アイドルのハーレムなんてありえない 作:おるとろす
体がわたのように軽い。
黄金色の柔らかな光が俺を包みこむ。一体何事か。そう思って周囲を見ると、雲、雲、雲。なんと空を飛んでいるではないか。
現在進行形で浮いていく体。なんとかしようともがいても、体はどんどん浮かび上がる。下を見ると、家や車が豆粒のように小さくなっていた。
ふと、自分が抵抗している理由が分からなくなった。このエナドリを三本一気飲みした時のような高揚感。こんなに気持ちいいのに、なぜ抗う必要がある。
目線はどんどん高くなり、光はどんどん強くなる。
やがて、境界の彼方に白く輝く宮殿が見えた。穏やかな風が肌を撫でる。
――なるほど。ここが天国か。
『ぶおおおおおおおおおおおおおおおお!』
――心地良さに身を任せ、波のように迫るこの睡魔に身を任せてしまえ。ここには、早朝出勤も残業もない。
『ぶおおおおおおおおおおおおおおおお!』
――羽の生えた天使たちがラッパを吹く。心地良い、ん? 心地よい? いや、やかましい音色が空を彩る。
『ぶおおおおおおおおおおおおおおおお!』
あれ、これ本当にラッパ……? あ、これラッパじゃない、ほら貝だ。
「あ、あの……芳乃? そのほら貝、うるさいから止めてくれない?」
「わたくしたちを置いて行こうとしたそなたが悪いのでしてー」
「あれ……芳乃怒ってる?」
「いいえー。ただわたくしが言いたいのは、そなたはここで死ぬ
芳乃が言い終えた瞬間、体が重さを取り戻した。目測高度数千メートルからの落下。吸い寄せられるように一点に向かって堕ちる。みるみる地面が近くなる。
「やばいやばいやばいっ! ぶつかるって!」
そしてある建物の屋根に体が触れた瞬間、意識は反転した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
目を開けると強い光が差し込んだ。眩しくて腕で顔を隠そうとするが、何故か両腕とも動かないので、首をひねり顔を光源から逸らす。
「あ、良かった……目が覚めたんですね。きらりちゃん、杏ちゃん。Pさん起きたよ」
透き通るような高い声が上から降ってくる。見ると、そこには大天使チエリエルが降臨なされていた。どうやら俺は彼女に膝枕をしてもらっていたらしい。
智絵里に悪いので起き上がろうとするが、どうも体に抵抗を感じて起きれない。
いやー、仕方ないなー。女子高生に膝枕してもらうとか、世間的にヤバいけど、動けないもんなー。
後頭部に感じる膝の感触を味わいつつ、眼前の美少女を眺める。なんて贅沢なプレイだ。一時間幾らですか。言い値で払います。
「おはようございます。心配したんですからね?」
目が合ったら笑った。そして頭を撫でてきた。
まずい。このままでは浄化されてしまう。
何故体が動かないのか。見ると、杏は俺の腹に乗って右腕を掴んでおり、きらりがソファの下から俺の左腕を掴んでいた。
その間も俺の煩悩は刻一刻と浄化されていく。このままでは
「ありがとなチエリエル。俺どれくらい寝てた」
「チエリエル……? あ……えっと、三十分くらいです。救急車を呼ぼうとも思ったんですけど……店の人が、軽い脳震盪だろうからしばらく様子を見ようって」
「げっ、三十分? そんなに寝てたのか。まいったな」
智絵里に言われ時計を見る。次の予定までもう時間がなかった。
「にょわぁ。ごめんねPちゃん。きらりの所為で」
きらりに左腕を引かれる。みると彼女の目は潤み、今にも涙がこぼれそうだった。
「気にするなって。俺は平気だから。あれくらいで参ってたらプロデューサー務まんないから。――ちょっと待て。きらり、お前もしかしてずっと床に座ってたのか?」
「う、うん。きらりの所為なのに、きらりがソファに座るわけにもいかないから」
「馬鹿。お前そこ立ってみろ」
コンクリに薄い絨毯が敷かれただけの固い床。当然というか、彼女の膝は赤くなっていた。
杏と智絵里がばつの悪そうにする。
「私や智絵里ちゃんもソファに座るように言ったんだけどねー。きらりが頑なでさ」
「ご……ごめんなさい。私ももっと強く止めるべきでした」
「いや、お前らに責任はないって」
立ち上がりきらりと向き合う。百八十あるきらりの身体は一回り小さく見えた。
その頭に智絵里直伝のチョップを当てる。
