魔法科高校の無信仰者   作:苺ノ恵

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episode18.

 

 

 

 

 私が実技棟を後にする頃には、日の傾きと共に辺りを包んでいた喧騒も過去のものとなっていた。

 

 乾いた地面にこびり付いた血痕と傷跡を視認して戦闘痕から現場の記録を読み取ると、想像以上に環境的被害を考慮した戦い方だと一人感心する。

 

「__貴官も随分と頭を使って戦えるようになってきたようだな?スー二等兵」

 

 静かなエンジン音が近づく。

 

 バイクを停めてすぐさま私にヘルメットを手渡してくる二等兵は、満面の笑みで私との再会に歓喜する。

 

「総隊長!ご無事で何よりです!」

 

「貴官も与えられた任務を十全にこなせたようでなによりだ。それで?そろそろ時間か?」

 

「はい!十文字家次期当主を交えた一行は九重氏からの情報通り、先刻、ブランシュのアジトに出立しました」

 

「ご苦労。では、我々も向かうとしよう」

 

「了解!」

 

 茜色の光がバイクの影を伸ばす。

 

 その影は次第に小さくなり、市街道路の消失点へと消えた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「___なあ?エリカ?お前、雛鶴アリスって子知ってるか?」

 

「はあ?雛鶴?…確か将棋界初の女性プロ棋士になった人がそんな名字だったと思うけど、どうしたの?」

 

「…いや、なんでもねえよ。少し気になることがあってな」

 

「ふーん」

 

「…んだよ。その目は?」

 

「まあ、可能性はゼロじゃないから頑張れば?綺麗に砕け散った方があんたらしいしね」

 

「何を考えてるか大体想像つくが、今はそういう馬鹿話をしたい気分じゃねえんでな」

 

「それはそれでつまらないわね___達也くんと十文字先輩、もう制圧しちゃったかな?」

 

「一人も残党が出てこねえもんな」

 

「___まあ、今回はそれで良かったのかもね?」

 

「何がだよ?」

 

「あんたが闘わなくて良かったって思って」

 

「あ?」

 

「その雛鶴って子が原因か分かんないけど、今のまま闘うとあんた___死ぬわよ?」

 

「っ!?…お前は死なねえってか?」

 

「強さと生き残る力は別なのよ。まあ、私もあんたに偉そうなこと言える立場じゃないけど」

 

「俺は弱えってか?」

 

「手札がないって感じ?一撃必殺の技があるのとないのじゃ、実戦での生還率は雲泥の差よ。現場に出た家の門下生がそうだったから」

 

「チッ…なら、このどうもやるせない気持ちはどうしたらいいんだかな」

 

「さあね。強くなれば解決するんじゃない?」

 

「簡単に言ってくれるな?」

 

「実際、私たちの魔法師としての才能はそんなにあるわけじゃない。でも、それが強さとイコールじゃないのなら、私たちも捨てたもんじゃないのよ」

 

「随分と楽観的なんだな」

 

「前向きって言ってよ。ウジウジとしょうもないことで悩んでるムサ男よりマシでしょ?」

 

「…ああ、そうだな」

 

「___それにしても……暇ね」

 

「暇だな」

 

 車輛を硬化魔法により強化し、バリケードを突破した後、表口と裏口に強襲した私とレオ以外の面々を見送って数刻。

 

 断続的に銃声や魔法の戦闘音が耳に届くが、逃亡してくる敵はみられず、私たちは廃工場正門前で文字通りの待ちぼうけを喰らっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『それなら、少し付き合ってくれる?』

 

「「っっっ!!?」」

 

 物音も気配すらなく、背後からいきなりかけられた声に、私達は咄嗟に距離をとる。

 

 ヘルメットをかぶり、その肌は黒いライダースーツに覆われてはいるが、身体のシルエットからして相手は女性なのだろう。

 

 起伏に富んだ体を揺らしながら近づいてくる相手に、私たちはそれぞれのCADを構える。

 

「あんたもブランシュの仲間なの?」

 

『違う。けど、貴女たちの味方でもないかな』

 

「…敵じゃないなら、闘う理由はないんだけど…そうもいかないみたいね」

 

 前方から発せられる威圧感に冷や汗を滲ませつつ私は再度、CADを握り直す。

 

『そうだね。殺しはしないけど、怪我はするかもだから気を付けてね』

 

「ご丁寧にどうも___レオ!」

 

「おお!!」

 

 側方から回り込んだレオに視線が映ったのを感じとった私は、自己加速術式により相手の懐に踏み込む。

 

(一撃で意識を刈り取る!)

 

 私は袈裟切りに武装一体型CADを振り下ろす。

 

 しかし___

 

『うん、速いし巧いけど___ちょっと素直過ぎかな?』

 

「ガハッ!?」

 

(な、なにが?)

