【完結】IS 〈インフィニット・ストラトス〉〜ここから、そしてこれから〜 作:シート
先ほどから何度も時間を確認してしまう。
更識さんが部屋にやってくる時間を。
しかし、時間はさほど変らない。淡々と進む時の流れに今日は得も言えぬじれったさを感じていた。
日曜日の今日。昨日約束した通り、朝訓練をして午後から作戦会議。
よくないと分かっていても昨日からずっと更識さんが部屋に来ることを変に意識してしまい妙な緊張で朝の訓練は今一つ身が入らなかった。
それは更識さんも同じだったようで、トラブルこそなかったものの今日の訓練は何処かぎこちないものになってしまった。
今も変らず緊張しっぱなしだが、準備に余念はない。
部屋の空気を入れ替え、隅々までしっかり掃除もした。
今着ている服だって実家から持ってきた服の中で一番いいのを着ている。これなら、いつ更識さんが来ても大丈夫だ。
そわそわしながらしばらく持っていると部屋をノックされる音が聞こえてきた。更識さんだ。
駆け出したくなるような逸る気持ちを押さえ、部屋のドアを開けた。
「……お、お待たせ」
ドアの向こう側にはいたのは間違いなく、更識さんだった。
そして、俺は彼女の姿を見た瞬間、言葉を失った。
私服だ。しかも普段着る部屋着みたいなのではなく、上はふんわりとしたブラウスに下はベージュ系の色したチェック柄のスカート。
一目でおしゃれしているのだと分かる。よく似合っていて可愛らしい。天使って本当にいるんだ。今初めて知った。
「あ、あの……どうかした? もしかして待たせたから怒ってる……?」
おしゃれした姿を真面真面と見すぎていた俺を更識さんは不安げに見つめてくる。
見すぎはもちろん、いつまでも玄関先でいてもらうのも悪い。更識さんには中へと入ってもらう。
念には念をと注意して辺りを見渡したが人の影や気配はなく、ひとまず安心した。
「お、お邪魔……します……」
おそるおそる部屋の中に入った更識さんに適当なところへ腰を落ち着けてもらい、お茶を出す。
俺は更識さんと向き合うように腰を落ち着けた。
「……」
落ち着かない様子で更識さんはさっきから部屋のあちらこちらを物珍しそうに見ている。
やっぱり、気になるのか。
「う、うん……ごめんなさい、きょろきょろ見ちゃって。お友達の部屋来るの始めてだから、その、気になっちゃって。部屋、綺麗……物少ないね」
部屋にあるのは元々備え付けしてもらった家具だけ。
IS学園の寮では愛用の家具などを持ち込む生徒が多いらしいがデュノアの転校でこの部屋を貰った時以来、部屋は何も弄ってない。
ここまで家具は豪華ではないが、実家でも大体こんな感じで物は必要なのしか置いてなかった。ごちゃごちゃ物を置くのは趣味ではない。
「私も、だよ……素敵な部屋だと思う」
気に入ってくれたみたいでよかった。
お世辞でもそう言ってもらえると何だか嬉しい。
「……」
視線を泳がせながら下の方を見て更識さんが気まずそうにしているのが分かる。
話が途切れてしまった。
次どう話しかけたらいいのか。どんな話題がいいのか。今一つ分からずじまいで沈黙を作ってしまう。
だからなのか、こうしてお互い話さずにいると気まずさで相手の様子がいつも以上に気になり、さっきから俺の視線は更識さんへと行ってしまう。
チラチラ見るのはよくないとは分かっているが、まるで引き寄せられているかのようだ。
それを更識さんが気づかないわけもなく、更に気まずくさせてしまうという悪循環。状況は悪化していくばかり。
何か話題……と言えば、更識さんの服のことだろうか。
「服……? へ、変……?」
変なんてことはない。
とてもよく似合っている。素敵なコーディネイトだ。
「あ、ありがとう……嬉しい。初めて友達の部屋……男の人の部屋に行くからちゃんとおしゃれな格好で行かないとって思って自分なりに頑張ってみたんだけど……この格好はいくらなんでも気合入れすぎて逆に気持ち悪いんじゃないかってずっと不安で……その、本当に嬉しい」
矢継ぎ早に言っていた更識さんは喜びを噛みしめるように胸の前でぎゅっと両手を握っていた。
そこまで喜んでもらえると、こっちとしても嬉しい限りだ。
