戦姫絶唱シンフォギアCW   作:とりなんこつ

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EPISODE 10 全ての歌に背いて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんなの、アレはッ!」

 

S.O.N.G.本部でもある次世代型巨大潜水艦の甲板でマリアが叫ぶ。

 

「まるでおっきな毛糸玉みたい…」

 

調はそう呟いたが言い得て妙である。

 

無数の飛行型アルカ・ノイズの群れの背後に浮かぶ巨大な円の塊。

 

まるで幾つもの黄金の糸を寄り合わせたような表面は、調の言ったとおり巨大な毛糸玉だ。

 

その毛糸玉からほつれたように伸びた数本の糸が空中で揺れている。太い糸の先端は半透明に霞み、超常の存在であることを声高に主張していた。

 

「…ノイズで空が真っ黒デス…!!」

 

鎌を構えながら切歌の声が緊張で強張る。

 

黄金の毛糸玉を覆い隠すように、今もなおアルカ・ノイズが出現し続けていた。

 

「本部! 聞こえますかッ! ノイズの大群が空を覆っていますッ! 黒は七分の空が三分ですッ!」

 

『ああ、こちらでも確認しているッ! 響くんたちが戻ってくるまで、出来うる限り防衛に努めてくれッ!』

 

弦十郎も、さすがにこちらから打って出ろとは言えない。

 

それほどのノイズがどうして集結しているのか。あの黄金球との関係は存在するのか。

 

見極めなければならないことは多い反面、検討する時間はほとんど与えられていない。

 

しかし、国防という組織の存在意義にかけて、優先すべきは国土と民間人の命だ。

 

『本土の自衛隊にも防衛行動を要請しているッ! 各自、全力を尽くしてくれッ!』

 

「…了解ッ!」

 

マリアとしてはそう答え、己を奮い立たせるしかない。

 

圧倒的多数に対し、こちらは寡兵。

 

だけど、北海道に行った三人たちとも合流出来れば…!

 

「おい、ちょっといいかッ!?」

 

その声に、マリアの頬が微笑を刻む。

 

そうだ、すらりとした肢体に纏うイチイバルも頼もしい、この人がいた。

 

並行世界から来たもう一人の雪音クリスが。

 

「何か提案が!?」

 

「作戦を具申する。アンタたち三人でとにかくノイズを蹴散らしてくれ。射線が開いたのを狙って、あのデカブツはあたしが撃ってみる」

 

マリアは考え込む。

 

巨大だが相手が単独であれば、イガリマやアガートラームの方が分があるのではないか。

 

シュルシャガナ、イチイバルは、本来的に遠距離かつ広域殲滅を得意とするギアだ。

 

「むしろ貴女がノイズを蹴散らして、私か切歌があの巨球に接近戦を挑むのはどうかしら?」

 

素直にそう意見を述べると、並行世界から来たもう一人のクリスは笑った。

 

「ああいう正体不明のやつは、まず遠くから一撃喰らわすのが常道だろう? ロングレンジならあたしの専売特許だぜ」

 

一理ある意見だった。確かに正体不明の物体に迂闊に近づくのは危険を伴う。

 

「…分かったわ。その戦術で行きましょうッ! 切歌、調、それでいいッ!?」

 

「OKデース!」

 

「クリスさん先輩、了解」

 

三人の反応に、異世界のクリスは素直な笑みを浮かべた。

 

「感謝する」

 

言うが早いがミサイルを生成。すかさず飛び乗って空へと向かう。

 

「…お礼を言われるほどのことじゃないデスけどね」

 

「クリスさん先輩はとっても謙虚…」

 

思い返せば、二人の台詞は何かしらの違和感に基づくものだったのかも知れない。

 

しかしマリアは勢いよく二人を()かす。

 

「ほらッ、遅れないで! 続くわよッ!」

 

あのクリスの申し出は、至極真っ当なものだろう。

 

にも関わらず、実はマリアも言いようのない不安を覚えている。

 

だが、二人の前でそれを口に出すことはためらわれた。

 

いたずらに二人を不安がらせてしまうことは、彼女自身が許さない。

 

 

 

 

 

 

 

北海道を飛び立ったS.O.N.G.の移送用ヘリは一路東京を目指す。

 

乗り込んだ装者たちも、東京湾に出現した膨大なアルカ・ノイズの群れをモニター越しに確認していた。

 

「なんという数だ…ッ!!」

 

呻く翼。

 

「マリアさん、調ちゃん、切歌ちゃん、クリスさん! すぐに行くから頑張って!」

 

拳を握りハラハラとモニターを見つめながら、響はインカムに叫び続けている。

 

そしてクリスは、モニターの巨大物体を眼にした途端、言い知れぬ既視感に襲われていた。

 

もちろんあんな奇妙なものを見たことなんてない。

 

しかし―――。

 

どくん、と心臓が跳ねる。

 

「…クリスちゃん、大丈夫?」

 

「ああ、なんでもねえよ」

 

よろめき壁に手をつきながらクリスは言い返す。

 

急に視界がぐるぐると回ったかと思ったら、身体まで火照ってきた。

 

額に汗が滲み、鼓動はどんどん早くなる。

 

一体、何だってんだ?

