戦姫絶唱シンフォギアCW   作:とりなんこつ

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EPISODE 8 穏やかに分かれゆく水の高嶺(たかね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、本当に出現するのかしら…?」

 

マリアの装着したアガートラームが銀色の陽光を弾き返す。

 

「切ちゃん、油断したらダメだよ」

 

「調こそ気をつけるデス!」

 

今、彼女ら三人がいるのは、福岡天神のメインストリートだ。

 

過日の錬金術師によるテロ事件の痕跡も生々しく、未だシャッターを下ろされたままの店や、瓦礫なども完全に撤去されていない。

 

普段は人通りが絶えないであろうそこは、昼間にも関わらず人影は皆無である。

 

それはなぜか?

 

事前に自治体を通じて日本政府より避難指示が発令されていたからに他ならない。

 

「…来たわよッ!」

 

鋭いマリアの声に、切歌も調も身構える。

 

その前触れを言葉で説明するのは難しい。

 

敢えて表現すれば、空気が震えた、というのが適切だろうか。

 

大気を揺らす振動が落ち着くと、そこには忽然とアルカ・ノイズたちが出現していた。

 

「うりゃああああああッ!」

 

ノイズたちが身構えるより早く、イガリマの刃が走る。

 

一直線に切り裂かれるノイズの一団。

 

左右に別れた群れをシュルシャガナの鋸刃が襲い、撃ち漏らされた残党はマリアのアガートラームが次々と屠って行く。

 

ものの3分も経たず、アルカ・ノイズの一団は殲滅された。

 

「…これで終わりデスか?」

 

切歌が拍子抜けした声を出す。

 

「前回とまるで同じ…」

 

茫洋とした声を出しつつも、あたりを油断なく警戒する調。

 

同じく周囲を睥睨しながら、マリアは本部への連絡を取る。

 

「こちら派遣チーム。無事、ノイズの殲滅を完了しました」

 

『ご苦労。こちらでも殲滅を確認している。が、念のため、調査部の作業後、移動してくれ』

 

「了解しました」

 

通信を終え、マリアは背後を振り返る。

 

風鳴弦十郎司令との通信は二人も聞いているはずだ。

 

「まだ足止めね。とりあえずホテルに戻ってシャワーでも浴びましょう」

 

「さっぱりしたら豚骨ラーメンを食べに行きたいデース♪」

 

「私は明太子おにぎりもいいな…」

 

マリアは苦笑し、はいはい、と切歌、調の両名に応じながら思う。

 

まるで旅行気分ね。

 

でも、これほど苦労しない戦闘であれば、気が緩んでしまうのも仕方のないことかも知れない。

 

なぜなら迎え撃つのではなく、事前に出現するとわかっているノイズを叩くのだから。

 

ノイズとの戦闘に否応はない。

 

十分に避難指示も行き届き、物理的損害もほとんど皆無となれば上々の結果だろう。

 

だとしても―――。

 

マリアは一抹の不安を覚えずにはいられない。

 

もっともこの不安は、既にS.O.N.G.全体で共有されているはず。

 

具体的な方策と方針は上層部が調べ、命令してくれる。

 

寄らば大樹の陰というわけではないが、組織に属するのは息苦しさを覚える反面、頼もしいものだ。

 

「マリアー、はやく行くデース!」

 

「いそがないと明太子が売り切れちゃうよ?」

 

切歌と調の声に急かされつつ、マリアは足を止め、もう一度福岡の街並みを振り向く。

 

今回はほぼ無傷で守り通した街。

 

なのに―――この胸騒ぎは、なぜ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…これは意図的なものなのか?」

 

S.O.N.G.本部にて。

 

風鳴弦十郎はディスプレイを凝視する。

 

表示されているのは日本列島の地図だ。

 

赤くスポットされているのは沖縄、福岡、大阪、北海道、そして東京。

 

過日の<燎原の火(ワイルド・ファイア)>事件でテロが実行された国内の主要都市である。

 

ことの始まりはちょうど一週間前だ。

 

沖縄にアルカ・ノイズの再出現が確認、報告された。

 

その翌日には福岡に、その翌々日には大阪、次に北海道、最後に東京。

 

一日のスパンを置き、それぞれアルカ・ノイズの出現が確認されている。

 

いずれもS.O.N.G.よりシンフォギア装者が派遣され、これを殲滅、鎮圧。

 

先の事件とくらべ、戦力の集中投入より被害は比較的軽微に済んでいる。

 

その後、調査部より、非常に興味深いデータが報告されていた。

 

出現したアルカ・ノイズの数および規模は、先の<燎原の火>事件とほぼ同一。

 

加えて―――。

 

『徹底的な調査を行いましたが、錬金術師たちの確保は出来ませんでした』

 

画面の向こうで緒川慎次が申し訳なさそうに報告してくる。

 

「分かった。引き続き事後処理と調査にあたってくれ」

 

