戦姫絶唱シンフォギアCW   作:とりなんこつ

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EPISODE 9 S・O・S(ストロベリー・オン・ザ・ショートケーキ)

 

 

 

 

 

 

 

 

かつてエルフナインが装者たちを集めて説明したことがあった。

 

「みなさんはギャラルホルンと並行世界のことについて色々考えていらっしゃるかも知れませんが、量子力学的にある程度の説明は出来るのです」

 

「りょうしりきがく?」

 

思いきり頭上にハテナマークを浮かべる立花響。

 

「つまり、シュレディンガーの猫という思考実験が存在するように、箱の中の猫の生き死にを重ね合わせ(スーパーポジション)と定義されたのは周知の通りで…」

 

「あーエルフナイン、悪いんだが」

 

クリスが親指で隣を指し示しながら言う。

 

「こっちのバカにはもっと分かり易い言葉で説明してくれや」

 

「分かりました」

 

表情一つ変えずエルフナインが取り出してきたのは小さな箱。

 

中から現れたものに、響が快哉を上げる。

 

「うわぁ、美味しそうなケーキだね!」

 

箱の中にあったのは、イチゴの載ったショートケーキが一つ。

 

響の反応にエルフナインは微笑して、

 

「では、響さん。このケーキは本当に美味しいのでしょうか?」

 

「え? そんなの、実際に食べてみないと」

 

「どうぞ食べてみてください」

 

「いいの? じゃあ、頂きまーす!」

 

満面の笑みを浮かべてケーキを手に取る響。

 

「一口で行ったァッ!?」

 

驚愕の声を上げる他の装者たちも意に介さず、もぐもぐと咀嚼して呑みこむ。

 

「あー、美味しかった、ごちそうさま♪」

 

両手を合わせる響に、エルフナインが取り出したのはまた小さな箱。

 

開ければ、またショートケーキが一つ。

 

「響さん。このケーキは本当に美味しいでしょうか?」

 

「え? え?」

 

「食べてみてください」

 

「う、うん…」

 

おずおずと、それでもまた一口で頬張る響。

 

「うーん…? あんまり美味しくないかなあ。なんかスポンジは固くてイチゴも青臭いし」

 

その感想に頷き、またまた小さな箱を卓上に載せるエルフナイン。

 

開けると、そこにはやっぱりショートケーキが一つ。

 

「さて、響さん。このケーキはどんな味がすると思いますか?」

 

「えー、そんなの、やっぱり食べてみなきゃ…」

 

「そうです。食べてみなければ分からない。食べて初めて美味しいか不味いかが判明する。ですから、この時点で、このケーキはあくまで美味しそうなケーキのままです。決して美味しいケーキでも不味いケーキでもありません。つまり、このケーキには無限の可能性がある状態なんです」

 

「それもいわゆる重ね合わせ(スーパーポジョション)状態ってやつか」

 

クリスが答える。

 

「そうです。そして並行世界とは、簡単にいえば、重ね合わせ状態の可能性の一つとして分岐した世界と言えるでしょう」

 

「…?? クリスちゃん、どゆこと?」

 

「ここまで説明されても分からないのか、おまえはッ!」

 

クリスは声を荒げるも、がっくりと肩の力を抜いて、

 

「…はあ、まあいいや。仮に美味しそうなケーキがここに一個あるとするだろ? これはいいか?」

 

「うん」

 

「で、だ。このケーキを食べて『美味しい』と思ったおまえがいるとするだろう?」

 

「うんうん」

 

「だけど『美味しくない』って思ったおまえがいるかも知れない。もっと言えばケーキを食べないと選択したおまえがいるかも知れない」

 

「うんうんうん」

 

「そんな別の選択をした別のおまえがいる世界が、並行世界ってことなんだよッ!」

 

「うーーーーーん!?」

 

響は腕を組んで考え込むことしばし、

 

「でも、別の世界のわたしって言っても、わたしはここにいるわけだし…」

 

「何度もギャラルホルンで並行世界に行ってきただろうがテメェッ!?」

 

激昂して掴みかかろうとするクリスを、エルフナインの冷静な声が抑え込んだ。

 

「いえ、響さんの主張はとても重要なことです」

 

「…どういうこった?」

 

「この場合、並行世界の往来は元より、観測するという行為が矛盾しているのです。先ほども説明したとおり、観察しようと介入した時点で、それは重ね合わせ状態を脱し、一つの世界として固定されます。本来的に、並行世界という考え方も概念でしかありません。なぜなら、誰もその存在を確認できなかったのですから」

 

「だが、我々は実際に確認し、幾度か往来している。その原因は――」

 

「―――ギャラルホルンね」

 

翼の声をマリアが引き継いだ。

 

エルフナインは深く頷く。

 

「この聖遺物(ギャラルホルン)の力は、他の世界を観察、認識することが出来ます。それはいわば無数にある並行世界の中に、特異点を作り出す能力と形容してもいいのかも知れません―――」

