こち亀二次創作「早矢のギャルゲ奮闘録」   作:シベリア!

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こち亀単独二次創作「うそつき早矢」

『競馬とはお馬ちゃんが、私にお金を運んでくれる素晴らしいものなり』これは警視庁きっての競馬好きである両津勘吉の言葉である。

この日も競馬場では幾人もの夢を乗せ、欲望も乗せ、競走馬達が死力を尽くす。

先頭馬の鼻先がゴール板に到達する瞬間、競馬場のドリーマー共が嘆き、悲しみ、悔やみ、絶望し、そして狂喜する。

 

「きゃああぁ! 当たった!? ああ、当たりましたわっ!!」

 

その中には新葛飾警察署の婦警、磯鷲早矢の姿もあった。

彼女は嘆く者ではなく、悲しむ者でも無く、悔やむ者でも絶望する者でもない……狂喜する者であった。

 

ある切欠で彼女が非番の日に競馬場に通うようになって幾月かが過ぎ、自宅にはハンマーソングと痛みの塔ごっこができる位のはずれ馬券が積み上がり、今日ようやく彼女は勝馬を的中させる事に成功したのだ。

 

「オッズは1.8倍で、5000円を賭けましたから……9000円!?

 9000円になりましたわ!」

 

彼女は所謂良家の子女だ。

普段目にする金額に比べれば、9000円ははした金だ。

だがしかし、この日までの彼女の苦労を想えば……ぶっちゃけ下手な鉄砲数撃ちゃ当たるという領域ではあるが……苦労を想えば、手元の馬券が輝いて見えた。

 

「よっしゃあ! 的中だぁっ!!」

 

喜びにふける早矢の近くで、野太い声の中年男が歓喜に震えた。

 

「凄いよ両さん、3連単だから……157.7倍!? 万馬券じゃないか!?」

 

3連単とは、一着の馬、二着の馬、三着の馬を着順含めて予想する種類の馬券である。

一着の馬のみを当てれば的中になる単勝と比べ、的中させる難度も、的中させた時のリターンもケタ違いになる。

 

「これだから競馬は辞められん。 見ろ、これが157万円の馬券だぞ!」

 

角刈り中年男……早矢と同じく新葛飾警察署の警察官である両津勘吉が自慢げに当たり馬券を掲げ、両津の競馬仲間達が色めき立つ。

 

「今日は銀座に行くぞ! 祝勝会で朝まで飲み明かそうぜ!」

 

競馬で大当たりをした日は、決まってお祝儀だの祝い酒だのと言って周囲の者を誘って宴会を開くのが両津の性格だ。

こういう気前の良さ、カラッとした性格に惹かれるためか、この男の周囲にはいつも人が集まってくる。

 

そして……

 

「……早矢?」

 

「え、あ……両津さん!? どうしてここに!?」

 

「何言ってるんだ、わしが競馬場にいるのは当然だろ。

 早矢こそ何でこんな所に来てるんだ?」

 

「わ、私は、今日は非番で……あ、その……や、流鏑馬の参考にならないかと……」

 

早矢が9000円に換金できる当たり馬券を隠しながらそう答える。

なお、早矢は非番、両津は勤務日であるが故に、この場にいてはいけないのはどちらかと言えば両津の方である。

 

「まあ良いや、今から飲みに行こうぜ、今日はわしが奢ってやるから」

 

両津がにこやかに笑いながら早矢を誘う。

その顔を見ただけで、その声を聞いただけで、早矢は自身の胸の奥が熱くなっていくのを感じた。

 

なお、早矢は凄い下戸で、しかも両津は本日勤務日である。

早い話、二重の意味で両津の発言は駄目人間の極みである。

だがしかし、ある意味それは両津の美点であり、両津の欠点なのだ。

 

早矢はそんな両津を好きになったのだ。

 

この物語は、才色兼備の婦警・磯鷲早矢の恋の物語である。

磯鷲早矢が両津勘吉への恋心を胸に、もがき、足掻き、苦悩する物語である。

 