 

 CADを振り下ろした次に私の瞳が写した景色は茜色の空だった。

 

 身体を地面に叩きつけられた衝撃で肺の空気が全て吐き出される。

 

 肋骨が軋みを上げて、呼吸する毎に身体が痛みを訴える。

 

「エリカ!?くそっ!!」

 

『うん、やっぱり貴方もちゃんと強いね』

 

 ストレート、フック、アッパーにボディブロー。

 

 硬化魔法により威力を増した拳が、相手を襲う。

 

 だが、その全てが届かない。

 

 レオの腕に手を添えるように、すべての攻撃の軌道を読み切って受け流している。

 

「おおおお!!!」

 

『大振り』

 

「なっ!?」

 

 右腕を振りぬき身体前方へ伸び切った所で、レオの右ひじをはたくように下に押す。

 

 それだけでレオはバランスを崩し、地面に膝をついた。

 

『はい、ガードして』

 

「_____!!!?」

 

 膝をつき頭部の下がったレオへ、相手から中段蹴りが繰り出される。

 

 両腕をクロスさせ防御したレオだが、あまりの衝撃に身体ごと吹き飛ばされ正門の塀に叩きつけられる。

 

 鋭く、重く、あまりにも正確な蹴り。

 

 加速・加重・移動系統の魔法をマルチキャストした一撃は、不気味なほどに洗練されていた。

 

 相手は納得したように頷くと、私たちから視線を外し、廃工場のほうへ足を向ける。

 

『あなた達はきっと強くなれるよ。強くなったら、またやろうね』

 

「ま、待ちなさい…!」

 

 意識が遠のく。

 

 この記憶が途切れる寸前、最後にレオと彼女が話す姿をみた私は、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 氷の世界。

 

 生きたまま氷漬けにされるというのは、どのような気分なのだろうか?

 

 それを成した自分がこのような疑問を持つなんて筋違いもいいところなのだろう。

 

 しかし、彼らは侵してはならない禁忌に触れた。

 

 敬愛する兄に刃を向ける。

 

 それだけで、その者の命に価値などなくなる。

 

___ほどほどにしておけ。そいつらに、お前の手を汚させるほどの価値はない。

 

「いいえ、お兄様。価値ならあるのです」

 

 お兄様への蛮行を命を以て償う。

 

 その価値が。

 

『失礼。司波深雪嬢で違いありませんか?』

 

 大きなサイオンの波長を感じてはいたが、実際に視界に留めるとその強大さに改めて舌を巻く。

 

「ええ、相違ありません。そちらから貴女がいらしたということは…」

 

『ご心配ありません。貴女のご学友は無事です。ただ、少し眠っていただいているだけですので』

 

「そうですか」

 

 二人が無事なようで何より。

 

 だが、それよりも今は、こちらの女性の相手が先決。

 

『深雪嬢。私は貴女と闘うことを望みません』

 

「なら、どうしてここへ?」

 

『司波達也殿への伝言を仰せつかっております』

 

「その内容は…私には教えていただけないと?」

 

『申し訳ありません』

 

「そうですか、残念です」

 

 すでにこの空間内の分子運動は外部のそれと比べて減衰している。

 

 今なら通常よりも更に早く氷結の魔法を発動できる。

 

『どうしても、戦闘を避けることはできないのでしょうか?』

 

「__貴女を拘束します」

 

『そうですか…』

 

 魔法式の構築が完了する。

 

 数秒後には彼女も氷像と化す。

 

 私が右手の手の平を前方に向けると、相手も同じように左手を私に向かって開く。

 

 そして____

 

術式破壊(グラムデモリッション)

 

 魔法が発動する寸前、敬愛する兄と同じ技で、私の魔法は無効化された。

 

 しかし、私は動揺を押さえ込み次々と魔法式を展開していく。

 

 術式破壊はその性質上、大量のサイオンを消費することになる。

 

 圧縮したサイオン弾を連射するということは、全力疾走でマラソンをするような、ペース配分を無視した戦闘を強いられる。

 

 どちらが先に息切れを起こすのかは火を見るよりも明らかだ。

 

『………っく!』

 

 ヘルメットで表情は窺えないが、快調…なんて訳は無いないでしょう。

 

 サイオン切れで相手が膝をつく。

 

 私は最期通牒として問う。

 

「お兄様への伝言の内容、教えていただけますか」

 

『ハア…ハア…』

 

「分かりました。では___おやすみなさい」

 

 私は再度、広域振動減衰魔法を発動する。

 

 彼女を氷が覆っていく。

 

 光が差し込んだアイフェイスから覗いた彼女の眼は、何処か笑っているように感じた。

 

 それに気付いた時、彼女の姿は私の視界から消えていた。

 

 氷の中にあるのはヘルメットと黒のライダースーツのみ。

 

「…どういうこと?」

 

 自分は非物質体と闘っていたのだろうか?

 

 誰かに答えを問おうとも、答えるのは氷像の奏でる静寂のみだった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 時が止まる。

 

 そのような現象はフィクションの中だけの話かと思ったが、どうやら俺の見識にはまだまだ改善の余地があるようだ。

 

 桐原先輩が司一の腕を断った瞬間、血しぶきの一滴一滴が視認できるほどには、俺以外の全ての世界が停止した。

 

(これは…思考の加速?ならば身体が動くのはおかしい。精霊の瞳も使用できない。サイオン波も感じられない。どういうことだ?)

 

 突然の現象に身動きが取れずにいると不可解な現象が起こる。

 

 司一の瞳と口だけが動き始める。

 

 そして司一の姿をした何かは俺に問いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

【神の寵愛を受けし子よ。汝は____神を信じるか】

 

 

 

 

 

 










それではまた戦場で
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