戦姫絶唱シンフォギアCW   作:とりなんこつ

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EPISODE 13 S2ND

 

 

 

 

 

 

反攻作戦の発令に、S.O.N.G.本部全体が湧き立つ。

 

現在の状況は国連の指示すら無視したものであることを、全ての職員が理解して承知しているわけではない。

 

それでも指示に逆らうどころかなお高い士気を誇るのは、総司令である風鳴弦十郎の為人はもちろん、シンフォギア装者たちに負うところが大きいだろう。

 

幾つもの神秘を屠り奇蹟を成し遂げてきた装者たち。

 

彼女らが傷つく姿を目の当たりにしている職員関係者にとって、それは身内の怪我に等しく、同時にその(いさお)を共有している。

 

立花響が言うところの手を繋ぎ合えた結果、と面向かって言われれば職員の誰もが苦笑するだろうが、しかし内心では大いに肯定していることだろう。

 

今まさに浮上しようとする次世代型潜水艦の艦橋で、風鳴弦十郎はふと傍らの少女の表情に目を止めた。

 

「作戦の達成条件が厳しく不安なのはわかるが…」

 

そう声をかけられ、エルフナインはハッと顔を上げるも、間もなくゆっくりと首を振る。

 

「いえ、作戦のこともそうですけど」

 

「では何か他に気になることが?」

 

「先ほど、ギャラルホルンの特性を付帯して送り出した、と説明した件でなのですが…」

 

エルフナインはそこで僅かに言い淀む。

 

「ヘイルダムを倒すための手段はともかく、ギャラルホルンの性質だけを移し替えるなんて、とてもボクの発案と手管とは思えないんです。まるで、ボク以上の知識を持った誰かが他にいるような…」

 

「ふむ…」

 

弦十郎は顎に手を当てて考え込む。

 

もう一人のクリスがいた世界は、こちらと良く似通った環境状況と歴史背景を持つ『極近似並行世界』だとエルフナインが明言している。なのに彼女以上に聖遺物に詳しい人材がいるとなれば事情が違ってくるのは当然だ。

 

確かに気になる話だと思うが、弦十郎は頭を振った。

 

「その件についての詮索は後日にしておこう。今はこの作戦に集中することを第一に考えるべきだ。そうだろう、エルフナインくん?」

 

視線を向けられ、エルフナインも何かを吹っ切るように頷いた。

 

「…はい、わかりましたッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…気を使ってもらってるんだろうな、やっぱ」

 

格納庫の隅にある待機室。

 

ソファがー向い合せておかれているだけの簡素な部屋だったが、いまそこにいるのは二人のクリスのみ。

 

他の装者たちは何やら忙しく立ち働いていた。

 

手伝うと申し出ても、二人は作戦の要だから、病み上がりの身が心配だ、などと口々に言われ、この部屋へ押込められてしまっている。

 

「まあ、こうでもしなきゃ、作戦前にゆっくり話をする機会もなかっただろうけどな…」

 

そうは言ったものの、世間話をして駄弁る雰囲気でもない。

 

やはり作戦を前に緊張はしていたし、だいたい互いに互いの考えていることはほとんど分かる。

 

見目は多少違っても、なにせエルフナインに魂は同一と保証されている二人だ。

 

「…そっちの格好だと、やっぱりパーツごとに少し大きくなるんだな」

 

二人とも共にイチイバルを装着し、臨戦態勢である。

 

並行世界から来たクリスは、こちらの世界のクリスより身長が大きい。纏うギアは形は同じでも伸長して装着されている。

 

「まあ、そうでなきゃ困るわな」

 

クリスのあまりにも益体のない質問に、もう一人のクリスも苦笑するしかない。

 

しかし、やおらその表情を改めると、真剣な顔で頭を下げる。

 

「その、色々と済まなかったッ!」

 

「いや、止めろよ、そういうの」

 

クリスとしては複雑な表情で慌てるしかない。

 

