「レルゲン中佐。貴官は【奇跡】をどう捉える?」
突然の問いかけに数瞬思考の空白が生まれたが、准将殿の問いに含まれた意図を最大限抽出するよう努めつつ返答する。
「一般的な意味であれば、宗教や信仰に結びつきが深いもので人間が超自然を観測した際に感じる驚きを言語化した表現と考えます。また、我々軍人からすれば【魔法】こそが、奇跡の在り方に最も近しいものだと愚考致します」
私の返答に満足がいったのか。
准将殿は珈琲の淹れられたカップを置き、懐から一冊の本を取り出す。
今時珍しい紙媒体の記録に若干の好奇心を感じつつ、表紙に書かれた英語を読解する。
「これは…聖書でありますか?」
「書庫の整理をしていた際に偶然見つけて目を通してみたが、なかなかに興味深い内容でな」
「は、はあ…」
「合理的に考えるのならこの蔵書はただの戯言をまとめた紙の束でしかないが、別の視点から考えるのならこれは間違いなく信仰者にとっての聖書なのだろう」
私は努めて准将殿の言わんとしていることを洞察するが、その心意が見えない。
「この聖書には【奇跡】とは、不思議な業、しるし、などと書かれている」
「と、おっしゃいますと?」
「【魔法】こそが奇跡の在り方に最も近しいという貴官の仮定には、私もおおいに賛成だ。しかし、魔法は我々魔法師が物理法則に働きかけることで発現する現象であって、どれだけ超能力だの異能だのと揶揄されるような効果であっても、引き起こされる結果はどこまでいこうと【自然な現象】でしかない」
「つまり、准将殿は【奇跡】と【魔法】は根本的に異なるものだとお考えなのですか?」
「一つの考察としてだがね」
准将殿の言わんとしていることには察しが付いてきた。
だが、それでも、この話がどうデグレチャフ少佐の話と繋がるのか皆目見当もつかない。
私は乾き始めた舌先を湿らせるため、そっとカップに口を付ける。
「この二つの相違点は【過程】にあると私は考える」
「確かに我々はCADを用いて起動式を展開し魔法式によるエイドスの書き換えから目的の事象を引き出しております。だとすると、【奇跡】とは__」
「【結果】のみが発現する。それも、物理法則に拘束されない、まさに【不自然な現象】だ」
「____まさか、許可したのですか?あの欠陥品の使用を!?」
准将殿は浮かべていた笑みを更に深めると、切れ長の眼から三白眼を覗かせる。
「欠陥品か。はたまた宝具となるか。それは彼女が答えるだろう」
果たして彼女の業は、奇跡(しるし)足り得るのか___賽は投げられた
◇◇◇
人間の代謝率というのは同年齢・同性という条件下において体表面積に比例する。
単純な話、小柄な少女の身体である私は体温の低下が異様に速い。
戦闘中に何故このような考えを浮かべているのかは、私がライフルを構えてかれこれ、即席食品を作って食べ始めるだけの時間が過ぎていることにある。
今回、我々二〇三魔法師大隊に課せられた任務は自国防衛。
___という表向きの理由の裏にある二つの極秘任務。
一つはアンティ・ナイトの密輸先の特定と誘導。
現在、港には第二中隊から次席指揮官のヴァイス中尉と他数名による偵察班を送り、海路に乗り出す貨物船の積載物把握と乗組員の情報採取を行わせている。
そのためのミスディレクション(視線誘導)として、我々二〇三魔法師大隊は反魔法師団体とのお遊戯に真摯に付き合って時間を稼いでいるわけだ。
適度に魔法障壁を破らせて苦戦しているように見せかけろと指示を出したのが間違いだったのか、我が隊に負傷した輩が数名いた。
誰が怪我をするまで手を抜けと言った?マニュアルバカはここにもいたのか?
公務災害扱いになんてさせんからな?
貴様等は勝手に転んで少し肩に弾丸がめり込んだり裂傷の等々の軽傷を負っただけだ、いいな?
さて、二つ目の任務だが…これは私に課せられた任務と言うべきだろうか。
現在、私の胸元には首から下げたペンダント式の演算制御装置がある。
an arithmetic and control unitの頭文字からとって3Acu__と記憶に残り辛い呼称のため私は見た目から、また前世でも呼ばれていた名称を付けた。
【演算宝珠】と____
◆閲覧注意◆以下の文章にはメタのre)
すまないな【人食い虎】。
どうやら存在Iは眠気で力尽きたらしい。
次回の更新まで私たちはこのままの姿勢で待機ということだぞ?
…フム、分かった。私から伝えておこう。
存在Iよ、永遠に眠れ