戦姫絶唱シンフォギアCW   作:とりなんこつ

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EPISODE 11 スワンソング

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「関係各省と国連本部より、報告を求むとの要請が」

 

「鎌倉からもホットラインが入って来ています…ッ」

 

現在、東京湾の戦場に背を向けて沈降を続ける次世代型潜水艦。

 

その中に存在するS.O.N.G.指令本部も、ある意味で修羅場に襲われていた。

 

コール音や通信要請のランプが明滅する中、仁王立ちのままじっとしていた弦十郎の眼がカッと開く。

 

「……全て無視しろッ」

 

「よろしいんですか!?」

 

「構わん。責任はオレが取るッ!」

 

藤尭とあおいは顔を見合わせ、コンソールを操る。

 

途端に指令部は静まり返り、あたりは静寂を取り戻した。

 

先ほどまでひっきりなしに入っていた無数の要請は、状況の説明を求めるものだろう。

 

アルカ・ノイズの大群に謎の黄金球の出現。

 

加えて装者たちの同士討ちが繰り広げられ、トドメは二つのイチイバルの存在が白日に曝け出されている。

 

その上で通信すら遮断した弦十郎の命令は、背任行為と取られても仕方のないものだ。

 

ましてや潜水艦ごと戦場を離脱したとあっては、S.O.N.G.そのものが造反したと疑われるかも知れない。

 

「すまんな、二人とも」

 

弦十郎は重い口を開く。

 

「…あれだけボロボロになったあの子たちに、これ以上無理はさせられませんよね」

 

あおいが明るい声で言う。

 

「あー、鎌倉の御前に目をつけられたら、オレのキャリアも終わりだなー…」

 

デスクに突っ伏して藤尭が愚痴るが、もちろん本心ではないだろう。

 

そんな二人を眺め、弦十郎は内心で思う。

 

全く、オレには過ぎた部下たちだ。

 

詰め腹を切るのはオレだけに止め、二人には累が及ばないようにしなければなるまい。

 

責任を一身に追う覚悟を決めた弦十郎だったが、彼自身、的確に状勢が把握できているわけではない。

 

謎の球体の出現と、あの無数のノイズはなんなのか。異世界から来たクリスにどのような思惑があったのか。

 

分からないことだらけで、求められても説明しかねるというところが本音だ。

 

だが、最終的には装者の出動は要請されるだろう。

 

確かにノイズは人類の天敵だ。

 

S.O.N.G.という組織に属している以上、命令に従い、無辜の市民の命と財産を守る義務もある。

 

だが―――装者自身は、誰が守ってくれるというのだ?

 

風鳴弦十郎は組織の長として、装者たちを守るのは当然だ。

 

しかし一個人としても、自分だけは彼女らの味方をし、護らなければならないと考えている。

 

たとえ世界中の誰もが敵に回ったとしても。

 

「司令、クリスちゃんが目を覚ましたようです!」

 

「ふむ? それはどちらのクリスくんかな?」

 

あおいの報告にそう応じると、さすがに笑いが返ってくる。

 

藤尭も笑ったが、笑顔をひっこめると真剣な眼差しで報告してきた。

 

「司令。例の球体の正体は不明ですが、過去のデータと照会したところ、幾つか類似するデータが認められました」

 

「ほう! さすがだな」

 

「それと、メモリースティックのデータに気になる情報が一つ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスは目を覚ます。

 

とたんに全身の痛みに襲われた。

 

思わず呻いて顔をしかめていると、立花響がこちらを覗きこんでくる。

 

「クリスちゃんッ、気が付いた!? 大丈夫ッ!?」

 

「…おう」

 

自分で想像した以上に弱々しい声が出た。

 

だが、五体満足で身体は動く。絶唱をぶっ放したとした身としては、調子は上々だろう。

 

「くッ…」

 

「駄目だよ! 無理に起きちゃッ!」

 

心配してくる響の手を振り払い、クリスは痛む上体を起こし、意識して声を張り上げる。

 

「…もう一人のあたしはどうしたッ!? もう一人のあたしはどこにいるッ!?」

 

「落ち着け雪音。今のおまえと同じく昏倒しているよ」

 

そう告げてくる翼を含め、病室には他の装者たちも勢揃いしていた。

 

全員どこかしらに包帯や絆創膏が貼られており、痛々しい。

 

