血と肉が焦げ付き、硝煙に巻かれた匂いが鼻を衝く。
千切れかけた四肢を懸命に動かして這いずるも、数秒後に脳漿をぶちまけて赤黒い花を咲かせる戦友の最期。
死が常に蔓延る戦場の空気に中てられた模範的士官は、狂乱の門徒と成り下がり気色の悪い笑い声を挙げたのを最後に砲弾の弾着音に消える。
幾多の死線の先にあったのは、抗いようのない運命の収束点。
私はまた、繰り返すのだろうか。
私は死したまま生かされるのだろうか。
生きたまま殺されるのだろうか。
この理不尽が蔓延る非生産的世界で。
私が私である、私という存在を否定されながら。
それでも、私は____
通信端末と接続されたイヤーカフが私の耳管を叩く。
開いた瞼に覗く碧眼が写すのは過去の情景などではなく、燦燦と降り注ぐ太陽光を反射し私の網膜を焦がす広大な雪原風景だった。
つい手持ち無沙汰になり、要らぬ構想を巡らせていた自身の非生産的行為を心の中で叱責しながら通信の内容に耳を傾ける。
「___少佐。ご報告いたします。A地点並びにC地点、制圧完了。D地点、未だ交戦中とのこと。ですが、我が軍が優勢。制圧までそう時間はかからないかと」
戦況把握は上官が行う業務の中でも重要な役割を果たす。
これを怠ると後の業務成績に関わるのは勿論のこと、サービス残業に突入する始末になりかねない。
残党狩り、もしくは部下の死体の処理を残業として行うなど私の労働者倫理に反する。
非効率など最も忌むべき概念だ。
私は業務の遅れを意識して、早まった脳血流を眉間の皺で押さえ込みながら口を開く。
「…ふん、グランツの隊か。どうやら奴は後で熱烈なご指導を賜りたいらしいな?この私とマンツーマンを所望とは良い度胸だ」
「きゅ、救援は如何されますか?」
「そうだな。救援要請など出したら私が直ちに貴様らを消し炭にしてやると伝えてやれ」
数瞬置いて、私の副官であるヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ少尉(略してヴィーシャ)が恐る恐るといった声音で通信を再開する。
「…デグレチャフ少佐、何か怒ってませんか?」
「はあ?」
「い、いえ!なんでもありません!!」
別に委縮させるつもりなど毛頭なかったのだが、些か声に怒気が混じってしまったようだ。
やれやれ、部下のケアも業務の内だというのにこの体たらくだ。
よし、たまには身体を動かしてリフレッシュでもしておくとするか。
「__セレブリャコーフ少尉、これより貴官に一時的に指揮権を継承する。第一中隊の指揮は任せたぞ。そら、あのバカの加勢にでも向かうといい」
「えっ!?ですが少佐!今回の相手は__」
「悪いが通信はここまでだ、少尉。D地点制圧後は所定の位置に帰投せよ。以上だ」
「少佐!!まっ______」
通信機器の電源を落とす。
そして____突如、轟音が襲い掛かる。
私は強烈な圧迫感から逃れるように雪原へと身を投げ出した。
受け身を取り素早く戦闘態勢に戻った私が見たのは、つい先ほどまで私が身を隠していた木々がなぎ倒されている光景だった。
そして、それを成したのはただ一人の人間だということ。
「___申し訳ない。待たせてしまったかな?」
岩石のような体躯に肉食動物のような相貌。
風を纏い本能のまま襲い掛かるその姿はまさに猛獣。
「お詫びといっては何だが、君には極上の肉を用意しよう。焼き加減と味は保証しないがね。何しろ__虎への火入れは初めてなものでな」
私は射撃型CADを構えて敵の名を口にする
___【人喰い虎】
◇◇◇
新ソビエト連邦(The Federal Republics of Soviet)通称:新ソ連は、ロシアがウクライナとベラルーシを再吸収して出来た国家である。
急激な寒冷化に伴う地球の変化から各国の食糧事情は悪化の一途を辿り、広大な土地がありながら予てより食糧難に窮していた祖国には最早、他に選択の余地などなかった。
国民に銃を握らせる決断を迫るには、地面に張った薄氷を踏み砕くよりも容易なことであっただろう。
斯くして、尊い犠牲のもと…いや、狂気的剪定の結果により、祖国は国家の崩壊という結末から毛先ほどの距離を置くことができた。
国力の再生化と称し、隷属はさせないことを条件に周辺諸国を統合することで祖国は新ソ連として新たな体制を築き上げてきた。
しかし哀しいかな、自分たちと同様の政策を選択した他国があったとしても何も不思議は無いわけで、寧ろ最も考えられる事態の一つだろう。
深淵を覗く__というやつだ。
問題なのはその国が祖国のお隣様だということ。
人にはパーソナルスペースというものが存在するが、それは国家にも言える。
領土、領空、領海___いつの時代も、国の官僚達は自分たちの権力が及ぶ範囲を少しでも増やそうと、他国と苛烈な堂々巡りの押し問答を繰り広げてきた。
苛烈な…ね。
そして、その皺寄せに奔走することになる末端の人間。
それが___
「軍人というものなのだろうな…」
斯くして、私___ターニャ・デグレチャフは、二度目の転生後の就職先に軍人というそれはそれは素敵な職場を斡旋されていた。
ああ神よ、豚の餌となれ。