【神】
信仰の対象、もしくは世界の創造主とされる偶像の類。
不可解な現象を現実として処理する理性と、自身の価値観を貫き反旗を上げる己が本能。
天秤にかけて振れたのは、何処までも現実主義を貫いてきた己の経験だった。
「___」
情報は得るものであって掠め盗られるものではない。
眼前の相手の情報も読み取れない現状を鑑みても、こちらからアクションを起こすのはリスクが高すぎる。
よって、俺が選択したのは問いに答えることではなく、早期の現状把握と現有戦力の確認だった。
再度、精霊の眼により司一のエイドスの変更履歴を遡ろうとするが、処理落ちを起こしたハードのような機能しか果たさない。
(遅すぎる…。情報の過多か?それとも俺の未知の記録形態が影響している?)
目の前の脅威に注意力を裂きながらの作業となると、現在の俺の処理能力ではこの辺りが限界だ。
身体は動く。
呼吸も問題ない。
サイオン波やサイオン光の感覚には乏しいが、CADの起動は可能。
フラッシュキャストであれば即時魔法の発動が可能なようだが…、分解の魔法が封じられているのは痛い。
分解の魔法を行使するにあたって必要になるのは、相手を構成する物質の分析と座標の把握だ。
精霊の眼の使えない現状では分解するべき物質情報も位置情報も魔法式に入力できない。
(何より気がかりなのはこの空間だ。全ての空間内の時間を停滞させる…そんな時空操作のような人外染みた魔法など現代の科学技術では再現不可能なはず。タイムリーム能力は実在するとでも言われた方がまだ理解な)
俺は地面に散らばった実弾銃に精霊の眼を向ける。
(無機物の情報は問題な解析できる…ならば、この空間内の有機物質は何らかの固定因子を付与されていて、それが精霊の眼の情報解析を妨げているのか?)
マガジンとフレームを分解し、右手の座標に再生の魔法を行使する。
相手には何も無かった空間にいきなり銃が現れたように見えるだろう。
俺が銃口を向けても、司一の姿をしたソレは俺の存在を見透かすように一切の感情が消えた瞳を向け続ける。
片腕を断たれた痛みに歪んだ顔とは相反するように、平坦な口調でソレは宣う。
【ふむ、汝の信仰の対象は別にあるということか…。あの信仰心が欠如した冒涜者とは少し異なるようだな】
(弁舌戦に付き合う気はないが、深雪の存在を示唆してというのならば話は別だ)
確かに、仮に俺が神なる絶対の存在を定めるとすれば、俺にとってその対象は必然と彼女になる。
ならばこそ、俺は彼女を害するこの世すべてにおける存在を許さない。
「読唇術…でなければメンタリズムか?イビルアイを詐称するだけあって、人を欺くのが随分とこなれているらしい」
カマを掛けられているのは重々承知の上だ。
相手の目的は未だ見えないが、ここでの黙秘は相手の主張を肯定しているようなものだ。
俺は引き金に掛けた指を数センチだけ折り曲げる。
殺気を飛ばそうと、ソレの反応に変化はない。
【対話は必要ない。一部を除いて感情で事象を判断しない汝の思考は既に神の領域に足を踏み入れているのだから。歓迎しよう、我が同胞よ】
(俺に人として欠陥があることを知る人間は限られる。…ならばこれは伯母上の差し金?だが、なんのために?…デグレチャフからの情報といい、俺を取り巻く環境はどうしても俺の慌てふためく顔が見たいらしいな)
妹以外のことで感情が逆立つことなどほとんどない自分が怒りに近い感情を覚え始めていると、ソレは更に口を動かす。
【我が同胞よ。あの悪魔を討て】
【信仰を忘れた知性在りし獣に絶望を】
【終わりなき孤独と渇きに信仰の救済を】
【デウス・ロ・ウルト___神がそれを望まれるのだ】
壊れたラジオのように、感情の伴わない声音を溢し続ける。
何かのメッセージなのか?
悪魔とは何を指している?
信仰の救済?
神がそれを望む…?
(いや、耳を貸すな。相手はただ言葉を発するだけのスピーカーのような存在だ。それに、何があろうと俺の最優先事項は変わらない)
これ以上の思考は無駄だと切り捨てた俺は、この不可解な現象を打破するための糸口を見つけるため、引き金に力を籠める。
(こいつの息の根を止めれば何か変わるか?)
銃弾が射出される直前、不意に足元から声がかかる。
【汝は覚えているはずだ。大切なものが自らの手から零れ落ちてゆく感覚を】
「!?」
足首を掴んだものに向けて銃弾を放つと、眉間に穴の開く司の部下だったモノ。
いつまで経とうと血の流れない銃痕に嫌悪感を感じ、足首の拘束を振りほどき後方に飛び退く。
(これは幻術なのか?ここまでの精神魔法を俺は知らない…!)
相手の系統外魔法の術中に嵌った可能性に思い至った俺は銃口を構え直す。
視線の先にあるソレはすでに物を言わず、さらに別方向からの声が聞こえた。
【汝は繰り返すのか?必ず守ると約束したのだろう?】
【そのための力ではないのか?】
【汝は既に恩寵を授かっているのだぞ?】
【それが汝の運命なのだ】
【ならば撃て】
【敵を排除するために】
【眼前に迫る脅威を取り除くために】
【汝の目的を果たすために】
【汝を通して世界が信仰で満たされるために】
【その右手を行使せよ】
次々と多方向から発せられる言葉。
そして再度、瞳の動いた司に俺は問う。
「お前は…一体何なんだ?」
俺の問いに、ソレは答えではない解を応える。
【あの悪魔に___ターニャ・デグレチャフに死の救済を】
>>>>>>>>>>>>>>>
「___?」
「____ああああああっ!!??ううう…!!」
突然、場面が切り替わったかのように世界が動き出す。
噴き出した血液が床を濡らす。
室内を満たす絶叫が、傷口の焼ける匂いで止む。
「その辺にしておけ桐原」
十文字会頭がCADを操作し、司一の傷口を止血する。
その際、俺は司一の肩に先ほどまでは無かった銃痕があることに気がついた。
「司波。これで全部か?」
十文字会頭が情報の集約を行う中、俺は精霊の眼で写し取った氷像に分解の魔法を行使する。
「…ええ、こいつで全てです」
「そうか。ここから先の事後処理は当家の者に任せてもらう。お前たちは先に学園へ戻れ」
十文字会頭の指示を余所に俺は別の事について頭を回していた。
先ほどの怪現象と現在。
(何だったんだ…今のは)
「ん?司波兄、お前実弾銃なんていつの間に持ってたんだ?」
「…ああ。それは敵の複数人が____?」
アンティ・ナイトを装備していた。
桐原先輩に応対しているとき、新たな事柄に気がつき更なる疑問に襲われた俺は、咄嗟に言葉を濁した。
その後、十文字家による現場処理が行われ二つ不可解な謎が生まれた。
一つは女性のライダースーツが取り残されていたこと。
そして、もう一つは____司を始め数人の指が欠損していたことだった。
今回の話は昨日投降したepisode19.を加筆修正して再掲したものになります。
前回の話はプロット段階のもので、誤って投降してしまったものです。
急な話の差し替えをおこなってしまい申し訳ありません。
次回はターニャちゃんがいっぱい話すので許して下さい。
それではまた戦場で