「藤本神父は強かったし、こんなあっさり死ぬような人じゃないはずだった。皆も、もちろん私もずっとそう思ってた。けどね、どこかしっくり来てるような気もしてね。燐を……息子を守って死ぬなんて、世話焼きなあの人らしいっていうかさ」
静かな、うたうような声だった。伏せられた深緑の瞳は涙をこぼすことはないが、滴るような深い哀愁をはらんでいる。そのどこまでも静謐な表情を、雪男は黙って見つめていたが、やがて何かを決心したように口を開いた。
「……こんなこと、今更だとは思うんですけど」
「うん?」
墓石に落とされていた昴の視線が、傍らの雪男に向けられる。
「神父(とう)さんは何故、昴さんに兄さんがサタンの子どもであることを教えたんでしょう。僕は当事者ですから、分かります。でも昴さんは一般人で……兄さんの秘密を教える理由はないように思うのですが」
「私、一般人じゃないよ。祓魔師だもん。あ、「元」祓魔師か。剥奪されちゃったもんね」
「……」
何でもないことのように話す昴とは裏腹に、雪男は目を伏せて痛みを堪えるような表情を浮かべた。
「保険だよ、多分。燐の炎が抑えられなくなることを見越して、一緒に教会で育てられていて、且つ手騎士(テイマー)の才能を持っていた私が祓魔師になれば、いざという時応急処置でも任せられると思ったんじゃないかな。私が純血竜(ピュアリニアル・ドラゴン)を喚び出せば燐を押さえつけとくくらいのことはできただろうし、実際、もしものことがあったら頼むって言い含められてたしね」
昴は墓石から視線をはずし、重く澱む灰色の空を見仰いだ。顔の左側を隠す前髪の一房が、湿気に耐えかねたようにずるりとこめかみの方に滑り落ちる。
その隙間から覗くものを――彼女の左の顔に遺るものを、雪男は知っていた。けれどまじまじと見る勇気はなくて、視線を不自然にさまよわせることしかできなかった。
見れば思い出してしまうから。あの時のことを。
「でもあんなことになっちゃって、教会を出て行かなくちゃならなくなって……あの時はほんとに迷惑かけたな。一度も怒らないで見送ってくれたの、まだ昨日のことみたいに思い出せるのに……」
昴は雪男と同じく、史上最年少の13歳で祓魔師の試験に合格した優秀な手騎士兼騎士(ナイト)だった。雪男と並んで天才と称され、将来は聖騎士も夢ではないと大人達からもてはやされていたのだ。
ある「事件」を起こして審問にかけられ、すべての称号(マイスター)を剥奪されるまでは。
「私は燐を守る役目を放棄した。そういう意味では藤本神父を殺したのは私だとも言えるだろうね」
「そんな、やめてください! 昴さんは何も悪くない!!」
遠い目をした昴のその呟きに、耐えられなくなって雪男は叫んだ。彼女はいつもこうやって自分を責める。慰めや同情の言葉を欲しているわけではない。純粋に、何の他意もなく、自分がすべて悪いと思いこんでいるのだ。だからまるで明日の天気のことを語るような調子で、神父を殺したのは自分だとのたまってしまう。平気でその重すぎる責務を自分だけで背負おうとしてしまう。
雪男や燐と兄弟のようにして育ったはずなのに、学園には少なからず友人もいるはずなのに、昴はいつも独りで生きているようだ。そういう、野生動物のような、一生かかっても心から分かり合うことはできないような、手のかからなさが雪男は嫌いだった。
「大声を出して、すみません……でも、違います。昴さんのせいじゃありません。あれは事故だったんです。だから……」
だから、何だろう。次にかけるべき言葉が思いつかなくて、雪男は口を噤んだ。今は昴の悪癖を問いつめるような場面ではないし、実際問いつめてみたところで、ただ黙って困ったように微笑まれるのがオチだ。だから。
滅多に聞かない雪男の荒れた声に、昴はしばらくその隻眼を見開いて驚いていたが、すぐに表情を笑んだ形に戻した。雪男が見たくなかった、困ったような、申し訳なさそうな色が貼り付いた笑顔だった。
「……ありがとう。雪男は優しいね」
「何言ってるんですか。優しくなんかありません。何も……」
雪男は一度深く俯き、意識して息を強く吐き出した。まだ春になったばかりの冷たい外気に、こぼれ出た息はひどく熱く感じられた。
冒頭から色々と過去を匂わせてまいります……。
雪男、敬語で喋っていますが夢主のことは非常に信頼しています。
夢主の負担になりたくないのでつとめて自分が自立できていることをアピールしているのです。健気!