__新ソ連軍参謀本部 特別作戦指揮局 第一会議室__
ガガーリン発射台、スヴォボードヌイ宇宙基地、プレセツク宇宙基地、ボストチヌイ宇宙基地、バイコヌール宇宙基地etc…。
嘗ての祖国が宇宙開発に尽力していたことはその筋でない人間でも多少は認知していることだろう。
しかし、第三次世界大戦が勃発し宇宙ロケットの打ち上げに使用されていた神聖な施設は、人類の作り得る限りで最悪の惨劇を引き起こす【核】の発射台としてその姿を変え、軍人たちの指を地獄のトリガーに掛けさせる悪魔の象徴となった。
それでも引き金を引くに至らなかったのは人類が下した最大の英断といえるだろう。
この戦争が熱核戦争にならなかったのは、一重に魔法師の台頭が大きいと言われているが、正直なところ核で戦争に勝とうと、役に立たない土壌を手に入れるだけで腹の虫を収めることは敵わず、根本的な解決にならないまでか逆に核を撃ち込まれるリスクを負うだけのハイリスクノーリターンな戦法だったためだ。
俗に言う、身体は正直だというものか。
現在、カザフスタンに建設されていたガガーリン発射台は既に解体され、核撤廃の証として記念碑が建てられており当時の面影はどこにも存在しない。
変わって、スヴォボードヌイ宇宙基地はロシアのアムール州スヴォボードヌイの北方にあったロケット打ち上げ基地で1996年から使用された。元々はICBMの打ち上げの為に建設され、ソ連解体後、カザフスタン領となったバイコヌール宇宙基地の代替として計画されたが資金難の為中止された。
半世紀の時を経て、某施設は連邦政府主導のもと魔法師育成のための軍事拠点と改変され数々の有力な魔法師を輩出してきた。
祖国が9人もの戦略級魔法師を抱えているのも頷けるというものだ。
魔法への取り組みに関しては、近年までは魔法式そのものの改良に重点を置いていたが、ここに来てエレクトロニクスを利用した魔法工学技術の軍事利用へ急速に傾斜してきている。
新ソ連軍参謀本部所属 戦務参謀次長 ハンス・ゼートゥーア准将は切れ長の双眼から三白眼を覗かせ、基地の一室から新兵の軍事教練を観察しつつ某基地の成り立ちを掘り起こしていた。
「___失礼致します。ゼートゥーア准将殿」
新ソ連軍参謀本部所属 参謀将校 エーリッヒ・レルゲン中佐が入室する。
優秀かつ極めて常識的で将来を嘱望された青年将校はまさに軍人のお手本とも言える敬礼をもって自身の存在をその場に刻み込む。
「人事後で時間の無いなか申し訳ないな。レルゲン中佐、貴官の席は既に本部に手配済みだ。そう引継ぎを急がずとも良い。体調管理も任務の内だぞ?」
「ご高配を賜り誠に恐縮であります」
「掛けたまえ」
「失礼します」
「__それで、例の件はどうだね?」
「ハッ、元ベラルーシ領でのアンティナイト密売の首謀者と関係者の特定は滞りなく。現在、南西地区で大亜連合の反魔法師団体と第二〇三魔法師大隊が交戦中。遅滞戦闘を展開している敵軍の指揮を鑑みるに今回の侵攻は陽動作戦で間違いないかと」
「ふむ…大方予想通りといったところか」
「………」
「何か不満かね?レルゲン中佐?」
「いえ、そのような…ただ…」
「ただ、何かね?」
「…本当に彼女を【日本】へ送り込むのですか?」
「日本の文化と言語を独学で学び、魔工技師としての地位も確立している彼女ほど、今回の任務に適している者を私は知らないが?」
「おっしゃるとおり、確かに彼女は有能な軍人で在り研究者です。しかし、恐れながら申し上げます。彼女の人間性について以前ご報告させていただいたのですが…」
「士官時代の件か」
「はい、率直に申し上げて彼女は異質です。日本で何か事を起こされてからでは遅いのです」
「つまり?」
「准将も既にお気づきのことでしょうが敢えて申し上げます。彼女は人間ではない。アレは幼女の皮を被った___」
____【化け物】です
◇◇◇
呂 剛虎(ルゥ ガンフウ)は大亜連合軍特殊部隊のエースにして、陳祥山が最も信頼する部下。白兵戦での殺人術では大亜連合随一と呼ばれる使い手で、「人喰い虎」の異名で「イリュージョンブレード」の千葉修次と並び称されている。
そんな彼は現在困惑していた。
道教系の古式魔法と中国武術を組み合わせた堅固な守りは、鉛玉は疎か魔法による攻撃さえ貫くことを許さない。
それがどうだろうか。
戦場に立つのが不釣り合いなほどの愛らしさを持つ齢10にも満たないような幼女が、その鉄壁の守りを打ち砕いたのだ。
それも、ただの狙撃用のライフルで__
打ち抜かれた左上腕部遠位端に走る痛みと共に動揺を抑え込みながら、彼はいつの間にか幼女の瞳が金色に変化していることに気付く。
そして、目の前の幼女は呟く。
「主を讃えよ その誉れ高き名を___」
呂 剛虎は理解した。
その