アイドルのハーレムなんてありえない 作:おるとろす
午後五時。何というか午後五時ってカタカナにすると強そうじゃないか? ゴゴゴジッ!
いかん。フレちゃんと戯れすぎた性で、思考がエッフェル塔になっている。そろそろ、喫茶店を出よう。
奏たちはまだ喫茶店に居座るらしい。
ごめんねウサミン。そいつらの相手、疲れるでしょ? と、ウサ耳メイドを労わると、そんなことないですよ、と元気に笑った。
――――天使は、ここに居たのか。
今度サロンパス買ってあげるから……経費で。
テーブルに千円札を置き、颯爽とその場を去る。こういう時、少し多めに置くのがスマートな大人なのだ。
だというのに、周子は俺のポケットからすっと財布を奪い、俺の諭吉を一人攫った。
「今日の夕飯はプロデューサーの奢りねー」
イェーイと湧くアイドルたち。
は? いや、キレるな。ここは大人な対応を見せる時。
「おい、こら、テメェ! 俺の一万円返せよ!!」
「いやーん。シューコちゃん襲われちゃうー」
強引に奪いにいく。が、周子は椅子に倒れる形で俺の手を避ける。奪おうとした勢いで、俺は周子の上に乗ってしまう。
向かいの机からパシャリというシャッター音。
携帯を構えた美嘉と、俺の下にいる周子がぐっとサムズアップする。
状況を整理しよう。アイドルに馬乗りになる俺。服が乱れた周子。
なるほど。これが、チェックメイト、か……。
「臨時収入ね。みんな、どこが良い?」
「んーフレちゃん焼肉! 叙々えーん!」
「無理よ」
「あたしもフレちゃんにさんせーい。今日はやきにくのきぶんー」
「だから一万円で叙々苑は無理よ」
俺抜きで高級焼き肉店に行こうとしてやがる。悔しい、俺の夕食はもっぱら吉野家だぞ!
別に、大切なアイドルだし? 俺も、残業代でそこそこ金貰ってるし? 一万円や二万円程度、全然痛くないけど?
……わるい。やっぱ、つれぇわ。
これは、一手報いたい。 勇気はどこに?僕の胸に!
してやったり顔の周子。薄給のPの覚悟を舐めるなよ。
「えっ、ちょっとPさん? えっ!?」
ふむ。そのまま顔を周子の首筋に近づけてみたけど、どうしよう。ここまで来て理性が邪魔をする。流石に、このままおっぱいを揉むのは事案ではないか?
ううむ。ま、匂いを嗅ぐくらいならセーフだろ。俺だって志希とかに嗅がれてるし。
すん。すんすんすん。
「P、Pさん。流石のあたしも、それは恥ずか――っん」
え、なにこれめっちゃ良い匂い! 香水? 香水なの?
こう吸ってるだけで、ぶわーっと脳内に快楽物質が出るような、んでその快楽物質が股間に溜まるような――って、いかん! 俺のPちゃんがPちゃんしようとしてる。それはマジでやばいでしょ。美嘉なんてまだ携帯持ったままだろうし。
周子に覆いかぶさったまま、美嘉の方をみると、幸い奏と美嘉は白目をむいて固まっていた。それをフレちゃんが指でツンツンと突いている。
どうでもいいけど、美嘉の携帯ヒビ入ってね? え、握力いくつあんの? ゴリラか?
って、志希がいない。俺としたことが、あのトラブルメーカーから目を離してしまった。
探すと、後ろで「叙々苑ー」と鼻歌まじりで俺の財布をいじくっている奴の姿が。
お前、俺から諭吉を更に奪う気か! ゆるせん!
周子から離れ、志希の元へダイブ。さながら気分はルパン三世。
だが流石ギフテッド。さらりと、俺の不意打ちを避け、手に持った三人の諭吉を自身の谷間にしまいこみ、俺の体に絡みつく。
「にゃはは。嗅がれるのも楽しそうだけど、志希ちゃんは嗅がせてもらいまーす」
「ちょ、お前、忍者かよ!?」
「忍者の話と聞いて!」
「いや、してないから」
「そうですか…………」
なんか別なアイドルが横を通り過ぎたが、気にしてはいけない。それよりも現状を打破しないと。
こうピッタリとくっつくと、肌まで触れ合って、辛い。めっちゃすべすべやん。
「さー。どーする? このままあたしたちと焼肉に行くなら、五ハスハスで許すけど」
「五ハスハスって、一ハスハスがどんくらいかわかんねえよっ!」
「んー。一分が一クンクンで、十クンクンが一ハスハスかなー」
「五十分じゃねえか! そんなにこの状態でいられるか」
俺には仕事がまだ残っているのだ。と、いっても杏たちを迎えに行くだけだが。あいつら、俺が車で迎えに行かないと拗ねるんだよ。
む、少し身じろぎしただけで、色々擦れてヤバい。
「ねー、キミ、蛇の交尾って知ってる?」
「知るわけないだろ……って、なんだ抜け出せないっ!」
「無駄無駄ー。でさー、蛇ってこう、体を絡め合いながらー何日も……」
「ち、ちちちちょっと!?」
さわっと、触れるか触れないかの力加減で、俺のPちゃんに志希の手が当たる。まるで熟練の痴漢のような技。こいつっ……できる!
なんてふざけてる場合じゃない。このままじゃ、喰われる。いや、童貞を捨てるチャンスだし、全然喰われてもいいし、むしろウェルカムなんだけど。
だが、ここは店内。残念ながらアウツ……! コンプライアンス的にも駄目……! 逮捕……! 圧倒的逮捕……!