なにせ相手は自分自身だ。仲間を裏切る辛さなど、それこそ我が身に染みている。許されることはないとの後悔もひとしおだろう。

 

すこぶる気持ちが理解できたし、暴挙に出た理由も今ははっきりしている。相手と立場を入れ替えた場合、あたしも間違いなく同じ行動を取っているはずだ。

 

その自覚があるがゆえに、面向かって謝罪されると、どうにも居心地が悪くなってくる。

 

だが、もう一人のクリスの謝罪したい件はそれだけではなさそうだ。

 

「その、おまえはあたし自身なのに、全く信用してなかったんだよ。むしろ何か妹みたいに扱っちまっていた…」

 

思い返せば二人で生活した期間。短かった間で、色々世話をされまくっていたわけだが、言われてみればあれは居候の義務ではなく、家族、それも妹を扱うような感じだったのかも知れない。

 

「そんなことかよ。気にすんなって」

 

クリスは鷹揚に答える。

 

姉でなく妹なのは、体格差で見た目的にもそうとしか見えないだろうし仕方がない。

 

「そういってもらえると助かる」

 

もう一人のクリスがホッとした顔で頷いたその時だ。

 

潜水艦の浮上を告げるアナウンスが鳴り響く。

 

「ん」

 

クリスは握った拳を向ける。

 

「…ああ!!」

 

もう一人のクリスも拳を握った。

 

こつんと拳と拳が打ち鳴らされる。

 

全く同じ二つの声音が待機所で交わされた。

 

「今度こそ全部の型をつけるッ!」

 

「ああッ! そして絶対に生きて戻るぜッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

格納庫のモニターに、ノイズの襲撃を受けた東京が映る。

 

建築物の被害は甚大だ。しかし、装者たちが遁走したにも関わらず、予めの避難が功を奏したのか、人的な被害は少ないとのこと。

 

「…未来」

 

モニター越しに燃える街並みを眺め、響が呟く。顔色は青ざめ歯噛みする様は、状況が許せば直ぐにでも飛んで翔けつけたいくらいだろう。

 

勇み立つ肩が背後からそっと押さえつけられた。

 

「翼さん…」

 

振りむいた先には、青いギアを纏った防人が力強い表情を湛えている。

 

「立花の気持ちは分かるが、今は作戦に集中しろ。…案ずるな、きっと小日向は無事だ。それにエルフナインの説明を信じるなら、あれを倒せば全てが回天するはず」

 

奇しくも叔父の台詞とほとんど同じことを口にする翼。

 

「…はい、そうですねッ!」

 

響も力強く返事をしたところでモニターの映像が切り替わり、指令室を映し出す。

 

『全員、準備はいいな?』

 

スピーカーから流れる弦十郎の声に装者たちが一斉に頷いた。全員、既にギアを纏った臨戦態勢である。

 

『それではオペレーション『S2ND』を発動するッ! 全員出撃後散開! クリスくんたちを守りつつアルカ・ノイズを殲滅せよッ!」

 

「了解ッ!」

 

潜水艦が浮上すると同時に、七人のシンフォギア装者たちが飛び立つ。

 

反応するように、雲霞の如きアルカ・ノイズの群れが、装者とS.O.N.G.本部へと向かって牙を剥いた。 

 

「うおおおりゃああああああッ!」

 

遠慮呵責ない大出力の一撃は、響の纏うガングニール。

 

ごっそりアルカ・ノイズの群れが削れるも、失われた空隙をたちまち他のノイズが埋めていく。

 

「くッ!」

 

思わずクリスがイチイバルの銃口を向けた先を、翼が舞うように遮った。

 

「今回の作戦の要は雪音、お前たちだ。露払いは私たちに任せて温存しておけッ!」

 

言うが早いが天羽々斬が鞘走る。

 

「さあ、刀の錆びにするに寸毫の不足なしッ! 風鳴翼、罷り通るッ!」

 