「見ろ、今日のわしは大金星、一気に157万円も稼いだ。

 この万馬券の輝き、これだから競馬は面白い」

 

両津がついさっき当てたレースの馬券を早矢に見せる。

早矢はそれを手に取り、まじまじと見つめて……

 

「……あ!?」

 

「わ、わしの157万円があああぁぁぁーーーっ!!!」

 

……訂正、この物語は基本才色兼備だが時々ぽんこつな婦警・磯鷲早矢の恋の物語である。

 

……

 

…………

 

………………

 

ある日のお昼時の事。

 

「……何だろ、これ」

 

早矢の同僚にして両津の又従妹でもある擬宝珠纏がうっかりミニパトにお弁当を置き忘れてしまい、探しに戻った際、一冊の文庫本を見つけた。

自分の物ではない……たぶん早矢の物だろうとは思ったが、今まで纏は見た事が無かった。

 

「えっと……やけに汚い文字だな、読み難くて仕方が無いよ……

 あちきは忍者でごわすごんすごわす……これを書いた奴は小学校出てるのか?」

 

ぺらぺらと頁をめくる。

何度も何度も……10回も20回も、もしかしたら100回以上も読み返した本だと分かった。

 

そして気がつく……

 

「この癖のある文字、勘吉のじゃないか?

 著者は……うわぁ、やっぱりそうだ、勘吉の本だ」

 

その文字は何度も何度も見た事のある文字だった。

短い期間ではあったが。同じ屋根の下で暮らしていたのだ、嫌でも見慣れてしまう。

妹の檸檬は味のある字だと言っていたが、纏にとっては単なる下手糞な字だ。

 

そして同時に思う、一体誰がミニパトに両津の本を置いたのだろうと。

そんな纏の疑問は、割とすぐに解消される……

 

「そうなんだよ、あのシーンは思わず目頭が熱くなったものだ」

 

「うむ、荒木又右衛門が迷いを捨て、信念と共に……」

 

お弁当と偶然見つけたボロボロの本を持って署内に戻ると、いつも交通課の婦警達が集まってミニ昼食会をするテーブルで大原部長と妹の檸檬が何やら語り合っていた。

 

「檸檬、こんな所で何やってるんだ。 大原部長の仕事を邪魔しちゃ駄目じゃないか」

 

「いや、すまない。 わしが呼び止めてしまったんだよ。

 昨晩の特番時代劇が思いのほか面白くてな、どうしても誰かに語りたかったのでな」

 

「纏、携帯電話を家に忘れていたぞ」

 

檸檬が幼稚園のカバンから最近買ったばかりのスマートフォンを出す。

神田明神で買った……もとい、頂いた御守り付きのスマホは、間違い無く擬宝珠纏の持ち物だった。

 

「え、今日はちゃんと持って……ありゃ、無い!?」

 

自らのポケットを手探り、そこに入れたハズの物が影も形も無い事に気がついた。

 

「半日ずっと気づかなかったのか?」

 

「午前はずっとミニパト乗ってたからかな? 無電で連絡つくから気にならなかったよ。

 ありがとな檸檬」

 

姉妹というには年が離れ、知らぬ者が見れば親子のような2人である。

機械音痴で年の割に子供っぽい所がある纏と、年齢の割に成熟している檸檬、どちらが姉でどちらが妹らしいかは、人によって意見が異なるところであろう。

 

「あ、早矢、待たせてごめん」

 

弁当を手に待っていた早矢を見つけ、纏が手を振る。

 

「それじゃあ食べましょうか、纏さん」

 

「おお早矢君、昨晩のNHKを見たかね!