「もっと自分の身体を大事にしろよ。お前らに怪我されると、俺が精神的にきつい」
無論、感情的な意味と仕事的な意味の両面である。恰好がつかないので後者については言及しない。
「むえー。ごめんにぃ」
「いつまでもそんな顔するな。杏もだぞ」
「げぇっ、なんでそこで杏に飛ぶのさ」
「目腫れてるぞ」
「なっ! 相変わらずデリカシーのないプロデューサーめ」
「うぇへへ……ありがとぉ。Pちゃん」
少しだけ場が和んだのでほっと息を吐く。
「よし。じゃあ、遅くなったけど今から事務所に送るから。杏ときらりは家に送ってもいいがどうする?」
「えーもう行くの。杏、仕事頑張ったんだから、もう少しここでのんびりさせてよ」
「悪いが俺にはこの後にも仕事が残ってんだよ」
「きらりもぉ、もう少し居たいなぁー。最近Pちゃんとゆっくり話をする機会がなかったしぃ」
「げっ、きらりまで。智絵里はどうだ? 帰りたかったりしないか?」
意外と常識人であるきらりに言われると立場が悪い。確かに最近アイドルたちとのコミュニケーションは減っている。
意見を求めて、智絵里に目線を送る。
「わ……私は倒れたPさんが直ぐに運転するのは心配です。まだ起きたばかりですし……そ、それにっ、私もPさんとお話したいです!」
智絵里がぐっと拳をにぎり力説する。確かに、事故って彼女たちに怪我でもさせたら洒落にならん。
「俺、そんなに面白い話持ってないぞ?」
「プロデューサーの話に落ちがないのはいつものことじゃん」
「おいてめ杏。今なんつった」
「ぐえー」
デコピンすると、杏は気の抜けた声を出す。
心外である。これでも俺は美容院なんかに行くと『面白い人ですねー』と言われるのだ。それに、この間だって笑美とM-1予選に出場して二回戦までいった。
智絵里の方を向くと、彼女はにっこりと微笑んで言った。
「大丈夫です。私はPさんの話なら面白くなくても平気です」
「やめて智絵里。その言い方だと俺が凄くつまらない奴みたい」
不思議そうに首を傾げる智絵里。え、待って。俺って話つまらないの? そんな顔しないでよぉ!
「まあまあ、座って座ってぇ。少しくらいきらりたちとゆっくりしよぉ?」
「はぁ、分かったよ。コーヒー一杯飲み終わるまでだからな」
きらりに背を押され席につく。
その後四人で他愛のない話を続けた。俺の爆笑トークは不発だったとだけ言っておこう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
杏ときらりを家に送り届け、智絵里を事務所に置いたところですぐさま車に戻る。
寮組以外の子たちを送迎しないといけない。出勤しているアイドルの数にもよるが、二時間近くかかる日もある。
社長……流石にドライバーくらいは雇ってください。Pはもう限界です。
渋滞の所為で、全員を送り終えるとかなりの時間が経っていた。
急いでライブハウスに向かう。都内でも最大規模の箱。今日はロックザビートのライブの最終日だった。日程中の何処かで見に行くと約束したので急がないといけない。
時計の時刻は絶望的。どれだけ急いでも最後の曲に間に合うかどうかといったところ。
だが、余り心配はしていなかった。李衣菜はぶーたれそうだが、夏樹のことだから、笑って許してくれるだろう。
いよいよ会場まで目と鼻の先。八時半。ライブのセットアップを考えてもぎりぎりだ。
信号待ちしている車の前を、沢山の人が通る。手には名前入りのうちわといったライブのグッズ。
どうやら間に合わなかったようだ。
関係者パスで控室に向かう。李衣菜にどう言い訳をしようか考えていた。
……うーん。適当にロックとか言ってたらなんとかなる気がする。
パタパタ駆け回るスタッフの間を抜け、控室に入る。まだライブが終わったばかりだからか、タオルから覗く二人の肌には朱が差していて、どことなく艶っぽい。
もし俺がハーレムプロデューサーだったら、ここで二人を持ち帰りロックな一夜を過ごすのだろうが、それは夢の又夢。そんな話はアダルトビデオの中だけだ。
「お疲れー」
俺が来たことに気付いたのか、夏樹の肩がぴくりと動く。が、挨拶に対しては無反応。
「さっきスタッフの子にちらっと聞いたけど、大分好評だったぞ」
へんじがない。ただのなつきちのようだ。
二の矢を放つも、またしてもスルー。
……あれ、もしかして怒ってる?
