こち亀二次創作「早矢のギャルゲ奮闘録」   作:シベリア!

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早矢のサバゲ黙示録

 

早矢は思う。

もしも両津に、今でも貴方が好きですと伝えたら、どうなるだろうかと……

 

とっくの昔に諦めて、昔の恋だと見切りをつけて……それでも、どうしても両津の事を目で追ってしまった。

両津の新しい面や、新しい挑戦、新しい失敗や新しい成功、恰好良い所、恰好悪い所を見つける度に、諦めて、見切りをつけたはずの恋心が熱を帯びるのが分かった。

 

磯鷲早矢は、両津勘吉の事が好きなのだ。

それもたぶん、出会った当初よりも何倍も、何十倍も。

 

「早矢さん、一緒に食べませんか?」

 

そんなある日の事、早矢と仲が良い婦警達が、たまたま同じタイミングで新葛飾警察署の食堂で顔を合わせていた。

事前に申し合わせた訳ではない、本当にたまたまだった。

 

ちょっと前に栄養バランスの悪い食事を食べ続け、体調を崩す男性警官が続出した頃、署員の健康増進を目的に、新葛飾警察署に食堂ができたのだ。

ただし、男性署員は大体ジャンキーな味を求めてラーメン屋や牛丼屋に行くため、使っているのは大体女性署員ばかりである。

 

さておき、食事中に恋バナ大好きの婦警が、乙姫奈々にちょっとした質問をした。

本田速人のどこが好きになったのか……そういう質問だ。

 

奈々がちょっとう~んと考えて……

 

「共通の趣味とか……かなぁ?」

 

そんな事を呟いた。

 

「最初は、白バイ隊の新人の皆さんを厳しく指導してる姿を見て、恰好良いな~とか、

 憧れちゃうな~って。そういうちょっと浮かれた気分で、好きって言っていたと思います」

 

実際、バイクに乗っている時の本田はモテる。

本田が昔暴走族のリーダーをしていた時や、割と過激な恰好でバンドをやっていた時は、数多くの女性を魅了していた。

いわゆる彼女ができた事も1度や2度ではない。

 

しかし、そんな本田の交際相手達は、乙姫奈々を除いて全員、非常に短い期間でお別れをしている。

何の事は無い、普段の気弱で繊細な姿とのギャップに耐えきれなくなるのだ。

 

「でも本田さんって、

 バイクに乗ってる時じゃなくても素敵だなって思う事が沢山あるんです。

 映画でも漫画でも、面白いと思う作品が似てて、

 遊園地とか、スカイツリーとか、私が行きたいな~って所に連れてってくれて。

 なんて言うか、好きだって思える事の話題も合って、それに……」

 

「分かった分かった、聞いた私が阿呆だったわよ」

 

無限とも思えるような惚気発言の連発に、話を聞いていたモブ婦警が根を上げた。

 

「はぁ~羨ましい事。 どっかにいないかな~、私の言う事何でも聞いてくれて、

 私が欲しい物何でも買ってくれる彼氏は」

 

別のモブ婦警もそう言ってため息をつく。

真顔でそんな事が言える間は絶対に無理だろ……と、どこかの繋がり眉毛が辟易しそうになる台詞である。

 

なお、信じがたい事に新葛飾警察署の婦警はだいたいこういう感じだ。

 

「でも、共通の趣味か……」

 

早矢は思う、自分にも愛するあの人と……両津勘吉と共通の趣味を持てば、もう少し距離を詰められるだろうかと。

 

「お、早矢ったらなぁ~に真剣な顔してんのかなぁ~?

