解けば、周囲が持て囃し有名人にだってなれそうだ。
あんな夢を見たせいで、二次元と現実の境界が曖昧になってこんな妄想をしてしまう。
いや、本当は知ってるさ。二次元になんて入れない。
漫画をこよなく愛するからこそ知っている。現実と二次元は別物だと。
ニュースでたまに見る、最近事件が増えてきたのは漫画やゲームの影響だとかいう評論家。俺から言わせりゃ、見当違いも甚だしい。
漫画やゲームが悪影響? オタクは犯罪予備軍? んなわけあるか。
現実は現実、物語は物語。オタクはそれをきっちり割り切って、そのうえで楽しんでいるんだよ。
現実と物語をごっちゃにする奴は馬鹿なだけだ。そんな奴は、どうせ漫画が無くても犯罪を犯す。
二次元の理屈を現実には持っていかない。それが正しい楽しみ方だ。違いをきっちり理解したうえで、そうなることは無いと知ったうえで、妄想するから楽しいのである。
金色のガッシュの一巻を手に取り、最初のページをめくる。そして叶わないと知りつつ考える、俺がこの漫画の主人公だったらと。
「さっきのが夢じゃなくて本当だったらなあ。こう、手をかざせば入れたり……」
駄目と知りつつ想像する。漫画のページが水面のように波打って、それに飛び込んだらいつのまにかその場面にいる自分を。
「……なーんてな、そんな都合のいいことが……あ? ああああああ!?」
突如開いたページが輝き始め、俺を中へと吸い込んでいった。
かくして俺は、自分の得た能力を自覚したのだ。俺が先ほど見た夢は、どうやら夢ではなかったらしい。となると出てきた白い人影って……?
それが神だったのか悪魔だったのかは不明だし、この後分かることもない。ただはっきりしていることは、俺、中村イルは、二次元に入る能力を手に入れたということだけだ。