幾つもの斬撃が宙を舞い、縦横無尽に大群を切り裂く。

 

確かな手ごたえはあるものの、ノイズの濃さはいっかな減退しようとしない。

 

「―――だったら」

 

「削り取るまでデース!」

 

調と切歌が手を取り合う。

 

シュルシャガナとイガリマ。

 

女神ザババの双剣の由来を持つ二人のシンフォギアは、組み合わされることでその力を倍加させる。

 

果たして空中に生み出された巨大な二対の回転刃。

 

さながらチェーンソーの如くノイズの群れを削り取っていく。

 

「行くわよ、アガートラームッ!」

 

マリアの叫びに、鎖のように連なった銀剣が空を刻んだ。

 

ケルト神話の神ヌアザの銀腕の名を持つシンフォギアを纏う彼女の技は、装者たちの中で一番応用範囲が広いギアとも言える。

 

続いて銀剣が円を作り、放射状のエネルギー波を放つ。

 

まるで一個の巨大な生き物のようにうねるノイズの群れの中に、ひと塊になった装者たちが飛び込んだ。

 

「座標ポイントまであと二十メートル! 角度はそのままを維持ッ!」

 

藤尭のオペレーションを見事の一言で括るには、過小評価も極まるだろう。

 

なにせ存在しない物体の一定しない中心軸を計測し、かつ適切な攻撃ポイントへの誘導だ。

 

ある意味、大いに面目を施している指令室の面々に比し、現場の装者たちの苦闘は続く。

 

どうにか群れの中に侵入できたものの、四方八方からの攻撃は苛烈さを増すばかり。

 

「クソッ、このままじゃドン詰まりだぜッ!」

 

さすがにクリスたちも応戦せざるを得ない中、響が声を張り上げる。

 

「翼さん! マリアさん! 少しの間だけ持たせて下さいッ!」

 

「…心得たッ!」

 

頷く翼とマリアを横目に、響は双剣のギアを纏う二人へと伸ばす。

 

「調ちゃんッ! 切歌ちゃんッ! 手を繋ごうッ!」

 

「――はいッ!!」

 

「はいデスッ!」

 

一瞬で全てを察した二人の手を握る。

 

「スパープ・ソングッ!」

 

叫ぶ調。

 

「コンビネーション・アーツッ!」

 

叫ぶ切歌。

 

「セット・ハーモニクスッ!」

 

響の叫びに応じて、膨大なフォニックゲインが集約していく。

 

「S2CAッ! トライバースト・レディエーションッ!!」

 

ガングニールに集約されたエネルギーが、装者たちを包むように全方位へと放射される。

 

圧倒的なその威力に、ノイズの群れが漂白されたように消し飛んだ。

 

「クリスちゃん! 今ッ!」

 

肩で息をする響の声に、藤尭の悲鳴に近い声が被さった。

 

『今の衝撃はヘイルダムへと干渉! 目的座標を微修正しますッ!』

 

モーゼの海割りにも似た空隙が埋められるまでの刹那に、二つのイチイバルが空けの明星のように空を翔ける。

 

目指すヘイルダムは、まるで月のように浮かんでいる。かつてのフィーネと違い、この月を落とす目的は世界を救うため。

 

「クリスちゃん!」

 

「クリス先輩!」

 

「雪音ェッ!」

 

奮闘する仲間たちに守られ、二人のクリスは定められた座標へと到達する。ヘイルダムを左右から貫く位置。

 

しかし、これで終わりではない。ここからが本番だ。

 

「―――いくぜッ!」

 

お互い声をかける必要もない。呼吸は既に合っている。

 

聖詠。苦痛とともに湧き立つ力。

 

痛みを圧し、己の命を燃やす。魂の音叉を震わせる。

 

これぞ絶唱。シンフォギア装者の最後の切り札。

 

膨大なエネルギーの奔流が双極から放たれる。

 