 さ・て・は・気になる男の子でもいたりして~?」

 

モブ婦警が早矢を茶化してくる。

 

「いえ、特には」

 

早矢はしれっと嘘をつく。

本当は新葛飾警察署……いや、警視庁一の問題警官である両津勘吉の事が気になって仕方が無い。

 

「そういえば最近、早矢ってあの角刈り猿人の事、話題に出さないよね」

 

「そうだねえ、卒配された頃はもうこっちが引く位だったのに」

 

モブ婦警達が興味津々と言った様子で聞いてくる。

早矢は正直、こういう話題は苦手だ。

 

「何かきっかけとか、あったっけ?」

 

「きっかけ……ですか……?」

 

言われて、ふと考え込む。

自分が両津への感情を表に出さなくなったのは、いちからだろうか……

 

麻里愛が、自分の性別を変え、弓道と言う圧倒的に不利な土俵で自分に勝負を挑んできた時だろうか。

あの時、自分は愛の恋だの好きだのと口先だけだった思い知らされた。

自分は『好き』という言葉に、麻里愛程の決意と覚悟を籠めていなかった。

 

擬宝珠纏とのミレミアム婚の話がでた時だろうか。

あの時、纏は婚約を撤回しようとした祖母に対し明確に『NO』と告げた。

両津が好きだから、自分の人生なのだから、自分の意思で決めたいと告げた。

その話を聞いた時、150%両津との婚姻を反対する父親を気にして……いや、父親に怯えて、ロクに関係を進めようとできなくなっていた自分が惨めになった。

 

両津が京都旅行に行った時、纏には十手をお土産として贈ったのに、自分には10円ガムすら無かった時だろうか。

自分の存在を完全に忘れ去られている事に気づいて、悲しくなった。

 

それとも、実の親の替え玉を用意したり、3種類の戸籍を用意したり、磯鷲家の東京進出のための武道館を娯楽施設……しかもかなりピンク色の施設にしてしまった辺りだそうか。

あれで両津と父、両津と磯鷲家は共存不可能だと悟り、それからどんどん関係が疎遠になっていった。

 

嘘をついたというだけで即座に殴りかかってくる、吐き気がする程厳格な父、無駄に長い磯鷲家の歴史、無意味に広い磯鷲家の敷地、数だけはうじゃうじゃいる癖に誰も自分を理解してくれない磯鷲家の関係者……そんな父、そんな家、そんな連中に媚びて、良い子を演じ続けている自分、麻里愛や擬宝珠纏のように胸の奥底からの『好き』を叫べない自分。

 

考えれば考える程、早矢は暗い気分になっていく。

 

そして何より嫌いなのは……

 

『どっかにいないかな~、私の言う事何でも聞いてくれて、

 私が欲しい物何でも買ってくれる彼氏は」』

 

一番嫌いなのは、そんな人として最低な、自己中心的な、人を人と思わない利己的な言葉を一番体現している自分自身だ。

都合良く自分を救ってくれる白馬の王子様を待ち望み、親鳥から渡される餌を口を開けて待っている雛鳥よりも浅ましい自分自身だ。

 

だからこそ早矢は……

 

「……探してみよう、共通の趣味」

 

……だからこそ早矢は小さくそう呟き、強く強く決意した。

 

『貴方が好きです、両津さん』

 

つい先日、飛鷹右京がそう言って両津に口づけをした事を思い出す。

どっちにしろ、もうこれ以上は手をこまねいてはいられないのだから……

 

……

 

…………

 

………………

 

夕暮れ時の亀有公園前派出所にて、勤務の引継ぎの準備をしている両津と中川、麗子がいた。

 

「その後、結局どうなったんですか?」

 

その後というのは、右京の策によって左京共々ラブホテルの一室に放り込まれた後の事だ。

 

「どうしたもこうしたも、家まで送り届けておしまいだ」

 

「まさか手を出したりしたんじゃ……」

 

「馬鹿! できる訳無いだろ! 部屋に入るなり泣きだして大変だったんだぞ!」

 

「左京さんが泣きだしたんですか?」

 

「わしが強姦魔に見えて、これからおげれつビデオみたいな事をされるって思ったらしい」

 

「犯罪ですよ、先輩」

 

「分かってるよ! わしはフィクションと現実の区別くらいついてる!」

 

現実世界の首都高でショートカットバグを利用しようとして、ゲーム大会優勝賞金1000万円をばら撒き、新品のF50をスクラップに変えた男が言っても説得力が無い。

 

