漫画の中に入れたら   作:佐藤秋

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12 トリコ

 

 ダーウィンズゲームの世界で手に入れた確率操作者(パーセンター)の能力は、麻雀を楽しむにおいてはかなり使える能力だということが分かった。勝率を上げることができるが、確実に勝てるわけでもない。その絶妙なバランスが、麻雀というゲームを楽しむにあたっては個人的にちょうどいいと感じていた。普段の俺の実力では負けがかさんでしまうから、勝てることが増えるとやはり楽しく思うのだ。

 

 この能力以外にも、物の姿を変える能力だったり、殴られても効かない身体だったり、遠くのものを動かせる超能力だったり。色んな能力を俺は、漫画の中で手に入れてきた。

 どれも便利な能力であることは、能力を持っている俺だけでなく、漫画を読んでいる読者たちにも分かっていることだろう。これを持つ漫画の主人公が、主人公として活躍できているのもよくわかる。

 

 だがしかし、そんなバトル漫画の主人公たちには無縁の、現実世界での苦しみというものがいくつか存在する。

 

 例えば、虫歯。日常生活で誰しもがなる可能性のある虫歯に、バトル漫画の主人公たちはほぼならない。当然だ、敵に殴られ歯が抜けても、いつの間にかまた生えて平然としている人たちだから。

 例えば、巻き爪。足の親指の爪が曲がって皮膚に食い込み苦しむ主人公を、俺は一度も見たことが無い。当然だ、そんな主人公たちの姿を、誰も求めていないのだから。

 

 何が言いたいのかというと、こういうささいなストレスが、日常生活にはあるよねって話だ。そしてそのようなストレスは、主人公たちが得る王道的な能力では、どうすることもできないのである。

 

 ということで次に俺が入る漫画に求めるのは、健康、である。

 大抵の男は願いが叶うとなると、力や金、女などを求めるが、健康もまたそれらに次いで求められるものの一つであろう。もし俺が不治の病に罹っているといて、医療が発達している世界の漫画に入れば、それを治すことだって不可能ではないかもしれない。

 

 幸い俺は重い病気などは持っていないので、今回は単に、よりよい健康のみを求めることにする。

 となると俺が行くべきなのは、医療の発達している漫画ではない。食事などの際に、大げさなリアクションシーンがあるグルメ漫画のような作品だ。

 

 『鉄鍋のジャン!』などには、食べると体の不調をすべて治す薬膳料理のスペシャリストがいるし、『ジョジョの奇妙な冒険第四部』には、虫歯や肩こりまでも治してしまえるイタリア料理を出す店もある。

 『食戟のソーマ』や『焼きたて!ジャぱん』は少々毛色が違うが、あれらもリアクション料理漫画だ、健康になれる料理だってきっとあるに違いない。

 

 そんなこんなでいろいろ考えてみた結果、ジャンプでやっていた人気漫画、『トリコ』の中に入ることに俺は決めた。

 

 トリコは、食というテーマを持ちながら、ジャンプらしく闘いなども練りこんだ、痛快グルメアクション漫画である。

 世界中に美味な食材がわんさかあふれるグルメ時代という独特の世界観を持つこの漫画は、現実に存在しない理想的で魅力的な食材たちが普通に存在するのだ。

 いくらリアクションがすごかろうと、現実の延長線に過ぎない食材を使っている普通の料理漫画よりかは、このようなファンタジーな世界のほうが期待できると考えた。

 

 懸念としては、現実と比べて危険な生物がたくさん存在している世界だということ。だがこれも、超能力を身につけた今、何とか対処くらいはできるだろう。町には力のない一般人であふれているのだから、そもそもそんな危険な目には遭わないと思う。

 

 万が一のため超能力の身体強化のおさらいをひと通りしたのち、トリコの世界に入るとする。

 場面は、主人公のトリコが自宅のそばの池で釣りをしているところから始まった。釣竿の先についている餌のバッタが、おおよそ現実には存在しえないだろう大きさで浮いている。

 

 さて、のんびりしてはいられない。このままできもしない釣りに興じていると、この獲物の肉を獲ってきてほしいと依頼人が訪れることとなる。本編のルートに入ってしまう前に、別の場面に移らなくては。

 

 ということでこの場所を離れ、町に繰り出すことにする。その後、案内板やら聞き込みやらで道を探しつつ交通機関を乗り継いで、目的の国を目指していく。

 半日ほどかけてようやくたどり着いたのが、癒しの国ライフという目的地。原作だと十巻を超えたあたりで訪れる場所で、スタート地点から結構離れていたために時間がかかった。頑張った、俺。

 