『ヘイルダムの回転が始まりましたッ!』

 

エルフナインの声を、他の装者たちはアルカ・ノイズを蹴散らし続けながら聞いた。

 

結果として、回転するヘイルダムから銀色に輝く糸が次々と宙に解きほぐされていく様を目の当たりに出来たのは、S.O.N.G.指令室の面々だけ。

 

絶唱の奔流の中、所々で威力を打ち消し合い因果の糸を傷つけないように調整する。

 

絶唱を精密性の高い形で放射するが出来るイチイバルのみが可能な芸当。

 

ゆえの切り札。作戦の要。

 

「よし、このまま行けば…ッ!」

 

指令室の弦十郎が固唾を呑む先で、二人のクリスが吐血した。

 

命の燃焼を一瞬の爆発力に変える絶唱。

 

それを放出し続けるなど、本来不可能かつ正気の沙汰ではない。

 

「いけませんッ!! このままでは…ッ!」

 

友里の悲鳴。

 

それでもクリスたちは止めようとしない。

 

こちらから止める術もない。

 

血がこぼれるほど弦十郎が拳を握りしめたとき、響の声が大気を震わす。

 

「クリスちゃんッ! クリスさんッ!」

 

気づけば、他の装者たちも絶唱を唄っていた。示し合わせるように。もしくは当然のように。

 

しかしそのエネルギーが散逸することはない。

 

絶唱のエネルギーは全て響へと集約されている。

 

そして響の両手はそれぞれ左右のクリスたちへと向けられていた。

 

「この土壇場で…ッ!?」

 

驚愕する指令室の面々の耳に、雄叫びが響き渡る。

 

「S2CAッ! ツイン・コネクトォオオオッッッ!」

 

伸ばした手が直接繋がってなくても構わない。

 

繋げるは心の手。魂の絆。

 

もはや空間など意味を成さず、繋いだ拳が伝えるは仲間たちの命の熱量。

 

それを受け取った二人のクリスは、満ち溢れてくる力に今にも飛びそうだった意識を取り戻す。

 

全く同じ顔に不敵な笑みが浮かんだ。

 

 

 

そうだ、ここが踏ん張りどころ。

 

魂を振るわせろ。命の最後の一滴まで絞りきれ。

 

世界を救う戦いだ。そのために助けてくれる仲間がいる。

 

さあ、もう少し。あと少し。

 

ここで全てを終わらせろッ!

 

 

 

激痛に切り刻まれるクリスたちの耳に蘇ったのはS.O.N.G.総司令の声。

 

『作戦名はスワンソングだと縁起が悪いな』

 

風鳴弦十郎は笑顔で言った。

 

『よってS2NDとしよう。S2CAと韻を踏んでいて良いだろう?』

 

 

 

 

…ああ、全くその通りだぜ、おっさん。

 

激痛と裏腹に、クリスの顔に穏やかな微笑が浮かぶ。

 

きっと反対側にいる自分も同じ表情を浮かべているだろうという確信があった。

 

だから、クリスは最後の力を放つ。

 

命を使い切った先に待つ結末。

 

それを見据えてなおクリスは躊躇わない。

 

 

 

 

 

 

―――スワンソング。

 

ヨーロッパの伝承に曰く、白鳥は生涯鳴かないが死ぬ間際に美しい歌を歌うという。

 

 

ゆえに。

 

 

クリスは歌う。二人のクリスたちは魂の歌を唄う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたしたちは命を賭して唄う(スワンソング)けれど決して死にはしないッ(ネヴァー・ダイ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朧な二人のクリスの視界で、とうとうヘイルダムから全ての因果が解き放たれる。

 

その中心から現れたのは、一人の女性。

 

それはたちまち老人へとなり、それからどんどんと若返り、子供になり、身を丸めて胎児へと戻り、そして―――。

 

全てが光で満たされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ッ!?」

 

 

装者たちは思わず周囲を見回す。

 

