「清光の手はいつも綺麗だね。白くて柔らかくて、私の手入れなど必要ないくらいだ」
自分よりひとまわり小さな臣下の手を揉むように包み込み、緋雨が言う。彼は単純に清光の手の美しさを褒めようとしただけなのだが、清光はまるで突き放されたような気分になって咄嗟に言い返した。
「そ、そんなことない! 必要だもん、手入れ。だから、」
止めないで欲しい。そう続けたかったのに、とんでもない我が侭を言おうとしているような後ろめたさが沸き起こって言葉が尻すぼみになる。言い終われずうなだれてしまった清光の様子を見て、緋雨はどこか困ったような弱い微笑みを返した。
「分かっているよ。そんな顔をしなくても良い」
優しく諭すような口調に唇を噛む。何をしているんだ、主を困らせて。恥ずかしさと情けなさがしもやけのようにじんと目の奥に染み、その痛いような熱さに呼吸が乱れる。それでも緋雨はやはり、何か清光の心中を見抜くようなことを言うでもなく爪紅を塗る作業を淀みなく続けた。
上目遣いに彼を見やる。月明かりのみを頼りに薄ぼんやりと像を結ぶ緋雨の姿は、もはや美しいという表現すら生ぬるい。顔、髪、首、肩、すべての部位が彼の非の打ち所のない容貌を構成するためお互いに絶妙な均衡を保っていて、本当に誰かの手によって作られたのではないかと思うほどだ。けれどそんな惚れ惚れする美貌も今は自分と彼との隔絶された差を示す哀しいものでしかなく、胸を雑巾のように絞られるような感覚を覚えながら清光は口を開いた。
「……あるじは」
「うん?」
緩く伏せられた色違いの瞳を、白銀の睫毛が微かに震えながら縁取る、いっそ幻想的にさえ見える様を見つめながら問う。
「主は俺のこと、愛してくれてる?」
「ああ、愛しているよ。とても」
当然だろうとばかりに淀みなくうなずく緋雨。しかし普段から呼吸するように言われ続けている言葉だけでは到底不安は埋まらない。
「じゃあ、俺のこと、自分のものだって思ってくれてる?」
爪を塗る緋雨の手が、止まった。視界の端で彼が顔を上げたのを感じ取る。たったそれだけのことなのに、先ほどの安定との件で精神的に追いつめられている清光はその何気ない仕草すら耐え難く何とか取り繕っていたはずの心を瓦解させてしまう。
「俺、時々すごい苦しくなるんだよ。主は優しくて、綺麗で、そんですごく、強いから。俺たちにとっての人間が、主にとっては俺たちで、どうやったって対等にはなれないし、何か、すごく遠くに感じちゃうんだ、主のこと。主は俺たちのこと愛してくれるけど、それが何でなのか俺、分かんない。みんなに優しいし。死ぬ寸前の敵にまで、優しくしちゃうし。もしかしたら誰でも、良いんじゃないかって」
もう駄目だ、これ以上は堪えられない。古びた壁の塗料がぼろぼろと剥がれ落ちるように、自分の内側を形作っていた何かが崩れていく。涙腺にも制御が利かなくなったようで、視界が見る間に濁った膜の向こうに歪み眼の縁をこぼれ落ちていった。
「お、おれなんか、ひっく、い、いらないんじゃ、ないかって、」
声が震える。言葉の合間合間に嗚咽が混じり、その情けなさに今まで秘めていた苦悩が灼けるような熱を持って一気に溢れ出す。
情緒不安定な清光、性癖です(死
緋雨はいわゆる「傍にいるとダメになる」系男子です。無意識に依存させて縛りつけるタイプ。悪気がない分たちが悪い。
まあ彼にも色々事情があるのですが……それはまた追々!