 特番時代劇鍵屋の辻、いやぁアレは本当に素晴らしかった」

 

2人が近くの机に各々の弁当を広げようとすると、空気を読まない大原部長が割り込むように話しかけてくる。

早矢も時代劇好きで、子供の頃から司馬遼太郎等の小説に慣れ親しんでいるが故に、当然のように話が通じると思い込んでいる……が……

 

「え……えねーちけー……?」

 

早矢はきょとーんとした表情で部長の顔を見返していた。

 

「大原部長、早矢の家にテレビはありませんよ」

 

「なに、そうなのか!?」

 

「すみません、父の方針で……」

 

「むう、それは残念だな……仇討ちのシーンなんか迫力があって良かったのだが……」

 

「ぱ、パソコンならありますわ!」

 

「え、早矢パソコン持ってたのか!?」

 

「こ、この間……しょ、諸事情あって……」

 

まさか纏達をモデルにしたギャルゲーをプレイするためとは言えず、早矢が微妙に言葉を濁す。

 

「……部長って、パソコン持ってましたよね?」

 

「まあ、あまり得意ではないが」

 

両津の貯金を横領して高い盆栽を買った時等に使っていた。

 

「NHKならオンデマンドでも見れるよ」

 

「何、そうだったのか」

 

「纏、スマホ」

 

「ああ、良いけど……」

 

「纏、パスワードはかけた方が良いぞ」

 

「うるさいな」

 

檸檬が纏のスマートフォンを手に取り、ぽちぽちと何やら操作する。

この幼稚園児はどこぞのスーパー小学生や、僅か数日でパソコンを手足のように使いこなせるようになった祖母程ではないが、電子機器もそれなりに使える。

部長、早矢、纏の機械音痴トリオは目の前の幼稚園児が何をやっているのか誰一人として理解できていない。

 

「ほら、このページ」

 

「ほぉ~、放映した番組を見直せるのか」

 

「し、知りませんでしたわ……」

 

「あたしはそもそもネットに繋がる事を今知った」

 

大の大人3名が幼稚園児からスマホの使い方を教わる図……こんな光景が普通に展開される所が新葛飾警察署の恐ろしい所である。

 

「分かりました、今日の勤務が終わったら見てみますわ」

 

「そうかそうか、いや、話が通じる人が増えるのは嬉しいな。

 派出所にはわし以外時代劇が分かる者がいないからな」

 

「うん、あれは脚本が良い、役者が良い、演出も良い、良作だった」

 

部長と檸檬は同好の士(候補)を見つけ、ちょっと嬉しそうだ。

そんな中で、早矢と纏のがくうぅっと鳴った。

 

「……お昼ご飯、食べようか」

 

「……そうですね」

 

「檸檬、せっかくだから一緒に食べるか?」

 

「うん」

 

お弁当を忘れてスマホを忘れて、昨日の時代劇の話とか、NHKオンデマンドの話とかも挟まり、昼休憩の時間を盛大に浪費していた。

 

早矢の弁当はそれこそ高級料亭かって位に手の込んだ煮物やお造り等が詰め込まれたもの、檸檬の弁当は両津勘吉が栄養価やら見栄やらを気遣って無駄に手の込んだものだ。

一方、纏のそれは店の余り物を適当に詰めたちらし寿司……ぶっちゃけ1人だけ手抜き臭さの強いものだ。

 

「相変わらずと言うか、勘吉が作った弁当はいつも手が込んでるよな。

 ハート形に固めた卵焼きとか、兎の形に切ったニンジンとかあって」

 

「そうか?」

 

『勘吉が作った』という単語が出た瞬間、早矢の耳がピクンと震え、視線が檸檬の弁当に固定された。

 

「あたしが子供だった頃はもっと手抜きだったような気がする。

 今更文句言う気無いけど」

 

「勘吉が来たからじゃないか?」

 

「あいつ本当に檸檬が関わると急にマメになるよな」

 

「板前をやる時もマメだ」

 

会話を続けながら、檸檬は一つ、また一つと手料理を口に運ぶ。

早矢にはシンプルなデザインの弁当箱がまるで宝石箱の如く輝いて見え、箸で運ばれる手料理の一品一品に思わず目を奪われていた。

 

「それは……それもそうか、お婆ちゃんが認める位だからな。

 あいつの部屋、相変わらずなの?」

 

「相変わらずだ」

 