「だけど両ちゃん、これから右京とデートだ~って、いつもウキウキしてたじゃないの」

 

「実態は姉妹喧嘩に巻き込まれてただけだったよ」

 

純粋に美女から好意を持たれてると思い込んでいた両津にとって、このダメージは小さくない。

 

「そうよねえ、両ちゃんが急にモテだすなんておかしいと思ってたのよ」

 

「何だとこのアマァッ!」

 

「まあまあ、それで右京さん達、仲直りはできそうなんですか?」

 

「今朝日光に聞いといたよ、ウチじゃ良くある事だから大丈夫だと言ってた」

 

「そうでしたか、良かったですね」

 

「それにしても……」

 

両津が数日前の事……演技とはいえ、飛鷹左京から『好き』と告げられた瞬間と、唇が重なった瞬間をふと思い出す。

麗子やマリアに比べれば、華奢で、女らしさに欠ける体つきだと思ったが……強くつかめば折れそうな程に細いのに、無駄な肉が殆ど無い、強くしなやかな体躯は、それはそれで魅力的である。

 

あの日、右京にラブホテルに突っ込まされた時、左京が怖がって泣きだした時、強めに押せば普段見るおげれつビデオのような事が出来たのでは……そう思った。

 

「ちょっと勿体ない事をしたかもな……」

 

そう思うと、頭ではいかけない事と分かりつつも、ちょっと惜しい気分になる。

相手の混乱と負い目につけこむ強姦一歩手前の事とは分かっているが、やはり釣り逃がした魚は大きく見えるのだ。

 

「先輩、引継ぎの人が来ましたよ」

 

「やった、これで今日の仕事はおしまいだな」

 

「両ちゃん、今日はプラモ何個できたの?」

 

「4個……ってコラ! 変な誘導尋問を仕掛けるな!」

 

いつもの両津勘吉である。

 

「あれ、早矢さん、どうしたんですか?」

 

両津達が帰り支度を始めた時、磯鷲早矢がひょこっと顔を出す。

彼女は交通課で、派出所の勤務は基本しない。

当然、彼女の目的は仕事の引継ぎではない。

 

「両津さん、将棋をやりませんか?」

 

……つまり、これは彼女なりのアプローチだ。

 

競馬、麻雀、パチンコ、ビリヤード、スキー、スノーボード、スケート、野球、ラグビー、プラモ、テレビゲーム……両津の趣味は無駄に多彩だが、そのどれもが早矢の趣味趣向と掠りもしない。

 

その中で唯一、早矢でもできなくもない趣味として思い浮かんだのが将棋だ。

それを思いつくと、早矢はすぐさま近くのコンビニでポケットサイズの将棋盤を買っていた。

その直後、派出所には将棋盤が常備されている事を思い出して軽く後悔した。

 

「……あ~」

 

一方、美女に誘われたというのは両津は明らかに乗り気でない雰囲気だ。

 

「どうしたんですか先輩、将棋好きでしょう」

 

「そうよ、もう今日の勤務は終わったんだから、付き合ってあげたら?」

 

「前に早矢に将棋でボコボコにされた事があってだな……」

 

相手は初心者と侮って、あっという間に腕前を抜かされたのは両津にとって若干トラウマになっている。

 

「それに明日は早朝から用事あるしなあ」

 

「え? どこかに出かけるのですか?」

 

「わしが率いてるチーム・ギャリソンゴリラは知ってるか?」

 

「えっと……すみません、存じ上げませんわ」

 

「サバイバルゲームのチームだよ。 最初は数人だったんだが、

 色々あって人数が増えたり、2回くらいメンバーを総入れ替えしたりして、。

 今は二軍と一軍で分かれているんだ」

 

「まあ、そうだったんですの」

 

「ただ、二軍はずっと、二軍のままだとやりがいが出ないし、

 一軍はずっと一軍のままだと気が緩む。

 だから時々一群と二軍で紅白戦をやって、二軍で目立った活躍をしたメンバーや、

 逆に一軍なのにロクに働いてないメンバーを入れ替える事にしている」

 