半ば力づくで、志希の拘束を解く。なんだかんだ無理やり脱出するのは、アイドルを傷つける可能性があるからしたくなかったのだが、緊急事態だ。仕方がない。
だが、解いても志希はしゅるりとまた俺の体に絡みついた。
蛇めっ……!
体勢が変わり、今度は俺の頭が志希の太ももに挟まれ、志希の頭が俺の股間へ。
「だから無駄だってー。あたしの52の関節技からは逃げられないよー。このまま二人で、解け合おっ」
「ちょっ! そこは! マジでハスハスすんな! お婿に行けなくなるって!」
「へー。だったら、キミと二人でずっと一緒にいられるね」
「くそっ! もう誰でもいい! 奏、美嘉、周子、はショート中か。ちっ! パターン青、志希だ! フレちゃん発進!」
「…………すやあ」
「寝てる! この状況で、寝てる!」
フレちゃんはブランケットを使って本格的に眠っている。万事休す、か。もはや身を任せるしかない。
さよならコンプライアンス。さよなら童貞の俺。
と、思って身を預けていたが、いつまでも快感はやって来ない。というか、目を瞑っていて分からなかったが、志希が俺の上から消えていた。
「大丈夫ですか? Pさん」
「ウサミン……」
「もー。アイドルとのコミュニケーションも良いですけど、未成年のアイドルにあんまりやり過ぎるのは駄目ですよ」
頬を膨らませて少し怒る菜々。
志希はウサミンJKチョップでのされたらしい。安らかに眠っている。
未だに固まっているリップスのメンバーは放っておいて、俺は床に散らばる諭吉を財布にしまう。あれだけ暴れたら、いくら志希の胸に挟んでいても落ちる。
今度こそ店を出よう。周子に取られた一万円は……まあ、いいか。慰謝料だ(ゲス顔)
さっきは冷静じゃなかったけど、これセクハラだよな。社長に知られたら……考えるのはよそう。叙々苑用にもう二枚万札を置いておく。
「あれ? もう帰っちゃうんですか?」
「ああ。杏たちを迎えに行かないと。きらりから怪文書が二通も届いてる。急がないとハピハピされる」
「あの……未成年のアイドルにやり過ぎるのは駄目ですけど、その、ナナにはしても大丈夫ですよ?」
「ん? 菜々も未成年だろ?」
「はっ! いえ、そうなんですけど……」
ウサ耳がしゅんとしぼむ。最近、菜々とみくの付け耳は生きてるんじゃないかと思い始めた。
うむ。腰をさすってあげればいいのかな。
「あっ……」
「ライブもバイトもお疲れ。菜々にはいつも助けられてる。本当ありがとな」
無難に頭を撫でることにした。
アイドルの頭を撫でる、という行為は客観的に見たらキモいが、小学生アイドルにねだられて撫でるうちに、気にならなくなった。職業病だろうか。
「はい! これでウサミンパワー全快です!」
「えっ、どういう理屈で……?」
「それはー、内緒です! キャハ!」
びんびんと隆起するウサ耳。確かにエネルギーがチャージされている。俺の手にウサミンパワーをチャージする力があったとは。ひょっとして俺はウサミン星人だったのか……?
○
社用車を飛ばしてニ十分弱。飛ばすと言っても信号が幾つも建つ町中ではそんなにスピードを出せない。
車をとある民家に止める。外装は明らかに一般宅だが、中は小洒落たカフェである。芸能人御用達の隠れ家風カフェというものだ。
杏ときらりと智絵里が中で待っているらしい。収録現場からタクシーで来たとか。
あの、タクシー使うんだったら、そのまま事務所にタクシーで来てくれないですか?
こればかりは、何故か優等生である智絵里や菜々まで受け入れてくれない。極力俺が迎えに行かなければいけない。
うちのアイドル何人いると思う? アイドルの送迎の合間に仕事をこなして、偶には収録の様子も見に行って、二千円札よりもレアな休日は、アイドルとのコミュニケーションで潰れる。
今日は確か……十七連勤目か。あれ、おかしいな。目から汗が流れてくる。
もしかして、俺に彼女が出来ないのも、俺が童貞なのも、この仕事の性なのか?
以前、俺を合コンや風俗に誘ってくれた友人が居たが、彼らは悉く消えてしまった。幸運、不幸、謎の黒服に拉致、ヤクザに拉致、ロボットに拉致、忍者に拉致、異世界転生。理由は様々。
だが、その所為で俺を合コンに誘う勇者は、業界にはいなくなってしまった。
ふと、アイドルたちに告白されたことを思い出す。どうせこの仕事を続けていても彼女は作れないのだから、クビになる危険を冒してでも、付き合うべきではないか。
仮にクビになったとしても、大手を振って彼女を作れるじゃないか。……無職童貞に彼女ができるかどうかは別にして。
扉を開けてまず階段。二階の店内に入ろうと、扉に手をかけた瞬間びりっと総毛だつ。理由は不明だが、嫌な予感がする。このまま扉を開けたら、碌でもない目に合うような、そんな予感。
まさか、芳乃のねじり揚げをマカロニとすり替えたのがバレたのか? もしくは事務所にある芳乃の歌舞伎揚げを、高い棚に隠したのがバレたとか?
いや、前者はレイナ様の所為にしたし、後者もちひろさんの所為にできているだずだ。
なら、憂うものは何もない。この悪寒も、きっと気のせいだ。
ガチャ、と扉が開いた瞬間――――
「にょわー! Pちゃん遅いにぃ!」
トラックにぶつかったような衝撃が全身を襲い、ふっ、と意識が体から離れていく。
――――あ、死んだ。
深夜の悪ノリで書きました。
後悔はしてます。
誤字報告感想評価あざっす!