 癒しの国はその名の通り、体に癒しを与えるような健康な食材や施設にあふれた国である。ここでなら俺の目的も果たされることだろう。そう考えさっそく街を歩き回る。

 

 まず目についたのは、原作でもあった針治療の店。サボテンドクターというベッドの形をしたサボテンに寝転べば、針が正確に全身のツボを刺して、血流や体の気の流れを整えてくれるというもの。

 一回二千円ということで、やってみる。金は、グルメクレジットというブラックカードみたいなものを持っていたのでそれを使った。ちなみにここまで来るための移動費にも使っている。

 

 針治療というのを受けるのは初めてだったが、これが案外気持ちよかった。刺されたところが熱を帯びて、電気で揉み(ほぐ)されているような感覚だろうか。終わったら、マッサージチェアを堪能した後のように、全身のコリが解消されていた。

 

「……はあああああ~、気持ちよかった……」

 

 背伸びして、思わずそう口に出しつつ次へ向かう。

 近くにドクターフィッシュの泳ぐ温泉というものがあって、入れば全身の悪いところが治るという謳い文句に目を引かれた。詳しく効能を読んでみる。

 

 温泉内を泳ぐドクターフィッシュが、古い角質を食べるように、体内にある病原菌などまで食べてくれるという。その結果健康になるらしい。

 食べた後には細胞が通常状態に戻り、ちょっとした怪我なら治ってしまう。ささくれや口内炎にまで効果アリ。

 

 なんとも便利で都合のいい生物がいたものだが、そういえば原作でも、体の脂肪を吸い取るダイエットフィッシュや、肌の黒ずみを吸い取るメラニングラミーというものがいた。

 それの仲間みたいなものかと俺は納得して、ドクターフィッシュが泳ぐというその温泉に入ってみることにする。地味に温泉などは好きだったりする俺である。

 

 お湯に入る。肩まで浸かると、ドクターフィッシュが体中をつんつんとつついてきて、くすぐったいが気持ちがいい。これでさらに健康になるというのだから、いいことづくめ過ぎると言わざるを得ない。さすがは漫画に出てくる理想の温泉だ。

 

 今の時間帯、他に客はいないらしく、一人でゆっくり羽を伸ばす。これがとても心地よい時間で、油断していると眠ってしまいそうになるから気を引き締める。入浴中に眠ってしまうと、悪魔の実の影響でカナヅチになっているらしい自分はかなり危ない。

 風呂好きなのにどうして悪魔の実を食べたのかと、またしても俺は自分の計画性のなさを恥じる。それなりに思慮深い性格だと自負していたのだが。ある一定を過ぎると途端に面倒に感じ始める性根のせいだろう。

 

 効能以前の温泉環境に大満足しながら脱衣所を出ると、あたりにいい匂いが漂っている。屋台がそこかしこに広がっているようだ。

 

 考えてみれば、ここはグルメ漫画の世界である。もともと体ににいいものを食べて健康になろうと思っていたのに、それ以外で体の調子を整えていたので忘れていた。目的は既に達せられているのだが、せっかくだしなにか美味しいものでも食べていきたいところ。

 

 風呂に入っていたから喉が渇いたなと飲み物が欲しいと考えていたら、レモンジュースの屋台があった。

 このレモンから絞られたお酢を飲むと、身体がとても柔らかくなるという、通称レモン柔酢(ジュース)。飲んでみると、炭酸のジュースのようで美味しかった。針治療や温泉で解れていた身体がさらに柔らかくなった気がする。このままブリッジとかできそう。やらないが。

 

 さらに歩いてみたところ、(もも)肉のから揚げというものが売っている。

 人間には、持久力に優れた赤筋と、パワーに優れた白筋がある。しかしこの肉を食べたら、赤筋と白筋どちらも兼ね備えた筋肉である桃色筋肉が身につくという。

 これもいいな、ということで買って食べた。ジューシィで美味しい。レモンジュースにも合う。

 

 しかしこの世界、グルメ時代という世界観のせいか、屋台で出てくる量が多いこと多いこと。から揚げとレモンジュースだけでもうお腹がいっぱいになってしまった。

 体が柔らかくなるジュースと、いい筋肉が身につくからあげ。それだけでも十分いいものを食べた気がするので、現実に戻ることにする。

 

 現実に戻る。変わらず満腹状態だったのだが、そこでふと俺はあることに気づく。漫画の世界から物は持ち帰れないはずだが、腹に入れてしまえば持ち帰ることが可能になっているのではないかと。

 

 だが、しばらく考えてみたのだが、そうまでして現実に持ち帰りたい道具というのが思いつかなくて、このアイディアが実行されることは無かった。

 

 

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