漫画の中に入れたら   作:佐藤秋

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最終話

 

 漫画内の道具で魅力的なものが見つからなかろうと、近未来的世界観の漫画にさえ入れば、不思議な道具なんて山ほどあるに違いない。

 仮に俺が飲み込めない大きさの道具だったとしても、変える力を使えば小さくすることだってできる。そうすれば飲み込むことは可能だろう。

 

 そういう発想を思いついてなお、俺は漫画内からなにかしら不思議な道具を持ち帰ることはしなかった。

 それだけではない。新しくなにかしらの能力を手に入れるべく、別の漫画に入ることもしなくなった。

 

 考えてみると、実に俺は、様々な能力を手に入れたものだ。

 変える能力。ゴムの身体。悪い女に好かれる能力。超能力。確率を操作する能力。

 

 こうして書いてみると少ないかもしれないが、漫画の主人公とかならいざ知らず、現実世界に生きる自分としては、一つでもう十分すぎる能力だ。それが五つもあるのだから、お腹はもう一杯である。

 

 これ以上新しい能力を得てもしょうがないなと、俺は考えるようになった。

 だいいち、新しい能力を得るためには漫画に入らなければならない。漫画の中に入ると、現実の時間は止まってしまう。時間が止まると、新しい漫画だって発売されない。それは俺にとっては望ましくないことだった。

 

 当然、現実を生きる身としては、まだまだやりたい欲はある。

 しかし、眠り足りないと思うのなら、カイジの世界に入ってホテルで二度寝すればいい。美味しいものを食べたいと思うのなら、トリコの世界に行けばいい。

 そんなちょっとしたことで、俺の持つ欲というものは、ほとんど満たされてしまうのであった。

 強いて言うなら性欲のみ満たせてないのだが、手軽に満たせる漫画が無い以上諦めた。残念だが、まあがっついて探すようなものでもない。本当に残念ではあるのだが。

 

 

 

 そうして、漫画の中に入ることは少なくなりつつ、現実世界を過ごしていく。人よりちょっとだけ違う能力が身についていることに内心で優越感を覚えるためか、前よりも人づきあいが明るくなった気がする。漫画の中に入らなくても、人生を楽しく感じるようになった。

 

 そんなこんなで日々を過ごし、いつしか大学も卒業した。院にはいかず、そのまま近くの会社に就職する。たまに漫画内で美味しいものを食べるために食費が押さえられ、卒業するころにはそれなりにお金も貯まっていた。

 

 働く生活というのは、あまり楽しいものではなかった。正直な話、働かなくても身についた能力をうまく使えば、金は稼げるし生きていけるだろう。

 それこそ、趣味の麻雀さえやっていれば、金は増えていくはずだ。勝つ確率を増やせば、期待値は支出額を上回るのだから。

 

 仕事を辞めても生活には困らない。いつでも仕事を辞められる。ムカつく上司がいても、超能力をこっそり使えば仕返しができる。

 そう考えていると心にも余裕が生まれるようで、一年、二年と時が過ぎても、仕事を辞めることはなかった。それどころか、続けるうちに慣れというものができて、次第に仕事を楽だと感じるようになり、辞める気はどんどんなくなっていった。

 

 ただ、慣れたとはいっても、別段人と比べて仕事がよくできるわけでもないので、スピード出世などはできていない。

 その代わり、人間関係は人生で一番良好だった。これは、俺が持っている能力に関するものが大きい。

 

 トリコの世界でタダで飯を食べられるぶん、俺が食費にかけるお金は少ない。そのことが、他と比べてズルいなと考えていた俺は、後輩や同僚と行く昼飯だったり、たまに開かれる飲み会だったりで、多めに金を出すことにしている。

 人間というのは現金なもので、自分を損させない相手を簡単に好む。食事をおごる俺もそれに該当するらしく、それで俺に対する評価が上がっているようだった。

 

 また、変える力を持っている俺は、他人がちょっとしたことで必要な小物を瞬時に作り出すことができる。例えば、爪切りとか、穴あけパンチだとか。そういうものを探す時間がかからないのはありがたいようで、準備のいい男だという認識が広まっている。

 

 更には、ムードメーカーと呼ばれるようにもなった。仕事ができるわけではないが、俺がいると仕事効率があがるとかなんとか。接待のゴルフや麻雀でも俺と一緒だと調子がいいなどと上司も(のたま)う。

 これはムードメーカーなわけではなく、確率操作で仕事効率や上司の勝率をコントロールしているだけなのだが、あえて言うまい。どうせ信じてもらえない。

 能力を使うのは、巡り巡って俺が楽をするためである。周囲の人がたくさん仕事ができるなら、そのぶん俺は楽になる。上司に気に入られれば、さらに楽だ。

 俺の能力が周囲の助けになっているのも事実なので、ウィンウィンの関係というやつだろう。

 