全員が海面に居た。

 

誰もが空を見上げる。

 

晴れ渡った蒼穹の空にノイズの影はない。あの黄金球のようなヘイルダムも見当たらなかった。

 

「全部やっつけたの…?」

 

調が茫洋と呟く。

 

「あれは…ッ!?」

 

空を指さす切歌。

 

見上げれば、二つの人影が落ちてくる。

 

「…クリスちゃんッ! クリスさん!」

 

響が飛ぶ。半瞬遅れて翼も飛び、それぞれがクリスを受け止めた。

 

海面にやさしく着水しながら、両名とも激しい既視感に襲われている。

 

確か前もこんなことがあったような…。

 

『全員無事かッ!?』

 

潜水艦の浮上とほぼ同時に、弦十郎の声が届く。

 

「はい、無事です。しかし雪音は消耗が激しくすぐに治療が必要ですッ!」

 

口にしておいて、以前も同じようなやりとりがあった感覚に翼は戸惑う。

 

ともかく、二人のクリスの治療が急務だろう。

 

装者全員が潜水艦内部に戻ったところ、格納庫に息を弾ませたエルフナインが駆け込んできた。

 

「作戦は成功です! みなさん、お疲れ様でした!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「へイルダムは存在しなかったことになった結果、因果律の大幅な修正は、ヘイルダムの出現する直前まで事態を巻き戻すことで決着したようです」

 

エルフナインはそう説明したが、皆が皆、狐につままれたような顔つきになっている。

 

一応、既視感の説明はそれでつくはずなのだが、どうにも感情が納得しないようだ。

 

「あの戦いの気持ちも受けた痛みも、全部なかったことになるわけ?」

 

マリアが唇を尖らせる。

 

「別にボクたちの感覚や記憶までなくなったわけじゃありませんよ。分岐した結果から重ね合わせ状態まで戻ったということで納得できませんか?」

 

そう諭すエルフナインとの対比は、まるで互いの年齢が逆に見える。

 

「ともあれ、結果としてアルカ・ノイズの被害も殆ど出ていない様子だし、大団円と言ったところだろう」

 

全く実感は伴わないものの、時間が遡ったことにより国連からの命令無視に近い緊急離脱も、鎌倉からの連絡を無視したことも、全てなかったことになっている。

 

イチイバルは二つ存在することは周知されてしまったかも知れないが、こちらは政治的にも丸く収められる範疇だ。もちろんこれらは大人の都合の話で、装者たちに聞かせる必要はないが。

 

取りあえず終息宣言は出したものの、弦十郎の表情は渋い。

 

他の面々の顔つきも冴えないのは、その立役者とでも言うべきクリス二人を欠いているからだ。

 

幸いというかどういう因果が働いた結果は知らねど、両名ともに命を取り留めている。

 

しかし意識は未だ戻らず、しばらくは絶対安静とのこと。

 

「肉体のダメージはなくて実感は乏しくても、精神的にはみんな疲弊しているはずよ」

 

友里の言葉を一番実感していたのは、装者でなく藤尭であったかも知れない。

 

変遷する虚数存在の座標特定などという離れ業をやってのけた代償か、今も濡れタオルを眼に当てて自席でひっくり返っていた。

 

「友里の言うとおりだな。クリスくんたちを心配する気持ちはわかるが、各自休息を取れ。今回の件は落着したが、いつ新たな火種が燃え上がらないとも限らん」

 

弦十郎の命令にも近い声に、装者たちは不承不承頷くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスは目を覚ます。

 

ぼんやりと滲む視界が輪郭を取り戻すと、ピッピッといった規則正しい機械音が耳をついた。

 

視覚を回復させ目だけを動かす。

 

点滴のチューブやら何やらがこれでもかというくらい身体から伸びていた。

 

…これがいわゆるスパゲティ症候群ってやつか?