「相変わらず……?」

 

姉妹間の会話についていけず、早矢の頭上にハテナマークが何個も浮かぶ。

 

「あの馬鹿、また檸檬君に部屋の片づけをやらせているのか」

 

一方、事情を知っている大原部長は呆れた様子でため息をついた。

 

「好きでやっている事じゃ」

 

「本来、自分の部屋は自分で片付けるべきだろうに。

 全く、恥ずかしいとは思わんのかあいつは」

 

「恥ずかしいとは思ってると思いますよ。

 ほら、前に檸檬が署長さんの代理で勘吉に説教した時あったじゃないですか。

 あの時はしばらくガチ凹みしてましたから」

 

「1週間で元に戻ったがな」

 

「……そんな事、あったんですの?」

 

「あった」

 

「あったんだよ」

 

「うむ、あったな」

 

「し、知りませんでしたわ……」

 

意識的に両津の事を避けていた時期だろうかと、部屋が若干頭を抱える。

両津への恋心を再認識し、少しばかり前に踏み出す勇気を持ったが、前途は多難と言わざるを得ない。

 

「あの、お部屋の片づけというのは?」

 

「檸檬が時々ニコニコ寮に行って、勘吉の部屋を片付けたり、

 夕ご飯のおかずを準備したりしてるんだよ」

 

「なっ……!?」

 

なんて羨ましい……と、口から出かけて、慌てて止めた。

早矢が昔読んだ恋愛小説の、所謂押しかけ女房的なシナリオをそのまま再現するかのような話だからだ。

 

『男を掴むためにはまず胃袋を掴むべし』と、同僚の早乙女リカも言っていた。

ただし、当の本人の料理スキルは壊滅的である。

 

「勘吉も自力で片付けようと努力はしている。 昔より改善の傾向がある」

 

「幼稚園児に片付けて貰って何も感じなかったら、

 警官としてというか、人としてアウトだろ。

 いや幼稚園児に改善の傾向とか言われてる時点でアウトだ」

 

早矢にはそんな檸檬の様子を見て、恋人をすっ飛ばして夫婦のような、謎の信頼感、謎の連帯感のようなものを感じていた。

 

「あっ、そうだ忘れる所だった。 ミニパトに置いてあった本、早矢のか?」

 

直後、纏がハンドバックの中から古びた本を取り出し……早矢がそれを視界に入れた瞬間、バッとひったくるかのように奪った。

 

「……早矢?」

 

早矢の予想外の行動に、思わず纏は首を傾げた。

 

「……見ましたか?」

 

早矢は顔を真っ赤にしながらそう尋ねる。

 

「見たかって……いや、まあ見たけど、今の本って早矢のだったのか?」

 

「違いますっ!!」

 

早矢が力強く断言する。

しかし、基本他人の表情を伺うのが苦手な纏であっても一瞬で分かる……たぶん嘘だと。

 

「いや、別に責めてる訳じゃないし、怒ってもいないよ。

 ただ何であんな本を持ってたのかなって、ちょっと興味が……」

 

「違います! 違いますから!」

 

早矢は誰の目にも明らかな下手糞な嘘を言う。

 

その本は早矢と勘吉を結び付けた大事な大事な本である。

早矢が初めて両津勘吉の名を知り、初めて両津勘吉に興味を抱いたきっかけを作った本である。

親が怖くて、どこまでもどこまでも親の顔色を伺いながら生きていた早矢にとって衝撃的な……どこまでも自由で、どこまでも自由な両津勘吉の本であった。

 

「今の本、昔両津が書いた本だな」

 

無駄に両津との付き合いが長い部長は、ほんの僅かな時間で纏が持っていた本が両津の書いた本だと察する。

両津の顔が頭に浮かぶだけで、自然と眉間に皴が寄る。

 

「部長、一瞬しか見せなかったのに良く分かりますね」

 

「できれば分かりたくなかった」

 

部長は苦虫を噛み潰したかのような表情だ。

 

