魔法科高校の無信仰者   作:苺ノ恵

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episode11.

 

 

 

 

 円を描くようにグラスを揺らす。

 

 グラスの内面に薄く惹かれた葡萄の紅は、芳醇な香りを迸らせながら、ワイナリーで眠ってきた歴史の深さを重層的に表現する。

 

 グラスに口を付け、ワインを少量舌に落とせば言いようのない幸福感と共に日々の疲労を泡沫の夜へと誘ってくれる。

 

「___美味いな」

 

「珍しいな、ゼートゥーア。お前がこの程度の酒に感想を述べるとは」

 

 新ソ連軍参謀本部所属 作戦参謀次長 クルト・フォン・ルーデルドルフ准将は、男盛りの精悍な軍人らしい豪快さで、注がれたワインを一度に煽る。

 

「酒の価値など些末なことだ。特に、今日のような気分のいい日に美味いと思える酒を飲めるのなら、これ以上のものはない」

 

「ふん。孫娘の晴れ舞台とあっては、流石のお前も人の子に戻るか」

 

「私は人間を辞めたつもりはないがね?」

 

「どの口がいうのか…」

 

 空いたグラスに互いにワインを注いでいく。

 

 栓を三本ほど抜いたところであろうか、ルーデルドルフが話の流れを変える。

 

「___そろそろ動く頃合いか?」

 

 それを聞いたゼートゥーアは、未だ飲み切っていないグラスにワインを少しずつ注いでいく。

 

「右から左。左から右へ。いくら軍の予算案が年々通り易くなっているとはいえ、あの程度では焼け石に水も同然。今回実施した商人の真似事にしては思った以上の収穫だな」

 

「アンティ・ナイトを他国に渡すと聞いた時は肝を冷やしたが、これを読んでいたというのなら、私はやはりお前を人外と表す他ないな」

 

「我が国の魔法技術はエレクトロニクスを併用しているが故の弊害に悩まされる。それを、ただ石を左右に転がすだけで解消できるというのは何とも痛快なことだ。___だが、最後は我々の手の内に収まっていなければ話にならん」

 

 注がれたワインが表面張力を突き破り、テーブルに朱い鏡を広げる。

 

「美味い酒、ではなかったのか?」

 

 ルーデルドルフの問いかけに、ゼートゥーアの笑みが深まる。

 

「美味いとも___作戦成功の報が届く時、それは何より甘美だろう?」

 

 勝利の美酒は、勝者にのみ、その杯を渡される。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

『___以上を持ちまして、入学式の全プログラムを終了いたします。来賓の方々がご退席されるまで、生徒の皆さんは____』

 

 入学式が終了し、しばらく座席で待機していると、緊張の解かれた雰囲気に中てられた生徒は各々に先ほど紹介された、異国の魔法師のことについて口走っていた。

 

「なあなあ、あの通訳の子可愛くないか?つーか何歳だよ。俺の妹より小さかったぞ?」

 

「お前いつから幼女趣味になったんだよ?俺は断然デグレチャフ先生派だね。大人の魅力が溢れんばかりのあの美貌、最高!」

 

「デグレチャフ先生って軍の所属なんだよね?」

 

「そうそう。最初の自己紹介の時、本物の軍人さんみたいな口調だったから驚いたけど、通訳の子のジョークだって分かってからは、とっても柔らかい口調になったもんね。…私もいつかあんな風になれるかな?」

 

「んー…アンタはどっちかって言うと通訳の子の方じゃない?」

 

「まな板ですいませんでしたね!」

 

 それぞれ、学生らしい意見が飛び交う中、俺の隣に座っていた少女。

 

 千葉エリカと柴田美月は神妙な顔で、二人の去っていった舞台袖を注視していた。

 

「二人とも?どうかしたのか?」

 

 俺の問いかけにエリカは頤に触れていた指を離しながら口を開く。

 

「達也君気付いた?あの通訳の子、相当やるよ?」

 

「そうだな。あの年齢で日本語をアレだけ話せるんだ。他に数か国の言語を操っていても不思議は無い。俗に言う、天才というやつなのだろう」

 

「…本気で言ってる?」

 

「…初対面なんだ。相手を疑うなとは言わないが敵意は隠しておいた方がいい。ここは日本だ。彼女たちにどんな力があろうと、それを無秩序に振るえば即国際問題に発展する。それを向こうが分かっていない筈がない。そうだろ?」

 

「………そうだね。ごめん、ちょっと熱くなってた」

 

「気にするな、とは言わないでおく」

 

「それはそうと…美月?どうかした?」

 

「____」

 

