魔法科高校の無信仰者   作:苺ノ恵

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episode17.

 

 

 

八王子郊外の更に辺境。

 

時代の移り変わりを感じさせる廃工場には、かつての賑わいとは異なる禍々しくも活気づいた裏世界の人種がその場に名を連ねていた。

 

「予定通り、第一高校への突入を開始しました」

 

報告を受けたブランシュのリーダー 司一(つかさはじめ)は、部下から渡された端末に目を通しつつ、横に引かれる頬を隠すかのように眼鏡の位置を正す。

 

「ご苦労。それで?首尾はどうなっている?」

 

「既に内部協力者の誘導によりデータバンクへのアクセスは成功したようです。後は時間を稼ぎさえすれば、本作戦は成功と言えるでしょう」

 

「魔法大学の情報を欲しているクライエントの数は少なくない。それが、秘匿されたインデックスに載るほどの魔法式であれば猶のこと。本作戦で大口の資金源が得られれば、我々は更に戦力を増強できる」

 

「ただ…こちらの戦力の損耗も激しく、既に投入した三割が捕縛されたと…」

 

「ほう、子供とは云え流石は魔法師の卵と言ったところか?」

 

「やはりある程度此方の武装を持たせるべきだったのでは?」

 

「金で雇った傭兵にそこまでしてやる義理は無い。今回は拠点の制圧が主の目的ではなく、騒ぎを起こして状況を遅滞させることこそ主眼とすべきだ。囮は囮らしく、精々大いに騒いで注目を集めてくれることを願おう」

 

作戦の成功を確信した司が、念には念をと手首に装着された汎用型CADの再確認を行っていると、部下の一部が騒いでいることに気がついた。

 

「___おい!どういうことだ!?」

 

「どうした?騒がしいぞ?」

 

「すいません!すぐに対処して__くそ!」

 

廃棄された情報室の一角、有線で繋がれたハードを動かしていたエンジニアの一人が、悪態を吐きながらも必死にキーボードを叩く。

 

司は状況を確認するため、エンジニアの後ろに立っている部下に状況説明を求めた。

 

「状況報告だ。何が起きている?」

 

「どうやら通信システムにバックドアが仕掛けられていたようで…こちらが本作戦で得た情報の一部と位置情報を知られてしまい…」

 

「なるほど。相手の尻尾は掴めたのか?」

 

「それが…どうやらハッキング元はその第一高校内からのようでして…」

 

「…我々の狙いが魔法大学の機密文書にあると見抜いたとでも?この短時間で?___まさか、第一高校には電子の魔女に並ぶエンジニアがいるとでも言うのか?」

 

「司様、どうなさいますか?」

 

「………今回得た情報は敵の欺瞞情報である可能性が高い。通信された記録の分析は後回しだ。機密情報をコピーした記録媒体の回収を急がせろ。位置情報を知られたというのなら好都合、直ちに迎撃態勢を整える。魔法師の卵であるモルモットのご来場だ。アンティナイトの試験運用にはお誂え向きな舞台。売り物となる者は私が勧誘する。その他は今生からご退場願おう」

 

「了解!」

 

 

 

彼らはまだ知らない。

 

二人の悪魔が、着々と彼らの首元まで手を伸ばしているということを。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「そこまでだ」

 

おおよそまともな開き方ではない扉の解錠に、バラバラに分解された記録媒体。

 

「誰もが平等で等しく幸せな世界。もしそんな世界が現実にあるのだとしたら、それは人類がみな等しく冷遇された世界だ」

 

テロリストを手引きした私、壬生紗耶香(みぶさやか)はその声の主に激情をぶつける。

 

己の弱さを。

 

己の醜悪さを。

 

己の劣等感を。

 

ただ、共感して欲しい。

 

認められなくいてもいい。

 

慰めてなんて欲しくない。

 

ただ自分のこの思いが間違いなんかじゃないって、そう思い込んで安心したいんだと。

 

「魔法の才能だけが貴女を量る全てだったのですか?」

 

分からない。

 

魔法の才能に恵まれた貴女に何を言われても、私にはただ蔑まれているようにしか感じられない。

 