しかし何だ。ただ感想を言っただけなのに恥ずかしいな。
「そ、そうだね……えへへ」
二人して照れあってしまう。
そしてまた沈黙が訪れる。しかし、先ほどのような気まずいものではなく、この沈黙は胸の奥が切なくなりながらも暖かくなる何処か心地いい沈黙。
だが、いつまでもこうしてはいられない。
早速で悪いが、そろそろ作戦会議を始めよう。
「うん……やろう」
用意していたノートと筆記用具を広げ、始めていくのだった。
・
・
・
大体このぐらいかと思いながら今一度、ノートを読み返す。
数ページにわたってびっしりと書かれた作戦会議の内容。
随分書いたものだ。
「うん……こんなにたくさん意見出し合えるなんて私、思ってもみなかった」
初日の今日は身近な相手、一夏とデュノアについてまとめた。
作戦会議と銘打ったが、思いつく限りの機体の特性や特徴。二人の性格などをあげて、それを踏まえどういった対応をするのか二人で話し合い、まとまったことをノートに書いた。
作戦会議中、また沈黙を作ってぎくしゃくしてしまうのでは思ったが、始めてみれば思いのほか二人揃って集中していた。おかげで変なアクシデントもなく、とてもいい作戦会議ができた。
「でも、こうやって見返すと……デュノアさんよりも、やっぱり織斑のほうが厄介」
それについてはまったく同意見だった。
デュノアを軽んじているわけではない。無視できないほどの高い技術、臨機応変な対応力。敵にすると厄介な奴だ。これで無視したら痛い目を見るのは明白。
だがしかし、一夏はある意味それ以上に厄介だ。デュノアのように抜きん出て強いわけではないが、奴には何をしでかすか分からない意外性がある。
何より。
「
一夏のほうが厄介なのは、
この能力は通常削りきることでしか無効に出来ないエネルギーシールドを貫通するように消滅させ、機体に搭乗者への致命傷と判断と即座に認識させ、強制的に絶対防御を展開させるというもの。
絶対防御を展開すると稼動エネルギーとは別に競技用の機体全てに必ず実装されているシールドエネルギー値が大量に消費させられ、エネルギー0となった機体は敗北となる恐ろしい能力。
直撃した瞬間エネルギー値は0となるが、掠る程度触れただけでもごっそり持っていかれる。まさに触れたら死ぬ状態。
「これ……危険」
険しい顔して更識さんはそう言う。
実質エネルギー消滅させているわけだから、当たり前に危険だ。
おそらく、競技用のリミッターがかかっていなければ、絶対防御すら消滅させるのでは? というのが一夏の見解。その危険性を分かっていて一夏本人もここぞという時にしか使いたがらない。
それに
そんな強力な能力とだけあって、デメリットもある。能力使用中シールドエネルギーはみるみる減っていき、機体自体もほぼ無防備になり、一夏も一発食らえば負ける状態らしい。
それでも任意発動で発動も早いのは大きい。
「問題はトーナメントで私達と当たった時、織斑がそれを使ってくるかどうか……」
微妙……可能性としては低い。
一夏は男らしく正々堂々を望む傾向があるから、互角か有利の時はまず使わない。
だがその一方でピンチになった時は使ってくるかもしれない。それでも本当にギリギリの時に限るだろうが。
一夏達の本命だろうボーデヴィッヒ達と試合する前に俺達と先に戦うことになった場合は特に。
打倒ボーデヴィッヒに燃えてるからな一夏達は。
「そうなるとやっぱり、使ってくる前提で進めておいたほうが……」
その方向で間違いないだろう。
例え
それを今まで何度も近くで見てきたことか。そういうところも油断ならない。
結果として当初の予定通り更識さんにデュノアを抑えてもらい、俺が一夏を抑える。かつ、二人のタゲを一夏に合わせ、一夏から先に落とす。という方法になるか。
かなり無茶で無理やりな方法だが、数的有利は抑えなければ。
でも、これだと更識さんの負担が大きい。もっとも逆だと俺が技量差でデュノアに押し切られるのは容易に想像できてしまう。
正直、どこまで一夏を抑え切れるかは分からない。一夏と俺の実力はほぼ互角。もしかすると、一夏の方が強いかもしれない。