「…クリスさん先輩はアタシたちを裏切ったんデスか…?」

 

茫然と切歌が呟く。

 

「ううん、きっとそんなことないよ! 何か事情があっただけでッ!」

 

「そういう貴女は背中から撃たれているじゃない。お人よしが過ぎるのも考えものよ?」

 

かばう発言をする響に、マリアの表情は厳しい。

 

「裏切ったとしてもだ。我々は誰も命を奪われるほどの攻撃は受けていない」

 

包帯の巻かれた頭を振って翼が言う。

 

こちらの世界の装者を害するのが目的であるならば、とどめを刺す機会などいくらでもあっただろう。

 

「でも…」

 

調はそこで言葉を切ったが、続きは誰もの意識下で一致していた。

 

並行世界から来たクリスにどのような事情があったにせよ、隠し事をしていたのは間違いない。

 

仮初めにもお互いに友好的な関係を築けていたという感情も相まって、どうしても裏切られたという思いは拭いきれないのだ。

 

「…雪音はどう思っているのだ?」

 

翼の質問に、クリスは俄かに答えられなかった。

 

視界と感情の共有。

 

原因不明のシンクロニシティがあったことを伝えても、皆が納得する答えになるだろうか?

 

しばらく沈黙し、言葉を選んでクリスは語り出す。

 

「もう一人のあたしを庇うわけじゃないけれど、アイツは、自分の命を賭けて絶唱を放っていた…」

 

シンフォギア装者たちにとって、それは疑いもない事実の一つだ。そのことに関して異論を挟むものはいない。

 

「じゃあ、あの金色の毛糸玉はなんなんデス?」

 

異世界クリスが絶唱の標的としたのは、突如空に出現した黄金球。

 

それが元凶であり、打倒すべき存在だとしても、クリスが単独で挑むのは不可解だ。

 

「クリスさん、わたしにあれに手を出すなって…」

 

響が言う。

 

彼女なりに必殺の一撃を喰らわせようとした途端、異世界クリスにの手によって撃墜されている。

 

「立花の手ではなく、絶唱でなければ滅せられない敵だということか?」

 

絶唱は確かに比類ない攻撃力を秘めている。が、神殺しの哲学兵装に匹敵するガングニールの一撃が通用しない敵とも思えない。

 

そもそも、他の装者の力を借りず、一人命を賭してまで絶唱を使用する意味がどこにあるのか。

 

「それも解せないが、雪音よ、なぜやつの絶唱を絶唱で邪魔したのだ?」

 

「それは…」

 

クリスは言葉に詰まる。

 

自分でもよく分からない閃きに従った、と言えば楽にはなるが、なんの説明にも解決にもなっていないだろう。

 

その時、入口の壁に備え付けてある電話が鳴った。

 

受話器を取ったマリアが、二、三言交わしたあと、通話を切って室内を振り返る。

 

「ここで論議を繰り返しても埒が明かないわ。場所を変えて何もかも白黒はっきりさせましょう」

 

「! まさか…」

 

翼の目線での問いかけに、マリアは頷く。

 

「彼女も目を覚ましたそうよ」

 

 

 

 

 

 

「みんなで雁首そろえて見舞いたあ、ご苦労なこったな…」

 

並行世界から来たクリスは、ベッドに横たわったまま皮肉げな声と表情を見せた。

 

絶唱で負傷した身にさすがに拘束着を着させるわけにもいかず、掛けられた毛布の上から起き上がれないように拘束帯が巻かれている。

 

「…ッ!」

 

意外にも、真っ先に剥き出しの感情を示したのはマリアだった。

 

怒りに任せにベッドサイドに詰め寄ろうとした彼女を翼が制する。

 

「…雪音。私はおまえが我々を裏切ったとは、心底からは思えないのだ。理由があるなら話してくれないか?」

 

「…………」

 

帰ってきたのは沈黙。

 

切歌、調が声をかけても無視するように口を閉ざしていた異世界のクリスだったが、響に肩を支えられながらこちらの世界のクリスが姿を見せると表情を一変させた。

 

「…てめぇッ! なんで邪魔しやがったんだ!?」

 

拘束されているにも関わらず、傷ついた身体が跳ねあがる。

 

シーツや毛布に血がにじむのも構わず向けられた激しすぎる怒りに、こちらの世界のクリスも一瞬面食らう。

 