 

服の上から胸に手を当て、精一杯呼吸を整えようとするが、動悸は早まるばかり。

 

荒い呼吸を繰り返しながら、それでもクリスはモニターを見つめた。

 

画面の中で、イガルマの大鎌とシュルシャガナの鋸刃が旋回し、無数のノイズを蹴散らす。

 

薄くなったノイズの群れを、銀の閃光が道を刻むように駆け抜けていく。

 

その後を追いかけるように飛翔する真紅のギアは、異世界より来たもう一人の自分だ。

 

縦横に宙を舞い、アームドギアを撃ち放つ。

 

そのたびに襲われる眩暈。

 

不意にクリスは思う。

 

これってもしかして、もう一人のあたしと感覚が共有されているのか?

 

はっ、そんな馬鹿な…。

 

しかし、そう意識した途端、今度はドクンと全身が跳ねた。

 

自分の身体がここにあるのに、何処かにぶれていくような感覚。

 

続いて溺れそうなほどの悲しみが胸底から溢れ出す。

 

後悔、悔恨、憐憫、自責。

 

込み上げてくるあらゆる悲しみの感情が渦を巻き、こちらまで呑みこまれそうだ。

 

悲哀の大波に、思わず涙を零してしまうクリスだったが、溢れ出る感情はそれだけには留まらない。

 

胸の中に赤い閃光が走った。

 

悲しみの海を叩き割り、溢れ出す感情。

 

溶岩のように過熱で激烈な真紅の感情。

 

これは―――怒り?

 

暴風のように荒れ狂う怒りが全てを飲みこんでいく。

 

その熱量で、悲しみの海すら干上がらせていく。

 

乾き果てた大地でなお燃えさかる炎。

 

それはまるで己すら焼き尽くそうとする灼熱の業火。

 

早鐘のように脈打つ鼓動。

 

磨り潰さんばかりに奥歯を噛みしめ、それでもクリスはその言葉で唇をこじ開けた。

 

「………()めろ」

 

「…クリスちゃん?」

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスの絶叫は、東京湾で戦う装者たちへも届く。

 

「…ちッ」

 

通信を聞き、軽く舌打ちをする異世界クリスの前に、二つのギアが立ち塞がる。

 

女神ザババが振るいし紅刃と碧刃。

 

「おいおい、なんのつもりだ?」

 

「…クリス先輩の声が聞こえたデス」

 

二人の装者に、異世界クリスはおどけたように笑いかけた。

 

「あたしだって仲間だろ? なのに邪魔する気か?」

 

切歌、調はお互いの顔を見合わせて、

 

「クリスさん先輩も仲間だと思ってるデスよ?」

 

「でも、クリス先輩があんな声を出したのは、無視できません」

 

「これだけノイズがいるってのに、あたしは動くなってのか?」

 

「響さんたちが来るまで、大人しくしてくださいデス」

 

「それまで、わたしと切ちゃんでなんとかします」

 

「そうかい―――残念だ」

 

いうが早いが、異世界クリスは銃弾を放つ。

 

ハッとして振り返る切歌と調。

 

今まさに二人の背後から襲いかかろうとしていたノイズは三体まとめて消し飛んだ。

 

「クリスさん先輩―――」

 

ホバリングしていた切歌と調が思わず気を緩めた瞬間、今度は彼女たちが吹き飛ぶ。

 

海面に叩き付けられ、盛大な水しぶきを上げる二人に、マリアは憤怒の形相を浮かべた。

 

「貴女は――ッ!!!」

 

アガートラームが煌めく。

 

強烈無比な突進で襲い来る銀の刃を受け止めて、異世界クリスは平然とうそぶいた。

 

「あたしにかかずり合っていていいのかい? あっちの二人の方へノイズが行くぜ?」

 

「くッ! 貴女はいったい何を考えているのッ!?」

 

答えはない。同時に、異世界クリスの指摘も無視できるものではない。

 