 

ゆっくりと首を傾けると、めりめりという音と痛みが走る。

 

それでも横を向けた視線の先に、クリスは自分と全く同じ顔を見つけた。

 

「…よう」

 

「…そっちも目が覚めたのか?」

 

「…ああ、たった今な」

 

「…そっか」

 

二人のクリスは同じ治療室に並べて寝せられていた。

 

負傷程度も同じで、身体に付けられた医療装置の数もどっこいどっこいだ。

 

おまけに目を覚ますタイミングまで一緒だったらしいことに、なんとなく可笑しみを禁じ得ない。

 

「…どうにか生き残れたみたいだな」

 

「…ああ、なんとかな」

 

意識は戻れど、さすがに身体を動かせるほどのレベルではない。

 

ほとんど小声で囁き交わすだけが精々で、冗談抜きで死にかけたことを痛感する。

 

「…そういや、他のみんなは大丈夫かな?」

 

それでもまず仲間の心配をしてしまうのは、クリスらしいと言えばクリスらしい。

 

「良くわかんねーけど、きっと大丈夫だろ…」

 

「今、何時だ…?」

 

「…えーと、夜中の二時だな、たぶん…」

 

「なら、みんな寝てるだろうな…」

 

そう言葉を交わし、二人のクリスは揃って天井を仰ぐ。

 

さすがに真夜中では、すぐに駆けつけてはこないだろう。

 

薬の所為もあるのか、ぼんやりと天井を見上げ続ける二人だったが、間もなくその認識が甘かったことを知る。

 

静寂を破るような大きな物音。

 

一瞬、耳がおかしくなったのかと疑うクリスたちの前に、病室のドアが開く。

 

連鎖する足音。弾む息。

 

見知った顔が次々とこちらの視界を埋めていく。

 

「…クリスちゃん! 良かった気がついたんだねッ! 良かった、良かったよぉおおおおッ!!」

 

全力全開で泣き出す立花響の姿は、他の涙ぐんでいた面々も鼻白むほど。

 

「まったく、心配させないでよねッ。5日も目を覚まさなかったんだから、貴女たちは」

 

目尻の涙を細い指で払いながら、マリアは憎まれ口というには優しすぎる言葉をかけてくる。

 

「クリス先輩もクリスさん先輩も無事で、これで本当に万々歳デース!」

 

調と手を取り合い喝采を上げる切歌。

 

「御苦労だったな、二人とも」

 

涙目を隠すように目を閉じて何度も頷く翼もいる。

 

少しだけ遅れて弦十郎を筆頭に司令室の面々も駆けつけてきた。

 

「二人とも、良くやったな」

 

万感の思いを込めて弦十郎は二人のクリスを見やる。

 

誰ひとり欠けることなく任務を全うする。

 

それは弦十郎の信念であり、心からの願いだ。

 

「今はとにかくゆっくりと身体を癒してくれ。君たちの体調が回復するまで、不安は全てオレたちで取り除いておく」

 

力強く確約する。

 

「そうデス! 先輩たちが元気になったらお祝いパーティをするデース!」

 

「切ちゃんナイスアイディアだね!」

 

「そうだねッ! だからクリスちゃんたちも早く良くなってねッ!」

 

「おいおい、真夜中だぞ。少しは落ち着け」

 

はしゃぐ三人を翼が諌める。

 

「そうよ。みんなで騒いでいたら、休めるものも休めないでしょ?」

 

マリアもそう窘めると、さっさとベッドわきの椅子に腰を降ろして、

 

「今日は私がいるから、みんなは帰っておやすみなさいな」

 

「え~? マリアさん、ずーるーいー!」

 

「マリアこそ帰るデス! アタシと調で付き添うんデース!」

 

「いやいや、マリア。ここは先達の装者として私こそが不寝番をな…」

 

結局騒々しさは再燃してしまう。

 

大人たちが苦笑を浮かべて見守るなか、結局装者は誰も病室から去ろうとしなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上体を起こせるようになるまでそれから一週間。

