【魔術】【魔導】
それは、人が持つ魔力を燃料に用いて世界の理に干渉し、超常の現象を発現させる行為並びに現象。
基本的にこの世界の一般認識で言う魔法に近い。
魔術を行使できるものを魔導師と、かつての世界では呼んでいた。
それまで奇跡とされていた過去の超能力・異能の類を化学の力によって効率よく再現出来るようになったこの世界では、すべての超常現象は【魔法】の一言で片づけられてしまうらしい。
一部の機関では「魔術なるものは何でもできるほど万能でもなく、近代以降の科学技術の発達と比較して特別有利なわけでもない」とし、過去の遺物として迫害されていたわけだが、新ソ連での評価は異なった。
曰く、魔法に並び立つ有用な技術。
曰く、魔法師の存在を再定義する概念。
曰く、神の御業。
信仰心に犯された科学者共の盲目的観念には、生理的嫌悪を禁じ得ない。
【干渉術式】
それは、すべての魔術の根幹となる技術だ。
この世界で言われている起動式に近い存在で、魔法式を構築する際に重要となる魔法力3種の内の【干渉強度】を彷彿とさせる。
一つ確認をしよう。
二人の魔法師が互いに同じ座標へ同種の魔法を行使したとする。
その場合、どちらの魔法が発動するのか?
答えは__【干渉強度】に依存する__事象干渉力の強い魔法師の魔法が発動する。
これは、腕相撲をしたら力の強い方が勝つ、くらいには簡単な話だ。
ただし、どれだけ事象干渉力が強かろうと、魔法式によって干渉できないものが一つある。
それは魔法式である。
魔法式は魔法式に干渉できない。
これも魔法師なら誰もが認識している共通解で間違いないだろう。
リンゴが木から地面に向かって落ちるくらいには普遍なことだ。
アンティ・ナイトを用いてサイオン波の嵐を引き起こし、魔法式の構築を阻害する【キャスト・ジャミング】
有線回線を通して、電子機器に侵入し、ソフトウエア自体を改ざんするのではなく、電気信号に干渉し、これを改竄しCADなどの電子機器の動作を狂わせる性質を持つ【電子金蚕(でんしきんさん)】
圧縮したサイオンの塊をイデアを経由させず、砲弾のように対象物へ直接ぶつけて爆発させ、そこにある起動式や魔法式を吹き飛ばす【術式解体(グラム・デモリッション)】
いずれも、魔法の対抗手段として生み出された技術ではあるが、その本質は魔法の無力化や阻害にあり、干渉することではない。
話を戻そう。
結論としては___【干渉術式はあらゆる事象に結果として干渉し得る】
例を挙げるとするなら今回、呂の左腕を狙撃したターニャの【貫通術式】が適切だろう。
魔法によって銃弾の貫通力を上げるのであれば、弾丸の速度、回転数、強度の増加、または空気抵抗の減少など、様々な細工を施すことが必要になるがその威力は言わずもがな。
しかし、魔法障壁などの強度によっては弾かれる可能性を否定できない。
対して、魔術・魔導ならばただ【進み続けること】を弾丸に定義するだけで良い。
物理的な壁があろうと、魔法障壁があろうと、如何なる障害があろうと、弾丸はただ進み続ける。
様々な要素・事象を組み合わせる事によって目的の結果を引き出す【魔法】がボトムアップ型のシステムと仮定するのなら、結果を定義することで様々な要素・事象が顕現する【魔術】はトップダウン型のシステムと言えるだろう。
原典ここに極まれり__
干渉術式によって再定義された対象は、愚直にその定義内容を執行する。
ただし、対象に対して複数の干渉を同時に行うことはできない。
この世界には【魔法の並行使用(マルチ・キャスト)】なる技術があるが、魔術である干渉術式は対象に一つの定義を付与することしかできない。
【弾丸を加速させ障壁を貫通させる】といった2つの干渉を同時に行うことはできないのだ。
今回、もしもターニャが【弾丸を加速させる】ことで狙撃の威力を高めていたとしたら、呂の障壁によって弾丸が弾かれていた可能性は十分にあった。
旧兵器のライフルで魔法障壁が貫けるわけがない。
そんな慢心にも似た魔法師の矜持なる確固たる自信が、弾丸を回避するという選択肢を呂の脳内から抹消していた。
考えてもみて欲しい。
白兵戦に秀でた魔法師が、たかだか音速を超える程度の銃弾の速度に後れを取るのか?
