考えていたことがある。
嘗て私は、存在Xによる理不尽な転生の結果、ターニャ・デグレチャフという女児として帝国という軍事国家の檻に囚われていた。
孤児としてその世界に生を受けた私が日々の生活を繋ぐには、軍に志願するという道以外、他になかった。
魔導士としての才能を認められた私は士官学校を首席で合格し、紆余曲折あり予てより希望していた安全で快適な後方勤務とは程遠い最前線で身を粉にして奮戦する破目になったことは記憶に新しい。
全てはあの忌々しい存在Xによるものだ。
どれだけ私が世界の為に尽力しようと、世界は私の存在を否定するかのように動き続ける。
だが、何も悪い記憶だけではない。
最期の時まで、軽口を叩きながらも私に付いてきてくれた戦友たちには少なからず感謝している。
叶うなら、もう一度彼らに背中を預けて闘いたい…そう想わせるほどには。
だからこそ、この世界で彼らと再会した際には自分の眼を疑った。
私は夢でも見ているのかと。
無駄に優秀な副官にマニュアルバカと部下達。
嘗て私が命を奪い、私を殺しうる力を持った軍人の娘である復讐者。
マッドサイエンティストに勝利に飢えた老害共。
私を取り巻く世界の差異はほんの微々たるもので、それは私に安堵と同時に恐怖を植え付ける引き金となった。
どうしようもない予感があった。
私はまた繰り返す。
私が私である限り、この地獄は終わらない。
逃げて逃げて逃げてにげてにげてにげてにげてにげてニゲテニゲテニゲテニゲテ___
私はいつか神に死を乞い願うのだろう。
神を信じて疑わない敬虔な信徒として神の御許に抱かれるのだろう。
幸せそうに。
心の底から微笑んで。
両の手を優しく組合せ。
嬉し涙を溢しながら。
神に祈りを___
冗談ではない!!
アレに祈りを捧げるだと?
奴に私が与えるとするならば、それは【死】以外あり得ない。
奴の眉間に銃口を突きつけ、恐怖の感情に飲まれながら許しを請い、なんの意味もなく羽虫のように撃ち殺す…ああ!!考えただけでも達してしまいそうだ!!
私は、お前を殺すぞ。
存在X。
次にお前と逢えるのが楽しみでならない。
ああ、早く_____
____お前を殺したい
◇◇◇
~FLT本社 CAD開発第三課~
季節は秋。
残暑、などという概念は最早なく、冬の足音は確実に数を増していた。
土曜日、中学の授業は午前中で終了し、深雪を自宅に送り届けた後、俺はその足でFLTを訪れていた。
納品の期日が迫っている依頼が数件あったため、それを消化するためいつも通り無心でキーボードを叩いていた。
作業を開始して数時間経ったのち、休憩がてら珈琲を飲もうと個室を出ると廊下で、開発室の責任者である牛山さんに呼び止められる。
「御曹司。ちょっといいですかい?」
「牛山さん、どうかされましたか?」
「社長から例の件はもう伺ってますかね?」
「親父から?いえ、発注依頼の確認以外では何も」
「そうですか…。いやね、妙にぶっ飛んだ内容のメールが届いたもんで」
「どちらからでしょう?」
「【国防軍】からです」
「…伺いましょう」
彼の端末には秘匿回線で何重にもセキュリティを施されたファイルが送付されていた。
(これは…やはり藤林少尉からか。いや、それにしても…)
「飛行術式の開発…ですか」
「まさかウチのどいつかが外部に漏らしたんじゃ…!」
「いえ、俺の方から懇意にしている軍の関係者には伝えてあるのでその心配はしなくとも問題ありません。問題は…」
(その軍の方に情報漏洩の可能性があるということ。真田大尉がここまでの事をしでかすというのは考え辛い…。風間少佐も同様だ。…だとすれば)
「おっ、開きやしたぜ御曹司………って、コイツはっ!!?」
「……驚きました。まさか自分よりも早く今回の件に結論を導き出しているとは__」
俺は開示された文面を読み、送付された資料に目を通すと、自然と上がる口角を意識しつつ発案者の名前を唱えた。
「ターニャ・デグレチャフ氏。貴女でしたか」
因果の交差路は、もうすぐそこまで近づいていた
悦ぶと良い、読者諸君。
存在Iは高熱のため力尽きたようだ。
実に滑稽だな。
…まあ、諸君らも体調には気を付けるんだな。
それではまた戦場で