 

固形物を食べられるようになるまで二週間。

 

立ち上がり、リハビリに励むようになった頃にはちょうど一か月が経過していた。

 

「…こりゃ勉強の遅れを取り戻すには時間がかかるなあ」

 

リハビリ室の歩行バーにもたれながらクリスがぼやく。

 

「おいおい、優等生なんだろ?」

 

からかうような口調で言ってくるのは並行世界から来たクリス。

 

「つっても勉強ってのは日々の積み重ねってヤツだぜ? 一か月以上も丸々休んじまってるとなると、さすがに追い付くだけでも一苦労さ」

 

一応、学院には病欠として届けはなされている。単位の取得に関してもある程度便宜は図られている上に、指摘されたとおりクリスは優等生だ。万が一にも落第はあり得ない。

 

気になるところと言えば、級友たちの見舞いを断っていることだ。

 

いくらなんでも事情を知らない彼女らに、S.O.N.G.本部を訪れさせるわけにはいかない。

 

替わりとばかりに装者の面々が入れ代わり立ち代わり日参してくれているけれど。

 

「ク・リ・スちゃ~ん!!」

 

今日も今日とて響が未来を連れだってやってきた。

 

もう一人の自分に、クリスは肩を竦めてみせる。

 

「ま、退屈はしないで済んでるけどな」

 

並行世界から来たクリスもくすりと笑う。

 

「違いないな」

 

そして更に二週間後。

 

ようやく病室から出る許可が下りた。

 

「はあ~…、やっとこれで病院食ともおさらばだぜッ!」

 

「言うほど不味い食事じゃなかったけどな」

 

病棟エリアから出たクリスは二人して控えめに伸びをする。

 

深刻なダメージは未だに跡を引き、さすがにハードな運動は辛い。

 

もっとも日常生活には不自由しないほどに回復しているので、これからは普段の生活の傍らでリハビリに励むことになるだろう。

 

「二人とも、退院おめでとうございます」

 

「おめでとうデース!」

 

調、切歌から花束を渡される。

 

彼女らだけではない。他の装者にエルフナインも出迎えに来ていた。

 

もっとも入院中にもほとんど毎日顔を合わせていたので特に真新しさはないが。

 

「二人ともありがとうな」

 

そう礼をする異世界クリスに、

 

「で、デース! 退院パーティーの準備も出来てるデスよ!?」

 

「たくさん美味しいもの用意してるからねッ!」

 

響も目を輝かせている。

 

「そうかい、ありがとうよ」

 

こいつらはどっちかっていうとパーティーの御馳走が楽しみなんだろうな、と内心で苦笑しながらクリスも応じた。

 

「パーティーはともかく、今日は友引の朝。退院には吉日だろう」

 

ただ一人古風なことを言ってうんうんと頷く翼に、どういうわけか異世界クリスが血相を変えた。

 

「…え? 今日は友引で…明日は大安?」

 

そう呟くなり、エルフナインの細い両肩を掴み上げる。

 

「なあッ! もしかして、あたしの元いた世界の日付も、こっちの日付と同じように進んでいるのか?」

 

「え? あ、はいッ、『極近似世界』ですから…多分向こうの世界の時間の流れもこちらとほぼ同じだと思いますけど…」

 

意味不明の迫力に押されながら返事をするエルフナイン。

 

「マジか…」

 

異世界クリスは天を仰ぐ。

 

それから困ったような表情になると、集まったみんなを見回して、

 

「悪い。あたしは急いで明日まで元の世界に戻らなきゃ…」

 

「そ、そんな! なんでいきなりッ!?」

 

口々に不満を訴える響たちに、俯き、少しだけ口ごもった後、意を決したように並行世界から来たクリスは顔を上げた。

 

心底申し訳なさそうな表情で言う。

 

 

 

 

 

 

「だって…結婚式があるんだからよ」

 

 

「……ええええええええええええええええええッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

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