「それが明日なんですか?」

 

「街中じゃあサバゲはできないからな。 施設をレンタルすると金もかかる。

 だから朝早くに集合して、車で郊外まで移動するんだ」

 

「サバゲ……?」

 

「サバイバルゲームの事よ、子供が良くやる鉄砲ごっこみたいなものなの」

 

「山の中などで、プラスチックの弾をガスの力で発射する銃を使って撃ち合うんです」

 

「おい麗子、鉄砲ごっこを馬鹿にするな、男の浪漫が詰まってるんだよ」

 

「はいはい、浪漫でも何でも良いから、他人に迷惑をかけないようにやって頂戴な」

 

「バイオBB弾は自然分解するようになってるから、環境破壊にはなりませんよ、麗子さん」

 

「山の中で鉄砲ごっこをするのが子供っぽいのよ」

 

麗子は呆れた様子で荷物をバックに詰めていく。

中川と両津も話しながら帰り支度をすませ、今にも派出所から去ってしまいそうな雰囲気だ。

 

いつもの早矢なら、いってらっしゃいと一声かけて、すごすごと引き下がる場面だろう。

 

『貴方が好きです、両津さん』

 

飛鷹右京がそう言って両津に口づけをした光景が頭の中でフラッシュバックする。

実際には、右京のフリをしていた左京なのだが、その辺の事情は早矢は知らない。

 

いずれにせよ、早矢は思う……ここで立ち止まってはいけない、ここで退いてはいけないと。

だから……

 

「……私も連れて行ってください! 私も明日は非番です!」

 

気がつけばまるで追いすがるかのように両津の手を掴み、そう告げていた。

 

……

 

…………

 

………………

 

やたらと男臭の激しい……もとい、男性密度の高いワンボックスカーがガタゴトと山道を進んでいる。

その道を行く車両は1両、2両ではない、まるでキャラバンを組んでいるかのように車両が列をなしていた。

その先頭を走るのは、両津の友人であり、元グリーンベレーのボルボ西郷が運転するジープである。

 

「なぁ、両津……」

 

ボルボが視線を前方から動かさずに両津に声をかける。

 

「どうした?」

 

両津がスコープのレンズを磨く手を止めた。

 

「何故、早矢さんがいるんだ?」

 

ボルボがチラリと後ろに視線をやる。

サバゲ用の電動ガンやガス銃が詰まれた荷台に、ガタゴトと揺れる荷台で絶妙なバランス感覚で正座をする磯鷲早矢の姿があった。

前日に動きやすくて、汚れても困らない恰好で来るようにと伝えたところ、笑える事に愛用の弓道着で早矢は来た。

正直な所、軍服、迷彩服、ギリースーツの男衆の中で、ただ一人弓道義の美女が混じっているというのは、かなり異様だ。

最近はかなりマシになってきているが、若い女性への免疫が薄いボルボはさっきから動揺しっぱなしであるし、基本女性との付き合いが無い他の男衆の注目もかなり集めている。

 

「昨日急に付いてきたいって言い出したんだよ」

 

「ウチは初心者お断りのチームだっただろう。 まさかとは思うが経験者なのか?」

 

「あの格好を見て察しろよ」

 

サバイバルゲームは、山の中、森の中でBB弾を撃ち合うゲームである。

室内や市街地での戦いを想定する場合もあるが、今回は野外での戦いを想定している。

当然、森の中での視認性が悪い恰好の方が断然有利だ。

 

「昔剣道着やテニスウェアでサバイバルゲームをやろうと言い出した時があったな」

 

「あまり思い出したくない事を思い出させるなよ、とにかくそう言う事だ」

 

いくら動きやすくて、いくら着慣れているからといって、普通は弓道着でサバイバルゲームに臨む者はいない。

よって磯鷲早矢はサバゲ経験が一切無いド素人だと判断される。

 

「とりあえずルールはさっき簡単に説明してある」

 

「大丈夫か、初心者虐めにならんのか?」

 