海面にようやく顔を出した切歌、調だったが、ダメージのせいか浮かんでいるだけで精いっぱいの様子。二人ともイチイバルの零距離射撃を完全に不意打ちで喰らっていた。

 

「…説明なんていらないわ。でも、私は絶対に貴女を許さないッ!」

 

言い置いて、マリアは身を翻し海面へ飛ぶ。

 

家族よりも大切な二人の仲間へ群がるノイズを、次々と切り裂いていく。

 

「そうだ、それでいい」

 

マリアを見送って呟くと、異世界クリスはすかさずイチイバルの一斉射。

 

空を覆っていたノイズは討ち散らかされ、先ほどまでのマリアら三人の奮闘もあり、切り裂いたような道が出来上がっている。

 

謎の黄金球までに至る道が。

 

「…行くぜッ!」

 

異世界クリスが空へ向かい加速しようとした刹那、風切音が耳をつんざいた。

 

続いて、聞きなれた声が断続して飛んでくる。

 

「ク・リ・ス・さ~んッッッ!!」

 

「ッッ!?」

 

懐に凄まじい衝撃を喰らい息が詰まる。

 

その正体は、ほとんど体当たりする格好で抱きついてきたガングニールを纏った響。

 

バカなッ! 来るのが速すぎるッ!

 

半瞬遅れて追いかけてきた爆発音の連鎖に、異世界クリスは真相を悟る。

 

MEGA DETH INFINITYのミサイル12機を束ねて射出。途中で連続で爆発させてブースターにしやがったのかッ!

 

抱きつかれた勢いそのままに、二人はもつれたまま海面を跳ね回った。

 

「がはッ!」

 

衝撃に異世界クリスは呻く。

 

今度はこちらが完全に不意打ちを喰らった格好だ。さすがにすぐには立ち上がれない。

 

ところが不意打ちを喰らわせたほうの響はスクッと海面に立つと、

 

「ごめんね、クリスさん。クリスちゃんのお願いだから…」

 

「相変わらず頑丈なやつだな…」

 

蹲ったままの異世界クリスに、響は照れたように笑い、それからキッと空を見上げた。

 

「よく分からないけれど、あれが原因なんだね」

 

「………」

 

「あれのせいで、クリスさんもクリスちゃんも揉めてるんだよね?」

 

「…ああ、そうかもな」

 

異世界クリスは曖昧に頷く。

 

「だったらッ!」

 

天を衝くような水柱が上がる。拳を構えた響が空を翔けあがっていく。

 

「わたしが、全部ぶっ飛ばす!」

 

一筋の閃光にように黄金球を目指して飛ぶガングニール。

 

幾多の聖遺物を屠り、三千世界の神すら滅ぼす力を秘める、伝承伝説で鎧われたシンフォギア。

 

その拳が向かう先に誰もが何かしらの結末を予想し―――次の瞬間その背中が爆発した。

 

たちまち失速した神殺しの槍は、母なる海を目がけて真っ逆さまに落ちて行く。

 

「な、なんで…?」

 

墜落しながら、信じられないものでも見たような表情を浮かべる響。

 

痛みに歪んだ視線の先は、自分に向けられたままのイチイバルの銃口を凝視している。

 

「悪いな。あれはあくまであたしの獲物だ…ッ!」

 

異世界クリスは立ち上がる。

 

いま一度孤空の道を目指そうと力を込め―――断念せざるを得ない。

 

「…今度は真打の登場ってか」

 

ギリリと歯噛みを漏らす彼女の視線の先。

 

剣の名を持つシンフォギアが蒼い翼を広げていた。

 

 

 

 

東京湾上空で対峙する、赤と青のシンフォギア。

 

青のシンフォギア装者、風鳴翼が吠える。

 

「道理は訊かぬ。おまえなりの秘めた目的もあろう。だが、立花たち仲間を傷つけたことは看過できんッ!」

 

「ひでぇな。アンタまであたしを仲間だと認めてくんないのかい?」

 

「よくもいけしゃあしゃあと! 寝言はベッドでゆっくり聞かせてもらおうッ!」

 

「あたしの相手をしている間にも、ノイズがヤバいぜ?」

 

「おまえを制し、おっつけ防人の務めを果たすだけだ。何も問題ないッ!」

 

言い切るが早いが、翼は天羽々斬を振う。

 

研ぎ澄まされた切っ先から閃光が迸る。

 

衝撃に海面が切り裂かれ、半瞬遅れて水柱が追随した。

 

一方の異世界クリスも素早く後ろへと飛び退き、態勢を立て直す。

 

すかさず追いすがり斬撃を繰り出す天羽々斬。

 

かわし、受け止め、銃弾で応戦するイチイバル。

 

両名とも海面上空のギリギリをギアの力で浮揚。

 

飛び跳ね、退き、入れ替わる。そのたびに上がる水柱。

 

一見、氷上をスケートで滑るように優雅にさえ見えたが、交わされる剣戟と銃声の音は尋常ではない。

 

だけど、少なくともあの(つるぎ)の優位は変わらない…!!