「それを言ったら、私も……デュノアさん相手にどこまでやれるか自信ない。試合姿見たことないからはっきり言えないけど、聞いている限りは相当腕の立つ人みたいだから……それに相手は同じ量産機とは言え、専用カスタム機。通常仕様の訓練機じゃ、かなりキツい」
不安げに更識さんは表情を曇らせた。
お互い不安は尽きないが万全を尽くすだけ。
まだトーナメント当日まで日はあるから不安なところは改善していけるし、こうしてちゃんとまとまった時間を取ってしっかり話し合えただけよかった。
月並みだが、お互い頑張るのみ。
「うんっ……私、頑張るっ」
意気込む更識さんを見て、ふと時間を確認する。
本当にガッツリ作戦会議していたようで、昼の3時過ぎ。おやつ時だ。
俺達はここらで一旦、休憩を取ることにした。
とは言っても精々お茶を入れなおすぐらいしかできない。
「……っ」
お茶を飲む更識さんは案の定というべきなのか、また何処か落ち着かない様子。
それもそうか。さっきはやることがあってそっちに集中していたから気が紛れていたが休憩とは言え、男の部屋で男と二人っきり。これで落ち着いているほうが逆に関心してしまう。更識さんのような子なら尚更。
俺だって自分の部屋なのに更識さんが目の前にいるというだけで緊張がこみ上げ、落ち着かない。
今は三時のおやつとも言える時間なのだから、おやつの一つでも用意していればよかった。
そうすれば少しは更識さんも気を紛らわすことが出来ただろうに。そこまで気が回らなかった自分が情けない。
「い、いい……そんなっ。気、使わないで。私が貴方の部屋がいいってお邪魔したんだから……本当なら私がお菓子の一つでももってくるべきなのに……私の方こそ気が利かなくてごめんなさい……」
更識さんが謝る必要はどこにもない。
仕方ないことだ。こればっかりは。
「うん……っ!?」
頷いたと同時にくぅ~という可愛らしいお腹の鳴る音が聞こえた。
誰のかわざわざ確かめる必要はない。むしろ、それは失礼というものだ。
目の前に座っている更識さんは、耳まで真っ赤にして恥ずかしさを隠すように俯き、膝についた両手がスカートの裾をぎゅっと握っているのが分かった。
「し、死にたいっ……」
涙声で物騒なことを言う更識さん。
気持ちは分からなくもないが、それでもすごいことを言う。
ほら、あれだ。昼から時間が大分時間が経ち、作戦会議で疲れもした。お腹減ってくる頃なんだろう。俺も実際のところ腹空いてきたような。
「いやっ、あのっ、ちゃんとお昼は食べてきたんだけどッ……今日はたまたまで、本当にたまたまで。いつもはこんなことなくてっ……ええっと、その、あのあのっ」
あたふた慌てる更識を宥め落ち着いてもらう。
鳴ってしまったものはどうしようもない。腹が空いたという証拠なのだから。
おやつはないがカップ麺ならある。女子相手に出していいものなのか分からないが。
「カップ麺!?」
身を乗り出す更識さんの目は何故だかキラキラと輝いてる。
「た、食べるっ……食べたいっ!」
思っていた以上にお腹空いているというよりかはカップ麺が気になって仕方ない様子。
そんな珍しいものなんだろうか。
とりあえず、更識さんにどれが選んでもらう為、カップ麺が入ったダンボールを見てもらう。
「うわぁ……」
ドン引きされた。
「違うっ。引いてない……驚いただけだから。……凄いたくさんいろいろある。好きなんだ、カップ麺。もしかして、毎日食べてるの……?」
流石にそんなことはない。
たまに夜中勉強していたりしている時に腹減ったら食べたり、寮の食堂に行くのが面倒な時に食べている程度。
好きってのもあるけど、女子みたいに自由に外へ出られない都合上、実家から仕送りに入れてもらったり、外出の際に一気に買いだめしてたらこうなってしまった。
多すぎるとは自分でも思うが、これなら更識さんに好きなのを自由に選んでもらえる。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えるね……ええっと、どれにしよう……あっ、これよく見る奴だ。本物初めてみた……こんな味もあるんだ……うーん」
