漫画の中に入れたら   作:佐藤秋

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2 金色のガッシュ

 

 何が起きた?

 今から金色のガッシュの一巻を読み返そうと思っていたのに、手元に持っていた漫画は無くなっていて、俺はベッドに寝そべっている。

 窓からは朝日が差し込んできており、午前九時とは思えない明るさになっている。

 そして何より気になるのは、ここが俺の部屋ではなくなっていることだ。いったい何が起きている。

 

 仰向けに寝ている俺。朝日が差し込む窓。見慣れない部屋の机の上で開かれている難しそうな本。

 これらを見て、俺に一つだけ思い当たるものがあった。

 先ほど開いた金色のガッシュの一巻。その冒頭ページにいた、主人公・清麿の状況にそっくりなのだ。

 

「コラー! そろそろおきなさい!!」

 

 部屋のドアが叩かれ、母親らしき女性の声が聞こえてくる。そうだ、このシーンもガッシュの最初にあったはず。頭が良すぎて周囲から浮いている清麿は学校に行きたがらず、母親に学校に行くようせっつかれるのだ。

 

「清麿! 早く起きてご飯食べなさい! 聞いてるの!?」

「き、聞こえてるよ!」

 

 ドンドンと叩かれるドアと、その先にいる人物の怒っている様子が恐ろしくて、とっさに俺はそう返事した。

 実際のシーンで清麿はこれを無視し、さらに怒る母親に、やかましいと言い放つ。ニートや引きこもりががよくやってるようなワンシーンだが、実際ドアを叩かれると俺には無視なんてできそうにない。

 

 ドアを叩く音がやむ。

 

「もう! だったら早く下りてきなさい! いいわね!」

「は、はーい……」

「待ってるわよ! ……なんだか、今日の清麿は少し素直ね」

 

 どうやら清麿の母親は、俺の声を清麿だと勘違いしたようだ。階段を下りる音が聞こえてくる。

 いや、そもそも勘違いしているのか? もしかして、今は俺が清麿なんじゃ……

 そう思い自分の手足を見てみたが、毎日見覚えのある自分の一部だ。太くもないが、これといった筋肉もない。文科系の体つき。

 また、窓ガラスに映る自分も自分のものだ。

 

「は、はは……まだ夢の中だったみたい」

 

 夢の中で目を覚ます。なにやらコマーシャルに出てくる一節のような言い回しだが、そういう夢も見たことがないわけでもない。高校三年生の受験のときにも見たことがある。

 今回もそれだと考えた。明晰夢を見た後起きたと思ったが、あれも夢の中だったというわけだ。つまり今も夢の中。明晰夢の続きである。

 

 夢から目覚める方法と言えば、頬をつねると相場は決まっている。また明晰夢を見ているというのにもったいないが、今は好きな夢を見るよりも目を覚ましたい気分だった。というか、あまりにこの夢は現実のように思えて怖くなったのだ。

 

 頬をつねる。目覚めない。

 頬を引っ張る。目覚めない。

 頬を叩く。目覚めない。

 あまりに目覚めなすぎて俺は焦った。

 

「早く起きろ! 目を覚ませ! ああもう、戻れ!」

 

 そう大声で言って自分の頬を両手で叩く。

 痛みをこらえて閉じていた眼を開けると、そこは自分の部屋だった。

 手には金色のガッシュの一巻。人差し指が最初のページに挟まっている。

 

 夢から覚めた? いや、そう言うよりも。

 漫画の中から戻ってきた? つまり、夢を見ているわけではなかったのか?

 

 もしかして、俺が二次元に入りたいと思ったからガッシュの世界に入っていて、たった今戻ってきたのだろうか?

 そう考えて、恐る恐るもう一度、ガッシュの世界に入るべく手を伸ばす。

 すると全身が吸い込まれて、再び別の部屋に出た。戻れと叫んで両手で頬を叩き、目を開けると自分の部屋に戻ってきていた。

 

 確定だ!

 夢じゃなかった!

 もしかすると、最初に見た明晰夢も夢じゃなかったのかもしれない。あの白い人影は何かしら超常的な存在で、俺に二次元に入る能力を授けてくれたのだ。

 

 こうしちゃいられない。まさしく夢にまで見た、特殊な力が手に入ったのだ。

 今までこういう妄想は何度もしてきた。現実になるとは思っていなかったが、シミュレーションは完璧だ。

 いきなり不思議な力を得たときの心構えは決めている。主に考えるのは以下の二つだ。

 

 一つ目は、絶対に調子に乗ったりしないこと。

 いきなり力を得た人間はその力に溺れてしまう。自分だけを特別だと思わないように。自分が特殊能力を持っているなら、他にも持っている奴は大勢いるだろうと考えて、慎ましく、バレないように生きていくのだ。

 

 そしてもう一つは、能力の内容をしっかり理解しておくことだ。

 何か欠点は存在しないか。副作用なんかは見当たらないか。思い込んでいることは無いか。

 決めつけは重大な失敗につながりうる。

 

 例えば、透明人間になれる能力があったとして、いきなり女湯を覗きに行く馬鹿はいないだろう。

 

 着ている服も透明になるのか。そうだとしたらアクセサリーは。自分が物を持ったらどうなるか。

 鏡やカメラには映るのか。制限時間などは無いか。そもそも本当に透明人間になれているのか。

 

 それらの心配事をすべて解消してから、初めて自由に動けるのだ。 

 そんなことをしているうちに能力を失ってしまうリスクがあるにしても、そうなったらそうなったで普通に戻るだけのこと。見落として犯罪者になることに比べたら全然マシだ。

 

 そう考えた俺は、この『二次元に入る能力』を検証してみることにした。

 本棚に揃っている漫画の、なるべく危険のなさそうなものを片っ端から取り出していく。戦争漫画の世界に入って、いきなり死んだーなんてことがあったら嫌だし当然だろう。

 

 時計を見る。午後の講義が始まるまで、まだ三時間以上ある。

 三時間か。十分に長い時間だが、検証を終えるには短い時間だな。

 わくわくする胸の鼓動を抑えられぬまま、俺は頭の中でそう呟いた。

 

 

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