チーム・ギャリソンゴリラは現役の自衛官やアメリカ海兵隊といった腕利きが多数集まるチームである。

二軍ですらそこいらの素人集団とは一線を画す腕前であり、一軍に至っては下手をすればレンジャー部隊にすら匹敵する練度を誇る。

 

そんなギャリソンゴリラの紅白戦の中にド素人が放り込まれれば、まず間違いなく何もできないままハチの巣にされ、二度とサバイバルゲームに関わろうとしなくなるだろう。

 

「わしも一応止めたんだが、どうしてもって言ってだな……」

 

男が美女の頼みに弱いのは万国共通である。

 

「着いたぞ、みんな準備しろ」

 

ボルボのジープが停車する。

両津の謎人脈で探してきた、サバイバルゲームでの使用が許されている土地にまで来たのだ。

すぐさまギャリソンゴリラのメンバーが車から降り、手際良くフラッグ(相手チームに奪われると負けになる攻撃目標)の準備や、交戦可能エリアや退場者エリアの場所に目印を作っていく。

 

「えっと……これは……な、何でしょうか……」

 

当然、サバゲ未経験の早矢は何か手伝える事は無いかとキョロキョロと辺りを見回しつつも、何も思いつかずにオロオロするばかりである。

 

「早矢、来る前にも簡単に説明したが、もう一回ルールを確認するぞ」

 

「は、はい……」

 

「これがサバイバルゲーム用の銃だ。 ガスの注入は済ませてある。

 小型軽量で、初心者でも扱いやすいのを選んだ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「ここが安全装置、これを奥に倒すと弾が出るようになっている。

 誤射すると危ないから、交戦エリア外では手前に戻しておくように。

 弾は分解性プラスチックだが、目に当たると流石に怪我をするから、

 交戦エリア内では常にゴーグルをつけるんだぞ」

 

「はい、これですね」

 

両津のお古のゴーグルで目を保護する。

男性用の物なので、少し大きめだが……好いた男性とお揃いというだけで、早矢は少し嬉しくなる。

 

「弾が身体のどこかに当たったらヒットだ。

 ヒットと大きな声で言って、両手を上げながら退場者エリアに移動する事。

 時々当たっても戦闘を続行しようとする不届き者がいるが、

 そういうのはルール違反、マナー違反だからな」

 

「はい、分かりました」

 

「フラッグの奪取か相手チームの全滅で勝ちだ。

 今回は防犯用ブザーをフラッグにする、

 このスイッチを押せば大音量でブザーが鳴るから、

 フラッグの元に辿り着いてブザーを鳴らせば勝ちになる。

 ブザーの位置はあらかじめ決めてある。 勝手に移動させたら反則負けだ」

 

「ブザーを鳴らせば勝ちになるんですね」

 

「銃の構え方とか、身の隠し方やバレ難い動き方なんかは実戦でレクチャーする。

 しばらくはサバゲの雰囲気に慣れる事だけを考えていてくれ」

 

「はい、よろしくお願いしますわ」

 

早矢がぺこりと頭を下げた。

そんな早矢の可愛らしい姿にギャリソンゴリラの男衆がでれ~っと鼻の下を伸ばし……

 

「てめぇら美女に弱いの全然治ってねえな!

 見惚れてる暇あったらとっとと準備しとけよ!」

 

両津の罵声によって追い散らされた。

 

……で。

 

「えっと、あっちこっちから銃声が……ど、どこを狙えば……」

 

「早矢伏せてろ! 丸見えだぞ!!」

 

「へ……?」

 

ズダダダダダダッ!!

 

「きゃあぁっ!? ひ、ひっとです……」

 

……1戦目、右も左も分からないまま二階級特進。

 

「あそこから攻撃されてるから、この木の陰に隠れながら……あ、あら? 弾が出ない……」

 

「早矢、安全装置! それじゃ撃てないぞ!」

 

「え? 安全装置!? えっと、どこ、どこに……」

 

ズダダダダダダッ!!

 

「あいた!? ひ、ひっと……」

 

……2戦目、安全装置の切り忘れで隙を晒して二階級特進。

 

ターン……ペチーンッ!!