たくさんのカップ麺を見て更識さんは悩んでる。
でも、その表情は凄く楽しそうだ。
「これがいい……いい……?」
更識さんが選んだのはカップ麺の塩ラーメン。
それを受け取り、俺も一つ選び台所にある電気ケトルで沸かしていた湯を注ぐ。
そして更識さんへ割り箸を添えて返した。
「三分、待つんだよね……何かドキドキする」
完成が本当に楽しみで仕方ないといった様子。
その様子はまるで小さな子みたいだ。見ていて微笑ましい。
更識さんはやはりカップ麺食べるの初めてなのだろう。
「うん、初めて……存在は知ってたけど、今まで中々食べる機会なくて」
意外だ。更識さんはこういうのをよく食べてそうなイメージが勝手ながらにもあった。
もっというのなら、アニメ見ながらカップ麺を啜っている姿が目に浮かんだ。
お嬢様何だな、更識さんってやっぱり。
「ん? どうかした……?」
いやと話題を逸らし、考えを捨てる。
一々言うべきことでもないだろう。これは。
時計を見れば後数秒程度で三分経つ。食べることにした。
「い、頂きますっ」
両手を合わせて言った更識さんは早速食べようとしている。
そんな急いで食べると。
「あちゅっ!」
言わんこっちゃなかった。
カップ麺は出来たばかりで当然熱い。こうなるのは当たり前だ。
熱くてビックリしたのか更識さんは涙目になっている。もしかして、やけどしたとか。
「だい、丈夫……ビックリしただけだから。……ふぅ、ふぅ」
今度はちゃんと落ち着いて食べようとする更識さん。
前へと垂れる横髪を耳にかけ、息を吹きかけて冷ます。
何処にでもあるようなありふれた光景にも関わらず、俺は更識さんのその姿に目を奪われていた。
ごく普通のことなのに、凄く綺麗だ。そう感じさせられている。
「……?」
食べる前、更識さんが不思議そうに俺を見ていた。
俺はただただ何でもないと言うのみ。
これこそ、一々言うべきことではない。俺もさっさと食べてしまおう。
二人してカップ麺を啜り、食べる。
「お、美味しい……!」
一口食べて更識さんは驚きながらも目を嬉しそうにキラキラと輝かせ凄い感動していた。
こういう反応をされると凄い新鮮な気分だ。
「カップ麺ってこんなにも美味しいんだね……今まで食べてことなかったの凄い損してた。私一人だとこれからも食べる機会なかったかもしれないし……食べさせてくれてありがとう」
カップ麺一つでこんなにも喜ばれると変な気分だ。
しかも、お礼言われたのも凄い違和感。
でも、こんなにも喜んで美味しそうにしてくれるのなら、すすめてよかった。
おかげでいつもと変らないはずなのに、今日のカップ麺はいつも以上に美味しい。
「ん、幸せ」
・
・
・
休憩の後も俺達は作戦会議を進めていた。
一夏とデュノアペア対策も十二分と言えるほど、細かく詰めきることが出来た。
今日の統括もこのぐらいで充分だろう。更識さんの力もあって我ながら上手くまとまっている。
「初日にしては上出来、だと思う……」
更識さんも満足げでよかった。
しかし、そろそろ時間だ。始めてから大分時間が経ち、もうじき夜の7時になろうとしている頃だ。既に夕食の為、寮の食堂が解放されている。
総括も済んで今日はこのまま解散の流れに向かっていた。
折角だから一緒に食堂へ向かおうと誘ってみたが。
「ごめんなさい……一度、部屋に戻って着替えたい。このままはちょっと……」
おしゃれ着のまま食堂に行けば、悪目立ちする。
俺といるのなら尚更。
無理に誘うべきではなかったか。
「そんなことはない……今日は先に食べて欲しいけど、またタイミングが合えばその時はお願いしてもいい……?」
それはもちろん。
俺は即頷いて見せた。
じゃあ、今度の作戦会議はどうしようか。
「次……」
うーんと更識さんは悩む。
今日はまだ作戦会議初日。一夏達以外にもいろいろと考え話し合うべき相手や場面は多い。
なるべく早いほうがいい。早くいろいろと決めきる事ができれば、訓練に集中できる。
だが、今日の休日みたいにたっぷり時間を取れるようなはもうない。
明日からは平日学校があって、空いているのは放課後ぐらいなものになる。