「先輩、昼飯食いに行きましょう!」

「おー。途中コンビニ寄っていい?」

 

 そして今日も、後輩と一緒に飯を食いに行く。後輩から誘ってきたので奢ることは無いだろうから、その代わりコンビニで何かを買ってやるつもり。

 

「先輩、コンビニ好きっすね」

「近代麻雀がそろそろ置いてあるころでな」

 

 近代麻雀は、麻雀漫画が乗っている雑誌のこと。コンビニは、だいたい毎日なにかしらの漫画雑誌を置いてくれる。今日は近代麻雀の日であった。

 趣味の漫画は今でもこうして読んでいる。ちなみに麻雀友達のタケマサくんとは、今でもたまに一緒に雀荘に行ったりする仲である。

 

 やはり漫画というのはいい。読んでいると、現実とは違う世界が描かれていて、面白くもあり刺激的だ。

 こういう世界に行けたらなと、この歳になっても未だに思う。まあ、限定的ではあるが、漫画の中に入れる能力を持っているのだけど。

 

 だけどやっぱり、現実と漫画は違うよなあ。そう俺は頭で考えた。

 漫画の中に入れても、漫画のようにうまくいくとは限らない。所詮俺がいるところはどこまでいっても、それこそ漫画の中に入っても、現実なのは変わらないのだから。

 漫画に出てくる主人公の能力を得たところで、漫画のように使う見せ場がある機会なんてそうそう訪れない。現実では、妙に縛りのある能力を、小ズルく使って終りである。現に今の俺がそんな感じだ。

 

 現実と漫画は違う。でも、だからこそ漫画は面白い。

 漫画の中に入る能力を得て、漫画の中に出てくる人物のような能力を手に入れてもなお、漫画は卒業できる気がしない。現実と違うのが漫画の魅力なのだから。

 

「あ、それ、買ったんすね先輩。じゃあ後でアカギ読ませてくださいよ」

「アカギはもう終わったぞ」

「うそっ!?」

 

 コンビニから出て、後輩とともに昼飯の店を探して歩く。

 飯時のせいか、コンビニには人が多かった。また、こうして歩いている道にも人が多い。ちらほらと学生が何人か見えて、午後は休みにでもなったのだろうかと考えた。

 

「ねえねえ君、もう学校終わったの? これから暇なら、俺たちと一緒に遊ばない?」

 

 若者たちが、帰り道の女子高生に話しかけてナンパしている。こんな往来で堂々と話しかける男が今の時代にもいたのかと、驚いたうえで感動した。俺が学生のときはできなかったし、今だってきっとできないだろう。

 

 そんな若者たちの勇気を完全に無視して、その少女はそのまま歩き過ぎようとしている。

 失敗か。残念だったな少年。顔が好みじゃなかったんだろう。

 なんてことを考えていると、若者の一人が待ってよと女子高生の肩をつかむ。瞬間、少女の回し蹴りが炸裂した。

 

 いきなりの展開に、俺も含めてこの場にいる全員が驚いた。なんだあの子、すげえ。格闘技でもやっているのか。

 それはさておき、蹴られたと気づいた若者たちが、憤慨して少女の腕をつかんで引っ張っている。振りほどこうとしているようなのだが、男に力で敵うはずもなく少女は掴まれた腕から逃げ出せない。

 

「まあまあ。お互いこれっきりにしたらいいんじゃない?」

 

 穏やかじゃない雰囲気になってきたなと思い、俺は間に入ってそう言った。後輩が遠くで、マジかよという顔をしながらこちらを見ている。俺も自分でマジかよと思う。

 

「ほら、手も放して。ね」

 

 握っていた手を放させると、部外者が入ってきたことで冷静になったのか、若者たちはこれ以上突っかかることなく去って行った。

 

 少女を見てみると、きょとんという顔をしている。知らないうちになんとかなったことに驚いているようだった。

 それでもその後、助けられたのだと判断したらしく、ぺこりと俺に頭を下げた。

 

「……びっくりした~。いきなり声をかけてくるなんて、こんな漫画みたいなことあるんですねー」

 

 若者たちのことを思い出しながら、少女は言った。

 

 俺は、先ほどの少女の見事な回し蹴りを思い出す。そしてしみじみと、思ったことを口にした。

 

「俺もそう思うよ」

 

 





俺たちの戦いはこれからだ!

終わりです。ありがとうございました。平均文字数は狙ってました。
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