「纏、檸檬も分かったぞ、勘吉の本だった」

 

「え? 本当にか?」

 

「前に婆ちゃんに買ってもらった」

 

「婆ちゃん、絶対教育に悪いぞあれ……いや、3ページくらいしか読んでないけど」

 

「面白かった」

 

「面白かったぁ!?」

 

纏は一瞬、妹の感性を疑った。

味覚の確かさは誰もが認める所……どころか、超神田寿司が檸檬の味覚に依存している所すらあるのだが、それ以外の感性が微妙にズレてるのではと。

 

「分かります」

 

「分かんの!?」

 

「わしは全然分からん、分かりたくも無い」

 

「あ、良かった大原部長は普通だった」

 

纏がそっと胸を撫でおろしつつ、ふと時計に目をやった。

 

「昼休みもうあんまり残ってないぞ。

 檸檬、お姉ちゃんはそろそろ仕事に戻らないと。 1人で帰れるか?」

 

「自転車がある」

 

「そっか、危ないと思ったらすぐに私か勘吉に電話するんだぞ。 すっ飛んで行くからな」

 

檸檬が幼稚園の黄色い帽子を被り直すと、とてとてと正門へと駆けていき……

 

「そう言えばあの時、両津をホテルに監禁して無理矢理続きを書かせたんだったな。

 結局出版はされなかったが」

 

……部長がそんな独り言を呟いた瞬間、檸檬と早矢の動きがピタッと止まる。

 

「最初は署の備品置き場に置いておいたが、改装の時に確か……

 どこに移動させたんだったかな……」

 

……

 

…………

 

………………

 

「わしの……わしの万馬券が……157万円が……」

 

渦中の人物・両津勘吉が派出所の机に突っ伏して落ち込んでいた。

野生の直感か、勝負師としての実力故か、見事3連単を当て、直後に突風に攫われて失ってしまったのだ。

 

「両ちゃん、勤務中に競馬場になんか行くからバチが当たったのよ」

 

「黙れ黙れっ!! 女に男のロマンの何が分かる!?」

 

「ロマンも何も、単に遊んでるだけじゃない。 部長が知ったら怒るわよきっと」

 

「何と言うか、先輩は相変わらずですね」

 

「100年経ってもあんな感じよ、きっと」

 

そんなある意味いつも通りの3人が日々の業務をしている所に、派出所の前にミニパトが停車した。

 

「両津さんっ!!」

 

そしてミニパトの運転席から早矢が血相を変えて飛び出してくる。

 

「早矢ちゃん!?」

 

「どうしたんですか急に?」

 

中川麗子の金持ちコンビが驚く中で、机に突っ伏している両津のすぐ隣にまで駆け寄り……

 

「えー。あー……えっと……」

 

……当の本人も何を言うべきか決めかねていた。

 

一応、彼女は今でも両津が好きだという事は周囲には隠しているつもりなのだ。

まさか何年も前に両津が書いた小説の続きが読みたいとは言えず、無言のまま時間だけが過ぎていく。

 

両津は死んだ魚のような目で早矢の顔を見上げて……

ほんの少しだけ、万馬券を風に攫われて手放した責任を追及しようとしたが、それは流石に良心が咎めるのでやめる。

 

「早矢……金貸してくれ……」

 

……結果、一回以上年が離れた女性に金をたかる中年男が爆誕した。

 

「ちょっと両ちゃん! 早矢ちゃんにお金を借りるなんて何考えてるの!?」

 

「給料日まで300円しか無いんだよ!」

 

「どうせ競馬につぎ込んだんでしょ! 自業自得じゃない!」

 

「先輩なら300円あれば3ヶ月は生活できますよ」

 

酷い言われようだが、紛れも無い事実である。

 

「あの、いくらお貸しすれば……?」

 

「早矢ちゃん聞いちゃ駄目よ!