しかし即座に言い返したのは、全く同一の気性の所持者であるのだから至極当たり前のことだろう。

 

「おまえこそ何考えてんだッ!? あんな絶唱ぶちかまして、死ぬ気かッ!?」

 

クリスの追随して放った絶唱に気を逸らされ、異世界クリスの絶唱は完全なものとして昇華しなかった。

 

結果として二人とも命拾いした格好になっているが、それはもはや奇蹟の領分に近い。

 

「へッ、あたしのことはいいさッ! あれを仕留めそこなっちまったのが問題なんだよ」

 

冷たく異世界クリスは笑う。

 

「おかげでノイズは消えず、街や人にたくさん犠牲が出るだろうよ! おまえの、いや、()()()自身が邪魔したせいでなッ!」

 

「…………ッ!!」

 

自分の行動の所為で他人が被害を受けること。

 

それが雪音クリスのもっとも忌むべきものだ。

 

真っ青な顔で硬直するクリスを響が支え、すかさず翼が割って入る。

 

「そういうおまえこそ、全生命を賭けた絶唱の一撃など正気か? 己が命と引き換えに戦に勝ってなんとする。おまえにも元いた世界に待つ家族がいるのだろう?」

 

「へ…ッ、そんなの余計な心配だぜ」

 

翼のその指摘に、異世界から来たクリスは泣きべそをかくように顔を一瞬歪めた。

 

それから眼を伏せて、静かに吐き捨てる。

 

「なぜなら、あたしの元いた世界は、もう存在しないんだからなッ」

 

 

 

 

 

 

病室に沈黙が降りた。

 

装者の誰もが絶句し、一番気色ばんでいたマリアの顔も蒼白になっている。

 

「そ、それは、本当のことなのか…?」

 

翼の震える声。

 

響ですら二の句を告げず茫然とする中、おそらく他の誰よりもショックを受けていたのはこちらの世界のクリスだった。

 

―――任務で帰れないってのは、つまりそういうことだったのか。

 

「…だからといって、私たちを攻撃したことの説明はついてないわよ?」

 

いち早く気を取り直したのもマリアだった。ちらりと切歌と調を見てから続ける。

 

「さあ、答えなさいッ! あの毛糸玉の正体は? 貴女の本当の目的は何ッ!?」

 

その時、病室のドアが開く。

 

「それについては、オレたちも一緒に拝聴させてもらおう」

 

「師匠ッ!?」

 

風鳴弦十郎以下、友里あおい、藤尭朔也が続く。

 

弦十郎は、室内の全員を見回すように言った。

 

「皆に、いくつか報告しておくことがある。友里ッ」

 

「はい。東京湾上に出現したあの謎の黄金球ですが、質量、座標ともに観測不能です。しかしギャラルホルンと類似したアウフヴァッヘン波形が計測されています」

 

「…どういうこと?」

 

「しッ」

 

疑問の声を上げる響を、クリスは諌める。

 

「それともう一つ。これは、並行世界から持ち込まれたデータを解析してのことですが…」

 

友里の話を結論から言ってしまえば、現行世界ともう一人のクリスが来た並行世界で、起きた事件の時系列に変化はない。

 

魔法少女事変を経て、パヴァリア光明結社との決戦が起こり、アダム・ヴァイスハウプトを、危うく神の器に取り込まれそうになった響が神殺しの力で屠ったところまで同じだ。

 

ただ、押収された結社の資料の一つに、一か所だけ異なる箇所が存在する。

 

それは統制局長アダム・ヴァイスハウプト以下幹部の名前が連ねられた紙片。

 

サンジェルマン

 

カリオストロ

 

プレラーティ

 

そして、ジョン・ディー

 

「ジョン・ディー自身は、エノクの魔術の体系を確立した錬金術師であり数学者で、1608年に没していますが…」

 

「そちらの世界では生き延び、パヴァリア光明結社の幹部として活躍していた。そうだな?」

 

友里の説明を、弦十郎が引き継いだ。

 

強い視線を向けられ、異世界クリスは観念したようにふっと笑う。

 

「お見事だぜ。そうさ、あの毛糸玉はそのジョン・ディーの慣れの果てさ。エルフナインは〝ヘイルダム〟と呼んでたっけな―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