 

墜落した響を助け起こしながらマリアは確信を抱いている。

 

現在S.O.N.G.が有するシンフォギア装者の中で、適合者としてもっても長い戦歴を誇るのは、風鳴翼その人だ。技量や安定性も他の装者に比して頭一つは図抜けている。

 

加えて彼女の使用する天羽々斬も、形状から近距離戦で抜群の性能を発揮するのはもちろん、中間距離でも相当の攻撃能力を持つ。

 

対してイチイバルは中長距離戦闘に特化したギアである。

 

天羽々斬とイチイバル。接近戦ではどう考えても前者に分があるはずだ。

 

そのはずなのに―――。

 

「…翼さんが押されている?!」

 

マリアの肩を借りながら、響が目を剥いた。

 

思わずマリアも見直す中、二人の接戦は苛烈さを増していく。

 

近距離における縦横無尽の剣舞に、両足のブースターすら斬撃として活用する機動力が天羽々斬の強みだ。

 

対して銃火器を主体とするイチイバルは、どうしても狙点を定めて射出するというツーアクションが必要となる。

 

銃弾にほとんと限りがない、というのがイチイバルの強みでもあるが、どうしても接近戦では他のギアの後塵を拝むことが多い。

 

にも関わらず、目前で展開する天羽々斬とイチイバルの戦闘は互角。いや、響の指摘するとおり、風鳴翼が押されていた。

 

天羽々斬の斬撃はいつも以上の鋭さ。

 

対して異世界クリスはしなやかな動きで攻撃を捌く。

 

しかも絶妙な位置から牽制の銃弾を放たれれば、翼の踏み込みが甘くならざるを得ない。

 

コンマ何秒という短い失速と躊躇の隙をつき、逆に異世界クリスが攻め立てる。

 

「…間合いが噛みあってないッ!?」

 

マリアがそう喝破した瞬間、異世界クリスの長い足が旋回した。

 

かわす翼に、振り抜いた足の勢いそのままに密着。

 

「くッ!」

 

どうにか間合いを取ろうと下がった天羽々斬に、予想以上に伸びた腕からイチイバルの銃口が追いすがる。

 

発砲。衝撃。

 

連続した水柱が上がったあと、風鳴翼はその場に崩れ堕ちていた。

 

彼女が見舞われたのは切歌や調が食らった零距離射撃の一撃と同じ。

 

「…間合いが違うだけでここまで狂わされるとは…。不覚…ッ」

 

うつ伏せで呻く翼を、異世界クリスは見下ろしている。

 

「こっちのあたしとの模擬戦はバッチリだったろうけどな。生憎、あたしはあっちの世界の翼さんと仕合って来てるんだよ」

 

翼には対イチイバル戦のノウハウはあった。だが、それはあくまでこちらの世界のクリスが纏っている場合に過ぎない。

 

ところが平行世界からやってきたクリスは、手足の長さからして違う。いくら纏うギアは同じでも、リーチが違えば戦闘スタイルそのものさえ変化してしまう。翼が辛酸をなめる結果へと繋がった理由だった。

 

「あっちの翼さんとほとんど戦闘スタイルが変わらなくて助かったぜ」

 

「…よもや私との手合せを断ってきたのも、今日のための布石なのかッ!?」

 

答えず、異世界クリスは空を見上げる。

 

減ったはずのノイズが再び集結し、空の道を閉ざそうとしていた。

 

三たび空を目指すイチイバルを、止められる装者はもういない。

 

―――いや、一人だけいた。

 

もう一つのイチイバルの装者。こちらの世界の雪音クリスが。

 

だが、今のクリスは、移送用ヘリに搭乗しようやく東京湾に達したところ。

 

響と翼をミサイルで射出して疲弊したこともあったが、彼女は今なお感情の奔流に晒されていた。

 

これは半ば精神攻撃に晒されているようなもので、ギアとの適合率も格段に落ちてしまっている。

 

S.O.N.G.の制服姿のままクリスは叫ぶ。

 

「アイツ、何をしようとしているんだ…ッ!?」

 