 1回貸したら100回貸す羽目になるし、滅多に返さないのよ両ちゃんは!」

 

……経験者は語る。

 

「勘吉、また博打に使ったのか?」

 

聞き覚えのある幼稚園児の声が聞こえ、両津がドキリと肩を強張らせる。

檸檬の説教は部長の怒鳴り声と同じ、両津勘吉の弱点なのだ。

 

「勘吉、前から何度も言っているだろう。

 お金というのはもっと考えて使わなければならん。

 もちろん、お婆ちゃんも言うように、博打の無い商売は無い。

 だが一時の享楽のための博打と、生計を営むための博打とでは雲泥の差がある事も……」

 

「うぐっ……」

 

両津が何も言い返せずにたじろぐ。

幼稚園児に説教される警察官という珍妙な光景が権現する。

 

「檸檬ちゃん、幼稚園はどうしたの?」

 

「今日はお休みじゃ」

 

「そうだったの、今日はどうしたの?」

 

「早矢」

 

檸檬が早矢に呼びかける。

 

「う……そ、その……」

 

両津が書いた小説の続きが読みたい、でも言い出せない。

早矢の心中で葛藤が生じる。

 

「早矢、ちゃんと言いなよ」

 

ミニパトの助手席から出て来た纏がぽんと早矢の背中を押す。

早矢はどうしてこうなったと頭を抱えたい気分になったが、最早ここまでくれば逃げ場は無い。

 

「小説の……つ、続きが……」

 

「……小説?」

 

基本忘れっぽいのが両津の性質だ。

小説と言われただけではそう簡単には思い出せない。

 

「勘吉、何年か前に小説を出版しただろう。 文豪警官とニュースにもなっていた」

 

「ああ、署長に捕まってホテルでカンズメにされたり、

 公務員の副業は禁止だとか何とか言って印税を全額没収された時の」

 

基本忘れっぽいが、受けた恩と恨みは決して忘れないのもまた両津の性質だ。

文豪警官というワードで即座に依然受けた金銭の恨みを思い出した。

 

「確か隣にロボット派出所ができる前だから……

 ん、檸檬はまだ生まれてすらないんじゃ?」

 

「勘吉、年齢の事はお互い触れない約束だろう」

 

檸檬はサザエさん時空を華麗にスルーした。

 

檸檬の初登場は119巻。

そして檸檬登場から連載終了まで日暮熟睡男は5回出動している。

 

「で、続きが読みたいのか」

 

「部長から、続きを書いていたと聞いているが」

 

「ホテルにカンズメにされて無理矢理書かされたんだよ。

 あれは……中川、どうしたんだっけ?」

 

「署の備品置き場に運びましたよ。 その後は確か……前に署がウサギになった時、

 邪魔になるからと先輩の実家に送ったと思いますけど」

 

唐突にウサギ型に変わる警察署は、世界広しと言えど新葛飾警察署だけであろう。

 

「あ~……そういえばそんな話もあったような……」

 

「纏さん!」

 

「え? 今から行くの? 勤務中……」

 

「浅草にパトロールに行きましょう! 私が運転しますから!」

 

「ちょっとちょっと!? 押すなって!!」

 

早矢が超強引に纏の背中を押してミニパトの助手席に押し込む。

檸檬もしれっとミニパトに乗り込むと、エンジンが唸りを上げた。

 

「……行っちゃった」

 

「何だったんだ?」

 

「先輩の実家なら、絶対に原稿を捨ててないと思いますけど……

 先輩、どんな内容だったか覚えてますか?」

 

「忘れた」

 

「ですよね……」

 

「ところで中川君、ちょっと先輩にカンパをする気は無いか?」

 

「出しませんよ、絶対」

 

「そこを何とか頼むよ中川。 明日は右京とだな……」

 

……

 

…………

 

………………

 

「いらっしゃい、何をお求めで……あら、纏ちゃんに檸檬ちゃんじゃないか」

 

「物置を見せてください!」

 

「え? この人どなた?」

 

「あぁ、友人と言うか、同僚の早矢です」

 

「早矢さん……勘吉がいつもお世話になって……」

 

「物置! 見せて! ください!」

 

「え、どうして……?」

 