『はい』

 

緒川の報告にもある通り、アルカ・ノイズの出現した都市における錬金術師たちの存在が確認されていない。

 

もともとが錬金術で産み出されたノイズの亜種だ。

 

専用のテレポートジェムを持って召喚されるべきものだが、肝腎の召喚者たちが見当たらないのは異常である。

 

「自動でジェムを排出するデバイスとかの可能性は?」

 

「それはそれで調査部が見逃すはずはないだろ?」

 

友里あおいと藤尭朔也の会話を、神妙な面持ちで聞くエルフナインがいる。

 

アルカ・ノイズは彼女のオリジナルであるキャロル・マールス・ディーンハイムが錬金術を駆使した産物である。

 

霊的融合を果たした彼女にとっても他人事ではないのだろう。

 

そんなエルフナインの細い肩に手を置き、弦十郎はことさら大きな声を出す。

 

「今回のことでパターンが認められたわけだが、今後の展開はどう予測するエルフナインくん?」

 

「は、はいッ! そうですね…」

 

弾かれたように顔を上げ、エルフナインはコンソールに指を走らせる。

 

「パターンと認識するなら、次は大阪、北海道と順番通りに至るでしょう」

 

一日置きで東京まで再現されたアルカ・ノイズの出現は、一巡すると再度沖縄に出現している。

 

今日、福岡でマリアたちが待ち構えていたのは、この出現パターンを見越してのことだった。

 

「だったら被害は最小限に抑えられるな」

 

もともと各都市に出現したアルカ・ノイズは装者単独で殲滅可能だった。

 

さすがに東京はクリス一人で無理だったが、装者が複数人で当たれば、福岡のように人的物的被害を皆無で通すことも不可能ではない。

 

S.O.N.G.としては戦力の集中運用といった本来の特殊部隊らしさを取り戻していることにもなるが、喜んでばかりもいられない。

 

今回のノイズの再出現を突き詰めると二つの疑問に直面する。

 

一つは、この出現現象はいつまで継続するのか。

 

もう一つは、誰がどのような意図を持ってアルカ・ノイズを再召喚し続けているのか。

 

「…やはり陽動なのか?」

 

陽動となれば、別の目的が存在するはず。

 

S.O.N.G.の擁する聖遺物はもちろん、テロの起こった各都市の霊的伝承施設、果ては要人などへも調査の対象が伸びていたが、いまだ決定的な情報は上がってきていなかった。

 

そして、日本の守護はもちろんだが、並行世界のこともおろそかに出来ない。

 

マルチタスクで行われている並行世界の情報開示は、指令部の面々の奮闘もあり、魔法少女事変の終結まで進んでいる。

 

現在のところ、こちらの世界とはそれほど差異のない展開が続いていた。

 

この先のパヴァリア光明結社との決戦を経て、大きく分岐する可能性はあるのだろうか?

 

もっともその可能性は低いと弦十郎は見込んでいる。

 

証拠は並行世界から来たクリスだ。

 

任務ゆえ向こうの世界へ帰還しないと公言するもう一人のクリスは、報告を聞く限り、良く言えば年頃の女子高生らしい日々を送っていて、悪くいえば暇を持て余しているらしい。

 

彼女は、おそらく情報が全て開示されるのを待っているのだろう。

 

「全く、身体はいくつあっても足りないな…」

 

全ての情報を把握した上で、こちらの世界側の方針も決めなくてはならない。そのことに関しては無論S.O.N.G.が単独で決定しうるものではなく、関係各省、国連とも密な情報のやり取りが必要になる。

 

今後の課題と処理の煩雑さを予想して思わずぼやく弦十郎に、エルフナインはくすりと笑う。

 

「きっと向こうの世界のボクたちもそう思っているはずですよ」

 

「違いない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日も学校から自宅へ帰ったクリスを、もう一人のクリスが出迎えてくれた。

 

「ただいまーッと」

 

「お帰り。風呂出来てるぜ?」

 

「そっか、じゃあ先にお湯貰うわ」

 

ピカピカに磨かれた廊下を歩き、クリスは脱衣室で制服を脱ぐ。

 

綺麗に畳まれたバスタオルをひっつかみ、浴室へ。

 

シャワーを浴びてボディソープのボトルを押す瞬間、ありゃ、買い置き切らしてたなー、と思い出したが、予想に反してボトルの中はたっぷりと満たされていた。

 

浴室の中の掃除も行き届いており、まったくストレスを感じることもなく入浴を堪能するクリス。

 

バスタオルを巻いて鼻歌混じりにリビングへ行けば、

 

「ほい」

 

と、テーブルの上に冷たい牛乳が準備されている。

 

牛乳を置いた返す手で、並行世界から来たクリスは言った。

 

「ほら、座れよ。髪乾かしてやる」

 

「ん」

 

素直にソファーに座るクリスがいる。

 