訓練の時間を削るのは致し方ないとして、やるなら明日とかになるな。
「明日……いいよ、分かった。放課後だね」
日程が決まると次は場所になるが、俺としてはまた自分の部屋がよかった。
正直、どこか会議室借りるのも手間がかかる。かといってラウンジとかでしてたら集中できそうにない。
当然、これは更識さんがよければの話ではある。
「全然大丈夫……気を使わないで。私こそ、またお邪魔することになるけど本当にいいの……?」
いいも何もこれはこちらからの誘い。
更識さんが気にするようなことは何もない。
だが一つ懸念はあった。
これは聞いておかなければならない。
今日はまだ大丈夫だろうが作戦会議を続ければ、更識さんが部屋に来るのを誰かに目撃され、噂になるだろう。いつまでも隠しとおせることでもないと思うし。
そうなった場合、更識さんを辛い目にあわせてしまう。
「はぁ~……」
呆れるような深い溜息。
今俺、更識さんに出会って初めて溜息つかれた気がする。
「生真面目すぎ……そこが貴方の素敵なところだけど、そこまで生真面目すぎるのどうかと思う。私は構わない。貴方となら噂になっても……へ、平気。それにどうせ、人の噂も七十五日。噂に何か私は負けないから」
そう言いきった更識さんには確かな強さを感じさせられた。
どうやら、気の使いすぎだったらしい。
「まったく、その通り……貴方こそいいの? 私と噂……悪い噂流されても」
更識さんと噂になるなんて光栄なことだ。
「お世辞が上手いね、本当に」
くすりと笑う更識さんにはそっくりそのままその言葉を返してあげたいぐらいだ。
噂なんて今更気にしていてもどうしようもない。噂を気にして、トーナメントに向けて何も出来ないほうが馬鹿馬鹿しい。
「なら、何も問題ない……それに何かあっても今度は私が貴方を助ける。貴方が私を励まして助けてくれたように。ヒーローは助け合い、だから、ね」
前、更識さんに言った言葉。
その通りだ。
更識さんは強いな。
「貴方のおかげだよ……強い貴方がいるから、私も負けてられないって強くなれる。ヒーローって大変だけど凄いね」
まったくだ。
「あ、そろそろ私……部屋、戻る。じゃあ、また明日の放課後」
帰っていく更識さんを見送っていると何か大事なことを忘れている気がした。
何だ……大切なこと。あっ……そうだ。
思い出し、更識さんを呼び止めた。
「な、なに……?」
連絡先だ。
「連絡先……?」
凄い今更だが更識さんとはまだ連絡先一つ交換してなかった。
基本俺達は口約束をして、待ち合わせ時間はきっちり守っていたから必要性はなかったが、これからは必要になる。
放課後すぐ作戦会議となると、クラスによっては終わる時間が微妙に違ったりするわけだし、連絡をすぐ取れるほうがいい。
「それは……確かにその通りだね……」
聞けば、更識さんも一番有名なメッセージアプリを使っているとのことなので、それで俺達は交換した。
《更識簪》
フルネーム登録でしかも初期アイコンのままだった。
「馬鹿にした、でしょ……」
じとっとした目で見られ、慌てて否定する。
名前は兎も角、初期アイコンの人久しぶりに見たなあと思っただけでそんなつもはりない。
「どうせ、私はやり取りするような相手いないもん……これも本音に言われたから入れただけだし」
むすっとした顔して変な拗ね方をされてしまった。
でも、これでこれからは自由に連絡できる。
連絡以外でも好きにメッセージ送って欲しい。そういうアプリな訳だし、友達同士なのだからただ連絡用ってだけだと味気ない。
「そ、そうだよね……私、いっぱい送ってしまうかもしれないけど……引いたりしないでね。嫌だったら言って」
分かったと俺は頷いて見せた。
「じゃ、じゃあ、そろそろ本当に戻るね。今日はいろいろありがとう……また、明日ね」
笑みを浮かべながらそう言って更識さんは本当に帰っていった。
見送り、一人部屋に残った俺はもう一度スマホのメッセージアプリを見てみる。
《更識簪》
先程と変らないフルネーム登録の表記と初期アイコン。
更識さんと連絡先交換してしまった。事実としてはただそれだけ。
だが、今まで誰と交換した時よりも不思議と胸躍った。
…