 

「え……あ……ひ、ヒットです!」

 

……3戦目、敵スナイパーに狙われて二階級特進

 

慣れぬ環境故か、慣れぬ武器に戸惑っているためか、早矢は全く良い所無しで何度も何度も敗退していた。

 

そして……

 

「一軍の三連勝か……まあ、順当と言えば順当だな。

 両津、二軍の中にめぼしいのはいたか?」

 

「正直微妙だな」

 

「あの……すみません、何もできず……」

 

「気にするな、初心者はそういうものだ」

 

両津はそういうが、早矢は何とも言えない居心地の悪さ、居た堪れなさにやきもきする。

 

「4戦目からは一軍と二軍をシャッフルするぞ、赤と青のバンダナはあるか?」

 

「はい、持って来ています」

 

両津達が4戦目の準備をしていた。

 

拳銃なら普段から訓練しているから、多少は戦える筈と思っていた。

しかし早矢は想像以上に何もできずに撃たれ続け、早矢という足手纏いを抱えながらもなお圧倒的な練度で二軍を蹴散らす両津やボルボといった一軍メンバーを見て、完全に自信を喪失していた。

 

「おい両津、はやり早矢さんをゲームに参加させるのは無茶だったんじゃないのか。

 もう少し基本から教えた方が良いぞ」

 

「銃に苦手意識があるのかもな……」

 

磯鷲早矢は、銃での射撃が苦手である。

弓矢の腕はまさしく百発百中であるのだが……その集中力は、銃を握っている時にはどうしても発揮しきれない。

 

「そうだ、いっそ戦弓部方式で行くか」

 

「戦弓部方式……あれか」

 

「そう、そのあれだ」

 

両津とボルボが言う戦弓部方式とは、先端にインクを塗った鏑矢を使い、弓と弓でサバイバルゲームをするルールである。

 

「弓も鏑矢も持ってきて無いぞ」

 

「大丈夫だ、早矢が持ち込んでる。 先端に小型ペイント玉を接着すればすぐに使える」

 

そして……

 

「え? 弓を使っても良いんですの?」

 

「特別ルールを採用する。 早矢のみ弓矢あり、鏑矢に当たったらヒット扱いだ」

 

「分かりました! 今度こそ皆さんの役に立って見せますわ!」

 

早矢が力強く愛用の弓矢を握りしめる。

もしかしたら使うかもと持ってきた弓矢が使えると分かり、危うく折れかけていた心に活力が戻る。

 

……戻ったのは良いが、この時、早矢は敵味方の区別の方法をうっかり聞き逃した。

 

「合図だ! ゲーム開始!」

 

そして4戦目のゲームがスタートした。

早矢はゲーム開始の合図が聞こえた瞬間、恐るべき速さで茂みへと消えていった。

 

「良し、まずはオフェンス5名、左前方を大きく回り込んで敵の陣地に攻撃を掛ける。

 ディフェンスはこことここに防衛ラインを引いて敵を待ち伏せだ。

 今回はボルボが敵にいるから、絶対に油断するんじゃないぞ」

 

両津が赤色チームのメンバー5名を引き連れ、姿勢を低くしつつも速やかに前進し……

 

……ヒュン!

 

「……ぐわっ! ひ、ヒット!」

 

……ヒュンッ!

 

「ぬお!? ヒットした!」

 

……ヒュン!

 

「ヒット!」

 

異変が起きている事に気がつくまで、そう長い時間は必要なかった。

どこからともなく飛んでくる矢に当たって退場していくギャリソンゴリラのメンバーを何度も何度も目撃したからだ。

それも相当凄まじいペースで討ち取られているのだ。

 

「いかん! 各個撃破されるぞ! 身を隠せ!」

 

ボルボの声が聞こえてくる。

通常、作戦行動中に敵にまで聞こえるような大声を出すのが厳禁だ。

しかし、それでもなおボルボが大声を張り上げたのは、敵に居場所を知られるリスクを考慮してなお、味方に警告をする必要を感じたからだ。

 

ガス銃、電動ガンとはいえ、銃が弓矢に負けるという恐ろしい光景を目の当たりにして、ギャリソンゴリラのメンバーが恐慌状態になりつつあった。

 

「ははは、早矢の奴凄いじゃないか。

 やっぱり本田と同じで、弓を握れば性格が変わって……」

 

両津が間近に迫りつつある危機に気づかないまま能天気に笑う。

そして次の瞬間……

 

……ヒュン!

