「はぁい、燐」
「……昴」
昴が片手を上げて近寄ると、燐は俯いていた顔を少しだけ上げて、すぐにまた元のように俯いた。
教会の裏口に設けられた小さな階段、屋根が少し張り出してぎりぎり雨をしのげる場所に、燐は座っていた。そういえば喧嘩や不登校のことで藤本神父に叱られると、頭を冷やすためによくこうやって座り込んでいたっけ。思い出し笑いをしながら、昴は燐の隣のわずかなスペースに滑り込むようにして座った。
「帰ってきてたのか」
「そりゃこんな大事があればね。ただいま」
言いながら横目で燐の表情を伺ってみたが、前髪に隠れてよく分からない。触れ合った肩は湿っていて、少し前までずっと雨に打たれていたことが伺い知れた。
「雪男とちょっと話してきたよ。そろそろ行こうって」
やはり返事はない。昴は息をつくと、視線を鈍色の空へと差し向け思案した。他に何か話しておくべきことはないだろうか。
(雪男はまだ自分が祓魔師だってこと燐に言ってないみたいだし、私がしゃべるわけにはいかないな)
雪男は若干7歳という幼さで祓魔師の世界に身を投じながら、燐に祓魔師関連のことは一切話さなかった。そうすることで、何も知らずに脳天気に生きている兄と、幼少から祓魔の道をひた走る自分との区別を濃くして、プライドを保っているようだった。まったく見上げた負けず嫌いだ。
まあつまり、話すことが何もない。昴は暇そうに足をプラプラさせ始めた。
「……」
「……」
沈黙が流れる。雨の降るさらさらとした音だけが、空を覆って屋根を伝い、鼓膜へと優しく流れ込んでくる。
「……お前、大丈夫なのか」
「え? 何が?」
突然低い声で発せられた質問に、昴は聞き返した。
「傷だよ。目んとこの。まだ痛むんじゃねえのか」
「はあ」
呆れたように息を吐く。まただ。燐は昴が教会に帰省するときまってこの質問をする。
「もう痛くないよ。てか毎回その質問するよね。1年以上経つのに」
「1年……もうそんなに経つのか」
燐が少しだけ顔を上げて、その美しい青い目で遠くを見やった。その視線の先には、今しがた棺におさめられて埋葬された、藤本神父の眠る墓地がある。
「お前、あの時死んじまうんじゃねえかって顔してたから。今でも昨日のことみてーに思い出せる」
昴は思わず笑った。体温を奪い去る冷たい春の雨の底で、お腹と喉があたたかく震えるのを感じた。
「何だよ、おじいちゃんみたいなこと言っちゃって。ばかだなあ」
そこで、燐の目がはじめて昴の方を見た。青く茫とひかる、火蜥蜴の吐息のような瞳に射すくめられて、身体が一瞬寒さを忘れた。
燐と対面する場面です。
雪男の前では割とかっこつけたがる昴ですが、燐といると結構調子崩されます。良い意味でも、悪い意味でも。