「美月?おーい?」

 

「__あ、エリカちゃん?な、何?」

 

「何って、それはこっちのセリフだよ。いきなりぼーとしてどうしたの?人にでも酔った?」

 

「ううん、大丈夫。ちょっと寝不足なだけだから…」

 

「あ、もしかして美月って、次の日に遠足とかあると楽しみで眠れない派でしょ?小学生の時いたなあ。バスで紅葉を観に行ったのに、結局バスで寝過ごしちゃってた子」

 

「ち、違うよぅ。私そんなにドジじゃあ…」

 

「大丈夫大丈夫。ドジっ子は立派なステータス。女の子の魅力なんだから!ね?達也君?」

 

「入学式当日に端末を持って来ずに道に迷っていたエリカも大概だがな」

 

「__達也くーん?」

 

「おっと、出られるようだぞ?行こうか」

 

「ちょっと待ちなさいよ!今のどういう意味!?」

 

「エ、エリカちゃん…!もうちょっと声抑えて」

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お疲れさまでした。デグレチャフ先生。セレブリャコーフ先生。この後は、各教室で簡単な挨拶を予定しております。それまでは、応接室でご休息ください』

 

『ありがとうございます。Mr.ツヅラ。それと、この子のことはどうかヴィーシャと呼んであげてください。教員免許を持っているとはいえまだ10歳にも満たない子供なので』

 

『む。おねーちゃ…デグレチャフ先生?私も立派な教師です。子供扱いは止めて下さい』

 

『そのようなボロが出るようではまだまだ子供ですよ?すみませんMr.ツヅラ。私ともどもご迷惑をお掛けします』

 

『いえいえ。デグレチャフ先生のような偉大な研究者にお会いできて、僕も誠に光栄です。生まれた国は違っても、魔法で世界を良くしたいという気持ちは僕も同じです。未来を担う本校の生徒たちのことを、どうかよろしくお願いいたします。勿論、セレブリャコーフ先生…いや、ヴィーシャ先生も』

 

『こちらこそ、精一杯務めさせていただきます』

 

『一年で生徒全員にロシア語を完璧にマスターさせてみせます!』

 

『ふふ。それでは、時間になりましたらお呼び致しますので、どうぞごゆっくり』

 

 Mr.ツヅラが退室したの見計らって、魔法により防音空間を作ったセレブリャコーフ少尉は、物凄い勢いで私に頭を下げてきた。

 

「し、失礼致しました!!デグレチャフ少佐!!演技とはいえ人前で大隊長殿の頭を撫でるなど…!」

 

「………ふん。確かに不愉快極まりないがこれも仕事だ。多少のボディタッチ程度であれば私は気にせん」

 

「寛大なお心に感謝いたします…!」

 

「問題はあの暴走娘の方だがな…」

 

「メアリー、入学式の際には大人しくしていましたが、教室で会った時が不安ですね…」

 

「まあ、アイツの演技には期待してはおらんからな。返って素の方がいいのかもしれん」

 

「…機密情報をペラペラと喋ったりしませんよね?」

 

「その時は奴の口にカイエンペッパーをぶち込んでやる」

 

「私も気を付けます」

 

「___さて、セレブリャコーフ少尉。魔法大学付属 第一高校への潜入は滞りなく成功した」

 

「めちゃくちゃ目立ってましたけどね…」

 

「猜疑心に冒された眼はそのままアリバイの実証に繋がる。此方から事を起こさん限り問題はない。だが、心しておけ?相手はあの【十師族】だぞ」

 

「バカンス…ではなかったのですか?」

 

「うるさい。それは京都で済ませただろう?」

 

「紅葉も全部散ってましたけどね…」

 

「京料理を片っ端から食い散らかしていたのは何処のどいつだ?…休暇が終わればまた仕事だ。給料分の仕事はせねばなるまい」

 

「…了解しました。___それでは今週末は三人でお花見に行きましょう。親睦を深めるのもお仕事ですよ?ヴィーシャ先生?」

 

「…ふん。___貴女も言うようになりましたね?デグレチャフ先生?」

 

 その後、私たちはそれぞれの教室をまわり挨拶をして回った。

 

 その際、案の定、暴走娘がやらかしたが大したことはなく、挨拶は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取り敢えず、その日の暴走娘の夕食は『ナカモトのラーメン』になったとだけ言っておく。

 

 

 

 

 




ふう…これに懲りて暫くは存在Iもあのような前書きは書くまい。

ふっ、いい気味だ。

漸くタイトル通りの展開になってきたな?

期待せずに次回を待つと良い。

それではまた戦場で

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