ジョン・ディーもまた、サンジェルマンに見初められ、仲間となった錬金術師の一人だった。

 

サンジェルマンの錬金術により、完全身体構造の「女性」となったジョン・ディーも、当初は彼女の理想にも共感し、協力していた。

 

しかし不老長寿の肉体を手に入れたあとも、ジョン・ディーは良く言えば用心深く、悪く言えば臆病だった。

 

彼(女)が畏れたのは、己の消滅による蓄え磨いてきた〝知〟の消失。

 

知識を蒐集し、新体系を編み、大いなる術(マグヌム・オプス)を行使する。

 

これは神秘の深奥を巡る錬金術師の宿痾と称しても良い。

 

永遠に知識を求め続ける探究者たらんとしたジョン・ディーは、万が一に備えて幾つかの手段を講じた。

 

かつてキャロル・マールス・ディーンハイムは、己のホムンクルスを精製し、その肉体に意識を移し替えて執念を継続させていた。

 

その手法を下敷きに、パヴァリア光明結社が研究し求めていた「絶対たる力」を掛け合わせたもの。

 

結社の研究の実験として発現させた神性ヨナルデパズトーリ。

 

受けたダメージを並行世界に存在する同一別個体に生贄として肩代わりさせるという、常識外の能力を持つ。

 

ジョン・ディーは、その研究を己に活用した。

 

もしも自分の肉体が致命的なダメージを受けた際に、並行世界の自分へと意識を飛ばす。

 

ヨナルデパズトーリのよう肉体へ及ぶダメージの肩代わりを選択しなかったのは、現行世界で活火山の溶岩に放り込まれたり、脱出不可能な空間で拘束されたりといったデッドロック状態を懸念してのことである。

 

同時に、窮地に陥った際は、自殺出来るような仕組みも整えていたらしい。

 

そんなジョン・ディーがその手段をいつ行使したのか、詳細は不明である。

 

光明結社の幹部として名は知られているが、その姿を確認したものはいない。

 

その能力と人品についても、アダムとの決戦を前に一時的にS.O.N.G.に拘束されたサンジェルマンが語ったものに過ぎない―――。

 

 

 

淀みなく語る異世界クリスに、弦十郎は問いかけた。

 

「では、〝ヘイルダム〟とはなんなのだ?」

 

北欧神話における終末を告げる角笛(ギャラルホルン)を吹く神の名前。

 

弦十郎にもその程度の知識はある。

 

「こっから先は、エルフナインの推測の受け売りさ―――」

 

薄く笑い、異世界クリスは話を続けた。

 

 

 

並行世界に意識を飛ばすことに関しては、幾つもの危惧があげられる。

 

第一に、その世界の本人との意識の対立。

 

並行世界ならではの差異が、意識の統合を阻む可能性は軽視できない。

 

また、せっかく飛んだ並行世界が現行世界よりマシだという保証もない。

 

そのような危険性からの演繹的な推測になるが、おそらく幾つかの並行世界を巡った段階で、ジョン・ディーは己の主体を喪失、もしくはシステムから自分を切り離して破棄した可能性が考えられる。

 

あるいはその両方かも知れないが、とにかくシステムは生き続けた。

 

現行世界で肉体を失った後に、並行世界へと飛ぶというシステムだけが。

 

何十回、或いは何百、何千とそれが繰り返された結果、そのシステムは無責任な概念に近くなっていく。

 

やっかいなことにその概念は、並行世界を渡るたびに、その世界を因果の糸として絡め取る。

 

鎧われた因果は、己の肉体が消滅して並行世界へと飛ぶという手順を阻害するほどに巨大かつ頑丈になっていく。

 

それは、外部からの攻勢に対し、幾何学級的な防御力を備えていくことを意味する。

 

概念そのものに通常の物理攻撃は作用しない。

 

聖遺物を用いても生半可な攻撃は通用せず、概念上の〝肉体〟は滅びない。

 

その結果、〝ヘイルダム〟は自死をすることによって並行世界へと渡るという選択をするわけだが、本体そのものは並行世界の因果という頑強極まりない鎧で覆われている。

 

そんな自分自身を滅するための熱量は、いまや出現した世界を消滅させるほど巨大なものとなるしかない。

 

幾つもの並行世界を渡り破壊し続ける無意識の災厄。

 

それこそが〝ヘイルダム〟の正体。

 

 

 