答えは否である。
知覚外からの狙撃ならまだしも相手は真正面の知覚内。
銃口の向きや呼吸、引き金を引く指のタイミングからなにまで把握していたのだ。
だからこそ、魔法障壁を貫かれたことに驚愕したわけだが。
実際、高速化された魔法戦闘を主としている呂の眼には射出された弾丸の軌跡がしかと捉えられていた。
それが貫通術式の弱点である。
あらゆる弾丸への事象の干渉、つまりは相手の防御を無効化することと引き換えに、弾丸の威力は銃の性能に依存する。
干渉術式はその性質上、一つの定義内容が執行されない限り次の術式を連続行使できない。
つまり、回避されたら終わりである。
それが「魔術なるものは何でもできるほど万能でもなく、近代以降の科学技術の発達と比較して特別有利なわけでもない」と言われる所以の一つでもある。
また、魔術を行使する【魔導師】は絶対数が少なく、いずれも古式魔法の一つとして認識される程度であった。
数年前までは。
ターニャ・デグレチャフは魔術の根幹である干渉術式の起動に必要な魔力に、プシオンと同系統の波動パターンが存在することを発見した。
サイオンと同じく、心霊現象の次元に属する非物質粒子のプシオンは思考や感情の活性化に伴う粒子と考えられているが、はっきりした事実は判明しておらず、プシオンが精神そのものであるという仮説もある。
ただし、ターニャは知っている。
エレニウム九五式。
総称:エレニウム工廠製次期試作演算宝珠を使用後の精神的な疲労度と倦怠感を。
かつての経験から、魔力(ここではプシオンと同義と仮定する)が精神に何らかの影響を及ぼすというのがターニャ・デグレチャフの論である。
演算宝珠の開発により魔導師の適性のあるものは、徐々に干渉術式の体系化を可能としていった。
それが、第二〇三魔法師大隊の隊員である。
現在、急ピッチで【飛行術式】の開発が進められているがこの件についてはまたの機会に。
今回、ターニャが下された任務はエレニウム九七式の実践運用である。
演算宝珠に宝珠核(CADでいう感応積石)を2つ同調搭載した双発型のデバイスは、従来の演算宝珠を圧倒する性能を有している。
既に構想としてエレニウム九五式の図面はあるのだが、ターニャは何時ぞやのマッドサイエンティストの顔が浮かぶ故に、謎の言語を呟きながら図面をシュレッダーにかけようとしては副官のヴィーシャに止められたものだ。
何事にも段階付けは重要なのである。
斯くして、エレニウム九七式の実践運用は成功である。
ただし、ここである問題が発生した。
呂はターニャは神に愛されていると表現したが、こうも言えるだろう。
ターニャは神に哀されていると___お後がよろしいようで
◆◆◆
さて、仕事(実験)は終了だ。
定時で帰宅したいのは山々なのだが…
私は魔力を演算宝珠に流す。
すると___
(っ!!加減を誤ったか。やはり九十五式とは感覚が違う!!)
干渉術式が思うように展開できない。
できてあと一回、不完全な術式といったところか。
(マズイな…。宝珠が使用できないとなると私の武装では人喰い虎には歯が立たん。果物ナイフ一本でサファリパークの猛獣エリアに突入した原住民の気分だ…!)
私は動揺を相手に悟られないよう表情筋に力を籠めつつ、互いに硬直状態になるよう仕向ける。
(幸い、奴は追撃を警戒して距離をとったままだが…止血をする素振りがないのは困る。このまま両者の体力が落ちると、奴は勝負を決めに距離を詰め寄られかねない!!どうする!!?)
私は氷炎地獄の余波による低体温症の危険性を頭に置きつつ状況を打開するため、行動を起こす。
「この銃が気になるかね?人喰い虎」
私が大亜連合の母国語を話したことを、または銃口を外し銃の側面を見せるように銃を掲げたことを意外に思ったのか、奴は驚いたように眼を開いた。
「貴様は…一体何者だ?貴様ほどの魔法師を我が国が認知していない筈がない!」
語気は荒げようとも思考は冷静に。
なるほど、さり気なく魔法により止血を行っているあたり、流石は
私は蜘蛛の糸の上を綱渡りするかのように次の言葉を紡ぐ。
「例外は何事にも存在するのだよ。君が私のことを知らなかったように。私も君たちの本当の目的など知らないのだから」
私の言葉の意図を把握したのか、今日一番の動揺を見せる。
なるほど。
ネコ科とは案外可愛らしいものなのかもしれない。
…いや、やっぱりないな。
私は得意気にイヤーカフに指を置くと数回カフを叩いて、全て知っているぞ?というジェスチャーを行う。
「…まさか、この奇妙な戦況は…貴様の仕業か」
「私の部下が世話になったね。謝礼として技術の一端を提供したかったのだが、残念ながら基準を満たした実験体は君だけだったものでね?今回は両者痛み分けということで手打ちにしてもらえると有難い。___お互いに痛い腹は突かれたくないだろう?」
数瞬の静寂の後、奴から闘気が収まるのを感じ取った私は銃の引き金から指を離し、これ以上の戦闘継続を望まない意を伝える。
「………貴様、名を何という?」
「名前?そうだな____【白銀】とでも呼んでくれ」
「白銀___覚えておこう」
自己加速術式を使用したこの場から呂が立ち去る。
しばらくしてから警戒を解いた私は小さく息を吐きだした後、振り返って木々の一点を見つめる。
「さて…少尉。何故貴官はここにいるのか、命令違反を覆すだけの言い訳をするか。低体温症寸前の私の肩を支えて合流地点に戻ることで恩を売り、命令違反を不問にするか。貴官はどちらがいい?」
「全力で抱っこさせていただきます!!!」
光学迷彩で姿を消していたセレブリャコーフ少尉が姿を表し、素早く私の元に駆け寄る。
可笑しいな。
何故コイツは若干嬉しそうなんだ?
前世での従順で聞き分けのいい貴官はどこへ行ったのだ?
私は彼女の謎の圧力に、一歩分後ずさりながら顔を逸らしつつ片手を差し出す。
「…やはり、汎用型CADだけ貸せ。貴官の予備があっただr___」
「では行きます!!」
私の発言を揉み消すかのように、私の身体を抱き上げる少尉。
おい。
何故、新郎が新婦を持ち上げるような持ち方なんだ!!
せめて肩を支えるだけにしろ!!
おい、冗談じゃないぞ!!
本当で待て!!
「まて、冗談だろ!?降ろせ!降ろせ~!!」
合流地点で私を迎えたのは、微笑ましい目で此方を見つめる隊員の野郎どもと、若干肌の艶々した少尉の再度の熱烈なハグであった。
ああ…私の威厳が…。
私は戦闘で破損したCADの始末書と今回の実験の報告書作成をまとめつつ、空を見上げて一人呟いた。
「どうしてこうなった…」
存在I「冷静になって考えてみたら私はこの貴重な休日に何をしているのだろうか?……よし、とりあえず寝よう」
深夜のテンションで書いたので内容がぐちゃぐちゃですがご容赦を。