 

「うぐっ!! ひ……ヒット……」

 

……両津の右隣に隠れていたチームメンバーの額が綺麗に撃ち貫かれ、二階級特進した。

 

「……ん?」

 

一発だけなら誤射かもしれないと、一瞬両津が思った次の瞬間……

 

……ヒュン!

 

「ぐは! ヒット……」

 

……今度は左隣のメンバーが早矢に射殺された

 

今撃ち抜かれた2人はいずれも赤色のバンダナを腕に巻いている……つまり、早矢と同じチームの仲間である。

 

「あの……あの人、もしかして・……敵味方の区別ついてないんじゃ……」

 

「おいおい、そんなの真っ先に説明……」

 

そこまで言って、両津は蒼褪める。

 

「……してない、かも」

 

「何やってんですかあんた!? あの人間違い無く無差別に攻撃して……

 がはぁっ! ヒット!」

 

またもや赤色のバンダナを腕に巻いたメンバーが早矢の手で葬られる。

最早疑う余地も無い、早矢は今、目につく者を無差別に攻撃していると。

 

「やばい! このままじゃ一方的にやられる! 今のどっから撃って来た!?」

 

「分かりません! と言うか、3発とも全然別の方向から飛んできましたよ!」

 

両津達が狼狽えている間にも、周囲から『ヒット』の宣言が次々と聞こえてくる。

時折見える矢の弾道はどれも全く違う場所、違う方向からだ。

 

「やばいやばいやばい! 本気でどこから撃ってるのか分らん!

 というかボルボの爺さんよりも早いんじゃないのか!?」

 

「両津! どうなってるんだ!? チーム戦から個人戦に変えたのか!?」

 

「違う! 早矢が敵味方の区別がついてないだけだ!

 早矢! ちょっと待て! 右腕のバンダナを良く見て……」

 

……ヒュン! ヒュンッ!!

 

「うぐっ! ヒット!」

 

「ひ、ヒット!」

 

両津の必死の叫びも空しく、次々と、敵味方問わず撃ち貫かれていく。

 

「ボルボ! 一旦休戦だ! 協力して早矢から身を守るぞ!」

 

「駄目だ両津! どこから狙撃されているのかまるで分らん!

 あんな大きな弓を抱えてどうやって移動してるんだ!?」

 

「……ガキの頃に見た戦争映画でな」

 

「ど、どうした急に?」

 

「弓矢と長剣とバグパイプを持って第二次世界大戦で大暴れするって映画があったんだ。

 その時はフィクションだと思って大笑いしてたんだが、

 後で実話を元にした映画だと聞いて腰を抜かした事がある」

 

「……ジャック・チャーチルか」

 

「もしかしたら、わしらはとんでもない化け物を目覚めさせてしまったのかもしれん」

 

……ヒュン! ヒュンッ!!

 

「ヒット!」

 

「ひ、ヒット! ヒットです!」

 

次から次へと矢が飛んできて、次から次へとギャリソンゴリラの精鋭達が討ち死にしていく。

 

「両津、これは拙いぞ……」

 

「諦めるなボルボ!

 チーム・ギャリソンゴリラの一軍二軍が揃って早矢一人に全滅させられたら恥だぞ!!」

 

「うおおおぉぉぉーーーっ!!」

「うおおおぉぉぉーーーっ!!」

 

……

 

…………

 

………………

 

翌日、亀有公園前派出所。

両津が机に突っ伏した状態で沈黙していた。

 

「……もう二度と早矢をサバゲに呼ばん」

 

両津は死んだ魚のような目でそう呟くと、ぱったりと倒れた。

 

 


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