そのまま牛乳を飲んで雑誌なんぞを眺めている間に、ドライヤーで髪のブローは終了。

 

髪にリボンを結びながら、もう一人のクリスは尋ねてきた。

 

「さて、そろそろ晩飯にするか?」

 

「あー、もうちょい待とうや。どうせ今日も…」

 

そうクリスが口にするや否や、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る。

 

間もなくパタパタと足音がして、すっかり馴染みの二人組が顔を出した。

 

「こんばんは、クリスさん! クリスちゃん!」

 

「クリスさん、これ、今日もちょっと作りすぎちゃって…!」

 

立花響が大きな声で挨拶をし、小日向未来は持った自身の顔が隠れそうなほどの重箱を差し出してくる。

 

「な?」

 

互いに顔を見合わせ苦笑しあうクリス二人。

 

四人で食卓を囲む。

 

「御代わり、いるか?」

 

「は、はい! クリスさんの作るお料理は、ほんと絶品で…!」

 

「褒めたってなにもでねーぞー」

 

そう言いつつ、満更でもなさそうな顔つきで、山盛りの芋の煮っ転がしを未来に手渡すクリスさん。

 

「わたしは未来の作った煮っ転がしの方が好きだなー」

 

「うん? いま何か言った響?」

 

「………」

 

哀愁を漂わせる響の背中をぽんぽんと叩くクリスがいる。

 

食事が済めば、片付けられたリビングのテーブルの上でボードゲーム。

 

よおくカードをシャッフルし、全員に配るクリスさん。

 

自分の手札を確認したクリスはそこで―――爆発した。

 

「だあああああああああああああッ!! おまえはあたしを駄目にしにきたのかッ!?」

 

カードを全力で放り投げ、並行世界から来た自分自身を指さす。

 

返ってきたのはきょとんとした三対の視線。

 

「なにいってんだ、おまえ?」

 

クリスの目するところの諸悪の根源が、同じ顔で問い返してくる。

 

「そんなの決まってるだろッ! 朝起きたらご飯が出来ていて、洗濯も済んでいて、弁当まで用意してあって!」

 

指折りクリスは数えて、

 

「帰ってきたら帰ってきたで、買い物も風呂も夕食の準備までしてあるんだぜッ!?」

 

「…それの何が不満なの、クリスちゃん?」

 

かの立花響をして、完璧に拍子抜けした素の声が返ってくる。

 

「クリスったら、全部クリスさんにやらせているのッ!?」

 

対照的に未来の声音も表情も険しい。

 

「勝手にこいつがやってることが問題なんだッ!」

 

クリスとしては、このことを声を大にして叫びたい。

 

甘えている自分にも非があるが、とにかく痒いところまでに手の届く献身ぶりは、こちらを堕落させようとしているとしか思えない。

 

「…あたしとしては、泊めてもらっている恩もあるし、日中は暇だから好きでやってるだけなんだけどなあ」

 

ぼりぼりとクリスさんは頭を掻く。

 

「だからって、人が風呂入っている間に宿題まで済ますなッ!」

 

「ああ、それな。あたしだって勉強したくて、つい…」

 

たははと笑うクリスさんに、光速で詰め寄る響がいる。

 

「あ、あの! わたしの課題も手伝って下さいッ!」

 

「響、それはダメよ! 自分の力でするのッ!」

 

「え~、でもクリスちゃんは…」

 

「クリスは自分自身がしてるから良いのよ!」

 

ある意味、説得力のある言葉ではある。

 

そんな未来と響を横に、存外素直に並行世界から来たクリスは謝ってきた。

 

「まあ、おまえの気に触ったなら謝るよ。それでもこっちとしては楽しんでやっていることだからさ」

 

「…マジかよ? マジで楽しいのか?」

 

クリス自身、家事全般はそれほど苦にならないタチだが、ときどき億劫になることもある。

 

「そりゃあ楽しいさ」

 

そこで言葉を切り、もう一人の自分は少し遠い目をして、

 

「だから、おまえも素直に甘えていいんだぜ? 楽しめるうちに楽しむってのはとても大切さ」

 

言葉に込められた意味を察せられないほどクリスは愚鈍ではない。

 

この二人自身での共同生活など、本来ありうるべきものではない。いわば期限付きの至れり尽くせりだ。

 

ゆえにもう一人の自分が帰ったあとの生活の反動を心配してのクリスの激発だったが、こう素直に甘えていいと言われるのはなかなかに新鮮だった。

 

本来的にクリスは他人に借りを作るのは嫌いな性分ではある。しかし、相手が自分自身であれば果たしてそれは借りといえるものだろうか。

 

逡巡してしまうクリスを前に、もう一人のクリスが言葉を投げかけてくる。

 

言葉の内容は至極当たり前のもの。

 

だが、あとを引く妙な印象が残った。そう、まるで流星のように。

 

 

 

 

 

「何事にも終わりは来るのだから―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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