「壬生!指輪を使え!」

 

煙幕が立ち込め、視界を塞がれながらも私は扉の方向に駆ける。

 

司波君は私を捕らえようとも、呼び止めようともしなかった。

 

そのことがどうしてか、私には凄く悲しく思えた。

 

君は強いね。

 

同じ劣等生なのに…全然違う。

 

「二年生の壬生先輩ですよね?」

 

私は君みたいに…強くはなれない。

 

「それじゃあ、真剣勝負を始めましょうか」

 

___魔法の才能だけが貴女を量る全てだったのですか?

 

うるさい。

 

ちょっと魔法が上手に使えるからって。

 

ちょっと綺麗だからって。

 

司波君の妹だからって。

 

偉そうなこと言わないで。

 

「先輩は誇ってもいいよ。千葉の娘に本気を出させたんだから」

 

負けた。

 

でも、びっくりするくらいスッキリしてる。

 

折れた腕は叫びたくなるくらいの痛みを訴えているのに。

 

この胸の痛みを消してくれるのなら、身体の痛みも不思議と心地よかった。

 

「無駄なんかじゃありませんよ。先輩のこの一年間は」

 

だからやめてよ…。

 

「ちょっと、そのまま動かないで」

 

これ以上私に___

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___貴方を想わせないで

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

中国、戦国時代の話。

 

【趙】(BC403~BC228 戦国時代に存在した国。戦国七雄の一)が【燕】(BC1100~BC222 周・春秋・戦国の時代に存在した国。現在の北京周辺の土地を支配した。戦国七雄の一)を討とうとしていた。

 

蘇代という遊説家が燕のために、趙の恵文王の元に赴きこう説いた。

 

「今回こちらに来る途中、易水(河北省を流れる川)を渡りました。そこに蚌(はまぐり)が出てきて、鷸(シギ)がその身をついばみました。すると蚌は鷸の嘴くちばしを挟みこんでそのままぴたりと口を閉じてしまいました。鷸は___

 

『今日も明日も雨が降らなければお前は死んでしまうだろう』

 

 と言いました。蚌も負けずに___

 

『そっちこそこのままなら死んじまうだろう』

 

 と言い返しました。

 

 両者はお互いに譲ろうとはしません。

 

 そこに漁師がやってきて鷸と蚌の両方を捕まえてしまったのです。

 

 今、趙は燕を討とうとしていますが、燕と趙が争って民衆が疲弊すれば、強大な【秦】(BC778~BC206 周・春秋・戦国の時代に存在した国。BC221に中国を統一したが、BC206に滅亡。首都は咸陽)が乗り出し『漁夫の利』をかっさらってい

きはしないでしょうか?どうか大王様、ここはぜひともよくお考えください」

 

 これを聞いた趙の恵文王は「なるほど」と言って燕攻めをやめた。

 

 この話が元となり「漁夫の利」という故事成語は世に残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蘇代は偉大なり。人間とはどうして利益を前にするとこうも笑みを堪えきれないのか」

 

 記録媒体を差し込む。

 

 バックドアから得た、ブランシュエンジニアの手法をアップグレードし、さもブランシュが情報を盗み取ろうとして、それを阻止されたかのように細工する。

 

「分散進撃、欺瞞情報、穴倉からの誘因…賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶのだとしたら、私はどうしようもなく愚者の素質があったらしい」

 

 エンターキーを叩く音を最後に、記録媒体に情報がコピーされた電子音が鳴る。

 

「首領突破おめでとう。Mr.シルバー。私もようやく___賢者の素質に恵まれてきたようだ」

 

 漁夫の利を得た幼女は一人、化け物らしい可憐な微笑を浮かべた____

 

 

 

 




諸君、久しいな。

残念ながら紛失した文書データの捜索活動は断念することと相成った。

今すぐ存在Iの頭蓋骨を切り開き、海馬に電極を突き刺して記憶を根こそぎデータ化してやりたいが…どうやら時間のようだな。

それではまた戦場で





PS.水上風月中尉、藤丸ぐだ男中尉、貴官らの助力に感謝する。以上だ。

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