 

 

 

 

 

 

 

「…なあんてこと、なんでか突然思い出したんだよねッ!」

 

無邪気な表情で立花響が言った。

 

「なんとも唐突な…」

 

呆れ顔の風鳴翼に、

 

「先輩、たぶん原因はアレっすよ、アレ」

 

クリスが指さす方向には、一枚の看板がぶら下がっていた。

 

大きくプリントされているのは、なんとも美味しそうなイチゴのショートケーキ。

 

「何においても食い気だな、おまえは…」

 

軽く溜息をつくクリスを始め、三人は既にシンフォギアで武装していた。

 

場所は函館市内で、公共交通機関は元より自動車どころか人ッ子一人見当たらない。

 

それもそのはず、パターン通りであれば、間もなくアルカ・ノイズが出現する時刻である。

 

『みなさん、準備はよろしいですか?』

 

エルフナインが通信で注意を促してくる。

 

『後詰はこっちに任せときな』

 

この通信は並行世界からきたクリスのもので、三者三様の声が返信した。

 

「了解した。そちらの雪音も頼りにさせてもらうぞ」

 

「クリスさん、お土産期待しててね♪」

 

「だから観光旅行じゃねーってんだろ!?」

 

現在のS.O.N.G.本部には、マリア、切歌、調の三人の他に彼女も待機している。

 

万が一、東京や、他の地域が襲撃されても対応可能な布陣だ。

 

「よし、さっさと片付けてスープカレーを食べに行こッ!」

 

響がぐるぐると腕を回しながら言う。

 

「油断は禁物だぞ、立花」

 

すかさず窘める翼。

 

「先輩の言うとおりだぜ。今回は、ちっとでも街を壊されたら負けと思え」

 

<燎原の火>事件当日にはイガリマとシュルシャガナ。再発生の際には、それにマリアが加わって対処している。

 

再々発生の今日、投入されたガングニール、天ノ羽々斬、イチイバルは、ある意味過剰戦力とさえ言えた。

 

「でも、この三人で戦うのは久しぶりだよね~」

 

「…言われてみればそうかもな」

 

「大丈夫ですよ。わたしたち三人なら、きっと神様だって倒せちゃいます!」

 

「ふふ、頼もしいな、立花」

 

ふと笑みを漏らしたかに見えた翼だったが、構えたアームドギアが次の瞬間に鞘走る。

 

「来たぞッ!」

 

叫び声とほぼ同時に、数体のアルカ・ノイズが炭化していた。

 

「よっしゃ、来たぞ、ぶちかませッ!」

 

「了解ッ!」

 

放たれた正確無比の弾幕を追い越すように、神殺しの拳が北の空に舞う。

 

 

 

 

 

 

 

「間もなく殲滅が完了するようです」

 

友里あおいの報告に一つ頷き返すと、風鳴弦十郎はエルフナインとの会話を再開する。

 

「…つまり、エルフナインくんは、あのときにギャラルホルンは起動したわけではないと言いたいのか?」

 

「はい。おそらく、あのときの現象は〝起動〟ではなく〝共鳴〟なのではないかと」

 

二人が話題の俎上にしているのは、並行世界からもう一人のクリスが来訪したときの事象に他ならない。

 

「向こうの世界のギャラルホルンが起動した際に、こちらの世界のギャラルホルンは共鳴した。そういうことか」

 

並行世界から来たクリスは、あちらの世界にもギャラルホルンが存在すると言明している。

 

その言葉を、弦十郎は素直に首肯したわけではない。

 

あんな破天荒な能力を有する聖遺物など、並行世界といえどそうそう存在されてはたまらない。

 

もう一人のクリスの来訪という事実を目の当たりにしても、なお懐疑的にならなければならないのは、職責上仕方のないことでもある。

 

だが、エルフナインの共鳴現象という解明を経て、向こうの世界にもギャラルホルンが存在することを認めなければならないようだ。

 

「むう…」

 

唸る弦十郎であるが、内心で荒れ狂う思考は、質実剛健な外見から想像もつかないほど深刻だった。

 

向こうの世界にも、こちらの世界にもギャラルホルンが存在するとする。

 

そしてギャラルホルンは、並行世界へと渡る能力を有する。

 

すると、どうなるか?

 

それこそが弦十郎がもっとも危惧しなければならない状態を意味する。

 

つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

一方の世界に、シンフォギア装者が倍の12人存在したらどうなるか?