理由を尋ねられ、早矢の視線が盛大に泳ぐ。

勢いでここまで来たのであるが、物置を見せてもらう理由は一切考えていなかった。

まさか数年前に両津が書いた小説の続きが見たいとは言えず……

 

「えっと……ば……爆弾です! 時限爆弾が仕掛けられています!!」

 

……結果、早矢は大嘘を言った。

 

「ええ!? 物置に時限爆弾が!?」

 

そして信じられる。

 

両津の周りでは良くも悪くもエキセントリックな事が多発するため、唐突に実家に時限爆弾が仕掛けられても違和感が無い。

 

「早矢……」

 

纏が凄く残念なものを見るような視線を向ける。

 

「言ってやるな纏、不器用なだけだ。

 勘吉の事が大好きな所も含めて、大原部長とよく似ている。」

 

「それは……そうかもな……」

 

ダッシュで物置に走る早矢を2人で追いかける。

無駄に歴史が長い両津家の無駄に多い遺物の中に紛れていたものの、意外と早く目的の原稿を見つける事ができた。

 

「おい早矢、どうするんだよ時限爆弾だなんて。 誤魔化す自信無いぞ私は」

 

頭をぽりぽりと掻きながらそう質問するも、早矢は食い入るように原稿を読み漁っていて全く反応が無い。

 

「はぁ……仕方無い、いたずら電話でしたって事にしておくか……」

 

纏が早々に早矢への説得を諦め、この状況をどう軟着陸させるかを考えだした。

 

「纏」

 

「はいはい、檸檬も読みたいんだろ」

 

「うん」

 

そして早矢と檸檬が原稿を読みだした。

 

話の骨子は前作と同じく時代劇。

しかし宇宙人が出るわ、地底人が出るわ、半魚人は出るわ、河童が出るわ、天狗が出るわ、巨大ロボが出るわ、特殊刑事は出るわで、あらゆる意味で滅茶苦茶な話であった。

 

だがそんな滅茶苦茶さが両津勘吉の魅力なのだ。

そんな両津勘吉を、早矢も檸檬も好きになったのだ。

 

そして物語は佳境に進み……最終的には……

 

「寿司屋の娘と嫁にして……」

 

「2人で料亭を開く……か……」

 

早矢の声が震えていた。

 

寿司屋の娘と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは擬宝珠纏だ。

だがしかし、纏の性格上、警察をやめて料亭を始めるなんて光景は一切想像できない。

 

しかし一方……

 

「そうか……料亭か……」

 

隣の幼稚園児がどこか納得したように目を伏せていた。

きっと頭の中で未来予想図を構築しているのだろうと、早矢は理解する。

早矢もまた、両津勘吉を心の底から好きになった女のだからこそ、早矢には分かる。

 

「以前はマリアさんが、今は纏さんが最大の恋仇と思ってましたけど……もしかして……」

 

……

 

…………

 

………………

 

「えっ……?」

 

そして翌日、早矢は信じられないものを見た。

 

密かに想いを寄せている男性である両津勘吉と、早矢の友人である日高右京が唇を重ね合っていた。

長身の右京が少し身をかがめ、上から覆いかぶさるかのように吸い付き、10秒も、20秒も、30秒も唇を重ねていた。

 

「なん……で……」

 

気がつけば早矢は、その場で膝をつき、崩れ落ちていた。

信じられない、信じたくないといった思いが胸の内から溢れ出て止まらなかった。

 

そしてようやく2人の唇と唇が離れると、右京はとても真剣な顔で両津の目を見つめ……

 

「貴方が好きです、両津さん」

 

そう告げていた。

 

この物語は、この物語は基本才色兼備だが時々ぽんこつな婦警・磯鷲早矢の恋の物語である。

磯鷲早矢が両津勘吉への恋心を胸に、もがき、足掻き、苦悩する物語である。

 

誰よりも嘘を嫌う父に育てられながらも、意外とうそつきな磯鷲早矢が、一歩踏み出す物語である。

 


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