漫画の中に入れたら   作:佐藤秋

5 / 13
5 MAR

 

 あれから、余ったスターチップはどちらも五百五十万円で売れた。

 カイジの世界で一千万近く稼げた俺は、晴れてカイジのこしらえた借金も無くなり、その世界で自由に生活できるようになった。

 

 適当なホテルに寝泊まりし、個室で変える能力の練習を行う。飯はホテルで用意されるものや、外で食べた。金の心配がないというのはいいものだ。

 また、部屋に引きこもっているのも体に悪いと思い、カイジの世界のジムにも通った。世界観が現実とほとんど同じなので、ホテルもジムも普通に存在していてありがたい。なにより金もたくさんあるわけだし。

 

 ジムなんかはリアルだとまったく行く気が起きないのに、ここにきて行く気になるというのも不思議である。そんな金があったら漫画代にでも使ってしまうのが今までの俺なのだが。まあ、現実の時間が過ぎないことと、有り余る金があるためにこのような選択をしたのだろう。

 

 あまりカイジの世界に入り浸ってしまうのもその世界に染まってしまいそうで、一日は現実で、一日は漫画の中でと交互に過ごす。タケマサくんなどもいるし、現実は現実でいいものなのだ。

 

 そうそう現実で過ごしているときにカイジの漫画を読み返していたのだが、それで二つほど思ったことがあった。

 一つ目は、俺の計画の穴について。

 限定ジャンケンで船井を負かしたあと俺は、残ったパーは、パーを買い占めている連中に売ればいいと考えていた。

 だが、原作でパーを買い占める連中は、カイジがいたからパーを買い占めたのであって、俺になった時点で連中がパーの買い占め行為に走ることは無かったのだ。

 つまりあのまま待っていても、パーを買い占める連中なんて現れない。なんとまあ計画に穴があったことか。

 

 そしてその計画の穴は、偶然に勝負に挑んでくれた男がいたから回避できたわけだが、そこであいこという結果になったのがもう一つの思い当りである。

 あれは、俺の残った一枚のカードを、グーだと勘違いして挑んできたんじゃないだろうか。だからそれに勝つパーを出したつもりが、俺もパーだったからあいこという結果に終わったのだ。

 これは俺の推測であるが、残った俺の一枚のカードは、情報として売りに出されていた。グーだと勘違いしたのは、俺がグーに変えていたから。だから俺に勝負を挑んできた男は、意気揚々とパーのカードを出したのである。

 

 もしかすると、これらの考えは全くの的外れで、すべてが単なる偶然かもしれない。だがもし俺の推測が当たっていたのなら、カードをグーに変えっぱなしにしていたのは僥倖と言わざるを得ないだろう。僥倖……僥倖……ざわっざわっ。

 

 とりあえず今回は助かったが、今後はもっと思慮深くしようと思ったのであった。

 

 さて、現実の世界で数日ほど過ぎ、変える能力もある程度は慣れてきた。となるとそろそろ、別の漫画に入って、新しい能力を欲しいと思ってしまう頃合いである。というか欲しい。

 

 ジムで体を鍛え始めたせいか、手っ取り早く身体能力を高めるものがほしいと思ってしまう。いやもう、その道の人には本当に申し訳ないけれど。楽して筋肉がほしい。楽して丈夫な体がほしい。楽して柔軟な体がほしいのだ。

 

 いま流行りの、異世界に行くような漫画の中に入れたなら簡単に丈夫な体と、それどころかまた別の特殊能力が手に入るのだが、話はそう簡単に行ってはくれない。俺が入れる二次元は漫画のみであり、さらに五大誌に類するものにしか入れないのだから。

 

 そこで俺が次に入ろうと思い至った漫画作品は、安西信行先生の作品の『MAR(メル)』という漫画である。ものすごーく身も蓋もない言い方をしてしまえば、サンデーでやっていた異世界転移系漫画だ。しかし的外れではない表現ではあると思う。

 

 主人公の虎水ギンタは、チビで体力もない、メルヘンの世界を夢見る中学生。その思いが強すぎてメルヘヴンという異世界に召喚された結果、身体能力やら視力が格段に伸びて、敵と闘ったりしちゃうわけだ。どうだ、異世界転移そのものだろう。

 

 最終的にギンタは元の世界に戻ってくるのだが、そのときには視力や身体能力が再び下がるようなことは無かった。それが異世界で修業した結果なのかもしれないが、同様にそうではない可能性だってある。

 

 だから俺もMARの世界に入って異世界に呼ばれて、そのまま帰ってきたらいろいろ強くなることだってあるかもしれない。

 そんな怠惰な希望を胸に、俺はMARの世界に入ろうと思い立ったのだった。

 

「まーたやったなギンの字。寝ぼけて矢沢の授業妨害して、グラウンド走らされるの何回目だ?」

「ホレ! 聖剣ホーリーサンダーフォース。これで矢沢倒しにいこうや」

「あいつ倒すにゃ、身長二倍にしねーとな。牛乳飲め牛乳」

 

 MARの世界に入って早々、クラスメイトにいじられている、俺こと主人公の虎水ギンタ。近くにはヒロインの小雪がいる。

 

 現実ではそれなりに背は高い俺が身長の低さでいじられている理由は、今の俺の姿にあった。俺は黄葉くんの変わる能力で、自身の姿を作中に合うものへと変化させていたのだ。

 別に元の姿のままでも話は構わず進むわけだが、世界観に合わせた姿のほうが展開に変化が起こらず今後を予想しやすいと考えた。

 

 というか、カイジとは違いこの世界にはヒロインがいるのだから、その子との繋がりはできるだけ残しておきたいだろう。そのためにも、主人公らしく振舞うことは大切だ。まずは見た目からということである。

 

 その後もギンタらしく振舞ってMARの世界を進んでいった俺だったが、結論から言うと俺の目論見は失敗に終わった。

 異世界に行っても、現実に戻ってきたら元通りだった、というわけではない。そもそも異世界に行くことができなかったのだ。

 

 ギンタが異世界に召喚されたのは、いつでも異世界のことを考えていたから選ばれたのである。ランダムではなく、しっかり理由があったわけだ。

 そこでギンタが俺になってしまったものだから、異世界の扉は開かれなかったのだ。まさかこういう落とし穴があったとは……しかし予想はできていても回避は難しかっただろう。

 

 アホリズムでは普通に高校に入学できたし、カイジでは普通にエスポワールに乗れていたから油断していた。

 というかアホリズムのあの高校に入学できる条件として、空に浮かぶ島が見えることとかあったんだけど。むしろよく入れたな、俺。

 

 この分だと、今後もこのような見落としが発生するかもしれない。ガッシュで言うと、俺には赤い本が読めない可能性がある。

 やはり主人公には主人公になれるだけの素質があるんだなあ。俺はしみじみそう思った。少年漫画だとなおさらで、主人公には何かしらの素質が存在するのである。

 

 とりあえず、異世界に行けないのならばMARの世界にとどまっておく理由もない。俺は戻ると口にして、現実世界に帰還した。

 期待していた強い肉体は得られなかったので、今日のところはカイジの世界に行って、ジムで体を鍛えることにする。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。