ヘリの搭乗口から身を乗り出し、空へと昇る異世界のイチイバルへと目を凝らす。

 

視界がシンクロするのも継続中で、もう一人のクリスが例の黄金球を見据えているのも分かった。

 

宙で腰を落とし、構えるイチイバル。

 

対戦車ライフルに似たフォルムを持つ長距離狙撃形態へとギアが変化していく。

 

銃弾が装填されるように、またもや膨大な感情が流れ込んでくる。

 

激しい怒りはそのままに、漂ってくるは畏れと諦観。

 

もう一人の自分が何をしようとしているのか理解し、クリスは戦慄する。

 

「絶唱……」

 

シンフォギア装者の命を燃やす絶唱。アームドギアを介して放たれるその威力は比類なく、同時にそのフィードバックは使用者の命を脅かしかねない。

 

だが、クリスには分かる。同じギアを纏うクリスだからこそ、分かる。

 

今、もう一人の自分は放とうとしているのは、ただの絶唱ではない。

 

かつてキャロル・マールス・ディーンハイムが自らの想い出を全て焼却しその力を高めたように。

 

己が命を全て燃やし尽くす覚悟で放たれる絶唱とその意味は―――。

 

「アイツ、死ぬつもりかよッ!?」

 

クリスはヘリから飛び降りる。

 

聖詠。

 

イチイバルを纏い、もう一人の自分の居る方向へと飛ぶ。

 

だが、間に合わない。

 

その時、ズキンと鋭い痛みは頭を襲う。

 

まるでギャラルホルンのアラートのような音が痛みとともに鳴り響く。

 

痛みで顔を顰めながらも、クリスは飛ぶ。

 

アイツを死なせたくない。

 

同時に、痛みととも天啓に似たものが全身を貫く。

 

痛みは声となって囁いた。

 

 

 

あれに手を出させてはいけない。あたしに、あれを壊させてはならない―――。

 

 

 

クリスの見据えた先には黄金球。

 

二人のクリスは、まったく同じ目標を見つめている。

 

 

 

 

 

あれを壊す。そのために、あたしはここに来た。

 

異世界から来たクリスは絶唱を放つ。

 

 

 

 

あれを壊させない。…じゃあ、どうすればいいッ!?

 

そしてまた、こちらの世界のクリスも絶唱を放った。

 

 

 

 

同じシンフォギアから放たれた二つの絶唱。

 

一つは中空に浮かぶ謎の黄金球を目指し。

 

片やもう一つは、それに追いつき、阻止するかのように斜角を描く。

 

 

 

ノイズで染まる空に、二条の絶唱が交錯する。

 

 

 

 

 

 

 

「ッッ! 全員、衝撃に備えろ!」

 

翼は他の装者全員にそう命じた。自らも身を丸め、衝撃に備える。

 

攻撃指向性を持つ絶唱と絶唱がぶつかるのだ。

 

どれほどの破壊力を持つか想像すらできない。

 

マリアは切歌と調に覆いかぶさり、響も顔の前で両腕を交差する。

 

そして―――。

 

「……?」

 

翼は顔を上げる。

 

黄金球は健在。

 

だが、確かに絶唱は放たれたはず。

 

いまなおノイズの浮かぶ空にうかぶくっきりとした二筋の線。あれが何よりの証拠だ。

 

しかし、絶唱と絶唱がぶつかったときに生じるであろうと予想された衝撃は何もない。

 

一体何が起きたのか?

 

装者の誰もが怪訝な表情で空を見上げるなか、二つの人影が堕ちてくる。

 

「雪音!」

 

「クリスさん!」

 

それぞれを、翼と響が受け止めた。

 

「良かった、生きているみたいッ」

 

「だが、このままでは…!」

 

引くか。それとも。

 

『全員無事かッ!?』

 

指令本部からの通信。

 

「全員健在です。ですが、二人の雪音は至急治療が必要な状態で…』

 

『それはこちらも把握している。止むを得ん。全員本部へ帰投せよッ!』

 

装者たちは顔を見合わせる。

 

翼と響はそれぞれ気を失ったクリスを抱え、マリアは左右の肩に切歌と調を担いでいた。

 

見上げる空に、なおノイズは増え続けている。事態は一行に改善する気配はない。

 

敗北。

 

誰もがその二文字を思い浮かべ、唇を噛みしめざるを得ない。

 

「…撤退だッ」

 

翼の声に、項垂れたまま、全員が本部へと帰投した。

 

傷ついた装者たちを乗せ、次世代型潜水艦は、深く静かに沈降していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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