 

「…あの糸みたいなもの一本一本が、それぞれの並行世界の因果だというの…?」

 

驚愕の表情を浮かべる装者たちを、異世界クリスは皮肉気に見渡した。

 

「そうさ。だけど今なら、あたしの絶唱でぶっ飛ばせたんだ…ッ!」

 

命を燃やし尽くすほどの絶唱。そのエネルギーを持てば、現行のヘイルダムを自爆するまえに破壊することが出来る。

 

それは道理だが、響が黙っていられる道理もない。

 

「なんでクリスさん一人、命懸けでそんなことしなくちゃならないのッ!? みんなで力を合わせれば! ううん、なんならわたし一人でも絶唱を使わなくったって…!」

 

いきり立つ響に、異世界クリスは冷笑を浴びせる。

 

「おまえに覚悟はあるのか?」

 

「…覚悟?」

 

「仮におまえがアレをぶっ飛ばしたとしてもだ。確かにこちらの世界は平和にはなるだろう。だけどアレは滅びるわけじゃない。他の並行世界に行くんだ」

 

「…え、と」

 

要はババ抜きと同じだ。

 

異世界クリスは問うている。

 

こちらの世界を守るために、他の世界へジョーカーを渡す覚悟はあるのか? と。

 

「確かに、他の世界にはおまえたちみたいに吹っ飛ばせる力を持つやつがいるかも知れない。だけどもし、いなかったらどうなる?」

 

対抗できる手段を持たない並行世界において、ヘイルダムの出現は避けることの出来ない滅びとなる。

 

並行世界など概念上のものだ。そう切って捨てられればどれだけ楽なことだろう?

 

今まで巡ってきた並行世界のことが頭に浮かび、響は瞬きもせず硬直するしかなかった。

 

黙りこくる装者たちに、異世界クリスは静かに瞼を閉じた。

 

「―――だからあたしが引き受けたのさ」

 

澄んだ表情が物語る。

 

どうせ戻る世界はない根無し草。他の世界に与える迷惑も非難も一身に引き受け、この世界を守り命を散らしても本望。そして何より、あれはあたしの世界を破壊した憎っくき仇なのだから―――。

 

その時、小柄な影が動いた。

 

弦十郎たち大人まで黙って見守る中、盛大なビンタの音が鳴り響く。

 

「いってぇ!?」

 

眼を向く異世界クリスに、その鼻先も触れんばかりの近距離でクリスは怒鳴った。

 

「かっこつけてんじゃねぇッ!!」

 

「!?」

 

「黙って聞いてりゃペラペラペラペラと。悲劇のヒーローだって酔っ払いたいのかよ、おまえはッ!?」

 

「ッ! おまえに何が分かるってんだッ!」

 

「分かるさッ! おまえは()()()なんだからなッ!」

 

実際にクリスには、並行世界から来たクリスの気持ちが痛いほどわかっている。

 

差し伸べられる手をはね除けて、一人戦い続ける自分。

 

フィーネの元を離れ、誰も頼るものもない孤独のとき。

 

このあたしは、あの頃の自分だ。

 

頭では理解しているんだ。寂しくてすがりついて泣きわめきたいくらいなのに、理想とプライドが邪魔して甘えられない―――。

 

「…だからってこれからどうにでもなるものかよッ!」

 

異世界クリスは絶叫する。

 

「どうにかする! いや、どうにかしねえとヤバいんだからな!」

 

―――だから、おまえも手を貸してくれ。

 

そう続けようとしたクリスの前に、響が割り込んできた。

 

そっと異世界クリスの殴られた頬に手を当てて言う。

 

「一人でいると世の中の全てが敵に見えちゃうよ?」

 

「……ッ!」

 

じわっと異世界クリスの両目が潤みかけた。

 

だが乱暴に瞼を閉じるとそっぽを向いてしまう。

 

「…もう、手遅れなんだよ」

 

「いいえッ、そんなことはありませんッ!」

 

声に、部屋中の視線が入口へと注がれた。病院着姿のままの小柄な少女が立っている。

 

「エルフナインくん! 目を覚ましたのかッ!」

 

弦十郎の歓声に頷き返し、エルフナインは二人のクリスを見つめながら言った。

 

「並行世界のボクが教えてくれました。〝ヘイルダム〟を完全に消滅させる方法はあります!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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