「夏希髪降ろしてるのか。やっぱりいつもの髪形も良いけど、降ろしてるのもいいよな」
三度目の無視。もう止めて、もうPのライフはゼロよ。
「お、おーい。李衣菜ー、夏樹ー?」
「…………Pさん。アンタ、アタシと約束したよな。ライブ見に来るって」
「え、ああ。うん。した……しました」
「アンタが忙しいのは知ってるよ。でもさ、今日は最終日だから、きっとPさんも来るって、だりーの気合、凄かったんだぜ? 音もさ」
ふぇぇ、圧力が凄いよぉ。
十八歳の小娘に俺が臆しているだと……? 悔しいっ、でも感じません。
「あ、やー、一応来たには来たんだぞ? そのアンコール際にぎりぎりだったけど」
咄嗟に嘘をつく。なんか状況を悪化させそうな気がしないでもない。
タオルを頭にかぶっていた李衣菜が、顔をあげる。あ、ガチで怒ってる。
「嘘ですよねPさん。私、会場しっかり確認しましたから」
「い、いや。観客は三千人近くいるんだぞ? 見逃したんじゃないか?」
「う・そ、ですよね」
「………………ふぁい」
「なんでそんな嘘つくんですか?」
「あーいやその……ロックかなーって」
「全然ロックじゃないです」
おかしい。李衣菜がちょろくない。
空気が、重い。小梅と一緒に題名が付いてないホラービデオを見た時くらい重たい。七日経ちテレビから女が出てきたときはマジで死を覚悟した。
控室の扉が音を出す。すわ、救世主かっ、と振り返るが、スタッフは何かを察したようで、無言で後ずさり部屋を出て行く。
「と、取りあえず、二人ともステージ衣装から着替えようか。その恰好じゃ風邪ひくぞ。じゃ、俺挨拶回りしてくるから」
Pはにげだした
しかし まわりこまれてしまった!
「これ、さっき更新されたきらりのインスタなんですけど。どういうことですか。私てっきり仕事で来れなくなったと思ってたんですけど」
李衣菜の携帯画面には楽しそうに笑う三人のアイドル。げ、説明文にプロデューサーと一緒にお茶って書いてやがる。
「あー…………悪かった。言い訳にしかならないけど、あの店でトラブルが起きてさ。まあ、それでも、ライブに来れなかったのはごめん」
「私、今日こそPさんが来ると思って、魂込めて歌ったんです。私たちの音。Pさんには届かなかったんですね」
李衣菜が悲しそうに顔を俯かせる。くっ、なんて馬鹿だったんだ。ここのところ色々あって集中できなかったとはいえ、自分の時間も調整できずにアイドルを傷つけてしまうとは。プロデューサー失格だ。
「……すまん。埋め合わせは、俺にできることなら、なんだってやるから」
「え、今なんでもやるって言いました?」
「え?」
「え?」
「あ、ああ。確かに言ったけど」
すると、李衣菜はタオルを投げ捨て飛び跳ねた。え、なにこの反応。可愛いけど、Pちゃん空気の高低差に付いてけてないよ?
「絶対ですよ? 言質取りましたからねっ」
「あ、うん」
「イェーイ! 計画通りにいったねなつきち! ひゃーっ、ドキドキした」
「え……お前らまさか」
夏希はにやりと笑う。ヤダ……格好いい……!
「ああ、一芝居打たせてもらった。でもPさんが悪いんだぜ? アタシたちのライブより、他のアイドルを優先したんだからさ」
「はぁー……そういうの止めろよな。心臓に悪い」
力が抜けて、その場にしゃがみこむ。本気で二人は怒っているように見えた。こいつら、こんなに演技が得意だったか? もっとその方面に売り込んでもいいかもしれん。
「へへっ、一足先にドッキリ成功です」
「え? 今なんて?」
「――そんなことよりPさん。挨拶回りはいいのか?」
食い気味に夏樹が聞いてくる。一応主要な関係者には挨拶を済ませているが、全員ではなかった。
「うん、じゃあ俺挨拶してくるから、それまでに着替えておけよ?」
「うひょー、どうしようかなー。久しぶりに温泉もいいなー」
李衣菜の口から恐ろしい言葉が飛び出す。
「あの、李衣菜さん? できれば、複数日掛かるようなお願いは止めていただけると……」
「えー! Pさん、一度言った言葉を曲げるなんてロックじゃないですよ」
「そうだぜ。もうしっかりと録音してあるしな」
携帯電話すっと掲げる。そこからさっきのやり取りが流れる。
万事休す。さようなら……僕のお休み。さようなら……買っただけで一度も開封していないスイッチ。スマブラくらいはやりたかったよ。
「おおっ、どうですかこれ!? 北海道の温泉なんですけど、地獄谷ってロックじゃないですか?」
控室から出ようとする俺の袖を引いて、キラキラした目で見つめてくる。くっ、そんな顔されると憎もうにも憎めない。でも仕返しはしたい。
「李衣奈、お前汗臭いぞ」
「なっ、ア、アイドルに向かってなんて事言うんですか!」
仕返し終了。本音を言うと、かなり良い匂いでした。
りあむとか新しいアイドル出したいけど、キャラが掴みきれなくて挫折しました。