 

戦闘能力の向上は単純に二掛け程度では済まない。場合によっては二乗ですら足りないポテンシャルを秘めている。

 

仮にこの情報を上げたとすれば、風鳴赴堂が看過するとは思えない。

 

ここでややこしいのは、二つの世界それぞれにあの攘夷主義者が存在するであろうことだ。

 

その上で二つの世界で率直な協定関係が結ばれる可能性など…。

 

「おっと、いかんいかん」

 

慌てて弦十郎は頭を振る。

 

仮定と可能性の話に色々と枝葉をつけても始まらないだろう。そもそも先走って一人で考え込むものでもあるまい。

 

弦十郎の沈思をよそに、エルフナインの口にした台詞は半ば独白に近い。

 

「ボクは、ギャラルホルンが存在するであろうもう一つの並行世界を、極近似世界と定義します」

 

その言葉に弦十郎が顔を上げたのと、藤尭朔也が叫んだのは一緒だった。

 

「あー、やっと全部のロックが解除されたッ!」

 

突っ伏す藤尭に、お疲れさまと労いの温かい飲み物を手渡すあおい。

 

「そうかッ、終わったかッ!」

 

どうやら、並行世界より持ち込まれたメモリースティックの情報の開示は全て終了したようだ。

 

これで山積している問題の一つは片付いたことになる。自分に気合を入れる意味も込めて快哉を上げる弦十郎。

 

同じくほっと息を吐いたエルフナインをちらりと見ると、藤尭はコンソールの画面をスワイプする。

 

「君にメッセージだ」

 

「え? ボクに?」

 

「フォルダの最下層にあった。映像データのようだけど…」

 

共有されたデータのタイトルは確かに for elfnein とある。

 

訝しげにデータを再生したエルフナインの正面に、鏡写しのような同じ顔が現れた。

 

「…並行世界のボク…ッ!?」

 

巨大ディスプレイに表示された別世界のエルフナイン。

 

その顔が青ざめて見えるのは、画面が暗いだけだろうか。

 

そんな画面の彼女は口を開く。

 

『ボクは、ギャラルホルンが存在するであろうもう一つの並行世界を、極近似世界と定義します』

 

「……ッ!」

 

奇しくも、先ほどこちらの世界のエルフナインが口にしたものと寸分違わぬ台詞だった。

 

絶句したエルフナインがただ見上げるだけしか出来ないディスプレイの中で、ふっと並行世界のエルフナインは儚げに微笑む。

 

『…そちらの極近似世界のボクに、あとは託します』

 

そういった彼女の唇の端から血が溢れた。

 

ディスプレイのエルフナインが画面の手前に向かって倒れ込むのと、こちらの世界のエルフナインが絶叫してその場に倒れたのはほぼ同時。

 

「きゃあああああああああああッ!?」

 

劈くような悲鳴は友里あおいの上げたものか。

 

同様の悲鳴は、ディスプレイの向こうからも響いてくる。

 

並行世界から持ち込まれた映像データの内容は、それだけにとどまらない。

 

向こうの世界の友里の悲鳴に続き、『エルフナインくん!?』という弦十郎のものらしき叫び声。

 

画面に映る指令室を背景に、明らかに混乱した空気の中、誰のものかも知れぬ苦鳴と誰何の声が交錯する。

 

そして爆発。

 

爆風と爆発音が連鎖する中、映像は完全にブラックアウト。

 

「………何なんだ、これはッ!?」

 

昏倒したエルフナインを抱え、さすがの風鳴弦十郎も叫ばずにはいられない。

 

それでも組織の長たる義務を振い立たせ、どうにか正常な判断を取り戻そうと苦闘する弦十郎の耳に響くアラート音。

 

それは、世界の終末を告げるとされる角笛の音。

 

「ギャラルホルンが起動している…ッ!?」

 

「こんなときに…ッ!」

 

混乱を告げる報告は終わらない。

 

「東京湾上空に、アルカ・ノイズが出現! くッ、予定より早いじゃないかッ!」

 

「いえ、アルカ・ノイズだけではないわ! ノイズの中心に巨大な物体を視認しましたッ!」

 

「これは…そんな馬鹿なッ! 質量が観測できないッ!?」

 

恐慌(パニック)一歩手前とも思える報告を前に、冷静な分析官(アナライザー)であるエルフナインは昏倒。

 

それでなくても悠長に意見を交わして対策を論ずる時間は存在しない。

 

弦十郎は腹を括る。

 

修羅場に於いて最後に頼るべきは己の本能と勘だと信じている。

 

あとはそれに準じ、全ての責任を負う覚悟を決めるだけ。

 

「よしッ! 待機している装者たちは全員緊急出動! 藤尭は謎の巨大物体の詳細を分析せよ! 友里は北海道の三人を至急呼び戻せッ!」

 

「…はいッ!」

 

藤尭、あおい二人とも、これほど己の戴く司令官が頼もしいと思えたことはないだろう。

 

矢継ぎ早の命令は速やかに実行された。

 

結果、待機所への装者たちへも指令が届く。

 

「全員、甲板まで急いで集合よッ!」

 

マリアを先頭に走る一行。

 

「ほら、クリスさん先輩も急ぐデス!」

 

「おうさ。任せときな」

 

その最後尾を走る彼女の小さな呟きは、先を行く三人は気づかない。

 

並行世界から来た赤い戦士の頬に、凄惨な笑みが浮かんでいたことも。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――やっと来やがったか。待ちかねたぜ…ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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